父の遺した言の葉
次回で最終話。
次々回でエピローグとなります。
「さて、話もまとまったところで光流には現実世界へお帰り願おうか。こんなのどかで辺鄙なだけの場所にいつまでも留まるのは退屈だろう?」
「……来たくて来たわけじゃないんだが」
やたら馴れ馴れしい金髪君に手を引かれながら神界の奥へと案内されているが、このお子様はどうしてこんなフレンドリーなのか。
『地球』と呼ばれていたが、もしかしなくても地球の神だったりする……?
「ご明察。いわば君たち地球人全員のパパみたいなもんだよー。えっへん」
「ナチュラルに思考を読むな。プライバシーの侵害やめろ」
「今更だねぇ。こちとら全地球人の一日を毎日追体験してるんだよ? なにもかも、なにもかもを、ね。例えば……お嫁さんと仲が良いのは知ってるけど、妊娠中はもう少し控えたほうがいいと思うよ?」
「テメェ最悪じゃねーか! 覗き見てんじゃねぇよ張っ倒すぞクソガキが!!」
「悪趣味ですよ、アース」
やっぱ地球の神ってロクでもなかった!
今すぐコイツをブチ殺したい衝動に駆られそうになったが、現状じゃ勝ち目がないし実害があるわけでもないので止む無く断念。
ヒトのそういった事情まで出歯亀してやがるとは疑いの余地なくこのガキは邪神の類に違いないくたばれエロガキ。
「んっふふ、やっぱり追体験と違ってリアルタイムの反応はいいねぇ。神として干渉するのは控えるべきだとは思っているけれど、こうして会話してるだけで楽しくなっちゃうよ」
「いい気なもんだなぁ神様はよぉ!」
「アぅ……! あ゛~!!」
「おおっと、ごめんごめん! 驚かせちまったな、セティ」
「赤ちゃんの前で大声出すとビックリしちゃうよパパー」
「テメェが出させたんだろうがぁ……!」
なんか、なんかこのガキ、すっごい苦手なタイプだ……!
多分俺より遥かに年上なんだろうけれど、外見と言動の幼い印象からあんまりマジになって怒るのも気が引けるし、それを理解したうえで揶揄ってきやがるもんだからタチが悪い。
「なぅ~! あうあぅ!」
「お~よしよし、いい子だ」
俺の声のせいでちょっとグズり出していたが、揺らしてあやすとすぐに機嫌を直して笑ってくれた。
しっかし、元気な子だ。ユーブやイツナの時と比べて3割増くらい元気な気がする。
「あぅ! あぅ~!」
「ん? どうした?」
「『パパの指を握りたい』ってさ」
「指? ……え、セティの言葉が分かるのか?」
「分かるわけないじゃん。相手は赤ちゃんだよ?」
「じゃあなんでそんな自信満々に言いやがったんだよ!?」
「言葉は分かんなくても、気持ちは分かる。いいから握らせてあげなよ」
「まぅ~!」
「ホンマかいな……」
言われるままに小指を差し出して掌に乗せると、ぎゅう、と小さな手で力いっぱい握ってきた。
……本当に握りたかったのか。
「あぅ~! あは! あははっ!」
「……満足か?」
「あぃ!」
「そうか。まだ生後一日なのに随分と自我が強いな……というか痛いんだがちょっと赤ん坊の握力じゃないだろコレってか痛い痛いあのセティさんマジで痛いんですけどすんませんホントに痛いから離してくださいだだだだ!!」
「きゃっきゃ!」
いや冗談抜きで痛い! 超痛い! 折れる! 小指がへし折れる!!
なんつー握力だ! これでステータスとプロフィール無効化されてるってマジ!?
「ぶふっ、あっははははは!」
「笑ってんじゃねーよ! 笑い事じゃないレベルで超痛ぇんだぞ!?」
「ご、ごめんごめん、懐かしい光景につい、ね。……親子共々ここまで同じやりとりをするとは、血の繋がりってやつは強いもんだねぇ」
「はぁ? ってあいだだだだ!! 離して! セティさん冗談抜きで折れるから離してホント勘弁してくださいお願いします!!」
「だーぅ!」
意味不明なことをブツブツ言ってるが、こちとら小指が痛くてそれどころじゃねぇ。
辛うじて折れる寸前で抜き取れたが、小指が鬱血するほど強く握り締められていたことに戦慄を禁じ得ない。
……さすがは俺とアルマの娘だ。将来が怖い。てかもう今が怖い。
「まだ生後一日しか経ってない赤ん坊の将来を憂いてどうすんのさ」
「こちとらもう若くないんだ。この子が成人するころにゃもうジジイだぞ? そん時までに最低限の道徳と常識を身に着けてもらにゃ、老骨に鞭打ってこの子を諫めなきゃならん」
「気が早いっての。最近の君は『次世代に繋げる』準備を続けているみたいだけど、まだまだ現役でしょ? 仮にヨボヨボのおじいちゃんになっても、光流に勝てる奴なんかいないさ」
「それでも、だからこそ早く次の若者たちにバトンを渡すべきだと思っている」
この金髪君の言うように、ここ数年は次世代への引継ぎに躍起になっていた。
俺が居なくなった後にも残しておくべき組織や情報に戦力・システム。etc.を、どうにか俺抜きでも運用可能な形にするところまで持っていくのに随分と時間をとられていた。
始末人ギルドの引継ぎはほぼ完了したし、料理人ギルドのほうにもレシピを提供して美味い料理やお菓子のデータを広めてもらったし、孤児院の就職斡旋事業もファランナム君たちに任せておけば大丈夫。
「そうやって平穏に隠居するのもまた人生。平和過ぎてつまんないとかそういう意味で言ったつもりはないから、気を悪くしないでね」
「アンタが何言っても皮肉にしか聞こえねぇよ」
「いやいやホントホント。皮肉でも嫌味でもなく僕は全ての人生が素晴らしいと思っているんだよ。百を超える病気知らずの老婆も、乳の味も知らず飢えたまま彼岸を渡った赤子も、数千万もの人を死なせるきっかけを作った独裁者も、数百年にもわたり世界中の人々を苦しめてきた大病に立ち向かった名医も、老若男女国境貴賎問わずくだらない人生なんか一つもない。誰一人にも知られないまま独りで死んだ子も、僕だけはその人生の価値を知っているし決して忘れない」
「それ、マジで言ってるのか?」
「大真面目さ。毎日一人も欠かさず見てるよー。もちろん君もね」
イカレてやがる。
一人二人ならまだしも、数十億人もの人生を毎日一人一人追体験してるってことは下手したら精神的な年齢は1兆や2兆じゃ利かないはずだ。
腐るほど、飽きるほどに見てきたはずだというのにそれでもなお人間を素晴らしいと言い切れるのか。
……神様ってやつの尺度は、根本から俺たちとは次元が違う。それを改めて認識させられた気分だ。
「神の中でもそこまでの異常者はアースくらいですよ。誤解なきように」
「あ、やっぱこのガキがぶっちぎりでイカレてるだけですかそうですか」
「それもひとえに君たちへの愛ゆえだよー。……さて、そろそろ出口だね」
歩きながら話している間に、いつの間にか現実世界への出口へと辿り着いていたらしい。
石造りの真っ白で簡素な扉。
その前に立っている、フードを被った門番らしき誰かへパラレシア様が声をかけた。
「お忙しい中すみませんが、どうか彼をパラレシアまでお送りください」
「畏まりました」
目深にかぶったフードのせいで顔がよく見えないが、声は渋い男性のものだ。
……? なんか聞き覚えがあるような……?
「じゃあね、光流。君が一生を精一杯生き抜いてからこっちに来るまで、もう会うこともないだろうさ。元気でね」
「へいへい。ありがとーござんした」
「最後になにか聞いておきたいことでもあるかい?」
「んー……いや特に……あ、パラレシア様にならちょっとだけ」
「? 私ですか?」
くだらんことだ。
ものっすごくくだらんことだが、聞ける機会は今くらいだしこの際聞いておこう。
「ネオラ君の容姿って、もしかしてあなたの趣味ですか?」
「ぶっふぉ」
「…………大石忍さんの要望に可能な限り応えたうえでですが、その……はい」
死ぬほど気まずそうな顔をしながら目を逸らしつつも、肯定する女神様。
予想していたことだが、やはり女神様はロリショタコンだったか。
横で金髪君がゲラゲラ笑ってるが、アンタも狙われてない? 大丈夫?
ネオラ君の要望って、ハーレム作ることだったよな。
確かにあの破壊的な容貌ならモテモテにもなるわな。
なお言い寄ってくる大半は男の模様。
~~~~~
「あー、笑った笑った。最後まで楽しませてくれて嬉しい限りだよ」
「お黙りなさい。……あなたのほうこそ、最後くらいなにか言ってあげるべきだったのでは?」
「僕から伝えたいことなら、17年前に光流がそっちへ飛ばされた時に仕込んでおいたさ。……正十の遺言でもあるけどね」
「マサト?」
梶川正十、光流の父親。
あの子は、光流が産まれた3日後に死んだ。
死ぬ間際に、呪いのせいで衰弱しきって既に寝たきりだった体をどうにか起こして、ベッドの上で光流の体を必死に抱え上げていた。
『産まれてきてくれてありがとう』
『愛してる。世界で一番、誰よりも』
『こんなわずかな時間しか一緒に居られない僕を、どうか許してほしい』
『唯とともに、幸せになってくれ』
その他にもたくさんたくさん、言いたいことは山ほどあったけれど、残された命ではその全てを伝えきれなかった。
いよいよ力尽き、逝こうとしたところで、光流が正十の小指を思いっきり握った。
そのあまりの力強さに激痛が走り、正十も思わず跳び起きて、泣いていた唯もものすごく驚いた後に、二人とも涙を流しながら笑っていた。
それで笑っているうちに、最後の言葉を伝えそびれてしまって、そのままポックリ逝っちゃったんだよねー。
……ま、そういうこともあるさ。
湿っぽいのは正十にも光流にも似合わないし、きっとあれでよかったんだ。
「それでは今後の予定ですが、まずあなたには地球に加えテラナザァの管理も同時に行って頂きます」
「やっぱりかー、予想はしてたんだよなー。どっちも僕が管理することになるんだったら、リソースのやりとりにも意味はなくなっちゃうなーとは思ってたんだよねー」
「新しい神が成長して、管理業務を任せられるほどになるまではしばらく忙しいでしょうが、我慢してください」
「別にいいけどねー。……ん? 新しい神って言うけど、候補になりそうなのいたっけ? それとも誰か妊娠中だったり?」
「いいえ、まだ」
「? ……! うわっ」
疑問に思って首を傾げていると、後ろから猛烈に強い力で抱き寄せられた。
……パラレシア?
「これから産まれるのですよ。私とあなたの力で、ね」
「……Oh……」
(アカン)
目が据わってる。
パラレシアのこんな活き活きとした顔、初めて見たかもしれない。
「……ごめん、急用を思い付いたからちょっと席を外すねーはははー」
「却下します。お仕置きを兼ねておりますので、しばらくゆっっくりとこの場に留まっていただきます」
「ちょちょちょ、待って、ホントに待って絵面が酷いっていうかもう完全にアウトだから落ち着いてマジでショタコン拗らせてるのは知ってたけどいくらなんでもこれはちょっとって アッーー!!!!」
……メニューがモールスで言ってた『せいぜい搾られろ』って、こういう意味だったのか……。
コレがしばらく続くのかー……うん、僕も頑張らないとなー。
光流。
あえて言わなかったけれど、君の人生におそらく平穏は訪れない。
君はトラブルを引き寄せやすい気質と運命であり、この先も何度も絶望を味わい、そしてそれをぶち壊して乗り越えていくだろう。
今際の際まで、君はドタバタと忙しく全力で生き続けることになる。
最後まで退屈しない人生になりそうでなによりだ。
だから
頑張れ、我が子よ。
≪( ´,_ゝ`)≫




