ウサギと出航バカ不時着
交流船から小さくなっていく港を眺めていると、虚しさにも似たなんとも言えない気分が心を満たしていく。
これから半月近く海ばっかの景色を眺めることになるかと思うと、正直気が滅入ってくるな。
「なにたそがれてんだコラァ! こっち向けよテメェ!」
「……はぁ~……」
訂正。気が滅入っているのは景色のせいじゃない。
俺たちが船に乗り込んだ後に、ギリギリのタイミングで港の船着場から船に飛び込んできたアホに付きまとわれているからだ。
「早く帰るぞ! 船に乗り遅れる!」
「待って! せめてひとモフりだけでもぉ!」
「やかましい!!」
時は正午。
もう第5大陸行きの交流船が出発する時刻だってのに、俺たちは港町の中にすらいなかった。
どうしても近くの魔獣草原に行ってみたいとイツナがゴネるもんだから、午前中だけ魔獣の討伐がてら足を運んでいたからだ。
それで、もう帰らなきゃいけない時間になったところで珍しい魔獣を見つけたとか言いながらさらに奥の方へダッシュしやがった。
イツナを捕まえようにも、追いすがるのが精いっぱいだった。
……こいつ、こんなに足速かったっけ? いくら暴走してるとはいえ、ここまで俊足じゃなかった気が……。
気が付いた時には、辺り一面が真っ赤な草原にいることに気付いた。
やべぇ、この草原って奥にいくほど草の色が赤くなるって話だったよな。
こんな奥地にまで来る予定じゃなかったのに……!
早く戻らないと、船出に間に合わなくなる!
「とぉぉうっ!!」
『ピギィイイ!?』
「捕まえたぁ!! はぁ~~~モフモフモフモフ……! すっごいふわふわモフモフしてるぅ……!」
『ピ、ピギッ、ピキィッ!』
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……! おい、コラぁ……!」
なにを追いかけていたのかよく見えなかったが、どうやらようやく捕まえたらしい。
いったいどんな魔獣を……?
「イツナ! てめぇいい加減にし……なんだそいつ?」
『ピキッ!』
「分かんないけど、きっとレアなヤツだと思う! 野生の魔獣なのに全然獣臭くないし、毛並みもすっごい肌触りがいいよ!」
イツナが捕まえたのは、ウサギ型の魔獣だった。
パンダみたいに白黒で、掌に乗るくらいのミニサイズだ。
『ピギッ! ピギィッ!!』
「あはははは! 痛い痛い、暴れんなよぉ」
ウサギ魔獣がイツナに連続ビンタをかまして猛抗議しているが、まるで効いていない様子でモフり倒している。
……なんだコイツ。いや確かに珍しいかもしれねぇが、他の魔獣たちに比べて明らかに浮いてるぞこのウサギ。
弱い魔獣は景色に擬態するように目立たない毛色をしていることが多いが、この鮮やかな草原の中じゃ擬態どころか滅茶苦茶目立ってる。
……待てよ。
それはつまり、擬態する必要がないってことか……?
『ピキャァァァアアアッッ!!』
「うわぁぁあ!?」
「ぬおおぉぉぉおっ!!? で、デッッカ……!!」
思わず驚き、見上げた。
いきなり悲鳴を上げたかと思ったら、とんでもないデカさへと巨大化しやがった!
体高何mだコレ……!? ヒヨコ隊長ほどデカくはねぇが、少なくとも10mはあるぞコイツ!
「よ、幼生擬態を使ってた……? それともまさかヒヨコ隊長と同じようにサイズを変えられるの!? すごーい!」
「おいおいおい! 冗談じゃねぇ! このサイズ、どう見てもSランク越えてんぞ!?」
『ピギャァァアアッ!!』
「しかもめっちゃキレてやがる!? お前が追い掛け回すからだぞコラァッ!!」
やっべぇわ。恐竜型の魔獣に引けを取らないデカさだ。
こんなのに蹴られたら痛いじゃ済まねぇぞ! どうすんだよオイ!
「決めた! この白黒ウサちゃんは記念すべき私の従魔第1号にする! 絶対にテイムしてやるぅ!!」
「言ってる場合か! あとテメェの第1号はヒヨサブローだろうが!」
「うおおおおお!! 大人しくしろウサちゃん! おりゃー!!」
『ピギュイイィイイ!!』
……その後のイツナとデカウサギの殴り合いは凄まじかった。
いや俺も少しは手助けしたんだが、『剣でウサちゃんの毛皮を傷つけたらコロス』とすげぇ形相で睨まれたので素手で応戦するハメに。
その巨体からは想像もつかないような瞬発力に超重量を乗せた一撃の威力はとんでもない威力で、まともに受ければ最悪死ぬ。
どうにか避けたり受け流したりしてしのいでいたが、肝が冷える戦いだった。
……イツナが何度かモロに盾で受けてもさほど効いていないのに戦慄もしたが。
デカウサギに対する執念で謎の耐久力を発揮しているのか、それとも……いや、まさかな。
しばらく互角の攻防が続いていたが、デカウサギの連続蹴りをイツナが盾で防ぎながらバッシュで弾いた後に、俺が額を思いっきり殴りつけてようやく服従させることに成功した。
『ピギュゥ……』
のびて地面に横たわったウサギのサイズがみるみる縮んでいく。
幼生擬態で油断させようとしているのか、それともあのサイズを維持できなくなったのか、どちらにせよもう戦うつもりはないようだ。
「ぜぇぜぇ、よ、よっしゃぁ……! あとは従魔の首輪を取り付ければ、テイム完了だぜぃ……!」
「そうか、よかったな。……ところで船の出航まであと10分しかねぇぞ。全力で走ってももう間に合わねぇんだが、どうすんだよ」
「……えーと、ドンマイ」
「ドンマイじゃねぇよバカヤロウ!! 次の便は1週間後だぞ!? それまでここで足止めかよ!」
「んー……あ、そうだ!」
あの状況じゃ仕方がなかったとはいえ、このウサギを叩きのめすのに相当時間がかかっちまった。
どうしたもんかと頭を抱えたが、突然イツナが人差し指を立てながら提案をしてきた。
「このウサちゃんに乗って運んでもらおうよ! さっきの速さなら、もしかしたら間に合うかも!」
『ピギ!?』
「あー……まあ他に方法はねぇか。いけるか? ウサ公」
『ピ、ピギュゥ……』
「拒否するなら今日の晩メシになってもらうぞ」
『ピギャァ!?』
俺の脅し文句に体が跳ねるのと同時に、再び巨大化した。
暴れ出す様子はなく、プルプルと震えながら俺たちが乗るのを待っているようだ。
「よし、じゃあ街のほうまで走ってくれ。大急ぎでな」
「……今のユーブ、気のせいかちょっとパパに似てたような……」
「は? どこが?」
『ピキュゥゥウッ!!』
「ぬぉおおぉぉおっ?!! は、速っ……!!」
ジト目でなんか言ってるイツナに言い返そうとしたところで、デカウサギが爆速で走り出した。
体がデカく歩幅が大きいのもあるが、足の動きがちょっとキモいくらいに速い。
障害物を越えるために高く飛ぶときなんかうさぎ跳びなんてレベルじゃない跳躍力だ。
あっという間に赤い草原から緑の草原まで戻り、そのまま街から港に着くまで5分もかからなかった。
「す、すげぇ、ホントに間に合っちまった……! よくやったウサ公!」
『ピギッ』
「よし決めた、この子の名前は俊足ウサタロー1号にしよう」
『ピキィッ……?!』
ソレ今言う必要ある?
あとそのネーミングセンスはどうかと思うぞ。
「おーい!! もう船が出ちまうぞ! 急げよー!!」
渡り橋を畳もうとしながら、船員らしきおっちゃんがこっちに大声で乗船を促してきた。
今まさに出航しようとしている船に向かってダッシュで乗り、どうにか置いてけぼりにならずに済んだ。
「ふぃー……ギリギリセーフだったねぇ」
「お前のせいでな。でもまあこのウサ公は色々と便利そうだし、結果オーライじゃあるんだが」
『ピキィ』
「乗ったのはアンタらが最後か? もう一人いるはずなんだが……ダメだ、もう待てん! 出航するぞー!!」
最後の一人が来るのを時間ギリギリまで待っていたみたいだがここでタイムアップ。
船員たちが慌ただしく走り回って渡り橋を片付け抜錨し、帆を張って出航した。
「おぉぉおおおいっ!! 待ってくれー!!」
船が進み始めたところで、港の方から叫び声がした。
船着き場のほうを見ると、手を振りながら誰かが猛ダッシュしているのが見える。
あー、あれが最後の一人か。ドンマイ。
滑稽にも見えるが、あと数分遅けりゃ俺たちもああなってたかと思うと笑えねぇ……。
「うおぉぉおおおおおっっ!!!」
……は?
なにを思ったのか、ダッシュの勢いのまま船着き場の端から海に向かって飛び出しやがった。
おいおい、ヤケになったのか? もうそんなとこから飛び乗れる距離じゃ―――
「おらっしゃぁぁああいっ!!」
「いぃっ!?」
そのまま当たり前のように船の上に着地しやがった!
嘘だろ、もう既に数百mは離れてたんだぞ!? どんな跳躍力だよ!
このウサ公といい勝負っていうかホントに人間かコイツ……?
「よぉぉしセェェェフぅぅってぁぁぁあああああああ?!!」
……着地したはいいがさすがに慣性を無視することはできなかったようで、そのままゴロゴロと転がっていく。
なんて呑気に眺めてる場合じゃねぇ! このままじゃ海に転げ落ちちまう!
「うわぁぁあああ!! ああ、あ……?」
「あっぶな?! アンタなにやってんの! バカなの!?」
船上から海へ落ちる一歩手前でイツナが手を掴み、どうにか落下せずに済んだようだ。
間一髪だったな。こんな無鉄砲なアホだろうとあのまま落ちて溺死でもされたら目覚めが悪い。
乗り込んできたのはバンダナ、というかターバンのような布をいやに分厚く頭に巻いた男だった。
布の隙間から茶髪がところどころはみ出てるあたり、かなり雑に巻いてあるようだ。
厚着しているうえにヒラヒラとした長いコートを羽織ってるせいで体格はよく分からんが、顔立ちは割と美形寄りだと思う。ちょっとムカつくが。
「あ、ありがとう…………っ!?」
「ん? どしたの?」
いまだに腕を掴んでいるイツナの顔を見たまま固まるターバン君(仮名)。
……あー、このパターンか。
「す、すみませんが、お名前は?」
「は? えーと、イツクティナだけど」
「彼氏はいますか!?」
「はぁ?」
傍目から見てるだけでも分かる。完全に落ちてるわコレ。
これが吊り橋効果ってやつか。
やめとけ、お前の目の前にいる女は色恋沙汰とは縁遠い魔獣狂だぞ。
「イツクティナさん、よかったらちょっと一緒に食事でもどうですか!?」
「……ねぇユーブ、こいつなに?」
「知るか。俺を巻き込むな。お前が対応しろ」
「だ、誰ですかそいつぁ!? まさか彼氏か!? おいテメェ、ナンパに絡まれてる彼女相手になんだその言い草はぁ!!」
「今まさにナンパしてる張本人がなに言ってんだボケ!!」
もうなんなんだよコイツ。意味分からん。
あと誰が彼女だ。そいつは妹だバカヤロウ。
尻を触ってきた痴漢や馬車の中でちょっかい出してきたバカどもに比べりゃまだ話が分かるみたいだし、そんくらい自分で何とかしてくれイツナ。
極力関わりたくないから小さくなっていく港町でも眺めながら無視しようそうしよう。
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『もしもしー、やっほー。魔族の駆除は順調?』
「今まさに魔族のミンチを大量生産してる真っ最中ですがなにか」
『おおうこわぁ、てかグロいわー……』
「メニュー機能の大半が機能停止してるせいでアイテム画面が使えず死体の回収もできないので、粉々にしてばら撒いて肥料にしてますがかなり手間がかかりますね」
『いや死体の処理に慣れ過ぎてて怖いわ。マフィアかなんかかアンタは』
「それより、なにか連絡事項でも?」
『えーっとねぇ、第4大陸に残ってた魔族の討伐に失敗して取り逃がしたって話はしたよね?』
「はい。まだユーブたちに真魔開放した魔族の相手はちとキツかったみたいですが、それがなにか?」
『その魔族が逃げ出した先、どうやら第5大陸っぽい。誰が使ったか分からない転移魔法の痕跡が近くで確認されていて、第5大陸に飛んだって解析されてたよ』
「第5ぉ? わざわざ大陸渡って逃げたんですか?」
『そ。しかも隠密スキルかそれに近い効果のアイテムでも使ってるのか、転移魔法の形跡前後の足取りを捕捉できなくてねー』
「ネオラ君にも? メニュー機能を使えばそれくらいは……」
『メニューでも捕捉できなかったらしいよ』
「……そりゃ厄介だ」
『それでさぁ、魔族が行方をくらましたあたりから第5大陸各地で不審な事件がいくつか起こっててね。そのうちのいくつかが魔族に関係してるんじゃないかって睨んでるんだけど』
「不審な事件というと?」
『第5大陸で収監されてる死刑囚たちがいつの間にか姿を消していたり、貴族の令嬢たちがお忍びで夜中にどこかへ集会してたり、色々さ』
「他の大陸じゃそんな動きは見られませんでしたがね。現に今ここにいる魔族たちも死ぬ寸前までほとんど反応してないし」
『『攻撃する』じゃなくて『死ぬ』寸前なのが怖いわ。それで、なかなか尻尾を掴めなくて困ってるんだよねー』
「先に言っときますが、こっちの魔族を殲滅するまでこちらも手が離せないので手伝いに回れと言われても難しいですよ」
『だよねー。ま、こっちは勇者君たちに任せるとするよ。あ、それとなんか魔族の研究資料的なものを見つけたら報告ヨロ。こないだ送ってもらった簡易鑑定レンズの製造法とか割と有用な情報だったし』
「あのレンズを生産しようとか思わないでくださいよ。材料に『鑑定スキル持ちの眼球』とか必要だったじゃないですか。倫理感おかしなるでホンマ」
『死刑囚使って何枚かゲフンゲフンッ ヤダナーツクッテナイヨーホントダヨー』
「1ミリも信用できねぇ! そんなに欲しけりゃ自分で探してくださいよ!」
『探してるよー。第5大陸でも魔族の捜索がてら色々漁ってみてるけど、大したもんは残ってなかったね。強いていうなら『魔獣化薬』の製造レシピの断片くらいかな』
「あー、ラディア君の兄貴が飲んだっていうアレですか」
『ぶっちゃけコレもあんまり使えそうにないけどねー。効果も個人差があってうまく適合しなきゃ完全に魔獣化して自我がなくなるし、完璧に適合する人でも体がちょっと変異するのは避けられないみたいだ』
「どっちにしろ純粋な人間じゃなくなるのは変わんないってことですか。早く処分したほうがいいですよソレ」
『ステータスが大幅に上がる効果は魅力的だけどねー。おっと、そろそろ時間だ。じゃ、そういうことなんでそっちも駆除のほう頼んだよー』
「はいはい。……魔獣化薬、か。なんか妙に気にかかるな……」
ちなみにヒヨサブローですが、普段は実家の鶏小屋で待機していて有事の時にだけイツナのテイムスキル技能で召喚されています。
カジカワとヒヨ子みたいに四六時中一緒にいるわけではありません。
今回テイムされたウサタローは待機場所を設定していないので同行する必要がありますが。




