終焉災害
オレが素顔を見せた途端に、催眠スキルで皆を操っていた魔族が血を吐いて倒れた。
女装姿のオレをみたオリヴィエも鼻血拭いて悶えてたけど、その手のリアクション流行ってんの?
≪いえ、リアクション芸とかではなく催眠スキルが解除された反動ですよ。ワタシの目論見通り『自分よりも美しい存在がいる』と認めてしまったので、催眠を維持できなくなってしまったんです。ましてやそれが30過ぎてる男性だっていうんですから、そりゃ心も折れますよ≫
……うーん、褒められてるのになんか嬉しくない。
「ネオラ、終わったの?」
「ああ、なんかワケ分かんねーうちに倒しちまったみたいだ」
「なにそれ……?」
オレが聞きたい。なんだコレ。
レヴィアが心配そうに駆け寄ってきたが、あまり無理しないでほしい。
魔族に吹っ飛ばされた後、墜落する前にキャッチしてから魔法で回復したとはいえ大怪我したばっかなんだからゆっくり休んでてくれ。
「……? あれ、イツナちゃんは?」
『え、えーと……さっき、レヴィアちゃんが吹っ飛ばされてから魔族に喧嘩売りだして、しばらく善戦してたけど魔族の魔法で押しつぶされちゃった……』
「はぁ!?!」
会場に潜入していたアイナさんの通信機からとんでもない爆弾発言が発せられた。
舞台のあったところに岩石の山が積み上げられてるが、まさかこの下敷きに……!?
ま、まずい! どう考えても無事じゃ済まねぇ! そもそも生きてるのか!!? もしも間に合わなかったりしたら……!!
『い、一応振ってくる岩に向かって矢を討って迎撃しようとはしたんだけど、威力を減衰するくらいしかできなくて押し切られちゃったの。ど、どうしよう……!』
「泣き言言ってる場合じゃねぇ! 早く掘り返して治してやらねぇと―――」
「おりゃー!!」
『ビキィー!!』
ボゴォン と音を立てて地面が隆起したかと思ったら、中からイツナちゃんとデカい白黒ウサギが飛び出してきた。
「オラァ!! リベンジじゃー!! かかってこいやクソ魔族がコラァ!! ……ってあれ? もしかして、魔族死んでる? うそぉん……」
「……すっごい元気そうね」
「ぶ、無事だったのか、よかった……」
まだまだ戦意充分といった様子で啖呵を切っている。特に大きな怪我もなさそうだ。
……忘れてた。この子、カジカワさんの娘さんだったわ。これくらいで死ぬわけないわな。
「ちぇー、つまんね。あ、勇者様とレヴィアさん無事だったんだ。おつかれーっす」
「お、おう。そっちこそ大丈夫か?」
「ウサタローが守ってくれたからへーきへーき。……それより、さっきからなんか地面が揺れてるんだけど、コレなんなのか知らない?」
「へ? ……うっ!?」
そうイツナちゃんが問いかけた直後、一際大きく地面が、いや大地が揺れたのが感じ取れた。
地震にしちゃ揺れ方が不自然だ。まるで大陸そのものを誰かが無理やり揺れ動かしてるかのような、人為的な動きを感じる。
「……ふふ、ふふふ……陽動作戦は、上手く、いったのですね……」
「! ……まだ生きてやがったか」
満身創痍で血を吐き、それでも不敵に嗤いながら意味深長な言葉を口にする女魔族。
陽動作戦、だと? ……まさか、この王都中を巻き込んだバカ騒ぎすら、本命の作戦じゃなかったってのか!?
「ゆ、揺れがどんどん大きくなってる! どうなってんのコレ!? 何が起きてるの!?」
「……答えろ、何をしやがった」
「あなたにならば、教えましょう、ゴフッ……終焉災害、ですわ」
「終焉災害……?」
「ゼェ、ゼェ……五つの大陸、その、中心に位置する、とある島……その島は、深い眠りについている、超超巨大な、海洋魔獣、の、上に、土壌が堆積してできた島、なのですわ……」
「なんの話をしてやがる……!?」
「その島型魔獣……終焉災害魔獣『リヴァイアサン』に、大量の魔族化薬を、投与、したのです……」
「……は?」
今、なんて言った?
終焉災害級の大型魔獣に、魔族化薬……!?
「本来ならば、そのサイズ故に、ケホッ……まったく影響は、ないのでしょうが、魔族化薬を投与する際に、この大陸に生き残っていた魔族たち全員を、補助頭脳として、融合させることで、魔族の肉体の一部として、強制的に操っているのです、わ……つまり、超巨大な、魔族が、動き始めたと思えば、いい……」
「まさか、魔族化薬の研究はそのために……!?」
「……ふふ、どうでしょう、ね。よく、考え、なさい、まし……後悔、したく、なけれ、ば……」
「煮え切らねぇ言い方しやがって……!」
今にも死にそうな息も絶え絶えの状態で、しかし不敵に笑みを浮かべる姿にはある種の迫力すら覚えた。
こいつは他の魔族たちとは一味違う。自身の死すら些事にしか思ってねぇ。
「アンタはなんか後悔してるの? 例えば『魔族じゃなくて、人間に生まれてちやほやされる人生を送りたかったー』とか思ってたりすんじゃないの? でなけりゃ、あんな目立つことしてないでしょ」
「かはっ、はははっ、じょ、冗談も、甚だしいですわ……! たとえワタクシの生涯が、このひと月足らずの間、だけだったとしても、たとえ、他者からどれほど醜く見えたとしても、ワタクシは、魔族として生きたことを、誇りに思っております、わ……!」
「……あっそ」
「ふふ、ふ、でも、次に生まれてくることが、あれば、その時は……あなたや、勇者のように、可愛らしい魔族に……」
「そぉい!!」
グシャリ と言い切る前に、イツナちゃんが魔族の頭を大きな盾でぶん殴り、潰した。
ちょ、ちょっとイツナちゃん? まだ遺言言い切ってなかったっぽいけど……?
「死に際のくせに話が長いわ。はよ死ね」
「ひどくね?」
「ゆっくりと話を聞く時間もなさそうだし、しゃーないでしょ。……それよりも、さっきの話が本当ならその巨大魔獣だか魔族だかをどうにかしないといけないんじゃないの?」
「そ、そうだな。……五つの大陸の中心って、確か元魔王城があったところの近くだよな?」
≪はい。魔王城のあった島とは別の島ですが、そこそこ広い面積があります。それと同サイズの魔獣となると、ちょっと動いただけで大津波が発生する危険性がありますねー≫
広さはどんくらい?
≪北海道くらいですかね≫
アカン、それはアカン!
北海道サイズの魔獣って、たとえ人類への敵意がなかったとしても起きてちゃダメな奴じゃねーか!!
≪といっても終焉災害とは名ばかりで、実際は成長しすぎて極まった進化をしていて、呼吸するだけでエネルギーを確保できるうえにサイズが巨大すぎてもはや天敵がいないので、寝ること以外なんもやる気のないグータラ魔獣ですけどね≫
そりゃあくまで平時の話だろ。
……どうする? そこまでデカい魔獣を討伐なんかできるのか?
そもそも勇天融合しても倒せるようなもんなのか?
≪無理でしょうね。仮に仕留められたとしても討伐が完了するころには世界中が津波で滅茶苦茶ですよ。……もしかして、詰んでませんかコレ?≫
アホ抜かせ! 諦めんなよ!
魔王倒して十余年経った今になって残党のせいで世界崩壊とかバッドエンドにしてもひどすぎるだろ!
どうにか対策を考えろ! 動き出してるならまず動きを止めねぇと――――
『あー、あー、マイクテス、マイクテス、もしもーし、勇者ちゃん、聞こえるー?』
「……えっ?」
「……うわ」
メニューと会話している最中、通信魔具から誰かの声が発せられた。
聞き覚えがあるようなないような……あれ、アイナさんすっげぇ嫌そうな顔してるけどどうした?
『あ、聞こえてるっぽいね。アイナもそこにいるのー? てか『うわ』はないでしょ『うわ』は』
「るっさいよババア。こちとらやっと王都の騒ぎを解決したと思ったら、シャレになんない事態になってる最中だっての!」
『そのシャレにならねー事態をなんとかするために連絡入れたんだっての』
「……ぐ、グランドマスター?」
『そ。お久しぶり勇者ちゃん。いつもならゆっくりと世間話に花を咲かせたいとこだけど、状況が状況だ。ちゃっちゃと話を進めていきましょっか』
通信魔具の声の主は、冒険者ギルドグランドマスターのパラレルドラルシアからだった。
……この口ぶりからすると、何が起きてるのか向こうも既に把握してるっぽいか。
『終焉災害リヴァイアサンが目覚めたのはそっちも把握してる?』
「ええ、その事態を引き起こした魔族から直接聞きました。魔族化薬を使って魔族たちを融合させて無理やり目覚めさせたとかなんとか」
『結構。まさかこんなバカなことをやらかすとは思わなかったけど、起きちまったモンはしょうがない。世界が滅ぶ前になんとしてもリヴァイアサンを正常な状態に戻さないとね』
「正常な状態に、戻す? 仕留めるんじゃなくて?」
『仕留めちゃダメだよ。寿命でゆっくり自然死させなきゃ一気に腐敗が進んで環境汚染がどえらいことになるから』
北海道サイズの生ゴミがいきなり海に放たれるのはさすがにヤバいか。
プランクトンとか異常繁殖しそう。てか臭そう。
「それじゃ、どうやって止めるんですか?」
『融合している魔族たちを引っぺがしてから、そいつらだけを排除する。おそらく融合というよりも寄生するのに近い形で乗っ取ってるんだと思う。あれだけデカい相手と融合なんかしようもんなら希釈されすぎてほぼ影響なんかないはずだし、分離するのは容易なはずだよ』
「……それまでに、そのデカ魔獣が暴れて世界が滅んだりしませんかね。ほんの少し動いただけで津波が起きるそうなんですけど」
『大丈夫。今、リヴァイアサンを拘束して動きを封じてる。1日だけならこの状態を維持できるから、その間にどうにか寄生してる魔族を排除して! こっちも人員かき集められるだけ用意しとくから!』
「わ、分かりました。……てか1日だけでも止められる方法あるんですね。どうやったんですか?」
『どうやったというか……私がなんか言う前にカジカワくんが止めてくれたんだよ。すっごい早く震源を見つけてくれて、魔力でガチガチに固めてるから早くなんとかしろって連絡が入ってきたの』
……あのオヤジは何やってんだと思ってたら、誰よりも早く事態に対応してらっしゃいましたでござるの巻。
マジで足を向けて寝られねー。
「納得。……いや、そんなに早く見つけたのならそのまま魔族を倒してくれりゃよかったんじゃ?」
『分離した瞬間にその痛みで魔獣が暴れる危険性があるらしい。さすがのカジカワ君もあのサイズを完全に拘束しながら魔族をどうこうできるほど余裕はなさそうだったから、君たちに頼もうって話になったわけ』
要するに、今回は頼りっきりにはできないわけだ。
『リヴァイアサンの体の上は長い年月のうちにほとんど自然の島みたいな生態系ができ上がっていて、強力な魔獣がウヨウヨしてる。手練れを集めて魔族のいる場所を突き止めないといけないからヨロシク』
「……了解。その島には行ったことがないので、一旦魔力飛行で到着した後にファストトラベルで一旦帰還し、集められた人員を連れて再度転移して探索に移ります」
『頼んだよ』
……魔王との決戦以来の修羅場だな。
平和が続くか、全てが滅ぶか、今からの1日間で全てが決まる。
くっそ、久々に腹が痛くなってきた……。
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「……陽動作戦か。やることが派手だねぇ魔族も」
『ヴォォォオオオオオオオオオ………!!!』
「あーウルサイ。頼むから寝てろマジで。……ああ、ホントに派手だねぇ。こっからしばらくこの状態のままで丸1日動けないって地獄じゃね? あ、やべ、しかも今日は鬼先生との組手の日じゃん……まーたキレ散らかされるよー……」
よく考えなさいまし。
後悔したくなければ。
魔族化薬は、一瓶あればいい。




