美の化身、その夢の終わり
「ヒヨサブロー! 遠当て! 撃て撃て撃てぇーっ!!」
『コケェエエ!!』
「ウサタロー! 剛突進ー!!」
『ピキィイッ!!』
「おるぁー!! バッシュバッシュバーッシュ!!」
ニワトリに牽制させつつ巨大ウサギに突進の指示を出し、盾のバッシュで猛攻を仕掛けてくる黒髪のお嬢さん。
……妙ですわね。この娘は魔獣使いのようですが、こうも熟練した技を扱えるとは。
まるで魔獣使いと盾使いのいいところどり、それも相当高レベルのものに思えますわ。
「くふっ、なかなかどうしてやりますわねぇ!」
「どーも! そっちはさっきと比べて動きが鈍いんじゃないのー!?」
「最初から飛ばしすぎてあっさり終わらせては演者の名折れですゆえ! 名優は少しずつアゲて楽しませていくものですわ~!!」
確かに、先ほどの女性と戦った時に比べて強化が薄まっているのは事実。
それはこのお嬢さんが『可愛らしい』から。
集団催眠と補助魔法による相乗強化はハマれば強力ではありますが、実は薄氷の上を歩くかの如く、気を抜けばすぐに解除されてしまうリスクがあります。
この強力な強化を維持する条件は『自分が最も美しい存在であると思い込む』こと。
催眠とは他者だけでなく、自身も対象。
本来ならばこれほどの多人数・広範囲の催眠を維持するにはワタクシの能力だけでは心許ないのです。
故に自己催眠によってリミッターを外し、本来の実力を超える催眠を発動することができた。
一度発動に成功すれば、後は催眠にかかった対象たちから供給されてくる力のおかげでそれを維持することは容易。
……しかし、自己催眠が解ければそれも一気に瓦解してしまうでしょう。
だからこそ、何時間もかけて化粧をしました。
決して厚化粧にならないよう、それでいて繊細に念入りに自身の魅力を引き出せるだけ引き出すように拘った。
最高級のドレスにアクセサリ、この会場に設置した照明や事前に仕込んでおいた音響設備などもワタクシを引き立たせるために用意された演出設備。
観客たちとワタクシ自身を魅了するための、補助装備なのです。
「この! 血の滲むような努力の果てに手にしたこの絶美に! その程度の可愛らしさでワタクシに敵うとお思いとは片腹痛いですわ~!!」
「いや、可愛さは関係なくね!?」
「ふふふ、まずはそちらのニワトリからご退場願いましょうか!」
『コケッ!? ……ピギャッ!!』
「っ!! ヒヨサブロー!!」
さっきから遠当てを撃ち続けて鬱陶しいニワトリに、こちらも遠当てを放って反撃。
遠当て同士相殺し合って減衰したうえに直撃は避けたようですが、それでもあの程度の魔獣では致命傷ですわね。
「ヒヨサブロー、戻って! 後はこっちでなんとかするから!」
『コケ……ッ』
「いいから戻れ!!」
大怪我を負い、退くように促されてもなおこちらに立ち向かおうとするニワトリを、強制的にスキルで帰還させたようですわね。
敵ながら見上げた根性ですわ。実力が伴っていないのが悲しいところですが。
「よっくもウチの子を! 許さないんだから!!」
「おほほ! そんなに大事ならばハナから連れてこなければよかったでしょうに! ほらほら、今度はウサギさんが危ないですわよ~!!」
『ピキッ!?』
大量の巨岩を対象にぶつける上級攻撃魔法『コメット・レイン』を発動。
直径3mを超える巨岩が大きなウサギ魔獣に向かって雨あられと降り注いでいきますわ。
一撃でもまともに喰らえば即死は必至。この会場内においてその図体では回避は困難。さて、どうなさるのかしら!?
「『シールド・ウォール』ッ!!」
『ピキィッ……!?』
「あらぁ、なんですのそれは……?」
お嬢さんが盾を構えると、光り輝く障壁がせり上がり魔法を防いだ。
……見慣れないスキル技能ですわね。
盾術の『魔盾壁』に似ていますが、ここまで規模の大きな技能ではなかったはず。マスタースキルの一種かしら?
「ぐぎぎぎぎぎぃいいい!!!」
『ピ、ピキッ! ピギィィイ!!』
ウサギ魔獣の背を守るように展開されていますが、それでも巨岩が衝突するたびに強い衝撃がウサギに襲いかかっているようで、苦しそうな悲鳴を上げていますわ。
しかも徐々にひび割れており、このまま押し切れば盾を粉砕してウサギごとお嬢さんもペシャンコですわね。
まあ、そんな悠長に待って差し上げるはずもありませんが!
「トドメですわ~!!」
「うっ……!?」
『ピキィッ!?』
光る障壁の横を通過し、お嬢さん目掛けて突進。
見たところあの盾を構え続けなければ障壁を維持できないようで、かといってそのままでは私に殴り殺される、まさに詰みといった状況!
「名残惜しくもありますが、これにておしまい! 圧倒的な実力差を分かっていながらなおここまで喰らいついた、その根性だけは覚えておいて差し上げますわ!! おほほほほほ!!」
「な……」
驚愕の顔を浮かべた少女の顔へ、死の拳を振り上げた
「なめんなぁぁぁぁあああ!!! パイル!! バァンカァァァァアッッ!!」
「ほほほ ほぐぅっ!?」
その瞬間。
こちらの拳が命中する直前に、少女の顔が驚愕のソレから怒りの表情へ変わったと思ったところで、腹部に鈍痛。
お嬢さんが何かを叫んでいたようですが、なんらかの技能で迎撃されたのでしょうか……!?
「あ、やっべ。ごめんウサタロー、死ぬわ」
『ピキ!? ッ!! ……ピキキキキキキィィイイイ!!!』
直後、ウサギとお嬢さんを守っていた障壁が崩壊。
無数の巨岩がお嬢さんたちへ降り注ぎ、大きな衝撃音とともに土ぼこりを立てながらどんどん積み上がっていく。
最後には降り積もった巨岩の山だけが残り、少女たちは影も形も残っておらず、おそらく地面のシミと化してしまったようですわ。
「きゃぁぁああああ!!」「リューンスタイン様~!!」「ざまぁみろメスガキ~!!」
圧し潰されたお嬢さんたちを見て、観客たちが大きな歓声を上げる。
その効果でさらに体が強化されていくのを感じますが、少々曇るものがありましたわ。
あのお嬢さんは最後に私へ一発入れたうえに、従魔のウサギへ微笑みながら死んでいった。
なんてことのないあたりまえの会話のように、自身の死を受け入れて。
その姿は、とても美しく見えて……。
「リューンスタイン様?」「どうかなされたのかしら」「まさかさっきのメスガキに手傷でも!?」「お労しい! 代わってあげたい!」
……いけない、心を乱しては催眠に影響が出かねませんわ。
相手は憎むべき人類。どれほど散り際が見事であろうとも、心奪われるべきではないのです。
「さあさあさあ!! 次! 次のゲストはおりませんの~!? なんならまとめて挑んでいただいてもかまいませんわよ~!! 誰がこようとも、今のお嬢さんたちのように踏み潰して差し上げましょう!! いなければ、本当に王宮を滅ぼしましょうか!!」
「きゃぁぁああ~素敵ぃ~!!」「ぶっ壊してー!! この退屈な世の中を!!」「アンコール! アンコール!」
まだ隠れているであろう者たちを炙り出すために煽り、脅す。
挑んでくるならばよし、何度でも何人でも葬って差し上げましょう!
「アンコール!」「アンコール!!」「アンコール!!!」
もういないのであればこの国を滅ぼし……力尽きるまで、進軍を続けますわ。
いずれ確実に訪れる終わりの時まで――――
「アンコールだそうだぜ?」
「っ!!」
「つーわけでラウンド2だ、いいよな?」
前触れもなく、急に目の前に人影が現れて思わず身じろぎしてしまいましたわ。
純白の白いドレスにファー付きのコートを纏った少女……勇者が、再びワタクシの前へ立っていた。
先ほどもそうでしたが、幻惑装備を身に着けているのか顔が見えませんわ。
それでもその華奢な体躯に平坦な胸ながら美しいボディライン、艶めかしく細い脚……なのに顔を隠しているのが気に入りませんわね。
顔に自信がないのでしょうか。
「なんだオマエー!!」「負けたんならさっさと帰れー!!」「貧乳! ペッタンコ! そのまな板隠せ!」
「……はぁ」
観客たちの罵倒も意に介していない様子で、ただ私の前に立っている。
……一度勝ったとはいえ、相手は勇者。なにか秘策をひっさげてきた恐れがありますわ。
観客たちの罵声による弱体化は『顔が見えていること』と『罵る言葉にネガティブな反応を示す』ことが条件。
ここは挑発して素顔を引っぺがしましょうか!
「あらあらあら~!? 負け犬の勇者様ではありませんこと~! お顔を隠しているのはあまりに無様な負け方に恥じているのかしら~!? あ、いやいや元々隠してらっしゃいましたわね。どんな醜女なのか、見てみたいものですわ~!!」
「……そんなに見たいか?」
「是非是非是非!! この美しい顔と己を見比べて、自らを恥じるといいですわ~!!」
素顔を晒させて弱体化させれば、今度こそ勇者を仕留める好機が訪れるはず!
既に王都人口の大半を催眠の影響下においている今の私であれば、不可能ではありませんわ!!
ここで勇者を仕留めておけば……!!
「ほらよ、満足か?」
「……………え」
「え?」「ええっ……!?」「エッッ……!!」
勇者が眼鏡を外すと、幻惑効果が解除され素顔が表に出てきました。
その顔は一種の極致、『美』そのもの、……否っ……!!
「か、かわ、可愛っ……!!」
「ぎゃぁぁあああ!!!」「がわいいいいいい!!!」「なんじゃありゃぁぁあああ!!!?」
勇者の素顔を目の当たりにした観客たちが、悲鳴にも似た嬌声を上げている。
無理もありませんわ。ワタクシも、今にも叫びだしたいほどの尊顔。
「……だから素顔出したくねぇんだよ……」
そこには『可愛い』が立っていた。
キュートとしか形容できない、凄まじいモンスター級の美少女。
剥きたてのゆで卵よりもきめ細かく艶のある肌に、熟れた桃を彷彿とさせる鮮やかな唇、大空よりも大海原よりも彩深くパッチリとまん丸の青い瞳。
ワタクシの顔が職人の模った芸術品とするならば、勇者の顔は奇跡の産物。決して人の手では創りえないと断言できるほどの可愛さだった。
「あ、あ、ありえませんわ……!! いくら若かろうとも、ここまで……。? ……若い? え、16年前には成人していた勇者が、若い? なぜ……?」
「いや若くねぇよ。もう三十路超えてるぞ」
「あ、あ、ありえませんわぁぁぁぁぁあ!!! こ、こ、この美少女が、30過ぎなどっ……!!」
「つーか女でもねぇぞ」
「………は?」
「オレは男だってば。つまり三十路過ぎてるオッサンだ。OK?」
「い゛や゛ああああああああぁぁぁあああぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」
その瞬間、自身の『美』に対する絶対的な自信が崩壊してしまった。
催眠スキルが解けてなくなる。強化も弱体化も全て全て無に帰してしまう。
……ああ、ダメだ。
勝てない。
「ふっ、ふふふっ……負けましたわ……ガハッ……!!」
「は? いやなんでやねん」
完全に勝ち目はなくなりましたわ。
これを、この顔を見てしまっては、どう足掻こうとも敵うはずがないと分かってしまう。
無理な運用をしていた代償。
催眠スキルが打ち破られた反動に崩れ落ちながら、困惑した表情も可愛らしく映るその顔をただ眺めることしかできませんでした。
どうかお許しを、魔王様。
そして我が同志たちよ。
陽動は、上手くいったでしょうか?
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『ぺ、ペフゥ……』
「あぶねーあぶねー、ウサタローがものすごい勢いで穴を掘ってくれなきゃ死んでたね」
『ペフッ……』
「よしよし、頑張ったね。……ん、なんか、変な音がしない?」
『ペフゥッ?』
「いや上のうるっさい声じゃなくて、地震、みたいな……」




