今昔魔族実験
「なーんだ、ホントに兄妹だったのか。それなら最初っからそうだって言ってくれりゃよかったのによぉ」
「言ってただろうが!! はっ倒すぞテメェ!!」
ターバン野郎との喧嘩で両方ぶっ倒れて、起きた後に改めて事情を説明したらあっさり信じやがった。
なんで喧嘩する前はあんなに疑りまくってたんだよコイツ。ぶっ飛ばすぞ。
「ったく、結局余計な喧嘩する手間が増えただけじゃねぇか。イツナ、さっさと部屋に言って荷物降ろしてこようぜ」
「ちょい待ち。私、この人とちょっと聞きたいことがあるの」
「ああ?」
「ぬおぉっ!? ま、まさかの脈アリ!?」
「なわけねーだろ。どんだけポジティブなんだオメェは……」
「お話次第じゃ付き合ってもいいかも」
「マジっすかぁ!!」
「!?」
おいおいおい!? なに言ってやがるイツナ!?
コイツのどこがお前の琴線に触れたんだ!? つーか年上好きだったのか!?
「じゃあちょっとプライベートな話題になるけど、聞いてもいい?」
「なんでもOKです! あ、名前はフォッグハルトです! フォルトと呼んでください! 歳は二十歳で趣味はナンパです!」
「聞いてねぇよ! つーか趣味がナンパって普通に最低じゃねーか!」
質問とは関係ない自己紹介まで始めやがったぞコイツ。てかうるせぇ。
もういい加減コイツに関わるの嫌なんだが、どうしたってんだよイツナ。
「じゃあ単刀直入に聞くけど、そのモフモフした耳と尻尾、どうしたの?」
「っ!?」
……は? 耳と、尻尾?
「……見たんすか?」
「ポーションで治療する時にちょっとね。勝手に見たのは悪かったけど、あのままじゃ危なそうだったからそこは大目に見てほしいな」
「おい、耳と尻尾ってなんのことだ?」
「ターバンとズボンにしまってあるけど、キツネみたいな耳と尻尾が生えてるの。すっごいモフモフだった」
「はぁ? なんだそりゃ、アクセサリかなんか着けてんのか?」
「『生えてる』って言ったでしょ。本物の耳と尻尾なんだってば」
いや言ってる意味が分からん。
少し混乱してきたところで、ターバン野郎がターバンを外して腰のあたりをゴソゴソと動かしてなにかを取り出した。
「……え、なんだそりゃ……?」
ターバン野郎の頭に獣っぽい耳が、そして腰から毛並みのいい尻尾が飛び出していた。
……おいおい、これアクセサリじゃないってマジか?
「普段は悪目立ちしないように隠してますが、イツクティナさんがおっしゃる通りこれは本物の耳と尻尾です」
「お、おう……?」
観念したように、暗い顔でそう答えた。
いや、なんでそんな深刻そうな表情してんだコイツ……?
「……こんなモンが生えてるオレを、どう思いますか?」
「正直、すっごい好み。寝てる間に堪能させてもらったけど、よく手入れされててめっちゃ手触りがよくてモフモフしてて最高だった!」
「おいコラコイツが気ぃ失ってる間になにやってたんだテメェは!?」
「そ、そっすか……あの、気持ち悪いとか思わなかったんですか?」
「全然。モフモフはこの世の宝でしょ?」
「お前の価値観、毛並みに全振りでもしてんのか……」
イツナのバカっぷりに頭を抱えたくなる。
別に気持ち悪かねぇが、もっとこう他に言うことあるだろ……。
「……お前はどう思う? こんなナリしてるなんて、おかしいだろ……?」
「いや別に。むしろ隣でモフモフ言いながら興奮してるコイツのほうがおかしいしキモいだろ」
「んだとコラ。……まあ、そんなワケで別に私たちはアンタに耳と尻尾が生えてるからってどうこう言うつもりはゴメンやっぱもっかいモフらせてもらってもいいかな」
「なんかいい話風にまとまりそうだったのに途中から欲望駄々洩れで台無しじゃねーか!」
「ははっ、そうですか。そう言ってもらえると気が楽ですよ」
目線を落としながら、泣きそうな顔で微笑を浮かべるターバン野郎ことフォルト。
……この様子だと、耳と尻尾のせいで腫れ者扱いでもされていたのかと勘繰っちまうな。
「それで、改めて聞くけどどうしてそんなモフモフが生えてるの? ま、まさか魔獣と人間のハーフとか!? そんなことできるの!?」
「違います。生まれつきこんなもんが生えてたわけじゃなくて……とある薬のせいなんすよ」
「薬?」
「ええ。オレ、第3大陸出身でして。ガキのころに魔族に囚われてたことがあったんです」
「魔族に!?」
ってことは、勇者とか親父たちがまだバリバリ戦ってた時代の話か。
仮にコイツが二十歳だとして逆算すると、フォルトが大体3~4歳くらいの話になるのか?
「その時囚われてた大部分の人たちは、大陸を覆う結界魔法だかなんだかの燃料として生かさず殺さずの状態で拘束されていたらしいです」
「第3大陸の結界……ああ、なんか魔族戦争のお勉強でそんなこと習った覚えがあるよ。ほぼ壊滅にまで追い込まれた第3大陸の人たちを奴隷みたいに扱ってたって話だったね」
「その時に、お前も?」
「ああ。ただ、オレも含めて一部の人間は魔族の実験材料にされてた」
「魔族の、実験材料って……」
俺が見た魔族は、人類に対する敵意に満ちていた。
そいつらが実験のために人間をどう扱うかなんて考えたくもない。
「どんな仕打ちを受けていたかは、おおよそお前の想像通りだと思うぜ。薬の実験台にされるくらいならまだマシで、持ってるスキルによっちゃ生きたまま内臓や目玉をくり抜かれて魔道具の素材にされてた人もいた。……今でも時々夢に見るよ」
「っ……」
「毎日一緒にいる人たちの数が減っていった。抵抗した人もいたがすぐに殺された。もっとも、あの環境じゃ楽に死ねるだけまだ幸せだったかもしれないけどな」
想像の何倍もキツい過去を聞いて、無意識に歯ぎしりしていた。
イツナもいつもの飄々とした態度ではなく、眉を顰めて顔を引き攣らせている。
「これ以上聞きたくなけりゃ無理に聞く必要ないぜ? ぶっちゃけ不幸自慢にしかならねぇし」
「いや、聞くよ。もしかしたら、俺たちにも関係ある話かもしれねぇし」
「? お前らにも?」
「お前の話の後で教えるよ。それで、続きは?」
「分かった。……それで、ついにオレの番が回ってきた。つっても、当時のオレはまだ小さなガキで、特に希少なスキルを持ってるわけでもなかったから解剖されたりはしなかったが、妙な液体を注射された」
「注射……さっき言ってた薬のことか?」
「ああ。その時に注射されたのは『魔獣化薬』っていう人間に魔獣の能力を付け加える薬だったらしい」
「魔獣化薬……」
ポーションの図鑑で見た覚えがある。
禁薬の一種で、投与した人間は最終的に魔獣の本能に飲み込まれて自我を失い、しまいには人でも魔獣でもないバケモノになっちまうとか書いてあったはずだ。
「一緒に注射された人も何人かいたけど、全身毛むくじゃらのバケモノになったり体中に生えた牙に内側から串刺しにされて自滅したり、最終的に原形を保ってたのはオレしかいなかった。薬の調整がオレだけ上手くいってたのか、たまたま体質が薬に適合してたのかは分からないが」
「……大丈夫か?」
「ああ。変な耳と尻尾が生えちまったが、どこも痛くねぇし不調もなかった」
「そうじゃなくて、話すのがつらいんじゃ……」
「大丈夫だ。それで一応及第点をもらえたようで、暫定の成功サンプルとしてしばらく保管されてた。……最低だが、オレだけが生き残った罪悪感よりも、安心感のほうがデカかったな」
「まだ子供のころの話だろ。つーか誰だろうとそうなってもおかしくねぇよ。気に病むな」
「……お前、いい奴だな」
こんなこと話されて気を使わねぇ奴なんかいねぇよ。
さっきまで軽薄なナンパ男としか思ってなかったが、こんな想像を絶するほど重い過去を持ってるなんて……。
「それからしばらく経って、魔族たちが『もうここは持たない、データを持ち出して脱出するぞ』って言って、オレや他の実験の生き残りを置いて逃げ出した。そのすぐ後に救助が来て、無事に生還できたってわけだ」
「救助って、勇者たちとか?」
「多分な。助けてくれた人の顔はもう覚えちゃいないが、どれだけオレたちが壊そうとしても傷一つつけられなかった頑丈な檻を簡単にぶっ壊して助けてくれた。礼を言う暇もなくすぐにどっか行っちまったよ」
「へぇー……あの可愛い顔した勇者様がねぇ」
可愛いって……あの人、アレでも三十路超えてる男だぞ。立派なオッサンだ。
それはそれとしてそうは見えないのも分かるが。
……勇者といいレイナ姉さんといいマジでどっかに不老不死の薬でもあるんじゃないのか?
「助けられたのはいいが、家族もいねぇしこんな魔獣と混じっちまった人間なんか誰もが不気味がるばかりで、冒険者ギルドに保護されるまではずっと一人だった。『こっちくんな、バケモンが』って石まで投げられたよ」
「不気味ぃ? こんなに可愛くてモフモフしてるのにどこがよ? アタマおかしいんじゃねーのそいつら」
「ありがとう、イツクティナさん。それから おっふ 魔獣が混じってることを隠すために んおぅ! ターバン巻いたり尻尾をズボンに押し込んだりして ぬぁあっ! ……ちょ、さっきからいきなり触るのやめてくれ、敏感なんだ……!」
「イツナ! モフるなら後にしろ! 話が進まねぇだろうが!」
「ゴホンっ……それで一応、耳と尻尾さえ隠せば人並みの生活を送れるようにはなった。事情が事情だから、民間の孤児院じゃなくて冒険者ギルドの保護施設で育ててもらったんだ」
「あー、そこで戦闘のノウハウを習ったりしたのか?」
「まあな。しかも魔獣と混じったせいか成人前から基礎レベルを上げることができるようになってたんだ。さらに人間としての基礎能力に魔獣の膂力とスキルが加わって、並の人間よりずっと強い戦闘能力を身に着けてた」
「やたら強かった理由はそれか。成人前からレベルを鍛えてたうえに魔獣の力までプラスされてたんならそりゃ強いわな」
「そのかわりに職業の項目が無くなっちまって、人間用の武器なんかを扱うスキルの伸びは悪くなっちまったがな」
……薬一つでそこまで中身が変質しちまうもんなのか。
見た目は尻尾と耳くらいしか人間との差異がないのに。
「魔獣の力があるってことは、もしかして10レベル刻みで進化したりもできるの?」
「いや、今のところは進化もジョブチェンジもしてないしそもそもできない。一応、基礎レベルは65まで上がってるんだがな……」
「65ぉ!? たっか!」
「マジで特級職やSランク魔獣に片足突っ込んでるんだな、すげぇよお前」
「ははっ、こんなナリでも褒められるのは案外悪くねぇな。……つーか、そのオレと互角にやり合えるお前のほうこそなんなんだよ」
「ある意味お前以上にややこしい事情があるんだよ。まあ興味があるならそのうち話してやるさ」
……話し込んでたらつい気を許していた。
コイツの境遇に同情したのもあるが、話してみると案外気が合いそうに感じる。
「それで一人立ちしてからは各地を転々として、冒険者として依頼をこなしながらナンパに勤しんでいるってわけさ」
「おい待て。なんでサラッとナンパするのが普通みたいな話し方してんだ」
「寂しいんだよ! ずぅっとまともに人肌と触れ合ってなかったから、せめて少しの間だけでも付き合ってくれれば、それでよかったんだ。こんなもんが生えてるから、結婚して家庭を築こうだなんておこがましいことは言えねぇし……」
「そ、そうだったのか……悪い」
「……ってことは、各地に元カノが何人かいたりするの?」
「ギクッ……ええと、その……13人ほどいますハイ」
「テメェこのクズ野郎! 気ぃ使って損したわ!」
過去はヘヴィだが、それはそれとして成人後の行動が軽薄すぎる!
要はちょっと付き合ってはヤリ捨ててを繰り返してるってことじゃねぇか!
「あ、でも一応まだ童貞です。服脱ぐと尻尾でバレるし」
「黙れバカヤロウ。誰にも手ぇ出してないのは評価するけど女遊びが過ぎるぞジゴロが」
「私は別にいいけどねー。付き合うかどうかはともかくこの耳と尻尾は魅力的だし。モフモフモフモフ……」
「ぬあぁあいっ!? 待って待って! ホントに敏感なんでやめてくださいって! さ、触られるのに慣れてないんすよ!」
……あれ? もしかしてこいつら相性よかったりする?
兄としては複雑だが、なんだかすごくお似合いなような気がしてきた……。
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「さて、もう少しで試作品が完成するな」
「モルモットどもの様子は?」
「相変わらずだ。どいつもこいつも笑えるほど醜悪だぞ」
「フン、だろうな。下等な人間どもの中でもさらに死刑や終身刑を受けたゴミどもだ。無価値どころか害悪そのものだろう」
「しかし、だからこそ『我』が強い。自己中心排他の極みのような連中だからこそ、変異後も人格を保ちやすく有用なデータを提供してくれることだろう」
「ああ、前回もそうだった。魔獣化薬の実験中も牢の中で『自分だけは助けろ』などとほざく奴ほど長持ちしていたな。結局最後はバケモノになっていたが」
「結局成功したのは一匹だけだったな」
「あれはよくやってくれた。まだ幼体だったが大きな変異もせず純粋に人間に魔獣の能力を上乗せできていた。変異後も『人間』のままだったが、血液を分析したうえで少し調整すれば、自我を保ったまま種族項目を『魔獣』にすることも容易にできただろう」
「サンプルとしては充分に働いてくれた。今となっては無用の長物だがな」
『おい! いつまでこんなところに閉じ込めておくつもりだ!』
『他の奴らなんかどうでもいい! 俺を出せ!』
『わ、ワシを誰だと思っておる! 死刑だ! 死刑にしてやるからな!』
「うるさいな。見せしめに2~3匹殺しておくか?」
「あんなゴミどもでも貴重なモルモットだ……1匹だけにしておけ。それもできるだけ惨たらしく処分すれば、少しはマシになるだろう」
「ああ」
『ま、待て! 止めろ! 嫌だ! こ、こんなことになったのも全部あの始末人ギルドのせいだぁぁああ!! 呪われろぉおおおギャァァァアアアア!!!』
お読みいただきありがとうございます。




