その顔危険物につき取扱注意
鉱山の奥から妙な音が聞こえてくる。
ゴツゴツと何かを打ち付けているような、鈍い音だ。
「あれは幻覚だアレは幻覚だアレはげんかくだアレハゲンカクダ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……」
「コラコラ、せっかく治してやったのに新しく傷を作るんじゃない。血ぃ出てるからやめろって、オイ」
「……なにやってんの?」
音のするほうへ向かうと、なぜかユーブが壁に頭を打ち付けながらブツブツとなにか呟いているのが見えた。
既に魔族は討伐されていたみたいだ、無事でよかった。……いや、ホントに無事? マジでどうしたの?
いまだに自傷行為をやめないユーブを誰かが止めようとしてるけど、あの人は……?
「ん? お、やっと来たのか、遅かったな。えーと……イツナちゃんだったか?」
「その声は……ミルムのパパの、ネオライフさん?」
「イエス。よく覚えてたなー、元気してた?」
なんか顔がよく見えないけど、ちょっとボーイッシュなのに妙に澄んているこの美人声には聞き覚えがあった。
セレネたちとパーティを組んでる美少女もとい美少年ミルティム、そのママもといパパさんだ。
いやー、華奢だなぁ。どうみても私らと同い年の女の子にしか見えないわ。
「イツナさん、この人どなたっすか?」
「ん、勇者様だよ」
「……はい? なんて?」
「だから、この人は勇者ネオライフ様だっての」
「え、ちょ、はいぃい!? 勇者ぁ!? ゆ、勇者って、16年前からいまだに男か女かも定かじゃねぇって話だったけど、まさかこんなほっそいお嬢さんが……?!」
「細くて悪かったな。あとオレは男だっての。この格好見ても分かんねぇのか?」
「ごめん、顔がよく見えないけれど声が可愛いうえに華奢なせいで女の子が男装してるように見えるわ」
「クソァ!!」
憤慨しながら小石を鉱山の奥に向かってぶん投げる勇者様。キレた声も可愛いなオイ。
ジーンズにトレンチコートを着込んでるし、肩幅があって長身だったなら男だって分かりそうだけど、このナリじゃあねぇ。
「てか、ホントに顔がよく見えないんだけどどうなってんのソレ?」
「幻惑効果の付いた眼鏡で顔を隠してんだよ。これはこれで不審に思われるかもしれないけど、素顔よかナンパされる頻度が下がるからな」
「ナンパって……女に?」
「男にだよチクショウ」
「ですよねー。パパさん超美人だったし……フォルト、絶対に素顔は見ない方がいいよ。性癖歪むから」
「んな大げさな。いくら華奢だからって男だって分かってりゃナンパなんかしませんよ。でもここまで細身だったら女性と間違われるのも……っと、失礼しました」
「もういいよ、慣れてるし……」
そのわりには結構傷付いてそう。うなだれてるし。
……ていうか、なんでここに勇者様がいるの?
「精霊たちから『梶川さんの息子が魔族と戦って死にかけてるからはよ助けに来い』って連絡がきたから救援に来たんだよ。実際あと一歩で死ぬとこだったからマジ焦ったわ」
「あ、やっぱ危なかったんだ。……助けてくれてありがとうございました、勇者様」
「おいおい、そんなに畏まらなくてもいいぜ。案外礼儀正しいんだなぁイツナちゃんは」
正直、ユーブからの警告を受けた時からかなりヤバそうな予感はしてた。
最悪もう既にユーブは殺されてるんじゃないかって不安がよぎったりもしていたけれど、この人のおかげで杞憂に終わったみたい。
……ガラじゃないしちょっと気恥ずかしいけれど、ここはキッチリ頭を下げて感謝しておこう。
「忘れろ忘れろアレは幻覚だアレは幻覚だ頼むから忘れてくれぇぇぇ……!!」
「ところで、いまだに頭で壁殴り代行してる後ろのバカはどうしたの?」
「……さぁ? ボロボロで死ぬ寸前だったし、意識が朦朧として変な幻覚でも見てそれを忘れようとしてるっぽいが……」
なんだか気まずそうに顔を逸らしながら言う勇者様。コレ絶対なんか心当たりある顔だわ。
でもまあさほど深刻な症状でもなさげだし、ちょっと休めば立ち直りそうだからスルーしとくか。
「そんな危ない状況だったんだ。無茶するなぁユーブ」
「つっても、ほとんどユーブ君が一人で全滅させてたけどな。オレはゾンビになりながら襲いかかってきた魔族を斬ったくらいしかしてねぇよ」
「え、マジすか。ってこたぁ、あっちで転がってる魔族含めて3体相手にやり合ってたのかよ。すげーなユーブ」
体が半分埋まってる魔族の死体を指さしてフォルトが驚いている。
その死体を見て、勇者様が不快そうに顔を顰めた。
「……そっちのデブ魔族は元人間っぽいな」
「え……? も、元人間って、どういう意味っすか!?」
「そのまんまの意味だよ。魔族に転生させる薬を投与されてたんだ。そっちのデブは終身刑喰らってた元悪徳大臣のアフオ・キラモニ、このハゲは人身売買組織のボスだった死刑囚だな」
「人間を魔族に変えることなんてできるの……!?」
「できるみたいだな。確か魔族との戦争中にも『魔獣化薬』とかいう人を魔獣に変えたりする薬を作ってたし、それを応用したんじゃね?」
「……クソ! またあんなもんを使うってのかよ魔族のヤローども!!」
怒りに顔を歪めながら、フォルトが死体を蹴り飛ばした。死体損壊。
あんな境遇聞かされたら無理ないとは思うけど、怒った顔の迫力に息を呑みそうになる。
「……んー? 君、フォルト君とか言ったか? もしかして16年前に魔獣化薬の施設で実験体にされてた生き残りの子か?」
「っ! お、オレのこと、知ってるんすか?」
「ああ。キツネみたいな耳と尻尾が生えてた小さい子が一人だけ残ってたのを覚えてるよ。そうか、君があの子かぁ。いやぁ、大きくなったなー……普通にオレより背ぇ高くなってんのなんか悔しいの通り越して腹立つなオイ」
「あ、あの時、オレを助けてくれたのはやっぱり勇者様だったんすね!」
感慨深そうにしながらもどこか釈然としないような、なんとも言えない苦笑いを浮かべる勇者様。
男にとって年下に背丈で抜かされるのってすごい敗北感があるらしいけど、その感覚がイマイチ分からんわ。
「元気そうでなによりだ。あれから色々大変だったろうに」
「いえ! 全然平気っすよ! あの、よかったらお顔を見せてもらえませんか!? 命の恩人の顔も覚えてねぇなんて筋が通らねぇんで!」
「え? いや、別にいいけど……大丈夫かな。言っとくが、オレに惚れんなよ? いやカッコつけて言ってるわけじゃなくてマジで。ホントに。切実に」
「大丈夫っす!」
「……それじゃあ、ちょっとだけだぞ」
観念したように、幻惑効果の付いたメガネに手をかけて、ゆっくりと外して素顔を見せた。
「……えっ」
「Oh……」
「アレは幻覚だアレは幻覚だアレは幻覚だアレは幻覚だアレは幻覚だ」
「アレは男だアレは男だアレは男だアレは男だアレは男だアレは男だ」
数分後、そこには仲良く並んで壁に頭を打ち付けているバカ二人の姿が。
見てはいけないものを必死で忘れようと記憶を飛ばすために無心でゴスゴスと壁殴りしている。
「……壁殴り代行業者が増えたんだけど。どうすんの勇者様」
「これオレが悪いのかなぁ!? オレちゃんと警告したよね!? だから素顔見せたくねぇんだよクソァ!!」
いやー、久しぶりに勇者様の素顔見たけど、美人過ぎて変な声出たわ。
あの顔で実は30過ぎてるオッサンとか言われても誰も信じやしないだろーね。
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「なーんでこうなっちまったかね……」
≪ユーブ君がネオラさんのパンモロを見たのは嬉しい ゲフンッ 不幸な事故だとして、もう一人は見えてる地雷だったでしょうに≫
「人の顔を地雷扱いすんなや! あと嬉しくねぇだろ別に!」
≪いやー、人の性癖を爆破するテロまがいの顔でしょうに。まだ女性の顔だって言われたなら救いようがあったでしょうにねー≫
「……もういいよ。はぁ、潜入捜査の準備中に救援なんか行ったもんだからとんだ無駄な騒ぎだな」
≪そうだ、丁度いいしその捜査にこの三人にも協力していただくのはどうでしょう。ネオラさんのせいでオリヴィエさんがダウンしてしまって現場での人手が足りませんし、イツナちゃんがいれば監視の穴が埋まりますよ?≫
「ちょっと待ってそれもオレのせいなの!? 変装したのを見て鼻血噴き出したのが原因だけどオレそんなに悪いの!?」
≪……一番の罪は自分の可愛さが周りに与える影響への自覚が薄いことですかねー……そんなだからレイナさんから孤児院への出禁くらうんですよ。子供たちの性癖歪むから顔隠せって言ってたじゃないですか≫
「納得いかねぇ!!」
次回より王都。
そろそろ旅の終着と、この物語の終わりも近いです。




