アイドルのようなナニカ
貴族の令嬢たちが夜な夜な抜け出して参加するお食事会。
その裏に潜む怪しい気配、そして魔族との関係や如何に。
それらの謎を確かめるために、勇者様たちに加わって私自らもおめかしした後に現場へ潜入し様々な料理を堪能するのであった。
「お、美味しそうなお肉はっけーん。ムッシャムッシャ、わーうめー!」
『オイコラなに当たり前のようにディナー堪能してんだ! 仕事しろ!』
「カタいこと言いなさんなマイブラザー、外周任務で食べられないのが悔しいのは分かるけどさぁ。ちゃんとタッパーは用意してあるからちょっと我慢してなよ」
『その持ち帰りのための容器を今すぐ捨てろマイバカシスター。なんか怪しい奴とかいたりしねぇのか?』
会場に来ている令嬢や冒険者たちの様子を窺っているけど、特に不審な点は見受けられない。
てっきり洗脳か催眠にでもかかってるのかと思ったけれど、なーんかそれにしちゃ動きや仕草に不自然なところが見られない。
「うーん、こうして全体を眺めてる分にはなんとも言えないねー。黒幕がそんな露骨に不審な動きしてるわけないから当たり前だろうけど」
『現状だと大型タッパー片手にバイキングよろしく料理を乗せまくってるあなたが一番の不審者よ。目立ちすぎだからせめて一品ずつ食べなさい』
『すんませんマジすんませんこのバカは後で軽く引っ叩いときますんでホント』
通信魔具越しにユーブや勇者様の奥さん(レヴィアさん)の声が耳に入ってくる。
そんなこと言われてもずっと気ぃ張ってると気疲れするし、かえって違和感を見落としそうになるっての。
「ムグムグ、ところでウサタローはなんか気になるところとかない?」
『モムモム……ッ! ピキッ!』
「ん、あっち? ……あー、あのケーキが食べたいの? いや別にいいけどさ……」
『ピキィ、モッシャモッシャ……ペフッ』
腰のポシェットから顔を出して甘味を次々と口へ運ぶウサタロー。魔獣のくせに甘党なのかコイツ。
野生の勘で何かないか気付いてくれないかなーと思って連れて来たけど全然アテにならねー。失われた野生。
ビュッフェ形式で色んな料理が並んでるけど、そのどれもが普通に美味しいばかりでなんの細工もなさそうだ。
「でも参加してる子たちも特におかしな点は無いし、談笑の内容もどっかの令息が学園朝礼の挨拶でどもった挙句退場する時にすっころんで半泣きで退場したとか、ダンジョンで手に入れたポーションを漢鑑定でがぶ飲みしたら爆発したとか、ふつーの世間話ばっかだね」
『普通の世間話とは』
「このご飯にしても、特に毒や薬が入ってるわけじゃなさそうだよ。そもそも薬物使って悪さなんかしたら鑑定とかですぐバレるだろうし」
『……何が目的なのか見当もつかねぇ、気味が悪いな』
「もしかしたらホントにお食事会を開きたいだけだったりしてねー」
『ならいいけど……』
『っ! 全員警戒しろ!!』
駄弁ってる最中、通信魔具からネオラさんの喝が響いた。
反射的に臨戦態勢へ入り、辺りを見渡しながら身構えた。
「……何かあったの? 勇者様」
『ああ、周りの令嬢や冒険者たちが一斉に『催眠』状態に切り替わったんだ! 目を見てみろ!』
「えっ、……うわ、こわぁ」
さっきまでにこやかに談笑を楽しんでいた子たちの表情が急に真顔になって、目は妖しい紫色の淡い光を纏っていた。
……いや、なんで? 催眠スキルってこんなに前触れもなく簡単に発動できるもんなんだっけ?
『どうなってやがる!? 催眠スキルをかけるためのスキル技能なんか、誰も発動した形跡がなかったぞ!? ……な、なんだって……!?』
「ど、どうしたの?」
『まずい、何かが……完全に気配を消した『何か』が催眠スキルを発動させたらしい。メニューでも捕捉できねぇ……魔力探知でも分からねぇ! さては魔族が魔王の遺産かなんかで姿を消してやがるな!』
「魔王の、遺産?」
『魔王の遺した異物のことだ。21階層っていうイカれた場所から持ち帰ったアイテムで、その中には装備した者の情報をシャットアウトするものも……っ! 上だ! 照明の上に何かいる!』
説明してる途中で急に叫ぶ勇者様の声に言われるまま上を向くと、会場の中心に備え付けられている大きな照明の上に、誰かが立っているのが見えた。
……? なんであんなトコに人が……?
怪訝に思いながら眺めていると、バチンッ と音を立てて照明が切れた。
あたりが真っ暗になり視界が利かない。
まずい、この状況で奇襲でもされたら対処が……ん?
暗闇に少しでも慣らそうと目を凝らしていると、ガタンッと音を立てて照明魔具の強い光が何かを照らしたのが見えた。
わっぷ、いきなり眩しいなオイ。
つーか、これってもしかしてパーティの演出かな? いったい何を照らして――――
「……え?」
「人類のみなさまぁぁぁああっ!! ごっきげんいかがぁぁぁああっ?!!」
スポットライトが照らしている誰かが、クソうるさい声で叫んだ。
声からして女の人っぽいけどうるさい。ホントにうるさい。
綺麗な声してるけどそれでも誤魔化せないくらいうるさい。
「「「「わぁぁぁぁぁぁああああっっ!!!」」」」
それに応えるように、会場にいる令嬢たちが一斉に歓声を上げた。
目ぇ光ったまま満面の笑みを浮かべている様は狂気すら感じさせる。怖すぎ。
「ハイハイハイ!! 今宵もパーティに参加していただき誠にありがとうございます!! 死ね!! こんなにお越しくださるなんて、ワタクシ感謝と憎悪の気持ちでいっぱいですわぁぁああ!!」
……光に目が慣れてきて、誰がこのうるさい声を上げているのかようやく見えるようになってきた。
どんなイロモノ女が出てくるのかと思いきや、照明の上に立っていたのは美人なお姉さんだった。
いや、このうるさい声を上げてるとは思えないほどホントに美人なのよ。
銀の絹糸のような髪を巻き髪ツインテールにして、整った顔にまるで一流の画家が描いたように繊細な化粧が施されている。
アイシャドウもチークも口紅も、決してくどくなくしかし素材を最大級に活かすように、女らしい魅力をこれでもかと主張していた。
さらに体つきもヤバい。
どうヤバいかというとママと同じくらいプロポーションがいい。しかも背もパパと同じくらい高いんだけど。なんだあの美人さん。
……もしかして、今回の件で暗躍してる魔族ってあの人だったりする? えー。
なーんかこれまでの魔族と違って独特というか癖が強いっていうかキャラが濃ゆいっていうか……。
『……なにあれ?』
「こっちが聞きたいんですけど。勇者様、アレが魔族ってことでOK?」
『大正解! 姿さえ見せりゃこっちのもんだ!!』
突如、騒ぐ観客たちに交じって一人分の影が魔族に向かって跳んでいった。
よく見えないけど、多分勇者様だ。
はっや。さすがは勇者様、あんな勢いで奇襲されればひとたまりも―――
ギィンッ と金属音が会場に鳴り響いた。
勇者様の一撃を、美人魔族が剣で受け止めている。
「っ! ……どうやら並の魔族じゃねぇようだな」
「んん~!!? あなた、どちら様かしらっ!!?」
「勇者だよ。お前ら魔族の宿敵ってやつさ!!」
返す刀で追撃を放ったけれど、ヒラリとかわしてバックステップで距離をとる魔族。
ちょっと待って、明らかに前に戦った魔族よりも動きにキレがあるんですけど。もしかして魔族の中でもさらに強いやつだったりする?
「まあまあまあ、勇者様とは存じ上げませんでしたわ~!! まさかこんなに華奢なお方とは夢にも思いませんでしたもの! 随分と可愛らしい格好ですことぉ!!」
「うるせぇわ!!」
……言われて気付いたけど、勇者様の恰好もすごいことになってる。
白いドレススカートにファー付きの白いコート、それで黒いパンストが艶やかで煽情的でほっそい足を覆っている。
しかも下からだとパンツ丸見えだし。……あ、なんか見えちゃいけないモノが見えてるわ。眼福ゲフンゲフンッ。
……御股のご立派様がなけりゃ完全に華奢でペタンコな女の子だわアレ。幻惑メガネで顔が隠れてるのがせめてもの救いか。
「しかし、その実力は本物のようですわね! その細身でそこまでの御力とは恐れ入りますわぁ!!」
「テメェこそ、ふざけた態度の割にゃやるじゃねぇか。……どんなトリック使ってやがる?」
「んんふふふ、お褒めいただき恐れ入りますわぁ! なぁに、ちょっとした小細工ですわよ!!」
「小細工? ……っ!? おぶっ!?」
瞬きほどの間もなく、気が付いたら魔族が勇者様の目の前まで迫っていた。
速すぎる。ママやパパと同じくらい、いや下手したらそれ以上の速さで勇者様の顔面に拳をめり込ませ、吹っ飛ばしていた。
「っ!? マジ……!?」
「んんん~~~~~っっ!!! カ・イ・カ・ン ですわぁぁああ!!!」
彼方まで吹っ飛んでいく勇者様を見て、満足そうに恍惚とした顔で叫ぶ魔族。
おかしい、勇者様のステータスは1万近いバケモンのはず。
ママやパパと遜色ないほど強いはずなのに、あんな簡単に殴り飛ばせるものなの……!?
~~~~~
腹立たしい。
眺めているだけで腸が煮えくり返るようだ。
盤上のコマごときがモブごときが雑魚がゴミがクズが。
返せ、私の資源を返せ。
殺してやる、消去してやる。
コイツ一人を殺しても治まらん。
伴侶も愛児も近々産まれる忌み子も、まとめて消す。
先に手を出したのはそちらだ、なのになぜこちらは不干渉を守る必要がある。
理不尽。不都合の全てをこちらが被る憤り、どうしてくれようか。
貴様の得た強さなどなんの意味もなさないということを教えてやる、梶川光流。
イツナやレヴィアが催眠にならないのは状態異常無効のアクセを装備してるからです。




