レイナの過去、そしてこれから
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これらを励みにこれからも執筆を続けていきたいと思います。
お読み下さっている方々に感謝します。
今回ちょっと胸糞な表現があります。
レイナの誕生日、すなわち成人を迎える日まであと10日。
現在、3人でお買い物の真っ最中。今日もヴィンフィートの街は平和です。ヴィンフィートは。いやスラム街とか暗黒街の方は知らんけど。
朝刊を見ると、ダイジェルの方でなんか例の魔具屋が何者かの襲撃を受けて採掘用の大型魔道具を強奪されたりしてるらしい。
あとスタンピードが過ぎた直後の街に魔獣のテリトリーとは全然別の方向から魔獣の大群が襲ってきて壊滅しかかった街がいくつかあるとか。
怖いわー物騒だわー。ここもいつ大きな災厄が訪れるか分からんし、やっぱ地力を急いで上げる方針でいかないとまずそうかな。
俺とアルマはそこそこ強く、いやまだまだ未熟者の域は出ていないけどとりあえず駆け出し卒業くらいの実力は身に着けつつあると思う。
レイナの方は成人するまでもう少しかかる。それまで生産職と大差ない戦闘能力しかないから、トラブルに巻き込まれたりしたら自衛すらままならない。魔獣や魔族に襲われたりしたらそれだけでアウト。
過保護過ぎるかと思うかもしれないが、現状の世界情勢を見るとトラブルに巻き込まれる可能性は今日、今この瞬間にも十分ありえることだ。
………ちと早いが、もう伝えてしまうべきかな? いやでもなーそうなると俺らのパーティに入る以外の選択肢とってもらうと困るしなーどうすっかなー。
「カジカワさん、なんか悩み事っすか」
「え? ああ、うん。今日の晩御飯の献立何にしようかなーって」
「食べることばっかっすね。まあ気持ちはすごく分かるっすけど」
咄嗟に誤魔化してしまったが、レイナの今後を左右するようなことそう軽々と決められるかっつーの。
…そんなこと考えてる時点でもうレイナを他人として見ることなんかできなくなってるのが我ながら分かるなぁ。
アルマもレイナのことめっちゃ可愛がってるからな。つーか俺よりアルマと仲良くしてることの方が多い。年齢も近いし女同士だし当然だが。アルマが面倒を見てる姿を見るとまるで姉妹のようにも見える。
成人するまで何事も無きゃいいが、そう思ってるのに限ってなんか起きたりするんだよなー。
「ようレイナ、随分と小奇麗になったもんだな、ああ?」
「……ひぅっ」
店を見ながら歩いていると、横から急に誰かに話しかけられ、その拍子にレイナがか細い悲鳴を上げた。
声の方を向くと酒瓶片手に、白髪で小汚い恰好をした男が酔っぱらってるのか顔を赤くしながらこちらを向いている。というか片手しかない。
左手が肘までしかないが、魔獣にでも持っていかれたのかな。ステータスを見ると身体欠損:左手と表示されている。
年齢41、Lv29、職業短剣剣士、短剣術スキル6。中堅の戦闘職ってとこか。年齢のわりにレベルが低いな。
声をかけられたレイナの方を見ると、みるみる顔色が悪く、息が荒くなっていっている。
「あ、あん、たは」
「あんた、だぁ? てめぇ、誰にそんな口きいてやがんだっ!!」
激高しながら空になった酒瓶をレイナの顔に向かって投げつけてきた、危ない!
咄嗟にレイナを庇って酒瓶をキャッチ。……結構な勢いで投げたなコイツ。当たりどころが悪かったら最悪死んでたかもしれないぞ。
「ああ? なんだてめぇは! 邪魔すんな!」
「お前こそいきなり何してんだ!当たったら大怪我してたかもしれないんだぞ!」
「か、カジカワ、さん」
レイナの方を見ると、今にも泣きそうな顔で男の方を見ている。
いったいこいつ、レイナに何の用だ。
「何してんだってぇ? 親が自分のガキをどうしようと勝手だろうが。他人が余計な口挟んでんじゃねぇよボケが!」
……は?親?
こいつ、何言ってんだ……?
「………レイナ、本当なの?」
「あん、た、………あんたなんか、親じゃないっす!!」
涙を流しながら、怒りに顔を歪ませレイナが叫んだ。
「魔獣に左手食われて、それを治そうと自分でなんの努力もせず酒に溺れて、それでも必死に支えてくれていたお母さんをいびり倒して、その挙句自分の娘を売りに出して得た金で体を治して一人だけ幸せになろうとしたゴミ野郎なんか、自分の父親なんて認めないっす! 今更なんの用っすか!? 孤児院に逃げられてお金を手に入れ損なった恨み言でも言いに来たんすか!!」
……うわ、マジかよこの酔っ払い。本当にそんな奴いるの?
スラムで一人暮らしするまでは孤児院に居たっていうまでが、俺が知っているレイナの過去だ。
それ以前の過去は、自分から話そうとしない限りこっちから追求しないようにしていたが、これは聞くべきだったのか聞かなくて正解だったのか悩むところだな。
てか『体を治して』? もしかして金があれば身体の欠損すら治せるのかこの世界は。
「知ったような口きくなクソガキが! 誰のおかげで生まれてこれたと思ってんだ!」
「お母さんっすよ! あんたの血が半分でも流れてるかと思うと今にも吐きそうっす! もう自分に関わんなっす!!」
「…はっ、そりゃ無理だな。こちとらお前を売る金担保に金借りてんだ。お前見つけるのにどんだけ時間と金かけたと思ってやがる」
「知るか! もう目玉でも内臓でも無駄に残った右手でも売って自分で返せっす!」
「あ、おい!」
そう言いながら、レイナが酔っ払いに向かって殴りかかっていった。急に走り出したから止めるのが遅れちまった。
精一杯の勢いで顔面に向かって殴りかかったが、殴った顔はちっとも痛そうに見えない。逆に殴った手の方が痛そうだ。
当たり前だ。成人前のレイナと仮にも戦闘職の中堅クラスじゃステータスに差があり過ぎる。
「ぐぅっ……!」
「ははははっ!効くかよ馬鹿が! 殴るってのはな、こうすんだよ!」
そう言いながら、今度は酔っ払いがレイナの腹を殴った。
「がぁあっ!………くぅっ……! ふ、ふぐぅっ……!」
「はっ、一発軽く殴っただけでベソかきやがって。てめぇが俺に逆らおうなんざ無理に決まってんだろうがぁ!!」
さらに蹴りを痛みに悶えているレイナに向かって浴びせようと振り被ったが
「やめろ」
「なっ……!?」
「これ以上レイナを傷つけたら斬る」
アルマが、これまで聞いた事もないような冷たい声を発しながら酔っ払いの首元に剣を突き付けていた。
それと同時に俺はレイナの方に向かい、生命力譲渡による治療を施した。
「まだ痛むか?」
「い、痛くないっす、けど……」
「悔しいか?……殴ってやりたいくらいムカつく相手に傷一つ負わせられないのが、逆に殴り返されただけで泣いちまう自分が、情けなくて悔しいか?」
「……ぐ………ぐや、………ぐやじいっす…ぅ………!」
歯をギリリと軋ませ、涙を流しながら嗚咽交じりに答えた。
「そうだよな。なんであいつに敵わないんだろうな? それはお前が弱いからだ。成人してないから仕方ない? そりゃ確かにそうだ。だが周りの状況はお前の都合に合わせてくれるとは限らない。目の前の酔っ払いオヤジがいい例だろう」
「……」
本当はこの後『成人して立派な職業になって見返してやれ』とか言うのが綺麗な励まし方なんだろうけどな。
でも、レイナを殴ったこのクソオヤジを放っておくつもりはないし、レイナもこんな奴に付きまとわれるのは嫌だろう。たとえ肉親でも、やって良いことと悪いことがある。
故に、俺はレイナに任せることにした。
「今すぐあいつに一矢報いたいなら力を貸してやる。だが覚悟しろ。今、俺に頼るつもりならお前は成人した後、俺とアルマのパーティに入ってもらう。ソロで活動したり、他のパーティに入ったりすることは許さない。それでもいいなら今すぐお前に『強さ』を貸してやるが、どうだ?」
なんかある意味あの酔っ払いクソオヤジと言ってることが大差ないように思えるな。
『お前の人生を俺に寄越せ』って言ってるようなもんだし。この状況を利用してレイナをパーティに強制加入させようとするとか我ながらかなりゲスい。
でもこの子放っておいたらこのクソオヤジとかに絡まれた時に自衛できるか心配だし、自立させようにも最低でもこのオヤジを単騎で打倒できるくらいまで鍛えてからじゃないと不安だ。
「…あの、なんかシリアスに言ってるとこ申し訳ないんすけど、自分に全然デメリットが無いように思えるんすけど」
「ん、そうか?…まあいいや。で、どうすんの?このオヤジこのままほっとく? それとも今すぐボコる?」
「……ボコるっす」
はい、契約成立。
レイナの全身の筋肉やら骨やら神経やらをありったけの気力で強化する。
「…すごい力が流れ込んでくるっす」
「ああ、あとこの力は補助魔法じゃない。俺はスキルを使えないしな。まあ今はそんなことどうでもいいだろ。さっさとやっちまえ」
「な、なんかサラッととんでもないこと言ってたっすけど、それよりもっ!」
「な、なにしやがる気だ! なっ、は、速」
ゴスゥッ!!
「かっ! かがああぁぁがはああこあっ……?!!」
意味不明な呻き声を上げながら、酔っ払いが股間を押さえながら床に突っ伏した。
……やりおった。
もう音で察しがつくけど、あれ教えたの絶対アルマだろ。
もしかしたらあそこを最初っから狙ってりゃ気力で強化しなくても効いたんじゃないかアレ…?
「これはお母さんの分! これは売り飛ばそうとした分! これはさっき殴られた分っす!!」
ゴスッ! ゴスゥッ!! ゴシャァプチュッ!!!
やめて! やめたげて! やめたげてよぉ!!
てかプチュって! 今プチュって! 鳴っちゃいけない音がしてたんだけど!?
下手したらハイケイブベアにも通じるんじゃないかってくらいステータスを強化された攻撃力で急所を蹴りまくるレイナ。容赦がまるでねえ!
酔っ払いの方は涙やら涎やら鼻水やら垂れ流しながら苦悶の表情で意識を失っている。…こいつクズだし、同情の余地は微塵もないが自分が同じ目に遭ったらと思うとゾッとするな。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ………思い知ったかっす……!」
「…気は済んだか?」
「レイナ、大丈夫? まだ時間はあるよ?」
アルマ、さりげなく追撃の催促はやめなさい。
「…もう気は済んだっす。本当はお母さんに頭でも下げさせてやりたいところっすけど、こんな奴に今更謝らせたってお母さんに迷惑かかるだけっす」
「前に家族はいないって言ってなかったか?」
「こんな無駄に複雑な家庭の事情、あんまり話したくないんすよ。話しても母親の所に帰れとか言われるだけっす。帰ってもいずれあいつに見つかって今度こそ売られるだけなのに」
「お母さんは、元気なの?」
「一応、元気みたいっす。売り飛ばされる前に孤児院に逃げた後もこっちのことを心配してるみたいっすけど、定期的に手紙を送ってるから大丈夫だと思うっす」
「それでも、たまには会ってあげて。レイナも、本当は会いたいでしょう?」
「…はいっす。これまでスラム暮らしで、お母さんに会ったら絶対に甘えてしまって、一緒に暮らして、またあいつが帰ってきかねなかったから会えなかったんす」
「なら、成人した後にでも会いに行け。もう冒険者としてパーティも組んで立派にやってるって言えば、少しは心配も薄れるだろ」
「…自分なんかが、お二人のパーティに入っていいんすか?」
「入らなけりゃ困る。お前は俺の秘密を聞いてしまったからな」
「ひ、秘密ってなんすか? てかドサクサに紛れてなんか言ってたのは聞いてたっすけど、もしかして結構やばい情報だったりしたんすか!?」
「ああ。こいつをブタ箱に放り込んでから宿に帰ったらじっくり教えてやる。お前が何を聞いてしまったのかを」
「こ、怖いっすー!!」
ヘヴィな過去を暴露してギクシャクするかと思ったが、案外平気そうだ。無理をしている可能性も否定できないが。
さて、もう後には引けん。こうなったら俺の事情を話して徹底的に鍛えて魔力操作と気力操作を習得させて自衛くらいは出来るようにしてやる。
本当の修業はこれからだぞ、レイナ。
お読みいただきありがとうございます。




