あやかし、再び顕現
魔族たちの潜む島型巨大魔獣の上に着いたはいいが、イツナさんたちとはぐれちまった。
そのうえ、かなり面倒な状況に追い込まれている。
「ほーう、よもや戦争中の実験体が生き残っていようとは。……惜しいな、そこまで安定度の高い魔獣化は他に類を見ない」
「どーも。テメェらはまるで珍獣だな、なんだよそのヒレだらけの恰好はよぉ、魚くせぇったらねぇぜ」
「貴様は人間臭くてたまらんな。こんなものが唯一の成功例とは反吐が出る」
目の前には、魔族が3体。
タダの魔族じゃない。魔獣化薬を投与してるのか、どいつもこいつもサメかなんかが混じったような、悍ましい姿を見せびらかしている。
涎を垂らしながら魚類のような目をひん剥いて、憎しみの籠った視線をぶつけてくる様は野生の魔獣以上に禍々しい。
……悍ましい、か。
本当なら、オレだけはそんなこと思っちゃいけないんだろう。
実験台にされた挙句、最期にはこいつらみたいなバケモンになって死んでいった人たちのことを思えばな。
「さて、ではさっさと死んでエサになってもらおうか」
「『エサ』ねぇ。さっきからダラダラとヨダレ垂らしてんのは食欲が抑えきれなくなってるせいか? 下品だねぇ」
「ふん、ベースとなったサメ型の固有魔獣『銀王鮫』の特性でな、同レベル帯の魔獣よりも遥かに凄まじい膂力を発揮できる反面、異常に燃費が悪い」
「並の食事ではとても賄えんが、き、強力な魔獣や人間の肉ならば充分に腹を満たすことができる……!」
「寄越せ、貴様のニクを、よこせぇぇええ!!」
横に大きく裂けた顎をかっ開き、オレを喰らおうと迫ってくる。
魔族の強みである魔法を使うでもなく、ただ強大な膂力と食欲にまかせて。
愚直だが確かに脅威だ。オレの能力値じゃどう足掻いても敵わない。
「……背に腹は代えられねぇか」
……オレが、オレのままでは。
「ガルァァァアアアッ!!!」
魔族の牙が迫る。
オレに食らいつく直前に、ユニークスキル『天狐の羽衣』を発動させた。
「グウゥウ……!? なんダ、これは……!?」
「邪魔だっ……! 牙が届カん……!!」
俺の体の周りを、巨大な輝く狐の輪郭をした羽衣が覆いつくした。
羽衣なんて言うには優雅な印象があるが、実際は魔力で模られた攻防一体の装甲。
敵の攻撃を防ぎ、この牙や爪を振るえばあらゆるものを引き裂く無二の武器になる。
「こんなもの、すぐに引き裂いテやるッ!!」
「引っぺがシて、貴様の肉を喰らいつクしてやるぞ!!」
ただし、それが通じるのは実力の近い相手まで。
この魔族たちのように、大きく膂力で上回っている敵にはいずれ突破されてしまう。
ベリベリと羽衣が剥がされて薄くなっていく。
このままではあと数秒で全て消滅してしまうだろう。
その数秒のうちに……!
「っ!? ……な、何を、してイる……?」
「気でも違ったか、愚カな……!」
今すぐに、服を脱がなければならない!
……いや、別におかしくなったわけでもふざけてもいない。
真面目にすぐ全裸にならないと後々悲惨なことになるんだ。マジで。
突然の奇行に魔族たちも若干引いてるが、オレだってこんな誰得ストリップやりたくてやってるわけじゃねーんだよ!
……よし、なんとか脱衣が間に合った。
「食いやすくすルためにわざわざ脱いダのか? 最期の気使いとしてはまあ悪くない判断ダ」
「敬意を表して、肉片一つ残サず食い尽くすことヲ誓おう!!」
「そしてそれを糧に、人類を滅ボす力を我々は得るノだ……!!」
脱いだ服をターバンで括って腕に括り付けた。
このターバンの布は頑丈で伸び縮みする高級品だから、この後に起こる事態にも耐えられるだろう。
ついに羽衣が全て剥ぎ取られ、まさに裸同然の状態にまで追い込まれた。
いよいよオレの素肌に牙が突き立てられようとしている!
「ガァァァアアァアアアッ!!!」
ガブリ、と皮膚に牙がめり込む感触。
魔族たちがオレの腕、首筋、胴体に喰らい付いてきた。
こんな鋭い牙で噛みつかれて、ヒトの皮膚が耐えられるわけがない。
すぐに骨まで噛み砕かれて喰い千切られるだろう。
ヒトの皮膚ならな。
「グッ……!? は、歯が……!?」
「歯が、立タん……!!」
血が滲むほど強く歯を突き立てているのに、まるで食い込まない。
感触としては強めに甘噛みされているような、痛みとは無縁のレベルだ。
『ふん、下郎が。よもや嗅ぐに堪えぬ唾を付けるとは、万死に値するぞえ』
「な、なんだ、お前は……?!」
天狐の羽衣が破られた時に発動する第二のユニークスキル『妖狐顕現』
オレに混ざったキツネ型の魔獣……いや、本当に魔獣なのかも分からないナニカがオレの体を依り代にして顕現するスキルだ。
このスキルが発動すると、元のオレとは比べモノにならないほど強くなれる。
目の前の魔族たちですら相手にならない。まともに攻撃をくらってもなんの傷もつけられないほど頑丈に、ただ強くなる。
『久々の娑婆の空気じゃ。じっくり堪能させてもらうかのぉホホホ』
「な、な、なんだ、この、デカいキツネは……!!」
それに伴い、体のサイズが大型魔獣並にデカくなり、体中がヒトからキツネのソレへと変わっていく。
尾は九つに増え、その一つ一つが鞭のようにしなり大剣よりも重くカミソリより鋭い切れ味を発揮する。
おそらく、単純な強さだけで言えばLv100近い魔獣に匹敵するだろう。
ただし、このスキルにはデカいデメリットとリスクがある。
一つは、体がデカくなるから服や装備を着たままだと全損してしまうことだ。
着替えを持ってない状態で発動すると悲惨だぞ?
魔獣との混ざりもんだってこともバレちまうし、普通に露出狂として逮捕案件だ。
そしてもう一つのデメリット。
この状態になると、オレは体の主導権を失ってしまうことだ。
『死に晒せ、下郎ども』
オレの意思とは関係なく、オレの口から似ても似つかぬ妖艶な女の声が発せられる。
……いつ聞いても気色悪い声だ。吐き気がする。
「は、速っ―――かっ……!!」
ほんの少し、尾を振っただけで魔族の一体が袈裟切りで真っ二つにされた。
それを見た魔族たちが、恐怖と怒りに顔を歪めている。
「こ、このバケモノめが! よクもっ……!!」
『喧しいのぉ、クズが真っ二つにされたくらいでグダグダ騒ぐな鬱陶しい』
「死ネぇぇぇえええ!!」
怒りのままに、魔族たちが反撃してきた。
激昂こそしているが、さっきまでの食欲にまかせた雑な攻撃じゃない。
魔法を放ち、それと同時に遠当てと突進を同時にぶつける連携攻撃だ。
……それじゃダメなんだよ。
足りてない。絶望的に足りていない。
『ん~、足りんのぉ。まるで足りておらぬ』
「ぐっ……! なんとイう速さだ……!」
「尾の数が多すギる! 手数が足りン、ここハ一旦退くゾ!!」
魔族の猛攻を、尻尾3本だけで捌いてみせた。
威力も手数もまるで足りていない。せめてもっと数が揃っていれば……。
いや、仮に10体ほど魔族がいたとしても対抗できるか怪しい。基礎能力が違い過ぎる。
『逃すと思うてか? 疾く死に晒せ、下郎』
「ヒッ……がっ……」
「ゴフュッ……!」
尻尾をバラけさせて横薙ぎに振るっただけで、魔族たちの体が輪切りになって散らばっていく。
さらに周りの木々がなぎ倒されて、半径100m近くが丸坊主になっちまった。
まるで戦いになっていない。一方的な虐殺ですらない。
ただ、アリを踏み潰すように無為に殺した。
酷い光景のはずなのに、どこかスカッとしちまってる自分が怖くなる。
……やっぱり今でも、オレは魔族たちのことを憎んでいるみたいだ。
『もう終わりかえ、つまらんの』
……ならさっさと引っ込んでくれ。
あまり好き放題暴れてもらいたくないんだ。
『フォル坊や、助けてやったというにその言い草はあんまりじゃないかえ? ……ん! おお、まだ遊べそうではないか!』
え?
……っ!!
「……おいおい、ターバン巻きついてるしキツネだし、もしかしてこのデカいキツネ、フォルトか……?」
……ヤバいっ……!!
魔族を蹴散らして元通りの状態に戻ろうとしたところで、誰かが近付いてきていた。
近付いてきたのは、黒髪の少年。
ユーブだ。
多分、魔族たちを蹴散らした際になぎ倒された木々を見て様子を窺いに来たんだろうが、今だけはダメだ!
『フォル坊や、こやつも供物として頂くぞ。まだわらわはまるで満たされておらんでなぁ』
ダメだ! 頼む、止めてくれ!
魔族ならいくらでもいい! でも人間は殺すな! ましてやユーブを殺すなんざ死んでもごめんだ!!
この化けギツネは、一度顕現したら周りの生き物を殺し尽くすまで収まらない。
魔族しかいない状況なら大丈夫かと思っていたのに、なんだってよりによってユーブが……!!
「フォル坊? ……まさか、フォルトに混ざってるキツネ魔獣が暴走してるとかそんな感じか? 何やってんだあのバカ……」
『ふむぅ……こうまじまじと見て初めて気付いたが、その顔、彼奴に似ておるな。そっくりじゃ……不快じゃ、実に不快じゃッ……!!』
「おいフォルト! 聞こえてんなら返事しろ! 正気に戻れっ!」
『貴様はタダでは殺さんぞえ……! わらわと同じように、両掌を杭で貫き両腕をへし折り最後には胴体を泣き別れにして屠ってくれようぞ!!』
「ちっ……!」
いつも飄々としているオレの中のキツネが、なぜかいつになく強い敵意をユーブに向けている。
くそ、強化された魔族たちでさえあの有様だ。ユーブが敵うわけねぇ!
逃げろ! 頼むから逃げてくれ! 時間が経てばこいつは引っ込むはずなんだ!!
『さぁ、覚悟せぃ!!』
「!? はやっ―――」
祈りも虚しく、キツネの放った尻尾がユーブの体を串刺しにしていく。
両手足に腹に喉笛まで、無慈悲に穴だらけに貫いていく。
なのに、まるで手ごたえがない。
『むっ……!? 小癪な、わらわを欺くか!』
「うるっさいですねー。少しは静かにしたらどうですか?」
『っっ!!?』
直後、なんの予兆もなく背後から誰かの声が聞こえてきた。
まるで幼い少女のような可愛らしい声だが、それと同時に凄まじい鋭さの短剣で斬りつけてきた。
『ちぃっ! 小娘、貴様何者じゃ!!』
「なぁに、しがない主婦ですよ。……あるいは、この子の姉貴分ですかねー」
どこか軽い敬語口調で肩をすくめている金髪少女。
その隣には、さっき尻尾で貫かれたはずのユーブがへたり込んでいた。
「れ、レイナの姉さん……!?」
「や。久しぶりっす。かげろうの術が間に合わなかったら死んでましたよ? 感謝しろっす」
「あ、あんがと……」
金髪の少女を見て、ユーブが目を真ん丸に見開いて驚いている。
え、知り合い? てか『姉さん』って、もしかしてこのお嬢ちゃんユーブの姉だったり……いやないか。全然似てないし小さいし。
待てよ、姉さん呼びってことはどっちにしても少なくともユーブより年上ってことか? 嘘だろ?
「ユー君、状況はよくわかりませんけど、とりあえずあのキツネを三枚おろしにすれば解決するってことでOK?」
「いやいやいやダメだって姉さん! アレ仲間! 俺の仲間だから殺しちゃダメなのマジで!!」
「えー? もしかしてイッちゃんのペットっすか? まーたあの子はこんなトコに放し飼いしてー……アルマさんにチクっとかないといけませんね」
「えーと……実際ペットみたいなもんだしもういいや。とにかく、殺さないように大人しくさせなきゃダメなんでホントよろしくお願いします。マジで」
詳しい事情説明を諦めつつ、最低限の情報だけ伝えるユーブ。
説明が面倒になったのは分かるがオレがペットだってことは否定しといてほしいんだが。
「了解了解。そんじゃ、かかってきなさいペットちゃん! とりあえずボコボコにしてから後でイッちゃんと一緒にお説教っすよ!」
『抜かせ小娘が! 貴様は生きたままその矮躯から腸を引きずり出して食ろうてくれようぞ!!』
自信満々で啖呵を切ってるが、この化けギツネは並の人間じゃ相手にならない。
ましてやこんなちっさいお嬢ちゃんじゃどう考えても勝ち目はねぇ! 早く逃げろって二人とも!
『死ぬがいいぃぃいいいい!!』
「ほい、影潜り」
『なっ、消え……』
「ドローップキーッック!!」
『ぐほごっふぇああ!!?』
……キツネの尻尾がお嬢ちゃんを貫く寸前、まるで影に溶け込むように姿が消えた。
かと思ったら後頭部にとんでもない衝撃。
凄まじい痛みとともに、オレとキツネの意識が闇に落ちていくのが分かった。
……最後に見えたのは、オレの体を足蹴にしながらガッツポーズを決める金髪少女の姿だった。
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「姉さんやりすぎやりすぎ! 首が怪しい方向に曲がってるじゃねぇか!!」
「あちゃー、ドンマイドンマイあっははー」
「ドンマイじゃねーよ! 殺すなっつっただろ-が!! おい、死ぬなフォルト!」
「こんなもんエリクサー飲ませときゃ大丈夫っすよ。下手に手加減できる相手でもなさそうでしたからねー、こんくらいは大目に見てもらわなきゃ困りますよ」
「……相変わらず無茶苦茶しやがるな姉さんは……」
「その子が起きたら服を着せてあげて、さっさと魔族の固まってるトコまで殴り込みに行くっすよ。……てか、その子人間? 魔獣? どっちっすか?」
「人間だよ。魔族に変な薬飲まされてこうなったって話だ」
「ありゃりゃ、あんまり聞かれたくなさそうな話だったみたいですね、ごめんなさい」
「それより、『魔族の固まってるトコに行く』って、もう見つけたのか?」
「まーね。島中を覆ってるカジカワさんの魔力が邪魔で見つけづらかったけれど、ここまで近付けばはっきりと分かりますよ」
「すげぇな姉さんは……ちなみにイツナの場所とかは分かる?」
「ちょーっと離れすぎてるみたいで分かんないですけど、さっきヒヨコちゃんと合流したって言ってたんで大丈夫ですよ」
「あ、ヒヨコ隊長がいるなら安心だわ。……それと、親父は動けないのか?」
「ダメみたいっす。持ち場を離れると拘束が緩むから動けないって、さっきご飯作りながら言ってたっすよ?」
「いやメシ作る余裕はあるのかよ!?」
「ちなみにこれが持たされたお弁当っすけど……なんかこの島の怪しいウミウシとかヤバそうな色したお肉のオンパレードなんでユー君にあげるっす」
「いらねぇ!!」
ちなみに九尾の狐は直接フォルトに憑りついているわけではありません。
例の鏡の術式を無理やり自分で再現した結果、固有のキツネ魔獣に憑りつく形になり、さらにそれがフォルトに交じるという訳の分からん状態に。
ここまで存在が拗れるともう生まれ変わりもできず、さらに第二ユニークスキルが発動しない限りは表に出ることはできないようです。哀れ。




