世界の命運を握るは誰そ彼か
『……というわけで、今一番大元に近いのはレイナたちだ! 見つけ次第ぶった斬れ!!』
「ちょ、ネオラさんがそのまま倒せば済む話じゃないんすか!?」
『オレらは大元が分離した時に発生する津波を抑え込まなきゃならん! 思ったより津波の規模がデカくて、カジカワさんだけじゃ対処できないっぽいんだとさ!』
ライブ画面とやらを介して、ネオラさんから指示が飛んでくる。
あちこちから生えてくる魔族の木を避けつつ誘導に従って大元を目指してるが、思ったよりも戦力が少ない。
敵も、味方も。
『ヴァァァアアアッ!!!』
「うわ、また生えてきやがった!」
「くっそ! 今はあんたらに付き合ってる暇ないんすよ!」
「レイナ! ここはオレに任せてさっさと行け!」
「頼んだっすよクソオヤジ! フラグ立てたんだから後でちゃんとくたばっときなさい!」
「やかましいわ!!」
こんな具合に、道中でちょっかいかけてくる魔族たちを倒さずなおかつ釘付けにするために、姉さんの教え子たちが次々離脱していった。
今のオッサンの離脱で、残りは俺とフォルトとレイナ姉さんの3人になってしまった。
「むぅう……! 夜が明け始めて影が消えちゃったせいで影潜りが使えないっす! 今、夜中の12時過ぎのはずなのになんでこんなに明るいんすか!?」
「時差だな。ファストトラベルで一気に日付変更線を越えたせいで、時計が役に立たなくなってやがる」
「おかげで魔族たちからも丸見えだな。そろそろ大元の位置に辿り着くころだけど……うげっ!?」
話している最中、フォルトが鼻を摘みながらえずいた。
まるで物凄く臭いものでも嗅いだかのように、今にも嘔吐しそうな青い顔を顰めている。
「……どうした? やっぱ今になって例の弁当が効いてきたか?」
「違うっつってんだろ! ここ、やばい……! 生臭いような、青臭いような、生ゴミと死臭が混ざったような臭いが充満してやがる! 臭すぎて目に沁みる!」
「臭い? ……うわ、クセぇ!?」
「に゛ゅぁぁああ!! くっっさ!? ニホンでカジカワさんの作ったドロドロ謎ジュースくらいくっさいんすけど!!」
俺でも分かるくらい、周囲に物凄い悪臭が立ち込めてやがる。
キツネ魔獣と融合してるフォルトは涙を浮かべて口元を押さえ、ニンジャ特有の鋭い五感を持つレイナ姉さんは地面を転げまわりながら喚いている。
……謎ジュースってなんだ?
「多分、ここが大元ってやつだ……!」
「だろうな! こんなくせぇトコ他になかったしな! あっても困るが! ああくそ、目がいてぇえ!」
「ぶえっくしょい!! くしゃみまで出てきたっす! このへん変な花粉でも飛んでるんじゃないんすか!?」
涙と鼻水で顔面ショボショボの二人。とてもじゃないが戦いどころじゃなさそうだ。
……あれ? もしかして現時点でまともに動けるの俺だけだったりする? 嘘ぉ。
「あがががが……! ぐざずぎでばながいでぇええ……!!」
「ごのにおいをどうにがじなぎゃ、まぞくどごろじゃないっず……!」
「鼻声でなに言ってんのか分かんねーよ。……しゃーねぇ、こっからは俺がなんとかする。速攻で終わらせてくっから、周りから余計なちょっかい出されねぇように殿は頼んだぜ」
「ず、ずまねぇ……ぶぇーっくしょい!!」
「ユーぐん、ごのおべんどうをもっでぐっず。みだめばざいあぐでずげど、ズダミナのがいぶぐりょうはずごいみだいっずがら」
その弁当は食いたくねぇなー……。だが今の俺にとってスタミナ管理は重要だしなぁ。
気力操作のためのスタミナが尽きれば、それで魔族への対抗手段がなくなっちまう。
背に腹は代えられねぇ、念のため持ってくか……。
臭気が濃くなっていくほうへ駆け抜けていくと、巨大なクレーター……というか、穴のようなものが視えた。
まるで奥歯に巣食う虫歯のように、黒く禍々しい気色の悪い穴。
あの気色悪い魔族の木と同質のモノが島型魔獣の中を浸食している、といったところか。
コイツを引っぺがしてぶっ壊さなきゃいけねぇって話だが、どっから手ぇつけたもんかねこりゃ。
「……気は進まねぇが、とりあえず飛び降りてみるか」
意を決して、穴の中へダイブしようとしたその瞬間。
「っ!?」
嫌な気配を感じ取って、反射的に飛び退いた。
直後、穴から黒いナニカが噴き出してきた。
それはまるで黒い溶岩の噴火。
ドロドロとした粘性のある、スライムのようなオートミールのような、固体と液体の中間のように思える不気味な物体の奔流。
気色悪い。
てか、臭い。
「なるほど、臭いの元はコイツか」
虫歯っぽいと思ったが、それなら臭くて当然だわな
こいつは島型魔獣にとって虫歯であり病巣であり外付けの腫瘍のようなもんなんだ。
それが、俺という外敵に対抗するために、今この場で形を成そうとしている。
どうやって分離したもんかと困ってたところだ。
手間が省けて助かるぜ。
『おおおおぉおぉおぉぉおっっ……!!』
ドロドロとした黒い奔流が集まり、徐々に巨大な人型を形成していく。
よく見ると何十、いや何百もの魔族の顔が全身にビッシリ埋め込まれているのが分かる。
こんだけの数が一つになって、ようやく島型魔獣を操れるようになってたってことか。
……待てよ、確か寄生してる魔族が分離するとその時に島型魔獣が大暴れするって―――
ズ ウ ン ッ
「うぉわぁっ!!?」
体が浮いた、いや、跳ねた。
この衝撃は地震どころじゃない。文字通りの驚天動地。
……そうか、島型魔獣が分離した激痛の反射で飛び跳ねたんだ!
やっべぇ、今のでとんでもない大津波が発生したんじゃねぇのか!?
親父がどうにかしてくれてることを祈るしかねぇか……!
『……私は、魔族。人類を、滅ぼす。人間を殺す。もう、それでいい、それだけでいい』
あの気持ち悪い木になっていた魔族たちと同質なものだってことは見ただけで分かった。
ただ、はっきりとモノを喋れているし内容が物騒なこと以外は落ち着いた様子で話を続けている。
『最早『私』に名など不要。ただ魔族として、お前たちを殺す。それ以外なんの欲望も目的もない』
「ああそうかい。ここまで死んでった同胞たちのこともどうでもよくなったってのか? 薄情な野郎だなぁオイ」
『否、同胞だからこそ分かるのだ。彼らの望みも私と同じ人類の殲滅だと。滅尽滅相こそが我らの存在理由だと、この幾百もの混じり合った心が告げている。先に逝った同胞たちも、同じ思いであると確信しているよ』
なんて嫌な信頼だ。物騒すぎる。
やっぱどこまでいってもこいつらは人類の敵か。恨み言ならもう耳にタコができるほど聞き飽きてるよ。
「なら残念だったな、もうお前は誰一人殺せねぇよ。……かかってこい、ここでキッチリ終わらせてやるからよ」
『ほざけ』
互いに殺意と言葉を交わした直後、同時に地を蹴り突進した。
俺は気力操作を使い、現時点で可能な限り膂力を強化したうえで全力を出した。
魔族はその巨躯に似つかわしくない俊足を披露し、俺を圧し潰そうと渾身の力を籠めているのが分かる。
「っっがぁぁあああっっ!!」
『ぬうぅうっ……!!』
互いに総身を懸けた力が、衝突した。
「ぐぉおああっっ!!」
……初撃は、魔族に旗が上がった。
たった一撃。剣が魔族の拳にぶつかっただけで、全身バラバラになっちまいそうなほどの衝撃が走った。
骨が軋む。全身の筋肉がブチ切れたんじゃねぇかってくらい痛い。今、どうやって立ってるのかも分からねぇくらいのダメージだ。
『ぐぅっ……!!』
それに対して、魔族は拳が少し斬れて顔を顰めちゃいるが、まるで効いちゃいない様子だ。
膂力強化してなお、これだけ力に差があるのか……!
こりゃヤバい。ネオラさんか親父でも連れてこないとまともに戦うことすらできねぇぞ……!
ピリリリリ
ピリリリリ
緊迫した状況の中、気が抜けるような着信音が通信魔具から鳴り響いた。
……今、通信どころじゃねぇんだけど。誰だいったい。
『おい! 無事か!』
「……ね、ネオラさんか……!」
通信魔具から聞き慣れた可愛らしい声。
ちょ、丁度いい、すぐに援護に来てもらうとしよう。
「すんません、単騎で挑んだはいいんすけどやっぱかなり厳しかったみたいで、早めに来てもらえやしませんかね……?」
『悪いが無理だ! さっきの揺れのせいでとんでもねぇ津波が起きやがった! 予想通り範囲がデカすぎて、カジカワさんだけじゃ対処できねぇから、今大急ぎで津波を減衰させてる!』
「えぇ……あの、他に手練れの援軍とか無理っすかね。ネオラさんが無理なら他の人を……並の特級職じゃ無理そうなんで、できれば気力操作の使えるレヴィアさんとか」
『その手練れを総動員しないとこっちも対応できねぇの! 津波の対処が終わるまでなんとか耐えろ!』
「無茶言わねぇでくれよ……帰ってくるまでどっかに逃げてちゃダメか?」
『誰かがそいつを釘づけにしてなきゃ、また島型魔獣に寄生する! それでまた引っぺがしたら津波が起きるイタチごっこになっちまう! 無理言ってるのは分かるがどうにか耐えてくれ! あと1時間くらいかかるが頑張れよ! 死ぬな!』
ブツン という音が鳴って、それきり何も聞こえなくなった。無茶苦茶言いやがる!
こちとら常に気力強化全開じゃなきゃ即死させられるようなバケモンなんだぞ!?
このままじゃ数分もしねぇうちに気力が尽きて殺される!
「せめて姉さんとフォルトがいりゃあなぁ……泣き言言っても始まらねぇか」
『援軍は期待できぬようだな。孤身無頼の身はつらいものだろう? 同情するよ、よく分かるとも』
「そんだけグチャグチャに混ざってる奴がよく言うぜ。そっちは賑やかでさぞ楽しいんだろうな、別に羨ましくねぇけど」
……最悪、さっき渡された暗黒弁当を掻っ込みながら戦うことになりそうだが、そもそもそんな隙をくれるかどうか……いや無理だな。
スタミナを補給してる間に誰かがヘイトをとってくれなきゃメシ食うどころじゃねぇ。
一口でも食えりゃ全回復できるらしいが……。
『では、そろそろ死んでくれ。早々に融合し直して津波を連続して引き起こせば、人類根絶も夢ではない。この島型魔獣の大地を我ら魔族最後の楽園とするのも悪くはないだろう』
「その前に生き残った親父たちに殺されて終わりだよ。結局、誰も得しないバッドエンドさ」
『それならば、それでもかまわぬ。皆平等に逝こうではないか。……あるいは、それこそが魔族と人類との共存の形なのかもしれぬな』
「共存だぁ? 笑わせんな! 世界中をテメェらの無理心中に付き合わせんなボケェ!!」
怒号を叫び、魔族へ魔法を放ちながら突っ込んだ。
別にブチ切れて感情任せに突貫したわけじゃない。
守りに入ればジリ貧になって確実に詰む。
少なくとも1時間も保たん。数分が限界だ。
なら、リスクを負ってでもコイツを仕留めるために動くべきだ。
攻撃は最大の防御! 殺られる前に殺る!!
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『カジカワさん! こっちの担当範囲広すぎるだろ!? もうちょっと手伝ってくれよ!』
「うるせぇ。こちとらお前の百倍は広い範囲の津波相殺しとんじゃい。泣き言言ってねーでキリキリ働け」
『てか、ホントに大丈夫? ユーブ君、かなりヤバそうだったぞ……?』
「大丈夫。遠くから感じ取ったけどアイツまだLv9のままだったし、気力操作が使えればそうそう死んだりはしない」
『いやLv9!? まだ見習い卒業すらしてねぇのかよ! それのどこが大丈夫なんだよ!?』
「それに、ジュリアンの剣もある。上手く使えればアイツらだけで魔族を倒しちまうかもな」
『……上手くいかなかったら? ホントに殺されそうになったりしたらどうすんだよ』
「津波ほっぽって助けに行きます。そん時は津波の対処ヨロシク」
『で き る か !! こんなバカみてぇな規模の災害、オレらだけでなんとかできるわけねぇだろ! 世界滅ぶぞマジで!』
「やがまじいわ!! ホントはこちとら今すぐぶっ飛んで助けに行きたいわ!! これでもギリギリ理性で我慢しとんじゃいボゲゴラァ!!! 言っとくがこれ以上は譲らん! 断じて譲らんぞ!!」
『……世界の命運が一人の親バカ加減に左右されてるの酷くね?』




