閑話①ドン底から
今回はレイナの過去のお話です。
シリアスなのがだめな人は別にスルーしても特に本編読むのに大きな影響ないので問題ないかと。
私は、レイナミウレ。
【ディオルゴ】という田舎町に産まれた、極々普通の子供。
外見は母の若いころにそっくりらしく、父の遺伝子が本当に入ってるか疑わしいほどに外見は母寄りだった。
母は小柄な体格で外見はよく整って、というか遠回しに自慢になるけどかなりの美人だった。
あちこち出るべきところがぺったんこだけど。……遠回しな自虐はやめておこう。
一方、スキルの方は残念ながら父に似た。
短剣術に、体術。二つもスキルを受け継いでいるのは本来喜ぶべきことだけど、私としてはお母さんの料理や裁縫スキルの方が欲しかった。
戦闘職は危険な職に就くことを強いられるし、病気や怪我、あるいは妊娠した時なんかの影響をモロに受けるため、儲けは大きいけど安定した収入を得るのが難しい。
その点、生産職は屋内で安全な作業の職がほとんどだから、そういった体調不良になりにくく収入も安定してる。
ものすごく努力をすれば、生産職のスキルを得ることもできただろうけど、何度も料理に挑戦して炭化した食材だったものを生産するのは気が引けた。
食材の切り方や仕込み、火加減、塩加減、風味、食べ合わせ、栄養価、見栄え。何度教えられようと私はよく頭で理解することができなかった。
スキル無しで料理をする、というのは剣の素人が剣士に戦いを挑むようなものだ、とお母さんが言ってたけど確かに無謀だった…。
その反面、短剣の扱いはスキルの影響が大きく表れていて、教えられたことがすぐに理解できる。
順手、逆手の使い分け、踏み込み、切りつけ方、刺し方、急所の狙い方など、物騒な知識ばかりなのに容易く吸収していくことができてしまった。
「短剣を扱ってみて分かったろ? 食材と努力を無駄にするより持ってるスキルを伸ばす方がよっぽど有意義だってな」
短剣の訓練を終えたあとに、お父さんはそう言った。
「あなた、無駄なんかじゃありませんよ。成功することばかりでなく、失敗も必要なことなんですから」
悔し気に短剣を見つめている私を見かねたのか、お母さんはそう言ってくれた。
「なに言ってんだ。その失敗のせいでどれだけの飯が真っ黒になって無駄になったと思ってる。失敗なんざ一回もしない方が損もしないしいいに決まってるだろ」
「幼いころから失敗を積み重ねておけば、大人になった時に失敗をしてもすぐに立ち直ることができるようになります。成功ばかり積み重ねて大人になって、いざ失敗をしてしまったら、そこで心が折れて立ち直れなくなってしまうかもしれませんよ」
「へっ、そりゃ成功ばかりしてる俺へのひがみか? お前はなにやっても失敗ばかりだったからな」
「ええ、その通りです。ですがその無数の失敗があるからこそ、今の私があるんです。ただ一度の失敗も無駄だとは思っていませんよ」
「理解できねぇな。そんな生き方より、失敗しないように努力して成功し続けられるようにする方が大事だろ」
今思うと、この時の会話は今後の私たちの生き方を暗に示していたのかもしれない。
お母さんは、何度料理を失敗しても怒ることはしないで『この失敗を次に活かしましょう』と言って私を励ましてくれた。
実際、何度も料理の失敗を繰り返すうちに、とりあえず食べられないことはないレベルに調理することができるようになった。
それでも料理スキルは獲得できなかったけど、緊急時に最低限の自炊ぐらいはできるから無駄じゃない。
お父さんは食材が無駄になる度に不機嫌そうな顔をしていたけど。
お父さんは、短剣剣士という職業で冒険者ギルドに加入していて魔獣討伐を普段の仕事にしている。
魔獣のテリトリーに入り、10体ばかし魔獣を狩ればそれで一日分の収入として十分な報酬を受け取ることができていた。
魔獣討伐は命がけの仕事で、格下相手でも油断は許されない。リーチの短い短剣ならなおのことだ。
だから、入念に準備をして失敗をしないようにすること自体は間違いじゃない。魔獣との戦いにおいて失敗は即、死に繋がるから。
お母さんの教えも大事だけど、戦闘職に関してはお父さんの言っていることもあながち間違いじゃないと思う。
酒癖が少し悪く、仕事が終わったあとに必ずお酒を買って飲んでるせいで貯蓄はあまりなかったけど、それでも日々の生活には困らないほどのお金はとりあえず稼いでいた。
私が12歳になった年に、普段お父さんが狩場にしている魔獣のテリトリーが、スタンピードを起こすまでは。
スタンピードが起きる前に、前兆の魔獣がテリトリーから街に向かって進行するんだけど、その魔獣と運悪く狩りを終えて消耗したお父さんが鉢合わせてしまった。
残り少ない魔力と気力を振り絞って、なんとか逃げることはできたらしい。
スタンピードの方もそれほど大規模なものじゃなかったから、さほど被害は大きくなかった。
でも、帰ってきたお父さんには左手がなかった。
追いつかれそうになった時に、咄嗟に魔獣の口に向かって短剣を突き出したらそのまま短剣ごと左手を食い千切られてしまったらしい。
短剣を投げて刺していれば、こんなことにならなかったと悔しそうに涙を流して激痛にのたうち回っている。
診療所で痛みに悶えて唸り声を上げているお父さんの姿を見て、私は泣くことばかりしかできなかった。
お母さんは、そんなお父さんを少しでも癒そうと高めの回復薬を買ってきたり、痛みを和らげる薬草入りの包帯を何度も何度も巻き直してあげていた。
失敗をした時に、一番大事なのはそれを次に活かすことだと思っていたけど、それは失敗をした本人の話。
本当に大事なのは、失敗をしてしまった人を周りの人がどう支えてあげるかが大事なんだと、お母さんの姿を見て言葉ではなく心で理解した。
お母さんの支えの甲斐あって、一月後にはなんとか痛みも治まってきたようだけど、問題は身体の傷よりも心の傷が、お父さんを蝕んでいた。
身体の一部が欠損したというあまりに大きな後遺症と、これまで大きな失敗をせずに成功ばかりしてきたプライドが折れて、自暴自棄になっていた。
左手を食われたトラウマからか魔獣の討伐にも行かず、昼間からヤケ酒を飲み、家に帰ってくれば些細なことでお母さんと私に大声で文句を言ってくる。
左手を失う前は、粗暴でデリカシーのないことを言うことはあったけど、それでも私が怪我をしないように成功するために必要なことを教えてくれたり、どこか不器用な優しさを感じさせる人だった。
でも、今のこの人はどうだ。仕事に行かない自分を棚上げして、罵詈雑言を私はともかく必死に支えてくれてるお母さんにまで浴びせている。
それでも、いつか立ち直ることができるとお母さんは信じていた。その時まで我慢して支えてあげようと言って辛そうな顔一つせず働いていた。
私も、お母さんがそう言うならお父さんを支えてあげて、早くまた元のお父さんに戻れるように自分にできることを探していた。
そんなある日、お父さんから自分の腕が治るかもしれないと嬉しそうな顔で言われた。
しかもどういうことか、私のお陰で、と。
理由は分からないけど、これまでなにもしてあげられなかったけど、ようやくお父さんの支えになってあげられるかもしれないと、その時は思っていた。
お父さんは、私を貴族の家に売りに出して、そのお金で身体の欠損すら治す最上級ポーションを買うと言っていた。
なにを、言っているのか、そう言われた時によく分からなかった。
あまりに、自分勝手で、どう考えても親のすることじゃない。
その時ばかりは、普段温厚なお母さんも本気でお父さんに向かって怒っていた。
「あなたは何を考えているんですか! 自分の娘を売ったお金で薬を買って身体を治すなんて、冗談にしても酷過ぎます!」
「冗談だ? 俺は本気だ。それに、こいつはまだ自分で1エンも稼いだことが無い穀潰しだろうが。それに娼婦や奴隷として働けと言っているわけじゃない。貴族の家に奉公人として行ってくれと言ってるんだ」
「あなた、売りに出そうとしているその貴族の名前を知らないわけじゃないでしょう!? コーグップ男爵家なんて、悪評だらけで娼館よりタチが悪いじゃありませんか! そんなところにレイナを送ったら、どんな扱いを受けるか……!」
「仕方ねえだろ! 他に受け入れてくれそうな貴族なんざそうそういなかったんだ! むしろ貴族様に使ってもらえるだけありがたいと思え!」
お父さんはそう怒鳴りながら、お母さんをはり倒して部屋に戻り、お母さんの稼いだお金で買ったお酒を呷っていた。
ようやくこの時に、お父さんはもういない、左腕を食われたあの日に私の知っているお父さんはもう死んでいたのだと悟った。
お母さんは涙を流しながら、殴られた頬を痛がりもせずに私に抱き着いてきた。
「……ごめんなさい、レイナ。私では、あなたを守り切れません」
「……」
「ごめんね、レイナ、ごめんね………」
泣きながら、私に向かって何度も何度も謝るお母さんの姿を見て、もはや自分には希望なんかないのだと理解した。
もう覚悟は半分できていた。
言葉での説得ができない以上、生産職は戦闘職には抗えない。成人前の私も同じく。
なら、もう自分は貴族の下に売られに行くしか……。
「だから、逃げなさい。あなたを売ろうとしているあの男から、あなたを買おうとしている貴族から、あの男のいるこの家から、その貴族の向かっているこの街から」
涙を流しながら、それでも強い眼差しで私の瞳を見て、覚悟を決めたように言葉を発した。
「……おかあ、さん?」
「…この街から少し離れたとある街に孤児院があります。そこの院長なら、事情を話せばあなたをなにも言わずに受け入れてくれるでしょう」
お母さんが言葉を重ねるたびに、私の目が潤んでいく。
「あの男のために、貴族なんかの慰みものにされるくらいなら、自分の将来のために逃げなさい、レイナ。あなたの人生は、あなたのものよ」
「おかあ…さ…っ……う…ひぐっ……」
「今日は、おもいきり泣きなさい。明日、強く立ち上がるために」
涙が止まらない、嗚咽を抑えられない。悲しみと寂しさとお母さんの愛情からくる温かさがごちゃ混ぜになった感情が、溢れて止まらない。
「明日、隠れて馬車に乗せてもらえるように手配を済ませておきます。どうか、強く、生きて……っ」
お母さんも、自分が言っていることが、娘との別れを意味しているから、言い終わる前に再び泣き出してしまった。
二人で流す涙よりも、どしゃ降りの絶望が私たちを濡らしていた。
この日は、私の人生において最悪の日だ。今が、ドン底。
なら、あとは這い上がってやるだけだ。
今日以上に悪い日なんかこないくらいに強くなってやる……!
お読み頂きありがとうございます。
慣れないシリアスな話書いてると気分が沈む…(;´Д`)




