交渉(きょうはく)
572話にて、今回最悪の一手のための伏線あり。
詰みだ。
もうコイツは全ての手段を試したはずだ。
そして、悉く無駄だということも理解したようで、抵抗もせずに呆然と宙を浮いたままうわ言を漏らすばかりでいる。
そもそも次元が違うのだから当たり前だがな。
仮にコイツが宇宙を滅ぼせるほどの力を持っていたとしても、私にとってはなんの意味もない。
ただそれよりも強く、その力を無効化する能力を使えば済むこと。
所詮神の創造物ごときが、創造主たちに敵うはずがないのだ。
『消えろ』
消滅弾のカーソルを合わせ、梶川光流に着弾するように設定。
これで削除の作業は終わりだ。
『己が無力を噛み締めたまま無念に消えていけ。お前の家族もいずれ消してやる。なんの痕跡も残せないまま無意味な人生だったと悟りながら死ね』
こんなモブが随分と手を煩わせてくれた。
こうして憂さ晴らしでもしなければ気が晴れん。
無様な姿を晒したまま死んでいけ。
「メニュゥゥウウウウウッ!!! ファストトラベルだぁぁぁあああっ!!!」
着弾まであと数秒のところで、梶川光流が叫ぶ。
……死に瀕するとここまで知能が退行するのか、滑稽な。
『馬鹿か貴様は。ファストトラベルでは逃げられんと言ったはず―――』
―――っっ?!!
直後。
信じがたいものが視界に入った。
き
『貴っっ様ぁぁぁぁあああああッ!!! 何をしているぅううう!!!』
~~~~~最悪な一手を打ったクサレ外道視点~~~~~
迫る消滅弾。
掠りでもすれば俺は消える。肉体も魂も何もかも。
避けられない。防げない。ファストトラベルでも逃げられない。
当初のプランの神頼みも頓挫。詰みだ。
このプランはな。
ゆえに
「メニュゥゥウウウウウッ!!! ファストトラベルだぁぁぁあああっ!!!」
これよりプランBを開始する!
あ? ねぇよそんなもん? あるんだなコレが。
思いつく限り最低最悪の手段をとることを決意し、メニューに指示を出した。
≪了解≫
≪異世界より『勇者ウルハ』をファストトラベルにて召喚。梶川光流の盾となるように配置≫
「……え? あ、え、あれ……?」
メニューが呼び寄せたのは、困惑した様子の銀髪の青年だった。
時の流れが違うのか、いまだに若々しい印象の異世界勇者ことウルハ君。
そう、プロフィールの世界における最強の存在だ。
俺が打った手はこれだ。
ファストトラベルで『逃げる』ことはできなくても『呼び寄せる』ことはできるってわけ。
『貴っっ様ぁぁぁぁあああああッ!!! 何をしているぅううう!!!』
ここまで余裕の態度を崩さなかった寄生虫野郎が、喉を潰す勢いで声を裏返し絶叫した。
それと同時に、俺を狙っていた真っ黒な消滅弾が霧散して消えていく。
あのままじゃ俺を消す前にウルハ君を殺しちまうところだったが、着弾前にキャンセルしたようだ。
さて、とりあえず―――
「やあ、ウルハ君。久しぶり」
「……え、か、カジッ……?!」
困惑しているウルハ君を落ち着かせるために、できるだけにこやかに挨拶した。
いきなりこんなところに飛ばされたらそりゃビックリするよね。うんうん。
「許せ。 オラァッ!!」
「ゴホェッ?!!」
だから、鳩尾を思いっきりぶん殴って意識を刈り取った。
これで意識のない最強の盾の完成である。
「ヘイヘイヘイ、どうしたミスターカミサマ! 俺みたいなゴミ如き簡単に消せるんじゃなかったのかぁ!? やってみろよバーカバーカ!!」
『なぜッ……!! なぜそいつを呼び寄せた!! 許されざる大罪だぞ!!』
「知ーりーまーせぇぇぇん!! 大罪でも惣菜でも好きに言ってろやボケェ!!」
やはりな、わざわざ消滅弾をキャンセルした様子を見て確信した。
コイツはウルハ君を殺せない。殺すわけにはいかないんだ。
この世界で、パラレシアで死なせてしまうと『プロフィールのある世界』に多大な悪影響が及んでしまうから。
「ウルハ君の能力値は30万を超えている超高スペックだ。こぉんな膨大なリソースを宿した人間がこの世界で死ねば、その全てをパラレシアに還元されてしまって大損だよなぁ?」
『貴様!! それを狙ってその小僧をっ……!?』
「そのうえ、お前の管理してる世界って今かなりドタバタしてるよな? 魔族でも魔獣でもないインベーダーみたいなバケモノとの戦争中だろ? そしてそれに対抗するためにはウルハ君の力は必要不可欠なはずだ。違うか?」
『っっ……!!! なぜそれをっ……!!』
まだ歯が生えていないはずのセティから、歯を軋ませるような音が聞こえた。
歯軋りしてるのはセティじゃなくて画面越しに見ている寄生虫野郎だろうがな。ざまぁみろ。
現在ウルハ君たちの世界は、正体不明の怪物たちの侵略を食い止めるために必死の抵抗を続けている最中だ。
1年前の魔族騒ぎの時に『ライブ画面』で確認した時からずっと続いていることは確認済み。
そして、それらの大ボスを倒せる見込みがあるのはウルハ君だけだということも。
この情報が今の状況を打破するカギになる可能性を考えて頭の片隅に入れておいたが、まさか本当に決め手になるとはな。
「つまり、ウルハ君がここで死ねば俺たちのリソースなんか比較にならないほどの損害を被るうえに、お前の世界は滅びるかもしれないというわけだ」
『なにをっ……!?』
「なにが言いたいかって? えいっ」
「ガハェッ!?」
『なっ!! キサマァァアア!!!』
意識のないウルハ君の心臓を素手でぶち抜き貫通した。
その際に少し肺を傷つけてしまったようで血を吐いてる。メンゴ。
「さて、取引の時間だ。俺はお前には絶対に勝てないからこんな小物臭い交渉手段をとるしかできない弱者だが、今はお前の心臓を鷲掴みにしているに等しい。ああ安心しろ、潰れた心臓の代わりに俺が魔力で血液を循環させつつ止血してるから、すぐに死んだりはしない。俺が生命維持を続けていれば、の話だがな」
『き、貴様に人が殺せるのか……!? 脅しても無駄だぞ! 貴様はこれまで一度も……!』
「殺せる」
『……っ!!』
「家族のために、なんて綺麗ごとを言うつもりはない。俺は俺の都合で人を殺せる。自分が死なないために殺せる。アルマとユーブとイツナ、そしてセティとともに生きていくために殺せる。他人の幸せを踏みにじって自分の幸せを優先するために殺せる。俺の世界を守るために、お前の世界を滅ぼすことも躊躇わない」
『こ、このっ……外道がっ!!』
「テメェに言われたかねぇよカス。俺だってやりたくてこんなことしとらんわ。……なぁ、俺にそんなひどいことをさせないでくれよ。だから、話を聞いてくれ」
『……何が望みだっ』
「今すぐセティを解放しろ。二度と俺たちに干渉するな。そう約束できるなら、ウルハ君の傷も治して元の世界に帰す。拒否するならウルハ君を殺す。その後に煮るなり焼くなり好きにしろ。もう知らん」
『ぐ……!!』
「3秒以内に決めろ。過ぎた時点でウルハ君を殺す」
『なっ!?』
「はい、さーん、にーい、いーち、ゼーーー」
許さん。
貴様は手ずから殺す。




