一泡吹かせ、一口噴かせ
このお話で発覚したヤツについては、564話のあとがきにて匂わせていたりします。
あらゆる手を試した。
極限まで一点集中気力強化した拳をブチ当てた。
四方八方に生成したパイルバンカーを、絶え間なく秒間100発は下らない勢いでブチ当て続けた。
広範囲に解放すれば天変地異を起こせるほどの魔力を練った火力特化パイルを確実に直撃させた。
『……終わりか? その程度か。つまらんな、梶川光流』
「……はぁ~……」
効かねー。
こちとら世界滅ぼす勢いで全力の攻撃を繰り出してるってのに、一切手応えがない。
涼しい顔で平然と宙を浮いているセティの顔に和めばいいのか焦ればいいのか判断に困るんだが。
いや、別にセティを傷つけるためにこんなコトやってるわけじゃないけどな。
俺が狙っているのはセティではなく、その上の空間。
目には見えないが、そこからセティに干渉しているナニカに攻撃を当てている。まるで効果がないけど。
「ヒトの娘をゲームのキャラ感覚で操りやがって。コントローラー手垢まみれになってるだろ? 洗えよ、きたねぇな」
『力ずくでは敵わないと理解した負け犬の遠吠えなぞ聞こえんな。無駄な足掻きはもう充分か? なら死ね』
セティの周りに、夥しい数の青い剣が生成されていく。
百や二百じゃ利かない、視界を埋め尽くすほどの剣の群れ。
その一本一本が、俺を殺し得るほどの脅威を秘めている。
今の俺はアタマが切り離されたくらいじゃ死なないが、さすがに全身を粉々に切り裂かれでもしたらどうなるか分からん。
こちらの攻撃は通用せず一方的にやられる歯痒さ。
……別に懐かしくもない感覚だが、大体の相手を圧倒できるようになってからは久しぶりの苦戦だ。一部例外(鬼先生)を除いて。
「ふんっ!!」
アイテムバッグから爆裂大槌を取り出し、爆発させながら縦横無尽に振り回した。
魔力の鎖を繋ぎ、ハンマーというより鎖分銅に近い運用で次々と青い剣を砕いていく。
『どうした、ほんの少しだけ砕いたのがそんなに嬉しいか?』
「クソッタレ!」
……が、手が足らん!
今ので軽く百本は砕いたが、その間に軽く500本は生成されてまったく追いついてねぇ!
総合火力も物量もむこうが上。
概念系の能力だの搦め手だのを使ってきてるわけじゃない。
ただ単純に俺の力を上回っている。
こんなもん相手するだけ大怪我の元だ。
いつもならファストトラベルでトンズラこくところだが……。
『ああ、親切心から言っておくがファストトラベルでは逃げられんぞ』
「『大魔王からは逃げられない』ってか!? 元ネタ俺がこっちの世界に来てる間にアニメリメイク始まってて驚いたわクソが!」
魔王の特性である『ファストトラベルをはじめとした転移系能力では逃げられない』ことも、こっちの世界の魔王と共通してやがる。
同じようなプログラムを使ってるからなのかね?
『御明察。この魔王のシステムは女神パラレシアが作った、世界を管理するのに都合のいいものでな。私の世界でも重宝しているよ』
「なるほどね。同じシステムを使ってるから、まだアルマの腹の中にいたセティをこちらの世界の魔王とシステムが誤認した結果、魔族たちが復活してたってわけか」
青い剣を生成しながら、俺の思考に返答する寄生虫野郎。
それに軽口叩きながら防戦一方の俺。
……もしかして、俺の深層意識まで読まれてたりする?
『貴様の思考は支離滅裂で読みづらいが、表層意識くらいは読める。少なくとも、何かの準備が整うまでの時間稼ぎをしている、ということくらいはな』
「ならもうしばらく無駄話に付き合ってくれや。セティを……俺とアルマの子供をいつから狙ってやがった」
『ずっと機会は窺っていた。本当ならばあのユーブとイツナとかいう子供たちを身籠ったところで魔王にするつもりだったが、双子ゆえか魔王の因子を受け付けなかったものでな。追加で一人分の子供を孕んでもらうまでは手が出せなかったのだよ』
「……! ま、まさか、そのためにローアを操って、俺に一服盛って子供を作らせやがったのか!?」
『いやそれは知らん。たまたまお前たちがもう一人作ってくれたからそれを利用しただけだが』
あ、関係ないんですかそうですか。
……あんな極端なこと、いくらローアでも正気でやるわけないからなんかこう精神干渉的なアレでも受けてたのかと思ってたが、フツーに素で盛ったっぽい。義妹怖い。
「ならよかった。可愛い娘が、実はお前みたいな神気取りの寄生虫の意思で産まれたなんて言われたら気分悪いからな。礼の一つでも言わなきゃならんところだった」
『礼をするならば今からでも遅くはないぞ? 神の手で処されることに感謝しながら死んでいけ』
「冗談言うな。家族にちょっかい出した時点でテメェは絶対許さん」
『案ずるな。今殺したいのはお前だけだ。他の者たちはまだその時ではない』
「……まだ、だろ? いずれは手ぇ出しますって言ってるようなもんだろうが」
コイツが俺たちを殺したい理由なんかとっくに分かっている。
俺たちの『プロフィール』のリソースを自分の元に、自分の世界へ戻したいからだ。
今喋っているのはセティの意思じゃないし、ましてや魔王の人格でもない。
以前飛ばされた『プロフィールのある世界』の管理者だ。
いわゆる神様ってやつだな。
『お前たちが私の世界に来てリソースを奪い取って逃げ帰った時には憤慨したものだ。多少ならば目を瞑らんでもないが、いくらなんでも度が過ぎている』
「それに関しちゃ悪かったな。それで、それを回収するためなら殺してもいいってか? 違うよな、そんな単純なルールならわざわざセティを操って殺させようとなんかしねぇでテメェ自ら手ぇ下すだろ?」
『……』
こんな回りくどい方法で俺を殺そうとしているということは、多分『直接手を下して殺してはいけない』という制約があるんだろう。
というか、もしかしたらこうやってこちらの世界へ干渉してくるのも本当はルール違反なのかもしれない。
『……リソースを回収する手段は、それを宿す人間が死ぬことだ。しかしこの世界で死ねばリソースもこの世界、パラレシアに還元されてしまう。だが一定の年月をかけてマーキングすればプロフィールのリソースくらいはこちらに回収できる』
「なるほどね。その準備が整っているのが、現時点だと俺だけってことか」
『ああ、次は15年後にお前の伴侶を殺す準備が整い、その15年後に息子、さらに15年後に片割れの娘を殺してプロフィールのリソースを回収する予定だよ』
「……ぁあ゛?」
メニューの予測した通りだ。
腹立だしいほどに正確な分析だったようで、反吐が出るわ。
コイツはいずれ俺たち一家を皆殺しにしてリソースを回収するために、セティを……!!
「やっぱテメェ、生かしちゃおけねぇわ。……殺す」
『死ぬのはお前だ』
「いいやテメェだ! 歯ぁ食い縛れぇえっ!!」
大槌の槌頭にありったけの魔力を籠めて質量を増大したうえで、秒間数十発もの爆発を連続で起こし、加速。
魔力の鎖で繋がれた大槌が、俺の全膂力を動員しても制御することが困難なレベルにまで加速されて、運動エネルギーが増大していく。
本気の俺の、最大威力の一撃。
これを地面にブチ当てでもしたら、大地が割れて星が壊れるほどの超威力。
これを、セティを操っている上部のコントローラー目掛けてブチ当てる!!
「ぶっ壊れろやぁぁぁぁぁあああああ゛っっ!!!」
青い剣が緩衝材のように阻んでくるが、まるで薄氷のように砕けるばかりで勢いは毛ほども減衰していない。
直撃は避けられない。確実に、当たる!
着弾の瞬間、バガァンッ と何かが勢いよく砕ける音と、魔力の鎖越しからでも分かるほどの強烈な手ごたえが感じられた。
『……満足したか?』
「……チッ」
砕けたのは、セティの上部にあるコントローラー
……ではなく、大槌の槌頭。
決して破壊できないはずの、黒い槌頭が粉々に砕けて消えた。
俺の全身全霊の一撃ですら、通用しなかった。
『これで分かっただろう。もう打つ手はない、逃げ場もない』
「……クソッタレが……!」
『もうできることはない。潔く、死ね』
「……ああ、認めるよ。絶対に力ずくじゃ勝てねぇってな」
分かっていた。
この勝負はそもそも最初から勝ち負けが決まっているものだったんだ。
例えるならば、漫画の紙面に描かれたキャラクターが現実の人間に勝てるかって話だ。
そんなもの決まってる、勝てるはずがない。
そのキャラの横に『そのキャラより強いキャラ』と設定したラクガキを書けば、ソレで負け。
その紙を破けば、書かれたキャラが真っ二つになって勝負あり。
小学生みたいな理論だが、今俺たちがしているのがそんな勝負だったんだ。
そして、さらに追い打ち。
メニューから、最悪の報告が上がってきた。
≪説得は失敗。援護は期待できず≫
……詰んだ。
1年近く進めてきたプランだったが、結局頓挫してしまった。
『コソコソとなにやら妙な計画を練っていたことは分かっていたが、よもやパラレシアではなく『アレ』の手を借りようとしていたとはな』
「……結局無駄だったがな」
『同情するよ。アレは、面白くなるかどうかが優先順位にある。このような状況に手を出すような存在ではない。この期に及んでもなお貴様に期待しているのだろうが、無駄だ』
コイツから見てもろくでもない存在のようだ。
ハナからあてにするだけ悪手だったか。
『パラレシアの眼は眩ませてはいるが、勘づかれでもしたら面倒だ。もう充分抗っただろう、早々に消えろ』
そう告げて、セティから黒い巨大な玉が発射された。
回避はできない。回避できるようなサイズとスピードじゃない。デカすぎる、速すぎる。
この黒い玉は文字通り、俺という無防備なアイコンを削除するためのカーソルのようなものなんだろう。
あとは右クリックして『削除』のボタンを押せばそれで終了だ。
……結局こうなったか。
最悪だ。
最悪の、選択をすることになっちまった。
≪……創造主『アース』との交信に成功。これより報告及び―――≫
「結構。何を言おうとしてるかも何を要求するつもりなのかも分かってる。……随分と時間をかけていたみたいだけれど、僕と会話するためだけに一年近くもほぼ全機能を集中させていたのかい? なんとまあ、ご苦労様」
≪要求事項:梶川光流とその関係者並びにパラレシアに対する外部の神による干渉を中断≫
「言わなくていいと言ったんだけどね。随分とつまらないことを頼んでいるけれど、なぜ僕がそれを呑むと思ったんだい? こんな絶体絶命の見せ場を台無しにするわけないじゃないか」
≪現実世界への直接的な神の干渉は神の法に触れる。梶川光流の娘をアバターとして操縦している現状は明らかにルール違反。違法は即座に正されるべき≫
「その違法行為に気付いているのは僕くらいだろうねぇ。止められるのも僕だけだし、逆に言えば僕がチクらなけりゃ今回の件はうやむやになって終わるだろうね。光流が死のうが切り抜けようが、ね」
≪神は現実世界をデータのように書き換えることが可能。敵対した場合、人間たちだけでは打開は不可能≫
「だから同じ神の僕に縋ってどうにかしてもらおうって? 困った時の神頼みなんて聞く耳持たないね。もういいからさっさと帰ったら? 今すごくいいところなんだからさぁ」
≪……同じ現実世界の存在相手に窮したのであれば、神に救助を求めたりはしない。しかし高次の存在である神々から不当な干渉を受けている現状は人ではなく神が解決すべき事象。それを解決せずに傍観に徹することは信用ではなく単なる無責任≫
「無責任で結構。光流は本当に強くなった、現実世界においては理不尽なまでにね。なら同じような理不尽な強さに蹂躙されることもまた人生。つーかホントにつまんないねデフォルトのメニューはさぁ。かたっ苦しい正論ばかり言ってないで、たまにはジョークの一つでも言って僕を楽しませてみなよ。そうすればちょっとは気が変わるかもよー」
「おお、やればできるじゃないか。光流の口調や言動ルーチンを真似たのかな? AIが人間らしく振舞うことにロマンを覚えるのもなかなかおつなもんだね」
「けれど、あえて言おうか」
「見縊るなよ木偶人形」
「僕をじゃない、梶川光流を見縊るな。過保護も大概にしろ。今まで何を見てきた。あの子はどんな絶望もブチ壊してきただろうが。神如きに怯むようなタマか」
≪……≫
「いかに神を倒すのが難しかろうとも、あくまで現実世界での事象なら僕は一切干渉しない。分かったらコーヒーでも啜りながら黙って見てろ」
あ、メニューにコーヒーなんか飲めないか。
これ以上の説得は無駄だと諦めたのか、さっさと画面を閉じて消えてしまった。
おっと、言ってる間に佳境だね。
メニューにはああ言ったけれど、実際普通なら詰んでる状況と言っていい。
このまま殺されてしまう以外の選択肢など、僕にすら思いつかない。
ヤツの繰り出した消滅弾を受ければ、光流であろうとも問答無用で死ぬ。
回避も防御も不可能。
さぁどうする?
この絶望をどう切り抜ける。
このまま消えるか、それとも一泡吹かせるか。
「え ブッッフォッ」
ゲホゲホ、コーヒー噴いた。
……そうきたか。
メニューが消えたのは、諦めたからじゃなくて単にこっちにかまってる場合じゃなくなったからか……。
……ああ
手ぇ、出さないでよかった。




