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死に際に得たものと見てしまったモノ


 ……魔族との戦いが始まってから、どれだけ経った?

 体感じゃ軽く1時間くらいやり合ってるような気さえするが、実際はそんなに長くないだろう。

 何分、いや何十秒、下手したらたった数秒かもしれない。


 一瞬でも気を抜いたら首と胴体が泣き別れになるような状況だ。

 



「その若さでそこまでやるとはな。惜しい、実に惜しい。貴様が人間であることが残念でならないよ」


「……」



 左腕が上がらない。肘から先が変な方向へ曲がっていて、痛すぎて動かす気にもならない。

 さっき避け切れずに受けた一撃でおしゃかになっちまったようだ。


 カウンター気味に折れた剣で反撃したが、左目の上あたりにわずかな切創を残すことしかできなかった。

 折れて小回りが利くようになったが、肝心のリーチと重さが足りねぇ。

 伸魔刃を使ってチマチマ削ってたんじゃ先にこっちがやられる。



「貴様はそこのゴミどもとは違う。貴様は人間に産まれるべきではなかった。その強さ、そして死地に躊躇わず踏み込むその豪胆さ。ここで無為に散らすにはあまりにも惜しい」


「……さっきからゴチャゴチャうるせぇな。そこのデブどもがキモいのは分かるが、それでも同じ魔族だろうが」


「否! 否否否ぁっ!! そのクズどもは断じて我らの同胞などではないっ!! 悍ましいことを言ってくれるな、吐き気を催すではないか!!」



 さっき俺が倒した魔族たちを指して苦虫噛み潰したような顔をしながら激高しているが、そこまで嫌悪するほど仲が悪かったのか?

 つーか急にテンション高ぇなコイツ。情緒不安定か。



「そやつらは私利私欲に塗れた、豚以下のゴミクズどもだ! 一緒にしないでもらいたいものだな!」


「それでも人類と戦うための仲間だろうが。弱けりゃ同胞でも簡単に切り捨てるのがお前たちのやり方なのかよ」


「ふぅう……どうやら大きな誤解があるようだ。……お互いの今後のためにも、少し話をしておこうか」



 何を思ったのか、魔族が斧を降ろし臨戦態勢を解いた。

 さっきまでの肌を刺すような殺気も鳴りを潜め、攻撃の意思がないことをアピールしている。



「例えば、だ。もしもサル型の魔獣を人間に変える術が存在していたとしよう」


「……?」


「人間に変えられたサルは外見こそ人間そのものではあるが、立ち居振る舞いは変わらず言葉を話せば三大欲求のことばかり垂れ流すようなものだったら、お前たち人類はそれを『人間』と認めることができるか?」


「なんの話だ……?」



 なんのつもりか、要領を得ない例え話をし始める魔族。

 いまだに地面に埋まっている魔族たちの死体をゴミのように見下し踏みつけながら、口を開いた。





「このクズどもは元人間だ」




「なっ……!」


「こいつらに投与したのは『魔獣化薬』からさらに研究改良を重ね作られた、言うならば『魔族化薬』とでも言う新薬でな。一度人間としての死を迎え、新たに魔族として蘇らせるというものだが……元死刑囚や終身刑の者どもを使ったためか生前の人格の影響が大きく、人類への憎しみは芽生えどとても同胞と認めがたいものしか生まれなかった」



 この魔族たちは、元人間……?

 つまり、つまり俺は人を殺しちまったのか……!?



「ああ、気に病む必要はないぞ。そやつらは人間どもから見ても価値のないゴミどもなのだから。……お前も我らに加われば、そのような些末でくだらん感情に苛まれることもなくなるだろう」


「……っ? どういう意味だ?」


「言っただろう? このゴミどもは魔族化薬によって魔族へ生まれ変わった元人間。そして、その薬がコレだ」



 そう言いながら、懐から黒い液体の入った小瓶を取り出した。

 ドブ川よりも濁っていて煤よりドス黒い、禍々しくドロリとした何かが入っている。



「飲め。この薬を飲めば、お前も魔族へと生まれ変わることができるぞ」


「……本気で言ってんのか? さっき自分で『サルを人に変えるようなもんだ』って言ってただろうが」


「ああ、このゴミどもを見た時にはそう思っていた。だがお前は違う。お前ならば、おそらく我らの同胞に相応しい強さと高潔さを兼ね備えた魔族と成れるであろう」


「それを俺が受け入れるとでも?」


「受け入れなければこの場で殺すまでのこと。残念だがな。選べ、無意味に死ぬか我らとともに生き栄華を極めるか、返答は如何に?」



 ……ここで『NO』と答えれば俺は死ぬ。

 相手は俺の倍近い膂力を誇るバケモンだ。

 万全の状態でも勝ち目は薄いのに、左手も剣もぶっ壊れてる状態でまともにやって勝てるような相手じゃねぇ。


 ……。




「生き残りたいのなら、魔族になるのが賢い選択なんだろうな」


「その通りだ」


「なら、その薬をくれ」


「いいだろう。賢明な判断だぞ、お前は正しい選択をした」



 魔族が投げて寄越した薬を受け取り、小瓶の蓋を開けた。

 黒い水蒸気が溢れて、妙に甘い香りが漂ってくる。

 これを飲めば、俺は人間としての死を迎え魔族として生まれ変わることになる。




 目を瞑り、小瓶の中身を一気に頬の中へと呷った。




「それでいい、これでお前は我らの―――」













「ブゥゥウウウッッ!!」


「っ!? ぐぬぅうっ?!」



 満足そうに俺に向かってゴチャゴチャ語り掛けている魔族の顔面に、薬を思いっきり吹きかけてやった。

 一瞬の目潰しくらいにしかならねぇが、隙はできた。



「だぁれが魔族なんかになるかってんだボケぇ!! 死ねおら゛ぁぁぁああああああああ゛っっ!!!」


「貴、様ぁぁああ!! その命、いらぬようだなぁあ!!」



 咄嗟に斧を振り回して魔族が牽制しているが、視界が効かない状態じゃより大きな隙ができるだけ。

 攻撃を掻い潜り、折れた剣身に渾身の力を込めて振り下ろした。


 『ステータス』と『プロフィール』のスキルを併用。

 『魔刃』で攻撃力を高め、それに『示現一閃』を加えた相乗攻撃なら、あるいは!



「チェストォォオオオッッ!!!」


「ぐぅぅううっ!!?」



 頭に向かって振り下ろした刃を、辛うじて魔族が片腕で防いだ。

 さすがにこれを無傷とはいかなかったようで、刃か食い込んだ腕から鮮血が滴り落ちている。


 だが、この一撃で仕留められなかったのは致命的だ。



「死ね!!」



 もう片方の腕が、俺に向かって振るおうとしている。


 避けるのは無理。速すぎる。

 左手で防ぐのは無理。もう動かない。

 魔法で迎撃するのは無理。俺の扱える魔法と威力が違い過ぎる。



 あと瞬きほどの時の後に俺の首に斧が突き刺さり、雑草でも刈るかのように容易く刎ねるだろう。



 『気功纏』で能力値を上げて耐える……無理。咄嗟に発動させてみたはいいが、こんなもん焼け石に水だ。

 少量の気力で膂力を少し底上げする技だが、こんなにも頼りないと感じるとはな。

 

 俺の首に迫る斧の動きがやけにゆっくりに見える。

 死ぬ寸前になると周りが遅く感じるってのはホントだったんだな。



 ごめん、イツナ。

 俺、ここまでみたいだわ。


 俺はここで死ぬ――――








 嫌だ。


 嫌だ、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!

 死んでたまるか死んでたまるかこんなトコで死んでたまるか殺されてたまるか!

 生きる生きたい生きるにはどうすればいい殺されないためにどうすればいい斧で首を飛ばされないためにはどうすればいい俺の体は弱すぎる気功纏だけじゃ弱すぎる気功纏に使われてる力が弱すぎるもっと強くもっと多くもっともっともっともっともっともっと




 枷が外れるような音が頭に響いた、直後。


 首に、斧の刃が、めり込んだ。





 クシャッ、と妙な音を上げながら、宙を舞った。




「……は?」




 魔族が、間の抜けたような表情で大口を開けている。

 宙を舞ったのは俺の首、ではなく


 首にめり込んだ魔族の斧の頭が、折れて、クルクルと回りながら飛んだ。




「な、何が、……うっ……!?」


「う、う、あ、あぁぁぁぁああああっ!!!」



 力が漲る。

 通常の気功纏とは比較にならない力の奔流。

 一秒ごとに消費されている気力量が普段とは比較にならない。

 おそらく十秒もすればスタミナが尽きるほどの、とんでもない消耗速度だ。


 ああ、なるほど、コレが、この技が親父の言っていた……。





「『気力操作』ってやつか……!」


「き、貴様……!! なんだそのちか――――」



「うるせぇ」



 魔族の首目掛けて、折れた剣を横薙ぎに振るった。

 無造作に、何も考えず雑に振るっただけの一撃だった。




「こ、こん、な、ありえ、な……」



 魔族の頭が、驚愕の表情を浮かべたまますっ飛んでいった。

 さっきまでまるでオリハルコンの塊でも斬りつけているかのようだった魔族の体が、バターのように容易く斬れた。





 ……なーるほどね。

 こんな技使ってりゃ、そりゃ親父たちもバケモノ扱いされるわけだ……反則だろ。



〈か、かっちまった……〉


〈やっぱコイツ、あのバケモンのこどもだわ〉


〈なんとかすけっととれんらくとれたけど、こりゃいらなかったかな?〉


〈こわすぎワロタ〉



 足元でまた精霊たちがピーピー言ってるが、今は気分がいい。

 これで魔族ともまともに戦えるだけの力が――――



「うっ……?」



 ……スタミナの消耗が激しすぎたのか、軽く眩暈がして座り込んでしまった。

 あの一瞬だけでこんなに疲れるのかよ。こりゃポンポン使えるような技じゃねぇな。

 しゃーない、しばらくここで休んでイツナたちが迎えに来るのを待つか……。






〈ユーブ! たて! まだだ! まだおわってない!!〉


「なっ、ぐぉあっ!!?」




 背中から、強烈な衝撃。

 なにかにぶっ飛ばされて壁に叩きつけられたせいで、息をすることも難しいほどの痛みが全身を貫いた。



「がっ……ぁっ……!!」



 何が起きた、誰が襲ってきやがった!?

 痛みに悶えながら、俺を攻撃してきたヤツのほうを見ると……。



『……』



 さっき仕留めたはずの、魔族の首から下だけが動いて、斧を構えていた。

 ……おいおいおい、嘘だろ、なんでまだ動いてんだよ!?



〈こいつ、しりょうじゅつでうごいてやがる!〉


〈じぶんじしんがしんだじてんではつどうするスキルだ! スキルのこうかがきれるか、からだをばらばらにでもしないかぎりうごきつづけるぞ!〉


〈にげろ! うごかなくなるまでにげつづければ……おい、ユーブ!? おきろって!!〉



 無茶言うな、こちとらスタミナ切れなうえにさっきの一撃でもう体中ガタガタだっての!

 今ので両足もダメになっちまった! もう一歩も動けねぇ!

 死ぬ気で動かそうとしてんのに、体が全然言うことを聞かねぇ!

 冗談だろ!? やっと倒したと思ったのに、こんなことってあるかよ!!



『―――――ッッ!!!』



 首のない頭から、鮮血と空気を吐き出しながらこちらに突進してくる!


 スタミナも魔力もカラッポ。四肢は壊れた人形のようにバキバキにへし折られてる。

 今度こそ避けられねぇ! 死ぬ!!

 ふざけんなくっそ!! 死んだなら大人しく死んどけクソッタレがぁ!!





『ッッ!!!』


「ゴフっ!!、ガ、ァッ……!!」




 突進を受けて、体の中の何かが潰れるような感触と激痛が襲いかかってきた。

 ……こりゃダメだな。もうホントにダメだ。治療も間に合わねぇ……!



『ッ!! っっっ!!』


「……はっ、引き分け、か、クソ野郎、が……」



 せめてもの抵抗に、突進してくる首無し魔族の体を睨み続けてやった。

 これが最期の光景になることを覚悟して、それでも俺にトドメを刺そうとしてくるソイツから目を離さなかった。







「よーく頑張った。偉いぞ、少年」


『ッ! っ……!? ッ……っっ』




「……え?」




 俺を踏みつけようとしていた魔族の体がいきなり四つに切り離され、バラバラに崩れ散った。

 それと、妙に綺麗な女の声が聞こえる。




「うわ、思ったよりズタボロじゃねーか。ちょい待て、すぐ治してやっから」



 首無しの魔族を倒したらしき少女が俺に駆け寄ってきた。

 薄暗いせいか顔がよく見えないが、白い毛皮のコートとドレスに黒いパンストが見える。

 ……なんで鉱山の中にこんな子が、てかどっから、いつここに入ってきたんだ?


 あ、ヤバい、意識が遠のく。

 せめて顔だけでも覚えておかないと、礼を言わなきゃいけないのに……




「……え?」




 最後に見えたものは、少女が白いスカートのまま足を開きながらしゃがみこんでるせいでモロ見えになってるほっそい足と……。





 足と足の間に、妙なふくらみが見えた。



 ……多分、意識が朦朧としてたせいで変な幻覚でも見たんだろう。きっとそうだ。うん。ガクッ……。












~~~~~










「あぶねーあぶねー、間に合わなかったらカジカワさんに殺されてたわ。間一髪だな」


〈おう、ありがとなねーちゃん〉


〈バカ、ねーちゃんじゃなくてもうママだろ〉


「ねーちゃんでもママでもねぇよバカヤロウ!!」


≪……精霊たちから見ても男として認識されてないんですねー……てか着替えたらどうですか?≫

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