紛れもなく、神
ウルハ君がこんな扱いなのは570話で『どんな苦難からも逃げたりしない』と宣言したからです。
「……はっ!?」
ふと、目が覚めた。
いけない、立ちながら眠ってしまっていたのか? 我ながら器用な……。
「おい、ウルハ! ボーっとしてねぇでさっさと先へ行け!」
「あ、ご、ゴメン!」
同僚の勇者に喝を入れられ、一気に頭が冴えてきた。
いや、本当に申し訳ない。
「この先に親玉がいやがるようだ! 露払いは俺たちに任せろ!」
「頼んだ!」
侵略者たちとの戦いの最中だというのに、あろうことか居眠りをしていたようだ。
意識が飛びそうになるほどの混戦中だったからか、妙な白昼夢まで見てしまった。
現在、謎の侵略者たちに対抗するために、魔族とも手を取り合って世界規模の大戦争の真っ只中。
空はヤツらの魔力のせいでずっと曇っていて、昼夜問わず身を刺すような寒さの風が吹いている。
太陽を取り戻すため、そして平和を取り戻すための戦い。
それも既に佳境へ入ろうとしているけれど、僕がしくじればすべては終わりだ。
雑魚ですら単騎で街を滅ぼせるほどの強さを誇り、勇者並の実力がなければ抵抗することすらままならない。
親玉に至っては、僕以外は戦いの場に立つことすら許されないレベルで魔帝も真っ青だ。
『性懲りもなく挑むか。いいだろう、今度こそ殺してやる』
侵略者たちを掻い潜り辿り着いた先には、巨大な一つ目を見開きながら僕に剣を向ける侵略者の親玉がいた。
ヤツは強い。アルマでも勝てないんじゃないかってくらい、規格外の膂力と頑丈さを誇る。
十年近く前に、魔王と魔帝を取り込んだ例の男を倒したことで僕はとてつもない力を手に入れたけれど、それでも防戦に徹しなければすぐにやられる。
受けたダメージを強さに変える技能『ダメージトランサー』で能力値を底上げしても誤差の範疇。
ヤツを倒すには文字通り『死ぬほどのダメージ』でも喰らわない限り、勝てないだろう。
だからこそ、希望はある。
ヤツが僕に攻撃を仕掛けた瞬間にダメージトランサーを発動して、あえて致命傷を受けた後に相打ち覚悟で攻撃を仕掛ける。
おそらく、それで殺せる。
今日ここで、死ぬ。ヤツも……僕も。
「……いくぞ!」
『馬鹿正直に突っ込んできおって。殺してくれと言っているようなものだぞ?』
ああ、そうさ。殺せばいい。
けれど、確実にここでお前にも死んでもらう。
たとえこの一撃で脳を潰されたとしても、僕の体は剣を振るってお前を斬る。
……済まないセリス、そして我が子よ。帰ることはできそうにない。
せめて君たちが幸せに暮らせるように、命を懸けてここでコイツは仕留める!!
『死ね!! ……えっ』
ヤツの剣が僕の胸に突き刺さる直前にダメージトランサーを発動した。
剣が皮膚にめり込んでくる感触をゆっくりと感じていると、ボキッと軽い音を立てて剣が折れた。
「え? ……あっ」
あれ? と思った時には、既に僕の体は剣を振るっていた。
まるで空を斬るかのような手応えのなさに、空振りしてしまったのかと思った。
『あ、あ……?』
何が起こっているのかも分からないような呆然とした顔のまま、ヤツの体が斜めにスライドしていく。
そのままドチャリと音を立てて、真っ二つになった体を地面に預け、絶命した。
……僕の剣は、なんの抵抗もなくあっさりとヤツの体を両断してしまったようだ。
……………あれぇ?
あれか、もしかしてやられたフリをしているのか?
……いや違う。死んでる。ホントに死んでる。
あ、ずっと曇っていた空が晴れていく。
親玉が死んだから魔力の雲を維持できなくなったんだ。
日光に照らされた残党たちが、灰になって消えていく。
終わった。
なんかあっさり終わった。
………おかしい。
ダメージトランサーのせいだと思うけど、なんでこんなに強力な力が出たんだ……?
~~~~~強力な力(心臓貫き手)を授けた外道視点~~~~~
「んむぅ……」
「よしよし、いい子だ。……はぁ~……」
腕の中で眠る我が子を抱えながら、思わずため息が出た。
あの寄生虫の呪縛が消えたのは確認済み。
今のセティは神の端末ではなく、ちょっと物騒なプロフィールをしてるがただの赤ん坊だ。
これで終わりとは思っていない。
いずれ新たな手を打って俺たちを殺しに来るだろう。
その時にはまた新たな交渉材料でも用意しておかないと、今度こそ成すすべなく蹂躙されて死ぬ。
考えることは山積みだ。……憂鬱だわー。
ひとまず、今日のところは家に帰ろう。
アルマはショックで気ぃ失っちまったし、ユーブとイツナも安心させてやらないとな。
『お前だけは逃さん』
……なんて呑気なことを考えていたら、気が付いた時にはあたりの景色が一変していた。
シームレスに、なんの違和感もなく見覚えのない場所へと変わっているのに戸惑いを覚えたが、それどころじゃない。
「! セティ……!?」
抱えていたはずの、セティが腕の中から消えていた。
まずい、どこに行った!? 早く見つけてやらないと……!!
メニュー! セティの位置を教えてくれ!
……メニュー……?
おい、どうした。
なぜ、なんの反応もない。
くそ、ならば魔力感知でセティを探すしか……アレ?
何も、感じない。
魔力感知以前に、そもそも自分の魔力そのものが感じられない。
魔力だけじゃない、気力も生命力も……膂力すら、ステータスのない生身の状態になっている。
よく見たら服装も、初めてパラレシアへ転移した時と同じ作業服へと変わっていた。
……どういうことだ。
あたりを見渡すと、まるで漫画やアニメで描かれる天国のような風景だった。
空を飛ぶ天使らしきヒト、雲でできた地面に黄金が敷き詰められた歩道に宝石の花が咲き誇る花畑。
……もしかして、ここ、あの世だったりする?
「当たらずとも遠からずだな。人は死ねばやがてここへ辿り着く」
後ろから聞こえた声に振り向くと、病的に痩せこけた男がこちらに歩みを進めていた。
天使か坊さんが着るような純白で簡素なローブを着込んでいて、ぱっと見、高位の僧を彷彿とさせる出で立ち。
その手には似つかわしくない自動拳銃が握られており、銃口をこちらに向けているのが殺意の表れとなっている
……この声、まさか……。
「神界へようこそ、梶川光流。残されたわずかな時間、たっぷりと景色を堪能するといい」
「……さっきまでセティを操っていやがったのはテメェか、即身仏野郎」
あの寄生虫野郎の本体、異世界の神か。
人間とまるで変わらない見た目で、思ったよりも神々しさはないな。
「この状況でそんな口が利けるとは、その度胸だけは褒めてやろう」
「セティはどこだ」
「これから死ぬ貴様が知る必要はない。貴様はやりすぎたのだよ、梶川光流」
「質問に答えろ。今度こそ殺されたいかテメェ」
「随分とデカい口を利くが、気付いていないのか? 今のお前は常人に過ぎん。ステータスもプロフィールも、メニュー機能も使えない。ただの地球人としての能力しかない凡人だ」
「……能力の剥奪ってやつか。そんな反則まで使えるたぁ便利そうだな、クソ野郎」
「いや、いくら神とて魂に根付いた権能を気安く剥奪できるほど万能ではない。でなければリソースを回収するためにわざわざ殺す必要もないだろう。現実世界限定の異能が神界では通用しない、というだけのことだ」
つまり、例えるならゲームの中ではキャラが魔法やらなんやら使えるけど、そのキャラを現実に連れてきたら『現実に魔法なんかありませんよ、ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし』といった具合に現実での法則が適用されてしまう、みたいなイメージか。
「……俺を連れて来たのは無力化させて、直々に殺すためってところか」
「この場ではメニューは使えん。故にあの小僧を人質にすることもできない、というわけだ。尤も、私も現実世界ほど派手な権能を行使できるわけではないがな」
「つまり、互いに常人並みのスペックしか発揮できないってことか」
「そう、つまり勝敗を分けるのは……武装の差だ」
拳銃の引き金に指をかけ、俺の頭をぶち抜こうと狙いを定めている。
さすがにステータスが使えない状態で脳を破損したら、問答無用で死んでしまうだろう。
「案ずるな、最期の慈悲だ。苦しまないように殺してやる」
「そりゃどーも」
「寂しくもないぞ、15年おきに貴様の家族も一人ずつお前のところへ送ってやろう」
「……ウルハ君は帰してやったのに、俺たちは殺すのか。約束は反故にするということか?」
「あースマンスマン、その件について返事をしていなかったな。……貴様のようなゴミクズからの提案なぞ受け容れるわけが無かろう。さあ、死ね!!」
分かった。
ならば、俺も覚悟を決めよう。
ヤツが引き金を引くその瞬間、右足を振り上げた。
履いていた安全靴がすっぽ抜け、銃弾が着弾したのが分かった。
そして、安全靴の先に仕込んである鉄製のプロテクターが、弾丸の軌道を変えた。
「なっ……!!」
「ふん!!」
今度は左足を振り上げ、もう片方の靴をヤツの顔面目掛けて蹴っ飛ばした。
多少怯んだ程度だが、充分だ。
その隙に
「おらっしゃぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
ゴ ス ッ ! !
と、右足でヤツの局部を思いっきり蹴り上げてやった。
右足に何かが二つほど潰れるような感触が伝わってくる。きしょ。
「ぐおぉおっっ……!! こ、しゃく、なぁああ!!!」
わぁお、耐えた。案外根性あるな。
金的を蹴り潰されたとは思えないほど機敏に動き、今度こそ俺を撃ち殺そうと拳銃を構えたが、銃を掴んで銃口の向きを逸らした。
「死ね! 死ね! 死ねぇええっ!!」
「当たってねぇよクソエイムが!」
「こ……の……! 手を、放せぇぇえ!!」
何発放とうとも、一発も当たらない。当てられるわけがない。
十数発ほどで弾倉の中身を撃ち尽くしたようで、カチカチと空打ちの音が虚しく響いた。
「武装の差はなくなっちまったな、どうする?」
「バカがッ……!! 徒手空拳ならば勝てるとでも思ったか!?」
銃を投げ捨て、鋭い手刀を俺の頭部目掛けて降り下ろしてきた。
咄嗟に頭を逸らして避けたが、避けた先にあった石柱が手刀の一撃で砕けた。
「私がどれほどの時を神として君臨してきたと思っている! 貴様ら人間が創り上げた拳法など、何万年もの間飽きるほど見てきたのだ! その極意を使いこなすことなど容易いのだよ!」
「見ただけで覚えたのか、バケモンだな」
「貴様を屠るのに神としての権能も拳銃も必要ない! 直々にこの手で殺す!! ステータスのない貴様ごときが、敵うと思うなぁ!!」
さっきの手刀も今突き出された拳も、達人顔負けの精度と威力なのが見て分かった。
当たれば死ぬ。常人が対応できるようなものではない。
そんなのは、いつものことだ。
「でいっ!!」
「がぁっ!?」
膝と肘で拳の上下を挟み、威力を殺しつつ防いだ。
怯んだ隙に、全身の筋肉と関節を使い、ただ正拳突きを放つためだけに機能させた。
「ぜいっ!!」
「おごっヴぉぇえっっ!!?」
反吐をぶちまけ、地面に蹲る寄生虫野郎。
さっきまでの余裕面はどこへやら、転げながらなんとも惨めで無様な醜態を晒している。
「テメェの技の威力はすげぇよ、鬼先生にも引けをとらねぇ。でも、それだけだ。殺し合いに必要な『読み』も『狙い』も『フェイント』も何もかもなっちゃいない」
「な……に……?!」
「実戦経験が足りてねぇってこった。こちとら、17年近く二日に一度のペースで鬼先生と稽古してんだぞ? ぬくぬくと通信空手習ってるだけのやつが、死線を潜るのが日常の人間に勝てるかって話なんだよ。バカヤロウ」
そりゃもう油断したら心臓は潰されるわ胃は捩じり切られるわ首はへし折られるわ背骨はバキバキに砕かれるわ、生命力操作で回復できなきゃ死ぬような稽古を何度も受けてりゃ、ステータスがなくても戦えるようになるわい。
堀野のクソガキにボコられて以来、ステータスに頼らずとも戦えるように訓練してきた甲斐があったってもんだ。
「さて、それじゃあ終わりにするか」
「……ひっ……!? アぐっ!?」
髪の毛を引っ掴み顔を上げさせ、首に手を回し裸締めを極めた。
「かっ……ガッ……! アッ……!!」
呼吸ができず、血流がせき止められみるみる顔色が青白くなっていく。
ギブアップ、と言いたげにパシパシと力なく俺の手を叩いているが、止める気はない。
ここで、殺す。
「や……めろ……! ひ、ひと、ごろし……!!」
「ああ、もうとっくの昔に俺は人殺しだよ」
そう、俺は人殺しだ。
魔王との戦争中にも、魔族たちを殺してきた。
当時は、人型の魔獣くらいに思っていた。
人類に敵意を向ける、絶滅させるべき害獣なのだと。
だが、事はそう単純でもなかった。
彼らのアジトには、飯を作って食うための食堂もあったし、カードゲームなんかの娯楽を楽しむための場もあった。
互いに慈しみ合うための花園もあった。愛を伝える書きかけの手紙を握り締めながら死んだ魔族もいた。
魔族たちの生活の跡を見て、彼らも確かにここに生きていた者たちなのだと悟ってしまった。
魔族には魔族の人生が、あったんだ。
それを俺たちが、俺が殺し尽くした。
後悔はしちゃいない。共存できる存在じゃなかったし、殺すか殺されるかの選択肢しかないのならば、俺は殺す側に回る。
だから、それと何も変わらない。
魔族だろうが神だろうが人だろうが、俺は俺の事情で殺す。
俺と、家族に二度と危害を加えないように、殺す。
「死ね」
「ァッ……」
「はいストップ。そこまでだよ、光流」
……!
「手を放しなよ。でないと、この子を返せない」
「まぅ~」
首をへし折ろうとしたその瞬間、急に真横へ小さな金髪の子供が現れた。
なんの予兆もなく、なんの気配もなく、いつの間にか当然のようにそこに居た。
子供の手には大事そうに、慈しむように優しく抱えられているセティの姿がある。
「セティ……!」
「ゴホッ、ガハッ、カハッ……!!」
「うん、言うことを聞いてくれてありがとね。はい、どうぞ」
「むぅ……ぐぅ……」
寄生虫野郎から手を放すと、金髪の子供が笑みを浮かべつつセティを手渡してきた。
俺がセティを抱えると、安心した様子で眠ってくれた。
「セティ……無事で、よかった……!」
「うんうん、よかったね」
「ハァ、はぁ、はぁ……! あ、アース……!? なぜ、お前がここに……!」
? 寄生虫野郎は、この子供を知っているのか?
……まさか、この『アース』と呼ばれた子供も、神なのか?
「いやー、まあ色々と事情があってねぇ。あ、別に君を責めたいわけじゃないよ? むしろ見直したと褒めてあげたいくらいさ。あんなに面白い状況を作るきっかけを作ってくれたんだからねぇ」
「傍観者のお前がなんの用だ! 現実での出来事には何があっても干渉するべきではないと、普段から言っているのはお前だろうが! ひっこんでろ!」
「そう、現実での出来事ならね。……でもさ、ここはどこかな?」
「え おぐぉぉぉおっ!!?」
ズンッ と、一瞬だけ地震が起きたかのような大気の揺れとともに、寄生虫野郎が地面にめり込みながら頭を垂れた。
この金髪の子供のプレッシャー的ななにかが、物理的に寄生虫野郎を圧し潰しているように見える。
……この子供、ヤバい。今まで見てきた中に比較対象が存在しないほどの何かを感じる。
鬼先生ですら、この子供の前では赤子同然に思えてしまうほどの、圧倒的存在感。
なるほど。
コイツは紛れもなく、神だ。
「現実から神界にまで問題を引っ張ってきたのなら話は別だ。それ相応の対応をさせてもらうから、よろしくね?」
男か女かも分からない可愛らしく愛嬌のある笑顔を向けながら、底冷えするほど冷たい声でそう宣告した。
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