死のライブステージ
……油断した。
咄嗟に気力強化で防御してなきゃヤバかったかもな。
幸い、墜落したところにクッションでもあったのか、さほど深刻なダメージは負っていない。運がよかったようだ。
今の一撃は魔族の幹部ごときが単騎で出せる威力じゃない。
今のオレが素手で殴られただけで軽く100m近く吹っ飛ばされちまうなんて、魔王のソレと遜色ない。
小細工って言ってたが、どんなインチキを仕込んでやがるんだ?
≪……解析完了しました。催眠スキルと補助魔法スキルを組み合わせたネズミ算式の能力強化ですねー≫
催眠と補助魔法スキル? ネズミ算? なんだそりゃ。
≪催眠にかかった人間から力を奪って、自分の能力値にプラスしているようです。補助魔法スキルの『膂力譲渡』の応用のようです≫
え、そんなことできんの!?
それが可能なら、魔王との決戦の時にオレがソレやってれば楽に倒せただろ!?
≪うーん……多分、難しいと思いますよ。膂力譲渡は本来『自分から他者へ能力値を貸す』魔法ですが、この魔族は逆に『他者の能力値を奪う』運用をしています。多分、魔王の遺産かなにかでベクトルを逆転させているのではないでしょうか≫
まーた魔王の遺産か!
なんでもありだなクソ! こちとら性転換薬とじゃがいもとサツマイモの等価交換麻袋くらいしか持ち帰ってねぇんだぞ!
いや、まあ、カジカワさんならもっと色々と持ち帰ってるだろうけど。こないだ秘密基地を持ち帰った浮島に作ってるとか意味分からんこと言ってたし。
≪うわ! しかも催眠スキルにかかった令嬢たちからその家族へ、さらにその家族の仕事仲間などにもドンドンと催眠の感染が起こっているようです! 現在、王都の広範囲に感染が広がっていってます!≫
待て待て待て! そんな大規模なパンデミックになぜ今まで気付かなかった!?
パーティから帰ってきた令嬢たちにはなんの異常もなかったはずだろうが!
≪令嬢自身の催眠は解かれていたようですが、パーティから持ち帰ったリボンなどのアクセサリを媒介に催眠をかける工作がなされていたようです! しかも時限式で術式が完成する魔具のようで、指定時刻になるまではただの装飾品という判定だから気付けませんでした!! 用意周到すぎませんかこいつら!?≫
こっちのメニュー機能をとことんメタってきやがったな。クソ、さすがにそこまで細かく調べてなかった。
……現在の状況への対処法は? さすがに王都全域を一斉に状態異常解除なんてマネは無理だぞ。
≪えーと……一番手っ取り早いのは起点となっている魔族を倒すことですが……王都中の人間から能力値を譲渡されているせいで、とんでもない強さになっています≫
どんくらい?
≪魔王の最終形態に匹敵……いえ、むしろ今この瞬間もどんどん強くなり続けています!≫
よし、カジカワさんを連れてこよう。こりゃ無理だ。
≪それが……カジカワさん、メニューが機能停止しているうえに情報遮断装備を着けてて連絡がつかないです。ファストトラベルで呼び出すこともできませ~ん……≫
クソァ!! なにやってんだあのオヤジは! せめてチャット機能だけでも残しとけボケェ!!
……あ、すんません言い過ぎましたゴメン怒らないでコワイ。
どーすんだよ。勇天融合して戦おうにも、さらにそれより強くなられちゃいずれ追い抜かれるぞ。
≪んー……いえ、もしかしたらネオラさんだけでもなんとかなるかもしれませんよ?≫
は? そりゃどういうこった?
≪それは……おっと、その前に早くどいてあげたほうがいいですよ。≫
え?
「ムグググゥッ……!」
「ゴフッ……」
……やけに弾力があるからクッションかなにかと思っていたが、どうやら墜落した際に外周を警備していたユーブ君とフォルト君を下敷きにしてしまっていたらしい。
オレの尻の下で二人仲良く白目を剥いて気を失っていた。マジゴメン。
~~~~~催眠アイドル魔族ことリューンスタイン視点~~~~~
ワタクシが、この矮小なるワタクシごときが、魔王様すら討った勇者を殴り飛ばせた!
なんという快感! なんという充足感! なんという達成感!
自尊心が満たされる! 自己肯定感がより高くなる! 素晴らしい気分ですわぁ!!
照明の上から舞台へと降り、拍手喝采の雨あられを全身で浴び、叫んだ。
「そしてその自信が、よりワタクシを強く美しくしてくれますわぁ!! ああ、なんという美と暴力の連鎖! 今のワタクシは世界一強く美しいぃぃいい!!」
「リューンスタイン様~!!」「こっち向いてー!!」「なんとお美しい!!」
「声が小さいですわぁ虫けらども!! もっと大きく、もっと強く! 喉が爆発するまで歓声を上げなさい!!」
「「「「「キャァァアアア!!!」」」」」
ああ、ああ、なんという黄色い歓声!
ふふふ、本来魔族にとって人類からの賛辞など不愉快なばかりでしょうが、こうして眺めているとまずまず悪くない気分ですわ。
例えて言うなら、小動物、いえドブネズミ、いやむしろゴキブリの大群に崇められているような……この例えはちょっとアレでしたわね。
そんな嫌悪感も、この凄まじい力の源と思えば薄れていくというものでしょう!
さぁて、勇者の次は王宮でも破壊してしまいましょうか?
守るべき国民の力を束ねた暴力で城ごと滅茶苦茶にされる王とは、なんとも皮肉の利いた末路ですわねぇ!
「魔王様の仇、人類すべてへ向けて、この力を存分に振るわせていただきますわぁぁああ!!」
「そうは、いくかってのよ!!」
「っ!?」
観客たちの中から、一筋の赤い閃光が奔った。
音すら置き去りにするほどの驚異的な速さ。強化していなければ反応すらできずに貫かれていたところですわ。
「ちっ! ネオラをぶっ飛ばしたのはまぐれじゃないようね!」
赤き閃光の正体は、赤髪の女戦士でした。
槍使いの特級職、それも上澄みも上澄みといった一撃でしたわね。
おそらく彼女は勇者の伴侶の一人なのでしょう。……油断なりませんわ。
下手をすれば魔王様に匹敵するほどの膂力。なるほど、能力値を底上げするカラクリを持っているのはそちらも同じというわけですか。
……ならば。
「おおっと、ここでさらなる乱入者ですわ~!! 皆様、勇気ある挑戦者にも応援の声をぉお!!」
「わー」「がんばえー」「美人のおばさーん」「年増ー」
ワタクシへの歓声とは打って変わって、やる気のなさげな棒読みで罵声交じりに声を上げる観客の方々。
うーん、正直は美徳ですがもう少し手心を加えてあげてもいいのではと思わなくもないですわー。
「うるっさいわよ!! おばさんとか年増って言ったガキ絶対引っ叩いてやるから覚えてなさい!!」
「よそ見している余裕がありまして?」
「んなっ、うぐぅっ!?」
「どうしましたかぁ!? そんなに強く蹴ったつもりはありませんでしてよぉ!!」
「くそっ、体が重い……!?」
剣で斬りつけたのを槍で防いだところで、腹部に蹴りをお見舞いして差し上げました。
いくらこちらも強化されているとはいえ、これほど綺麗に一撃を入れるのは本来難しい。
しかし、それはあくまで1対1での話。
このやる気のない応援の声はただの挑発ではなく、相手を貶めて能力値を下げる催眠と補助魔法の複合技能。
ワタクシは賛辞の歓声を浴びるたびにどんどん強く、逆に挑発や悪口の類を浴びせられた相手には強力な弱体効果を発揮する。
つまり、この場においてワタクシは限界すらぶっちぎりで突破するほどの絶好調。
対する相手は本来の実力をおよそ半分ほどしか発揮できない絶不調へと追い込まれる、死のライブステージですわ。
「ふふふっ、あなたもそこそこの美しさのようですが、この輝かしいステージに立つには少々御歳が、ね。おおっと、失礼あそばせ~!! おほほほほ!!」
「ブチ殺す」
「あっはっは!! 凄んでも余計に御顔が醜く歪むだけですわよ~!!」
「死ねぇぇぇええええっ!!!」
怒りを籠めた怒涛の連続突きも、今のワタクシにとっては素人のテレフォンパンチと変わりませんわ!
精彩を欠いた力任せの攻撃が通用するのは格下にだけ! 通じるはずもなし!
「ふぅんっ!!」
「!? は、刃先を、合わせた……!?」
「はい、グッバ~イ♡」
「ぐっ、きゃぁぁああああっっ!!」
突きに合わせて同威力の突きを合わせ、拘束。
直後に攻撃魔法の『マギ・バレット』で遠くまで吹っ飛んでいただきました。
……ふむ、胴体を貫通するつもりで撃ちましたが、着弾寸前に後方へ飛んで威力を軽減したのが見えましたわ。
血反吐を吐いてましたので決して軽いケガではないでしょうが、殺し損ねてしまいました。反省反省ですわー。
「は~い!! ショーのご協力ありがとうございました~!! できればそのまま地獄までおかえりくださいませ~!!」
「キャー!!」「リューンスタイン様ステキー!!」「こっち向いてー!!」「もっとぶっ飛ばして―!!」
「アンコール!!」「アンコール!!」「アンコール!!」
「あらやだ! 皆様まだまだ熱が冷めやらぬご様子ですわ~~!! 次に挑戦される方、どなたかいらっしゃいませんこと~~~!!?」
血に逸る観客たちの熱気に、ワタクシも熱くなってきましたわ~!!
メインディッシュである王の殺害前に、もっともっともっと血を! 人類の血を! 強者の蹂躙を!!
「ウサタロー、潰して」
『ピキッ!!』
「……は?」
上空から、巨大な影が落ちてくるのが視界に入った。
このシルエットは……巨大な、ウサギ?
「くっ!」
圧し潰される寸前で、辛うじて回避。
飛び退いた直後、巨大なウサギが先ほどまで立っていた舞台をグシャグシャに踏み潰していました。
そのウサギの上に、一人の少女が仁王立ちしている。
「こっからは私が相手だー!! 覚悟しなさい!!」
「ワオワオわぁ~お!! さらなる挑戦者が登場ですわ~!! う、美しい! 若く華のある美少女ですわよ~!!」
「帰れー!!」「降りろー!!」「ガキンチョー!!」「ちょっと可愛いからって調子乗んなー!!」
「うーわ、下のほうでなんか僻みまくってるわ。ワロス」
啖呵を切って入場してきたのは、長く艶のある黒髪をはためかせている、焦げ茶色の瞳を煌かせている美少女でした。
うーむむむ、先ほどの赤い女性とは打って変わって若々しいですわね。しかも可愛い。
これでは観客たちによる弱体化もイマイチ通じないことでしょう。忌々しいですわぁ。
ま、ワタクシには及びませんがねぇ!!
「しかぁし!! こちらが絶好調であることに変わりなし!! さぁ、シャルウィイダァぁあンス!!」
「いくよウサタロー! こい、ヒヨサブロー!」
『ピキィッ!!』
『コケェエ!!』
正直、少しヒヤリとしましたわ。
この催眠による強化を打ち破るには至りませんでしたが……ここまで可愛らしい子が舞台に上がってくるとは!
先ほどよりも少々手こずりそうですが、上等! 渾身の演舞にて迎え撃って差し上げますわぁ!!
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「勇者とさらにその伴侶を吹っ飛ばしたようだ」
「あやつ、やるな。ここまで下準備を進めてきた甲斐があるというものだ。同胞として誇らしいよ」
「……さて、こちらも……覚悟を決めるとするか」
「一つ間違えば、全てが終わる。……大丈夫だろうか」
「怖気づいたか?」
「いいや、同志が命を張りああやって踏ん張っているのだ。今更我が身を惜しむ気など欠片も有さぬよ」
「ならば信じよ。きっと上手くいくと」
「……すまん、同志を疑ったわけではないのだが、な」
「いいさ、焼きが回ったような気分なのは私も同じだ。……まさか今際の際になって信じる相手が、人類どもとはな」
「奴らは我らを打ち負かし滅ぼした」
「ならばこの程度の災いなど、どうにでもなるであろう」
「だからこそ、する意義がある」
「最後は魔族化薬を一瓶使えればいいのだから」




