強敵だったかもしれない
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『グジャアアアアァァアアッッ!!』
怒りに燃えた目をこちらに向け、咆哮する熊公。
うわ、こっわ。そんなキレんでも。
「ひ、ひぃ……!」
追いかけられてた子の方は、今の咆哮に竦み上がってしまったようだ。
頼むから漏らしたりするなよ。
「大丈夫か、怪我は?」
「ひ、あ、だ、大丈夫っす………で、でも、魔獣が……!」
怯えながらも何とか言葉を返して、状況を見てるな。スラム暮らしで生きのびるための術を磨いてるからか。
声と顔つきからして、女の子か。前は女の子に助けられてたが、今度は助ける側に回れたな。だからなんだって話だが。
金髪に赤い綺麗な瞳だな。風呂に入ってさっぱりさせて、服をまともにすればなかなか可愛らしくなりそうだ。…はいはい、今それどころじゃないですね。
『ガアアアアアアアッ!!』
こちらに向かって突進してくる熊公。
【轟突進】を使ってるなありゃ、クッソ速い。
スラムっ子を抱えて縮地モドキで回避。全速力で動けばこちらの方が速度は上のようだ。
だがいつまでも逃げられるような速度じゃない。このままじゃピンチだ! どうしよう!(棒読み)
回避した直後、再びこちらに向かって突進しようとしたところで、
熊公の身体が地面の下に沈んだ。
『グガアッ!?』
「え、あれ? き、消えた?」
「上手く落としたな、アルマ」
「うん、相手が硬直していれば、落とすのは楽だった」
突進を避けられて方向転換するわずかな隙をついて、アルマが精霊魔法を使って奴の身体の下に深い穴を開けて落下させた。
タイミングを見て落とし穴を造って落とすように指示を出していたが、上手くやってくれたな。
「深さはどれくらいなんだ?」
「大体魔獣の体長の3倍くらい」
「まあそれぐらいなら十分か、さて、仕上げにポイポイっと」
穴の中にアイテム画面の中のケルナ村でもらった藁束を投げ込んでいく。
で、火蝦蟇の油を塗った薪に火を点けて投げ込む。
仕上げに精霊魔法で穴を岩盤で塞いで処理完了。
これで穴の中では藁が燃えて酸素不足になり、熊公はやがて窒息死するだろう。
登ってこようにも穴は既に塞いである。岩盤ぶち抜いて脱出しようにも分厚過ぎて無理だろうな。
我ながら卑劣でエグい戦法だなぁ。でも魔獣相手で生きるか死ぬかの時に騎士道精神がどうとか言ってられないしー。
「な、何が起きたんすか? 急に魔獣の下に穴ができて、なんか投げ込んだ後塞がって…?」
混乱した様子で熊公が落ちた穴があった場所を眺めるスラムっ子。
色々いっぺんに起こりすぎて脳の処理が追い付いていない様子だ。
「あー、簡単に説明するとそっちの女の子、アルマの魔法で落とし穴を作って、それにさっきの魔獣を落としたんだよ。出口は塞いだからもう大丈夫だ」
「藁束が燃えて、そのうち息ができなくなって、助からないから安心していい。…ちょっと可哀想だけど」
「助からないから安心していいって、なんか変じゃないっすか…?」
引きつった顔で説明を聞いているスラムっ子。
変ジャナイヨー。助からないのは魔獣だしー。
「まぁ無事で何よりだ。歩けるか?」
「は、はいっす。あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます。お二人が来てくれなかったら、きっと食べられて死んじゃってたところっす」
「ん。怪我はしてない?」
「はい。あの魔獣、獲物が怖がりながら逃げるのを楽しんでるような感じで、一気に攻めてくるようなことはしてこなかったっすから」
獲物を前に舌なめずりは三流のすることって某傭兵も言ってたぞ。舐めプはアカン。
まあそのお陰でこの子は助かったわけだけど。
「さっき、別のパーティがさっきの魔獣に追いかけられてるって言ってたけど、もしかして置いてかれたのか?」
「…はい。あの人たちがいくら攻撃してもビクともしなくて、みんなで逃げようとしたんすけど自分だけまだLvがないから脚が遅くて…」
「あなた、まだ成人してないのに魔獣の住処に入ったの? なんでそんな危ないことを?」
「荷物持ちでもなんでもいいから雑用に使ってほしいって、そのパーティに無理言って頼み込んだんすよ。もうすぐ成人するんで、それで職業が決まれば冒険者になれるけど、装備とか揃えるための先立つものがないから手っ取り早く稼ごうと思ったんすけど、ごらんの有様っす」
「…失礼かもしれないが、家族は?」
「いないっす。元々孤児院に住んでたんスけど、潰れちゃって身寄りがなくなって今はスラムで寝泊まりしてるっす」
「すまない、あまり聞かれたいことじゃないだろうに」
「いいっすよ。別にそんな気にすることでもないっすから」
メンタル強いなこの子。
「置いていったパーティのこと、恨んでる?」
「一応、前払いで報酬はもらってたし、基本何があっても自己責任で、自分の身は自分で守るように契約してたっすから、特に恨み言は無いっすよ」
「…そう。ならいい」
「むしろ預かってた荷物をどうしようか困ってるっす。返さないと盗んだことになりそうでまずいっす」
「とりあえず、事後処理は街に帰ってからにしよう。荷物は一段落してから返せばいいと思うぞ。向こうも置いてったことに負い目を感じてたみたいだし」
置いていかれたことに腹を立てないどころか、預かった荷物を返さなければと責任感を感じてるとはな。
人間ができてる、というより自分のことを大事にしていないような印象だ。いのちはだいじに。
そう思っていると、アルマがスラムっ子に向かって口を開いた。
「…あなた、身寄りがないならしばらく私たちと一緒にいない?」
「え?」
驚いた顔で、アルマを見るスラムっ子。
「このまま放っておいたら、また無茶して危ない目に遭いそうだし、それなら傍に置いておいた方が安心」
「え、いや、でも、まだ会ったばかりなのに、それに自分はまだ成人してないから荷物持ちぐらいしかできないっす。せっかくのお誘いですけど、あまりお役には立てないと思うっすよ…?」
「それでもいい。自棄にならず、しばらく落ち着ける環境でよく考えて、自分の生き方を考えてほしい。無茶をしてどこかで死なれたりする方が私は嫌。…ヒカルは、どう?」
それ今確認するんですか。
仮にこの状況で断るの結構勇気がいると思うんですけど。
「……はぁ。宿代と食費がかさむが、同意見だ。これも何かの縁だろうし、遠慮せず一緒に来なよ。少なくとも衣食住は保証するから。どうしても嫌ならいいが」
「い、嫌なわけないっすよ! で、でも本当にいいんすか?」
「いいっつってんだろ。あんま長話するのも時間がもったいないし、来るなら早く決めなよ」
「じ、じゃあ、しばらくお世話になるっす…! ふ、ふぐぅ…、な、なにからなにまでありがどうございばずっす……!」
涙を流しながら礼を言うスラムっ子。
優しくされることに慣れていないみたいだな、不憫な。
「ぐすっ…。じ、自分はレイナミウレと申します。略してレイナって呼んでください。今後ともよろしくお願いしますっす!」
「アルマティナ。長いから、アルマでいい。よろしく」
「俺は梶川光流だ。カジカワでもヒカルでも好きに呼んでくれ」
自己紹介も済んだし、今日はもう帰るか。
あ、来た道どっちだっけ? やっべ、道しるべに何か撒いておくべきだったか。
まぁ、魔力や生命力の反応の少ない方に向かえばそのうち脱出できるか。時間かかりそうだが。
お、レベル上がった。熊公が窒息死したみたいだな。
お前は強かった、多分。きっと強かったんだと思う。まともに戦ってないからイマイチ分からんかったけど。
ん? 急に目の前にメニュー画面が表示された。あ、これもしかして
≪レベルが一定の数値に達したのを確認。メニュー機能のアップデートを開始≫
来たか。スタンピード以来だな。
さて、今度はどんな機能が追加されたやら。
お読み頂きありがとうございます。




