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乾杯!

 トントントントン。

 ロックオニオンその他野菜を薄切りにする音が調理場に響く。

 器用さと素早さが上がってきた影響か、最近やっとある程度まともなスピードで食材を切れるようになってきた。

 さすがにアルマママに比べたら遅いが、あれは別格だから…。



「ヒカル、それでもう4品目だけどまだ作るの?」


「ああ、これが終わったらあとはメインを作れば準備完了かな。…ちょっとテンション上がって作り過ぎた感じはあるが」


「5、6品なら、豪華な誕生日祝いになるね」


「いや、作り置きの分も含めると8、9品くらいかな」


「……うん、それはちょっと多すぎかな」



 苦笑しながら調理風景を眺めるアルマ。

 いつもの引きつった笑いじゃなくて、どこか微笑ましいと感じているように見える。


 今作っているのは魚の包み焼き。ホイル焼きと同じようなもんだがアルミホイルが無いので、燃えにくく熱はしっかり通す調理紙を使っている。

 こんな便利な物があるとは、この世界の調理道具も捨てたもんじゃないな。

 あらかじめ魚に塩と酒を振っておいて10分放置。その間にロックオニオンとレッドキャロットとかいうやたら赤いニンジン、あとマッシュルームっぽいキノコを薄切りに。

 調理紙にそれらを乗せて、コンソメパウダーモドキをふりかけ、充分臭みがとれた鮭っぽい魚の切り身の表面を清潔な布でふき取り、塩コショウを両面にふったあと野菜の上に乗せる。

 魚の切り身の上にバターを乗せて、調理紙を折りたたみフライパンの上に乗せて蓋をして弱火で10~15分くらい熱する。

 こっちの世界にもガスコンロがあればなぁ。薪を使ったコンロじゃ火加減するのが大変だ。



≪火の魔石を使った魔法コンロという魔道具ならば、地球のガスコンロに近い火加減が可能。高級レストラン等のキッチンでは不可欠の道具とされている。かなり高価で20万エンは下らない≫



 たっかいなー。でも是非欲しいなー。お金に余裕ができたらいつか買いたいなー。

 とか思っているうちに魚の包み焼き完成。火の通りは問題なさそうかな。

 周りに不審がられないようにこっそりとアイテム画面に入れて料理が冷めるのを防いでおく。



 はい、ではいよいよメインを作っていきますかね。

 誕生日祝いには、やっぱケーキは欠かせないでしょう。

 パンケーキ? NO。割と本格的なスポンジケーキを使ったホールケーキですよー。

 …これ一つ作るのに結構なお金がかかったりするんだよなー。砂糖とかこっちの世界じゃかなり高価だし。でもまあ今日ぐらいはいいでしょ。


 スポンジ部分を作る前日の内容だが、これが中々大変だった。

 街のパン屋のおばちゃんに無理を言ってキッチンを貸してほしいと頼んで作らせてもらった。

 レシピを提供するからなんとか頼むと言ったら二つ返事で貸してくれた。感謝。

 まずボウルに卵を入れ、混ぜてほぐしておいて、砂糖投入。

 そっから鍛冶屋に頼んで作ってもらったホイッパー×2を使って泡立てる作業。

 手作業で混ぜるのは時間がかかりすぎるので、魔力操作のドリルの応用でホイッパーを回して泡立ててみる。…うん、思ったより上手くいきそうだ。

 最初はちょっと速めに回転させて、途中から少し遅めに回転させてきめ細やかな泡が立つようにする。ボウルを回しながらすることで混ぜ残しを防ぐ。


 で、それによく振っておいた小麦粉をさらに振りながら投入。

 何回かに分けて優しく混ぜて、ダマにならないように注意する。

 粉っぽさが無くなったら、あらかじめ湯煎で溶かして混ぜておいたバターとバニラの匂いの染みついた牛乳の入ったボウルに生地を入れて、ヘラで切るように手早く混ぜる。

 混ざったら元のボウルに戻し、すくい上げるように全体を混ぜてよく馴染ませる。

 調理紙で包んだ焼き上げ用の型に生地を流し込み、ヘラで表面を馴染ませてから余熱をかけておいたオーブンで焼き上げる。

 …ちょっと反則っぽいけど、熱の調節はメニューさん頼りにさせてもらった。だって目勘じゃ限界あるもん。


≪料理スキル保持者もスキル技能を頼りに火加減しているので、特に問題は無いと判断≫


 それでもなんかこう、気が引けるんですよー…。

 別に料理にプライド持ってるわけじゃないけど、なんだが地球側の料理人に申し訳ない気分。


 で、焼き上がったら調理紙を型から外して、はみ出ている調理紙を縦に裂いて外側に広げる。

 清潔な布巾の上に生地をひっくり返して生地が平らになるようにしておき、上からも布巾を被せさらにひっくり返して全体を布巾で覆う。

 粗熱がとれたら布巾ごと皮袋で包んで涼しい場所で一晩放置。俺の場合は魔力操作で作った氷を敷き詰めた小型の氷室に入れておいた。

 で、一晩寝かせて生地がしっとりした状態の物が今ここにあります。料理番組でよくあるチートかな?

 パン屋のおばちゃん、スポンジケーキの作り方は初めて見たって言ってたけどこっちの世界じゃ珍しいのかねぇ。


 焼き上がったスポンジ生地を横に真っ二つにしたあと、アルマと一緒に作ったソフトクリーム状のアイスクリームを塗り、スポンジ同士で挟む。

 スポンジケーキの表面全体にクリムスライムとバニラ牛乳で作った生クリームを綺麗に塗っていく。さすがに表面のクリームにアイスはちょっと無理だった。

 上部にもクリームを絞り、デコレーションしていきイチゴ(地球のものとほぼ同じだった)を綺麗にのせれば、誕生日ケーキのできあがり。

 つ、疲れた…。年に1回か2回くらいしか作りたくないなこれは…。



 さてさて、いつもならキッチン横の食堂で食べるところだが、何品もテーブルに並べるのはスペースをとりすぎるし、さすがに目立ちすぎるので俺の部屋で食べることにした。

 テーブルはアイテム画面に入れておいて、部屋の中でとり出しておいたので問題なし。

 ケーキ以外の料理を並べていき、ジュースやお茶を用意して準備完了。



「あー、やっと準備できた。ちょっと遅くなっちまったなー」


「お疲れ、ヒカル」


「じ、自分なんかの誕生日祝いにこんな豪華な料理を準備してくれるなんて……ふ、ふぐぅっ……! ありがとうっす……!」


「泣くな。こんぐらいどうってことないよ」


「これって出前とったの? いやー、飛行士君って実はお金持ちだったりする?」


「……なにさらっと混じってるんですか、ギルドマスター」



 感極まって涙目になってしまったレイナをあやしていると、いつの間にか居たロリマスが会話に入ってきた。どっから湧いた。



「事後処理はいいんですか? てかなんでここに居るんですか…」


「大体現状でできることはやっておいたから問題ないよー。つーかこれ以上仕事押し付けられるのも嫌だから、手持ちの仕事が全部済んでからすぐに脱出してきた」


「それで問題ないんですか…?」


「いいのいいの。どうせ飛行士君たちが居ないとまともに説明できないことも多々あるしね。ああちなみにここに来たのには特に深い理由は無いよ。精霊たちがなんか美味しそうな物作ってるって言ってたしせっかくだからごちそうしてもらおうかなーと」



 図々しいなオイ! なに当たり前のように飯たかりに来てんだこの人は!



「…別にいいですけどね」


「てかさっきから敬語で話してるけど、別にタメ口でもいいんだよー? 騒ぎの間、普通に話してたじゃん」


「あんな話し方を上司にするのは緊急時だけですよ。普段からあの口調だと立場上よくないでしょう」



 今更って気もするが、やっぱ礼儀は通しておくべきだろう。

 それに、なんだかんだでこの人に助けられたのも事実だしな。



「それじゃあ乾杯しますか。ジュースとお茶どっちがいい?」


「ジュースで」


「ジュースがいいっす!」


「お酒ー!」



 ねーよ!



「ありません」


「ちゃんと持ってきたから一緒に飲もうぜー? レイナちゃんもせっかく成人したんだから初体験しようよー」


「お酒は二十歳になってからですってば!」


「そりゃ、勇者の故郷での話でしょ?こっちの世界じゃ成人したらその時点でお酒解禁だよ?」



 お酒の規制緩いな! アル中になっても知らんぞ!



「…発育によくなさそうですから、飲ませるにしても少量でお願いしますね」


「でも最初はジュースがいいっすよ。お酒に酔って料理の味が分からなくなるのはもったいないっす」


「いい料理こそいいお酒に合うんだけどなー。まあそう言うなら私も最初はジュースにしとこうかな」



 それぞれのグラスに自作のジュースを注いでいく。…このジュース、テーブルに並べられてる料理より高かったりするんだよなー。



「それじゃあ、レイナの誕生日を祝って」


「「「「乾杯!」」」」



 チンッとグラスを当ててから、全員が一気に中身をあおった。

 その直後、全員が驚いたような顔をしてグラスを眺めている。



「おーいーしーっすー!! こんな飲み物初めて飲んだっすよ!」


「……ヒカル、このジュースもしかして………」



 中身が何かを察したアルマが、少し顔を引きつらせながらこちらに確認してきた。



「ああ、エフィの実を絞ったやつだけど」


「やっぱり……これ高いよ……」


「え、エフィってあのエフィ? これ市販のエフィよりずっと美味しく感じるんだけど」


「天然物のもぎたてを使いましたからね。ぶっちゃけ今の一杯で5000エンは下らないと思います」


「ブフゥッ!? 滅茶苦茶高級なジュースじゃないっすか! もったいないっすよ!」


「自分たちでもいだやつだから原価はタダだよ。まあ売りに出せばそこそこのお金にはなるだろうけど、今日は特別だ」


「まあ、お金はハイケイブベアを狩ればすぐに手に入るし、問題ないか…」


「ああ、ちなみにそのハイケイブベアの肉を使った料理もあるぞ」


「ぬわあああ!? 誕生日にまさかの熊肉っすか!? いったいどの料理なんすか!」


「そっちの塩コショウふって焼いた肉。いや、冗談抜きで今日の料理の中で一番美味いんじゃないかってくらい美味いぞ?」


「ま、マジっすか…?」



 引き攣った表情で肉を眺めるレイナ。そんなに警戒しなくても。

 ハイケイブベアの肉は、そのまま焼いて食べようとしても臭みが強くて不味いが、調理用の特別なカビを付けて1週間くらい薄暗い環境で寝かせると表面は腐ったようになるが、中身は臭み成分が旨味成分に変化し、極上の味わいをもつ肉に熟成されるらしい。

 表面を切って捨てて、中身を焼いて塩コショウで味付けしただけだが、それでも一切れで軽くご飯一杯はいけるくらい濃厚な旨味と噛み応えがある肉料理になった。

 レイナがおそるおそる食べてみると、テーブルに顔を突っ伏した状態になった。



「…滅茶苦茶美味しいのになんか釈然としないっす…」


「いまだに追いかけられたのがトラウマなのか?」


「当たり前っすよ! めっちゃ怖かったんすからね!」



 だよね。誰でもあんなデカい熊に追い掛け回されたら怖いわな。


 そんなこんなで料理を楽しみながら祝う夜は、まだ始まったばかりだ。

 ケーキを出した時に皆がどんな顔するか楽しみだなー。

 …期待外れにならなきゃいいが。


お読み頂きありがとうございます。

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