だからこそ抗う
『……頭を消し飛ばしても死なないのか。どんなカラクリだ?』
怪訝そうに呟くのは、宙に浮かぶ赤ん坊。
その凶刃から俺たちを抱えて助けてくれたのは、首のないまま動き続けている親父の体。
なんだよこれ……!? なんなんだよこの状況は!?
なんで生まれたばかりの妹が親父の首を刎ねたんだ!?
なんで俺たちにまで攻撃してくるんだ!?
そして頭が無くなっても当たり前のように動いてる親父が一番意味分かんねぇんだけど!
母さんに至ってはショックに耐え切れず失神しちまってるし、状況の情報量が多すぎて俺まで気ぃ失いそうなんだが……。
「! っ! ……!」
頭がないままなのに、慌てて母さんを介抱しようとしている親父。
シュールと言うべきかホラーチックというか、反応に困る……。
「っっ……!! ぶはぁっ!」
あ、生えた。アタマが生えた。まるでトカゲのシッポの如く生えやがった。
再生するのが早すぎて過程がよく見えなかったが、再生したというよりはまるで体の中に収納していたのをニョキっと出したようにも見えた。
まさか、首を切られて死んだフリをしていたのか?
「あっっぶねぇ! アタマなくなった時にはマジで死ぬかと思ったわ……!」
あ、違うわ。親父の反応からしてホントに切られてたっぽい。
……待てや。じゃあなんで何事もなかったかのように生きてんだよ。そしてどうやって首を生やした。
『頭部を再生するほどの回復力はなかったはずだが、いつの間にかアンデッドにでもなり下がったのか?』
「違うわボケ! 『身代わりの護符』のおかげで助かっただけだっつーの!」
呆れたように言う赤ん坊に半ギレでツッコミを入れているが……『身代わりの護符』って、普段は母さんが肌身離さず持ってるアレか? 装備してると一度だけ死なずに済むって代物の。
『ヒカルが魔王との決戦の前にくれた大切なもの』だって何度も何度も辟易するほど聞かされたが、なんで親父が持ってたんだ……?
「『魔族騒ぎが終わるまでは念のため俺に持っておいてほしい』と託されてたんだが、英断だったみたいだな。……本人は渡したことを忘れてたのか、ショックで気絶しちまったが」
「そりゃ無理もないよ……わ、私たちだって、パパが死んじゃったと思って……っ」
「……ごめん」
珍しくイツナが本当に心配した様子で涙ぐみ、俯いている。
いくら親父が怪物じみているとはいえ、あんな光景を見たらこうなっちまうのも当然だろう。
……俺だって、人前じゃなけりゃイツナと同じ顔になってたところだ。
『なるほど、ならばもう一度切り落とせばそれで終いというわけか』
「え? ……あっ」
再び、鮮血が噴き出した。
まるで先ほどの再演。
親父の頭が、再び切り落とされて、床に堕ち―――
『!』
堕ちる寸前、首のない体が赤ん坊に向かって頭を蹴り飛ばした。
鮮血を撒き散らしながらものすごい勢いで飛んでいき、赤ん坊に着弾しようとしている。
「 」
なにかを呟くように口が動いた直後、強烈な打撃音が響く。
目には見えなかったが、親父の頭から高密度の魔力の杭が赤ん坊の上の空間に放たれたのが感じ取れた。
『猪口才な。無意味な抵抗は止めろ、煩わしい』
それと同時に、親父の頭が爆発してはじけ飛んだ。
赤ん坊には、かすり傷一つついてなかった。
「んぐぐぐっ……ふぅ。やっぱ効かねぇか、厄介だな」
そして当然のようにまた頭を再生する親父。雑草感覚で頭生やすのやめろ。
……おかしいな、身代わりの護符の予備なんかあったのか? アレ相当な貴重品だって話だけど……。
それに気のせいか、速攻で生えた一回目の再生と違ってじわじわと骨と肉が盛り上がっていく過程が見えたような気がするんだが……。
~~~~~頭が雑草親父視点~~~~~
『……本当に鬱陶しいな。ゴキブリか貴様は』
「寄生虫にゴキブリ呼ばわりされる覚えはねぇよ」
生命力操作で頭部を生やしたが、問題なく頭は回る。
身代わりの護符で一度蘇生しなきゃできない芸当だったが、どうにかコツは掴んだ。
『あといくつ護符があるのかは知らんが、無限にあるわけではないだろう。尽きた時が、お前の最期だ』
「最初から一つしか持ってねぇよ、さっきのは自力で再生したんだ。『アタマでモノを考えない』コツは掴んだんでな」
『自力で? 頭で考えない……?』
最初に頭を刎ね飛ばされた直後は、まだ意識は頭のほうにあった。
あのまま体と繋げればそのまま蘇生できていたんだろうが、頭が骸骨になるまで焼かれた時点で意識が体のほうへ移った。
あん時はもう焦ったね。
考えることも見ることも聞くこともできるのに、なぜか頭がないままだったからな。
どうやら頭ではなく『魂』とでもいうべき意識体で思考していたらしい。
護符の効果で魂が体に定着したままだったから感じ取れたんだろう。護符が無けりゃあのままあの世行きだった。
『この期に及んでなお死に損なうための進化をするか。生き汚いな貴様は』
「当たり前だ。死んだら終わりなんだから死なないように努力するのがそんなに不快か、寄生虫」
『……言葉を慎め、虫けらごときが』
「寄生虫が虫けら言うてて草。自己紹介かな?」
クソ野郎の罵り言葉に俺が煽って返すと、巨大な青い剣が一斉に俺目掛けて突っ込んできた。
沸点低いなー、効いてて草。
……なんて余裕ぶっこいてる場合じゃないな。こりゃ当たったら俺でもヤバそうだ。
「ユーブ! ちょっと家空けるから散らかったのを片付けといてくれ! しばらく帰ってこないかもしれんが、後は頼んだ!」
「え、ちょ、親父!?」
「イツナ! ――――!」
「ぱ、パパ!?」
ユーブとイツナへ簡単に一言告げて、窓から魔力飛行で飛び出した。
空に向かって飛んでいく俺にセティも猛スピードで追いかけてくる。
『逃がすと思うか? 貴様は今日、私に殺され削除される。これは決定事項だ』
「だーれが死ぬかいボケェ。人を不要なファイル感覚で消そうとすんなや」
『まさにそういうことだ。分かっているではないか、ジャンクファイルのゴミの分際で』
傲慢な物言いに聞こえるが、コイツは皮肉ではなく言葉通りの意味で言っている。
自分は貴様と同じ土俵に立ってすらいない、文字通り次元が違う、と。
『最期の戯れだ、全力で抗うがいい。そして無意味に消えていけ』
「上等だ、いざ勝負!」
『分かっていないな、これは勝敗を決める戦いですらない。ただ処理をする側とされる側が存在する作業に過ぎないのだよ』
分かっとるわ。
だからこそ全力で。今の俺にできる全身全霊で臨まなければならない。
魔族たちが、俺たちにそうしたように。
ステータス・プロフィール・スペック・パーソナルデータ・対象情報
その全てを有効化、異世界由来の力を全開にした。
『それだ、その力を宿していることこそが貴様の罪だ。忌々しいゴミめが……!!』
「はて、なんのことやら。御託はいいからかかってこいやゴラァ!!」
今の俺は、使いようによってはこの星を粉々に砕くことすらできる力を持っている。
誰であろうと負けることはない。『物理攻撃無効』や『魔力無効』の概念すら貫通して破壊することができるだろう。
それでもなお、勝ち目はない。
それが分かっているからこそ、抗わなくてはならない。
切り札の説得、なるべく早く頼むぞ相棒。
でないと俺は……。
≪説得は難航。最悪の事態を想定する必要アリ≫




