ウサタロー苦難記
オレちゃんはウサギである。
名前はウサタロー。フルネームは俊足ウサタロー1号。
……色々と終わってる名前だが、もうすっかり馴染んじまったからこれでいいや(諦め
元々は草原で平和に暮らしていたタダの一匹狼ならぬ一匹兎だったんだが、なんの因果か人間に飼われることになっちまった。
……かなり昔にこっちをエサとしか見ていないようなヤベー笑顔のオス人間と出くわして以来、人間には近付かないようにしていたんだがなぁ。
気のせいか、飼い主のイツナとユーブはあの時の人間に似てる気がする。
人間の顔の区別なんかイマイチ分かんねーけど、あの顔だけはよく覚えてるんだよな。
後にも先にもあんな怖い笑顔見たことないし。
あの恐怖体験以来、妙に危機管理能力が上がったというか『死』に対する気配に敏感になったように思えた。
実際、他の同族ウサギたちが強力な魔獣に次々食われていく中、オレちゃんだけはいち早く逃げおおせて生き延びたこともあったし。
やべー奴相手には逃げて、勝てそうなやつは積極的にぶちのめして、地道にコツコツ鍛えていって、気が付いたら固有魔獣にまで進化していた。
オレちゃん、我ながら天才かもしれない。
まあ、それは悪目立ちする原因にもなっちまったんだが。
固有魔獣になった時に生え変わった、このパンダみたいな体毛のカラーリングがイツナの目を惹いたらしい。
初めてエンカウントした時には、こちらを見るや否や猛烈な勢いで追いかけられた。死ぬほど怖かったわ。
捕まった時にはとうとう食われるんじゃないかと内心パニックになって、逆ギレ気味にユニークスキルを発動させた。
強い欲望や感情の発露に呼応して体のサイズと能力値が増大するスキル『ビッグバン』。
焦燥感をトリガーに発動させて、無茶苦茶に暴れ回って返り討ちにしてやろうとした。
それでも結局ボコボコにやられたんですけどね。
なんだアイツら強すぎだろ。人間サイズなのに巨大化したオレちゃんと殴り合えるとかバケモンじゃねーか。
力尽きたオレちゃんは、結局イツナの従魔としてテイムされちまった。
しかもウサギ使いが荒い荒い。
こちとらボコられてのびてるのに『乗せて走らないと食うぞ』とか言って馬車馬の如く働かせたりするし。
脅された恐怖心で無理やりユニークスキル使わせるのやめろ。泣くぞ。
つっても悪いことばかりでもないけどな。
人間の作るメシは美味いし。特に甘味。
草原に実る果物とはまた違う、精製された砂糖でしか味わえない独特の濃厚な甘みは病みつきになるほど美味い。
個人的にはカスタード系のお菓子が至高。船の上で食べたフレンチクルーラーとかいうの、美味すぎて笑っちまったわ。
もう百個くらい食いたかったが『パパが作った分しかストックがないからちょっとしかダメ』とか言われてしばらくはおあずけ。そのパパさんとやらに会ったらたらふく食わせてもらおう。
正直、また自由気ままな野生生活に戻りたい気持ちはある。
でもそうなると人間の作る美味いメシが食えなくなるし、しばらくはイツナの従魔として生活しよう。
なんて軽く考えてたオレちゃんがおバカでした。
いつの間にか魔族とかいうヤベー連中相手にケンカ売るハメになって、ついさっきも魔族の魔法で潰されるところだった。
しかもそのままの流れでクッソでけー魔獣の上にいる魔族たちを倒さないと世界が滅ぶから、死ぬ気で討伐してこいとか言われる始末。
逃げるに逃げられない。つーか逃げてもいずれ死ぬ。
……なーんでこんな修羅場へ放り込まれることになっちまったのかねぇ……。
「ユーブ! フォルトー! どこなのー! 返事しろバカー!!」
『ピ、ピキィ! ピキッ!!』
おまけにイツナはいつの間にか空を飛べるようになったらしく、高高度から叫びまくる始末。
敵地のド真ん中でンなデカい声出すバカがいるか! 殺されてーのかオメーは!
ヤメロって伝えようにもオレちゃんの声帯は言葉を喋れるほど発達してねーし、どうしたもんか。
「……んん? なんか今、あそこが光ったような……おわぁっ!?」
『ピキッ!?』
言わんこっちゃない!
地上から攻撃魔法らしき火球が、イツナとオレちゃんに向かって集中砲火されてるじゃねーか!
味方よりも先に魔族に位置がバレたっぽいな。
コレ、何気に一発一発がとんでもねー火力してんだけど。当たったら死ぬぞマジで。
「降りるよウサタロー!」
『ピキィ!』
降りるなら早くしてくれ! 死ぬぞ!
……あ、やっぱちょっと待ってもうちょっとゆっくりでお願いしますっていうかこのままじゃ速すぎて墜落死するぞ速すぎるってヤバいヤバい!!
「あわわわわ! ヤバい、落ちるの止まんないんだけど!?」
仕方ねぇ! 墜落死の恐怖で『ビッグバン』発動!!
『ピギギギギィイイッ!!』
「おわっふ!?」
さらにムササビのように手足を広げて、体表面積を拡大!
これで空気抵抗が増えて落下の勢いが若干弱まるはず!
そして地面スレスレで『ビッグバン』解除!
「んぎぃいいっ!! ……ひ、ひいぃ……ぶ、ブレーキ、間に合ったぁ……」
墜落する寸前に辛うじてイツナの飛行能力でのブレーキが間に合ったようだ。
あっぶねーな。魔族に殺される前に自滅するとこだったわ。
「うーん……今ので魔族側から位置がバレちゃったっぽいなぁ。一旦迎え撃とうか、ウサタロー」
『ピキィ……』
仲間を探すどころか敵を誘導してんじゃねーよバカ。
……ユーブが普段ツッコミ入れまくってるのがどれだけありがたいかよく分かるわ。はよ合流してくれ頼む。
森の中に不時着して、しばらくあたりの様子を窺っていると何かが近付いてくる音が聞こえてきた。
『……ピキッ!!』
「! なんか来る!」
二足歩行の足音が複数。
前方から2体、少し遠くの後方からも2体。
……どっちも片方は人間でも魔族でもなさそうだ。
前方から現れたのは、肌の青い魔族とデカい二足歩行のトカゲ……いや恐竜?
鋭い牙がビッシリ生えた、どう見ても肉食獣の魔獣だ。
どうやらこのトカゲは魔族の従魔らしい。
……サイズは人間より少しデカいくらい。コレならオレちゃんがデカくなりゃ勝てるか。
「出たね。アンタらのはた迷惑な企みは全部おみとーし! ぶっ飛ばしてやっからかかってこぉい!!」
「フン、騒いでる女がいると思えばタダのガキか。……潰しておけ」
『グギャァァアアッ!!』
啖呵を切るイツナを呆れ顔であしらいつつ、大トカゲをけしかけてきた。
てかヤベェ、臨戦態勢になってから気付いたけどあのトカゲかなり強いぞ!
このサイズのままじゃ喰い殺される!
『ピキィィイイッ!!』
また『ビッグバン』発動!
トカゲの5倍近い体高までサイズをデカくすりゃ、質量差で押し切れる!
このままぶっ潰して――――
『ゴギャァァァァアアアアアスッ!!!』
『ピ……ピキッ……!?』
「で、デッッカ……」
トカゲが咆哮を上げた直後、オレちゃんのさらに倍近い体高までデカくなった大トカゲがこちらを見下ろしていた。
あ、もしかしてそっちもサイズを小さくしてただけっすか? そうですか。
……ヤベェ、勝てる気がしねぇ! 質量も獰猛さも明らかにあっちのほうが上じゃねーか!
「う、ウサタロー、撤退!!」
『ピキッ!!』
「逃がすな! 喰い殺せぇ!!」
『ギャァァアアッ!!』
イツナを連れて全力で逃げ出したが、まるで引き離せねぇ!
人間相手なら瞬発力の差で軽く逃げられるのに、向こうも足が速いうえに歩幅がデカい!
いっそ逆に縮んで隠れようにも、イツナがいるからムリ!
『グギャァァアアア!!』
「ひいぃいい!! 喰われるぅぅうう!! 助けてウサタロー!!」
オレちゃんに叫ばれてもどうしようもねーよ!
太陽の逆光で顔がよく見えないのがさらに恐怖を煽ってくる。もうヤダ助けて怖すぎる!!
トカゲの大きな影がオレちゃんたちに覆い被さってきて、もうダメだと思って身を縮こまらせた。
『……?』
トカゲの牙がオレちゃんの毛皮を喰い千切ろうとする寸前、ピタリと止まった。
さっきまで逆光でよく見えなかったトカゲの顔が、今はよく見えるのに気付いた。
……あれぇ? なぁんでオレちゃんよりデカいトカゲの体も影に覆われてんだ?
オレちゃんたちを覆っていたのは、トカゲの影じゃなかったのか?
『ギ、ギ、ギャッ……?!』
「な、なんだこれは、いつの間に……?」
大トカゲとそれに騎乗している魔族が、急に現れた影に困惑しながら振り向き、呆然と何かを見上げている。
視線の先にあったものは―――
『コケッ』
オレちゃんの倍近い大トカゲの、さらに十倍は背丈のある超ド級サイズのニワトリが立っていた。
……えぇ……?
「な、なんだこのニワトリはぁあああ!!?」
『ギャァァアア!!?』
『コケッ!』
プチッ とまるで小虫でも潰すかのように、大トカゲを蹴爪で踏み殺した。
……おいおいおい、まさかこの島ってこんなバケモンまで生息してんのか?
もうダメだ、終わった。
せめて最後にフレンチクルーラーたらふく食いたかったなぁ……。
「あ、ヒヨコ隊長じゃん! おひさ!」
『プシュルルルル……コケッ』
とか絶望しながら眺めてたら、イツナが馴れ馴れしくクソデカニワトリに話しかけた後、まるで風船のように縮んでイツナの肩に乗ってきた。
……もしかしてお知り合い? えぇ……。
「コラ、ニワトリ。デケぇのばっか潰して肝心の魔族見逃してんじゃねーよ」
『コケッ?』
「え、誰? ……うわ、イケメェン。イケメンのオッサン、イケおじだわぁ」
茂みのほうから、黒髪のオス人間が青い魔族の首を持ちながらニワトリに悪態を吐きつつ顔を見せた。
……え、いつ仕留めたのそいつ? このオッサン、ダレ?
というか、後方にいた足音はニワトリとこのオッサンだったのか。
「おいガキ、あぶねぇからそこのウサギと一緒に大人しくしてろ。隠蔽効果のあるテント渡してやっからあんまりウロチョロすん……」
「? どしたのオッサン?」
ぶっきらぼうにイツナに話しかけてる途中、まるで石化したように固まった。
なんとも言えない表情のままずっとイツナを眺めている。
「…………アルマ?」
「え? オッサン、ママの知り合いなの?」
「マッ……?! そ、そうか……まあ俺のガキもこんくらいだし、別に不思議じゃないか……」
「?」
『ママ』と聞いて死ぬほど驚いた顔をしてたが、イツナのママさんとどういう関係なんだこのオッサンは。
あとニワトリ、めっちゃバカにしたような顔でオッサンを嘲笑ったの見逃してねぇぞ。
「オッサン、一緒に連れてってよ! 私の兄貴と彼氏も探さないといけないし!」
「兄貴って、二人もガキがいんのかよ……まあ、アルマのガキなら大丈夫か。好きにしろ」
「ところでオッサン、名前は? アタシはイツナ、こっちはウサタローとヒヨコ隊長だよ」
ちょっとうんざりしたように溜息を吐いて、オッサンが口を開いた。
「アラン。アランシアン・アイザワだ」
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「どうしたのです? いきなり怖い顔して立ち上がったりして」
「……胸騒ぎがする。嫌な予感がするんだ、まるで魔王と戦った時のような……」
「心配いりませんわよ。魔族側も魔王がしばらく生まれておりませんし、仮にまた侵攻してきたとしても、あなたがいれば大丈夫でしょう?」
「あまり過度な期待はしないでほしいなぁ……」
「もう、またウジウジして。『剣神』の名が泣きますわよ、勇者様」
「勇者はやめてくれ、セリス。そう呼ばれるのは家の外だけでお腹いっぱいだよ」
「あらごめんなさい」
「でも、どんな脅威が近付いてこようとも君と子供たちだけは必ず守るしどんなことだってやる。どんな苦難からも逃げたりしない。それだけは信じていてほしいな」
言ったね?
どんなこと苦難からもだよ?




