だいじょばない
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ロリマスについていきながら街を歩く。
この人足速いな。普段デスクワークよりフットワークの必要な仕事が多いんだろうか。
「早歩きしながらで悪いけど、仕事の前に今何が起こっているのか説明しておくね」
「魔獣洞窟の封印が解けそうとか街の人たちが話していましたけど、あそこには何が眠っているのでしょうか?」
「順を追って説明していくと、あの洞窟の奥にはとんでもなく強力なバケモノが封印されてるの。たった一体で街一つを容易く壊滅することができるくらい巨大で強力なヤツさ」
「バケモノ?」
「うん。大昔に魔族が勇者相手に創り上げた、というかほとんど事故で出来上がってしまったものでね、スライム系の魔物をベースに様々な魔獣を摂り込ませてステータスを無理やり上げまくって勇者と戦わせようとしたらしいんだけど、一度にあまりに多くの強力な魔獣を吸収させ過ぎて制御が利かなくなって、敵味方問わず生物を見境なく貪り食う怪物が誕生してしまったのさ」
うーわ。こりゃまたベタな怪物だな。てかスライムかよ。ドラゴンとか巨人とか予想してたんだが思ってたんと違ったわ。
でも実際それがこちらに向かってくる危険がある今の状況じゃ笑いごとにならねぇ。
「でも実際勇者も何度か食われたらしいし、魔族からしたら成功と言えなくもないかもね。自分たちの方の犠牲を考えなければだけど」
「何度か、食われた? え、勇者を何人も倒すほど強力な怪物なんですか!?」
「ああ、魔王を倒すまで勇者には再召喚って形での蘇生の恩恵があるから、何度やられてもすぐ復活できるみたいなんだよ。そのたびに召喚用の祭壇に戻ることになるらしいけど」
…おおゆうしゃよしんでしまうとは以下略的なシステムがあるのか。魔王倒すまで何度でもやり直しがきいて便利と考えるべきか、下手すると文字通り死ぬほど痛くて苦しい想いを何度も味わう羽目になる呪いと見るべきか。
命が軽い分無茶しなきゃならん場面が多そうだな。勇者さんには悪いが俺がそうならなくて良かった。
「何度倒そうとしても返り討ちにあうだけで、生き物を食べるたびに強く大きくなっていく怪物に、とうとう倒すことを諦めた勇者は封印というカタチで怪物を止めることにしたの。早めに対処しないと犠牲が増える一方だったし、倒せるようになるまで悠長にレベルアップしてる時間が無いし。むしろ怪物の方が時間が経つにつれ強くなっていく始末だったらしいよ」
「その封印された怪物が、魔獣洞窟の中に?」
「そういうこと。本来封印されている場所に入るには何重にも強力な封印が施された門を通る必要があるんだけど、今回はかなり荒っぽい方法で突破したみたいだね」
「と言うと?」
「最近、ダイジェルにあるマルダニアの魔具屋が襲われた事件は知ってるかい? あの時に鉱石の採掘なんかに使われる大型の穴掘り機が盗まれてね。それを使って門のない方から穴を掘って無理やり侵入しようとしているみたいなんだよ」
あー、そういえばそんなニュースあったな。
てかその魔具を作るために地属性の魔石を大量に欲しがってたのか。
「門以外にも結界は幾つか張ってあるけど、門に施されているモノほど強力じゃないからその気になれば力ずくで破壊できる。その結界が今日の早朝から壊され始めているみたいなんだよ」
「…残りの結界は、あとどれくらい持ちそうですか?」
「あと一時間も持たないかもしれない。すごいハイペースで進んでるみたいで、追撃隊は出したけど今から止めようとしても多分間に合わない。いやーマルダニアの魔具屋の製品は優秀だねぇ。この騒ぎが落ち着いた時にまだ生きてたら何か注文してみるのもいいかもねーハハハ」
緊張を感じさせない言葉を発しているが、ロリマスの顔色はあまり良くない。
表情も街の人たちのために現状を打開しようとする必死さが表れていて、やはりこの人はギルドマスターなんだと感じさせる。
「で、その結界を突破しても封印を解くためには封印した勇者が設定した合言葉が必要でね。それを代々受け継いで知っているのがこの街の教会の神父様なんだけど、誰かに精神系のスキルを使われたらしく昨日から意識が戻らないんだ」
そんなもん受け継ぐ必要あるか? 誰にも知られず忘れ去られてしまった方が安全だろ。
「…この騒ぎを起こした犯人の仕業でしょうか」
「多分ね、あるいはその協力者か。教会に侵入された後に、襲撃者に対して迅速に対応できたのか辛うじて命までは奪われずに済んだみたいだけど、神父様の様子を見るとスキルを使って自分の意志に関わらず強制的に合言葉を言わされた可能性が高い。現に今封印周りの結界が破壊されてるし」
「…何故、合言葉を受け継いだりしているのでしょうか? 忘れ去ってしまえば、誰も封印を解くことなどできないのでは?」
「その封印が、もしかしたら何百年も経つと効力を失ってしまうかもしれないらしくてね。百年周期で封印をし直すために誰かがそれを知っている必要があるんだ」
「封印をし直す?」
「うん。封印を解くための合言葉は、解かれた封印を再度封印し直すための合言葉でもあるんだよ。早口で読むだけでも10数秒かかるくらい長くて、一回聞いただけじゃまず覚えられないらしい。書記スキルの速記技能でもあればメモにとれるだろうけどね」
あー、なんかロリマスが俺に何させたいか分かってきた気がする。
「で、再封印するためには一定以下の距離で専用のメガホン型の魔具で封印していた対象に向かって大声で合言葉を聞かせる必要があるの」
「それだけですか? なら誰でもできそうですね」
「対象がそのバケモノじゃなければ、ね。昔の資料によるとそいつはスライムとは思えないほどの圧倒的な能力値を誇っていて、パワーやスピードはもちろん、感知能力なんかもずば抜けて高く、半径20メートル圏内に近づいたら即、捕食されるくらいだとか」
こわぁ! なにそいつ絶対お近づきになりたくないんですけど!
「で、そんなバケモノに対応できるのはSランク冒険者クラスのごく限られた人間か、ドラゴンみたいな規格外の魔獣ぐらいでね。並みの冒険者じゃ合言葉を読み上げ終わるまでに軽く2、3回は死ねるだろうね。空を飛べでもしない限りは」
「…………………………まさか」
「うん、済まない。君に依頼したいのは解き放たれたバケモノの再封印なんだ」
やっぱりか! そんな予感はしてたよ! してたけども!
いやいやいやいや、いくらなんでもそれはちょっと勘弁していただけませんかね。
スタンピードに単騎で特攻かけるようなもんじゃん。死んじゃうって。
「ひ、ヒカルじゃないと駄目なんですか?」
「カジカワさんはまだDランクっすよ!? もっと強い人がいるでしょう!」
「とても危険な任務だけど、他に適任者がいないんだよ。仮に私やAランク冒険者がやろうとしても読み上げ終わるまでに食われて死ぬだろうね。でも飛行能力を持っている君なら攻撃が届かず捕食されずに再封印できる見込みがこの街で一番あるんだよ」
言いたいことは分かるけど! 分かるけども! 怖いんですけど!
「断ったら、大勢死ぬよ?」
内心ビビりまくっている俺を見透かすように、静かで、かつ重く響く声でロリマスが口を開いた。
「街の入り口に張ってある結界が壊された時点で、すぐに再封印しないと街中の人間に向かって襲い掛かるだろうね。バケモノが壊した部分から逃げられなくもないけど、大半の人は間に合わずに食われるだろうね。この街は商業都市だから、生産職の人間が特に多い。そのバケモノから逃げられる足を持つ人間はそう多くないと思うよ」
「…」
「もちろん、君の隣の二人も例外じゃない。強制はしないけど、どうする? なにもかも見捨てれば君一人だけなら助かる見込みはあるかもよ?」
「……あー! もう分かったよチクショウ! やりゃあいいんだろ!」
思わす半ギレで了承。
正直、本当にどうしようもない相手だったらなんとかアルマとレイナを連れて逃げていた可能性も否定できないが、解決策があるならやらないわけにはいかないだろ!
クソ、クソ! この騒ぎを起こしたやつ見つけたらたたじゃおかねぇぞクソが!
「快諾してくれて何よりだよ、飛行士君」
満足そうな声で言葉を発するロリマス。
その声とは裏腹に、表情は少し申し訳なさが混じったような笑みを浮かべている。
「快諾の意味を辞書でも引いて調べ直せ。言っとくが、報酬はたんまりもらうからな。タダでこんな仕事やらせる気なら解決した後バケモンの代わりに暴れまわるぞ」
「おーこわ。随分荒っぽい口調だけど、それが素の君なのかな?」
「ああそうだがなにか? まさかこんな状況で言葉遣いに文句言わないよな?」
「別にいいよー。この事態を解決してくれるなら勇者でも悪人でも誰でもいいしねー。それじゃ、神父様をなんとか叩き起こして合言葉の確認をするために教会へ急ぎますか」
「…ヒカル、大丈夫なの?」
「大丈夫に、してみせる」
心配そうに声をかけてくるアルマに強がり交じりに返事を返した。
大丈夫かって? 大丈夫じゃない、問題だ。
でも、アルマやレイナに危険が及ぶことの方がもっと大問題だ。
…物語の主人公じゃあるまいに、大切な人のために危険に身を投じるようなことする羽目になるとはな。
そんな上等なもんじゃないか。正直内心逃げたい気持ちでいっぱいだし。さっさと教会行こか。
お読み頂きありがとうございます。




