閑話②絶望からの転機
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お読み下さっている方々に感謝。
レイナ視点の閑話は次で一旦終わりの予定です。
そのあと別の人間の閑話を入れてから、本編再開しようかと。
お父さん、………だった人の目から逃れるために、商人の馬車の荷物に紛れて街を脱出。
馬車に乗せてもらう直前の、お母さんの顔が今でも目に焼き付いている。
強く、悲しい、そんな眼差しで、でも決して涙を見せないで見送ってくれた
もうメソメソするのは昨日で終わり。今日からは強く、お母さんが傍に居なくても強く生きていかないといけない。
……なのに、馬車に揺られてどんどん街から離れていくと、寂しさからか不安からかまた泣いてしまった。
こんなことじゃ、いけないのに。
目的の街に着いて、人から孤児院の場所を聞いて辿り着いた。
誰に話せばいいか孤児院の前でうろうろしながら悩んでいると、初老のお婆さんに声をかけられた。
ここの院長さんと話がしたいというと、私がそうっすよ、と優しく笑いながら答えた。
院長に事情を話すと、最後にぐずりながら話している私を思いっきり抱きしめて、『大丈夫っす』と言ってくれた。
「ここはそんなに裕福な場所じゃあないっす。でも一人や二人増えたところで子供たちが食いっぱぐれるほど貧乏でもないっす。だから、遠慮せずお入りなさい」
変な口調でそう言って、今日会ったばかりの私を院長はあっさり受け入れてくれた。
なんの疑いも躊躇もなく、私を新たな家族として迎えてくれた。
…なんて、人がいいんだろう。その親切な気持ちに応えられるように、私も自分にできることをして院長の支えになろう。
……腕を失くしたお父さんのために、大したことはできなかったけれど、今度こそ誰かの助けになりたい。
孤児院の仲間に加わった私は、できる限りの仕事を積極的にするよう努めようとした。
私よりずっと小さな子供たちの面倒をみたり、院内を生産スキルのない不器用な手で掃除したり、炊事の手伝いをしたり。
一度、魔獣のテリトリーに入って討伐報酬をもらおうと冒険者ギルドに入ってみようとしたけど、成人しなければ入れないし、そもそも職業が決まらなければ戦闘能力が低すぎるので無理だと言われた。
成人前の戦闘職候補って、こんなにも無力で無能なのかと悔しくてたまらなかった。生産系のスキルを持っていれば、職業が決まらなくてもちょっとしたお金を稼ぐことぐらいできるのに。
孤児院の食費は限られているから、私のスキル獲得のために食材を無駄にするわけにもいかないし、他の生産系のスキルを獲得しようにも時間がなさすぎた。
まだ、家が普通だった時になんで私はもっと努力していなかったんだ、と後悔ばかりが胸に満ちていく。
「そんなあせる必要はないっすよ。レイナはよく頑張ってくれてるっす。むしろ働き過ぎて倒れないか心配なくらいっすよ」
「でも、私はお世話になってばかりで、1エンもまだ孤児院にいれてないのに、このままじゃ駄目だと思う……」
「レイナはまだ12歳でしょう? 成人前の子供なんて、みんなそれが普通っすよ。気に病むことなんかなんもないっす。……まぁ、普段のご飯が質素だから稼ぎたい気持ちは分かるっすけど」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「ん? いつものご飯で満足っすか? 今日の晩御飯は久々にお肉が追加されるのに。それじゃあレイナの分のお肉も自分がいただくっすー」
「ちょ、ず、ずるいっすー!」
いつの間にか、時々院長の妙な口調がうつってしまうようになっていた。
…いや、ずっと話してるとマジでうつるよあの口調。
「まあ、お金があるのには越したことはないっすけどね、そういうのは成人して職に就いてからでも遅くないっす。戦闘職のスキルを持ってて、子供のうちから無茶しすぎてもロクなことにならないっすよ」
「……分かってるよ」
「というわけで、成人して職に就いたら寄付金ガッポリ頼むっす。せめて月一じゃなくて週一ぐらいでお肉が食べたいっす」
「妙にリアルな寄付の催促っすね!?」
「つらいことはいっぱいあるかも知れないけど、大抵はお肉とかお腹いっぱい食べてぐっすり寝れば大体平気っすよ。あー腹減った」
「お腹空いてるんじゃん、平気じゃないじゃん…」
「割とマジで死ぬほど空腹っす。ああ、死ぬときはお肉に埋もれて死にたい……」
「なに言ってんすか!? ……あ、晩御飯できあがったみたいだよ?」
「肉ー!!」
「復活はやっ!? 院長さっきまで死にかけてたじゃないんすか!?」
院長は、本当に追い詰められている子供に対してはこれ以上ないってくらいに優しいけど、普段はこんな感じで飄々とした性格だ。
それが親しみやすさを感じる一因でもあるけど、時々ちょっとテキトー過ぎないかと心配になる。
そんなこんなで、早いもので孤児院にお世話になるようになってから2年が経った。
孤児院での生活も大分慣れて、あと少しで成人して職に就いて、これまでの恩を返せると思った矢先に
スタンピードが、孤児院のある街を襲った。
また、スタンピード。ここのところ世界中で起こっているってどこかで誰かが言っていた気がするけど、2度も自分に関わってくるなんて。
最低限の荷物だけを持って、近隣の街や村に避難していくことになったけど、孤児院の子供たち全員が同じ街や村に避難しようにも、お金も食料も貯蓄がないのにそんなに受け入れてくれるところは無かった。
そこで、いくつかのグループに分かれて複数の街や村に分散して避難することになった。
院長と一緒に避難したかったけど、院長は幼い子供を何人も抱えていてそれどころじゃない。せめて負担を減らそうと幼い子供二人を任せてもらうことにした。
一旦離ればなれになるけど、スタンピードが終わったらまた元の孤児院に戻って合流する手筈だった。
結論から言うと自分たちの見立ては甘かった。
今回のスタンピードは前のものとは規模が違う。
同じ、魔獣のテリトリーでも生息する魔獣の質も数も、この街の近くのテリトリーは前の街の何倍も規模が大きく、冒険者ギルドや街の防衛軍だけで抑えきれるものじゃなかった。
やっと慣れてきた自分の帰るべき場所は、街と共にあっさりと潰れてしまった。
離ればなれになってしまった子供たちや院長のことが気がかりだったけど、探している余裕がこちらにはなかった。
同行していた二人の幼い子供たちはなんとか避難先の老夫婦の家にお世話になれるようにしてもらった。
自分は、経済的な問題もあって一緒に暮らすことはできなかったけど、任された二人を路頭に迷わせることがなかっただけ上出来だろう。
さて、自分はこれからどうしようか。
院長を探して、合流する? …いや、向こうも孤児院が潰れて居場所がないだろうに自分が合流したところで院長の負担が増えるだけだ。
……なら、成人したあとお金を稼げるようになってから探そう。それまでは、会いたい気持ちを堪えて我慢だ。
避難した先の街は【ヴィンフィート】っていう、大きな商業都市だった。
大きな街で、華やかな街並みの陰にはスラム街もあり、身寄りのない子供や人生に絶望した大人たちが徘徊している。
スラム街には寝泊まり自由なスペースがいくつかあって、そこで今後は暮らしていくことにした。
こんな生活も、成人するまでの辛抱だ。それまでは物乞いをしたり残飯を漁ってでも生き延びなければならない。
スラムにはトラブルも多く、そういった厄介ごとから隠れるために息を殺して闇に潜まなければならないこともよくあった。
そのお陰か【隠密】なんてスキルを手に入れられたから、悪いことばかりじゃないけど。
成人するのが近づいてきた時に、重要なことに気付いた。
装備がないから、魔獣を狩って生計を立てようとしても無理だということに。
…どうしよう、このままじゃ成人しても何も変わらない。なんとかして、お金を稼がなくちゃ。
冒険者ギルドに張り込んで、魔獣のテリトリーに入ろうとするパーティに荷物持ちでもなんでもするから自分を使ってほしいと頼みこんでみることに。
お金がどうしても必要だと何度も何度も色んなパーティに声をかけた甲斐あってか、5組目のパーティの人たちに顔を顰められながらもなんとか荷物持ちに使ってもらえた。
渡されたのは大した量でもなかったので、さほど苦には感じなかった。
魔獣のテリトリーである洞窟を進んでいくと、色んな魔獣が出現し、こちらに襲い掛かってきた。
自分は隠密スキルのお陰で魔獣のターゲットにはそうそうならなかったから、パーティの戦い方をじっくり見学することができた。
前衛の剣士や盾使いが魔獣のヘイトを稼いでいる間に、後衛の弓使いや魔法使いが急所を狙ったり破壊力の高い魔法を命中させて仕留める、といった戦法で戦っているようだ。
ソロではあんな戦い方はできないだろうし、成人したら自分もパーティを組むべきだろうか。…でも、自分とパーティを組んでくれる人なんか居るんだろうか?
順調に魔獣の討伐を進めていき、そろそろ街に戻ろうかという時に、ソレは襲い掛かってきた。
ハイケイブベアと呼ばれる、大きな熊の魔獣。Lv30を超えるバケモノ。
今同行しているパーティの平均レベルは15前後らしいから、どう考えても手に余る。敵うはずがない。
何度か魔法や剣を当ててもまるで効いていない。そう判断した後は全力で逃げた。
で、この中で一番足が遅い自分がどんどんみんなと離されて、まるで囮のような状態に。
パーティの男性が早く来いと何度も怒鳴ってくるけど、レベルと能力値の差はいかんともしがたい。
そのうち男性の声が聞こえなくなったのを考えると、完全においていかれてしまったようだ。
後ろから追いかけてくる熊は、追いつこうとすればすぐに自分なんか捕らえられるだろうに中々捕まえようとしなかった。
どうやら自分が泣き叫びながら逃げる様を楽しんでいるようだ。…野生の魔獣のくせに悪趣味な。
ああ、でも駄目だ
もう限界だ
足がまともに動いてくれない
追いつかれる、このままじゃ喰われて、死ぬ
自分は、なんのためにここまで生きてきたんだ
強くなって、院長に恩を返して、お母さんにいつか会うって決めてたのに、こんなところで、死ぬの?
自分は、自分は、……私は、死にたくない
誰か、助けて………!!
ズダァンッ!!
と派手な音が洞窟の中に鳴り響いた。
私を頭から食おうとしていた魔獣が、数メートルばかり後方に吹っ飛んでいくのが見えた。
いったい、なにが?
『グジャアアアアァァアアッッ!!』
突然吹っ飛ばされて、激しい怒りに咆哮を上げる魔獣に、足が竦みそうになる。
「大丈夫か、怪我は?」
そんな時に、すぐそばから男性の声が聞こえた。
こんな状況なのに、どこか安心する声。さっきのパーティの人たちじゃなさそう。
声の方を見ると、黒髪の男性が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
家を離れたことよりも、孤児院が潰れてスラム暮らしをすることになった時ですら些事に思えるほど、今、この瞬間が自分にとっての人生最大の転機だということを、この時の私はまだ知らなかった。
お読み頂きありがとうございます。




