危うきに近寄るなかれ
今回、途中に挿絵が差し込まれています。
肌の露出率がかなり高い絵になりますので、苦手な方はご注意を。
……うん、嘘は言ってない。
獣車に揺られて数日経ったところで、ようやく工業都市『リングラナイタ』へ到着した。
最近の獣車は昔に比べて揺れがかなり抑えられているらしいが、それでもかなり三半規管へ負担が圧し掛かっていたな。
「うふふふふ……もう胃の中に何も残ってないよ……殺せ……ひとおもいに早く殺せぇ……」
「着いたぞ。いつまでも死んでねぇで起きろ」
乗り物酔いしやすいイツナにとっては地獄の日々だったようで、吐きすぎてぐったりとしたその顔は心なしか少し痩せてしまっているように見える。
飯を食ってもすぐに吐いちまうからまともに食事ができなかったせいだろうな。
イツナの強い希望で宿をとることを最優先にしたが、どこもかしこもトントンカンカンと金属が鳴る音で賑やかだ。
こんなんでちゃんと眠れるのかと不安に思ったが、宿の中は防音構造になっているらしいから心配無用。
晩飯も食わずに『旅する時は飯より宿だってパパも言ってた』とかなんとか言いながら部屋に入っていったが、俺は普通に腹が減ってたので飯屋へ向かうことにした。
工業都市だから正直食事のクオリティにはさほど期待していなかったが、近くの魔獣山脈で獲れる魔獣の肉なんかが意外と豊富らしく、なかなか美味いメシが食えた。
気のせいか親父が作ってたハンバーグステーキによく似ていたように思えたが、親父はこの飯屋で食べた味を再現してたのかな?
肉の焼き具合からソースの味まで本当によく似ていた。……また食いに行こう。
親父や母さんは今どうしてるだろうか。
……考えるまでもねぇか。夫婦水入らずでイチャイチャしてるところしか想像できねぇ。
飯の味から両親のことを思い出すなんて、軽くホームシック入ってるみてぇだ。情けねぇ……。
工業都市に着いた次の日。
イツナはいまだに体調が治らず寝込んでいる。
想像以上に乗り物酔いで体力と気力が削られていたらしく、今日一日は部屋で休むことにしたようだ。
俺は適当に装備品店を眺めながらブラブラしてみることにしたが、さすがにこの広さの街を一日で回りきるのは難しそうだ。
どの店もなかなかの逸品が揃ってはいるがどうにもしっくりこない装備ばかりで、結局初日は間に合わせの剣を買うだけで終わってしまった。
……一応、いい店を紹介してもらったりもしたんだが、職人気質の気難しい店長が開いている店らしく、相手にしてもらえるかは分からないみたいだ。
そんなこんなであちこち寄っているうちに、気が付いたらもう薄暗い時間帯になってきた。
あちこちで鉄を打つ音も鳴り止んでこそいないが、徐々に少なく小さくなっていくのが分かる。
商業都市のものとは違う、この街独特の賑やかな騒音もこう静かになっていくとなんだか寂しいもんだな。
ドゴォンッ!!
なんて思っていると、とんでもない轟音が響いた。
街全体が、いや地面そのものが揺れたような、とんでもない衝撃と爆音。
「な、なんだ……!?」
ドドドドドドッ ドゴンッ ドゴォッ と、不規則にかつ断続的に爆音が鳴り続けていて、そのたびに衝撃で空気が揺れている。
どこかで爆発事故でも起きたのかと焦ったが、街の住人達は涼しい顔をしてどこ吹く風といった様子。
まるでいつものことだと言わんばかりに、誰もさほど関心無さげに過ごしている。
「ああ、もうこんな時間か」
「そういえば今日は『鳴る』日だったわねぇ。うるさいわぁ」
「……『鳴る』日?」
通行人の老夫婦がそんなふうに話しているのが気になって、声をかけてみた。
「おや、知らないのかい? もしかして他の町から来たのかな?」
「ああ。ちょっとした旅行中でな。それで、さっきからうるせぇこの騒音はなんだ?」
「十五年くらい前から、二日に一回くらいこんなふうに大きな音が鳴るようになったのよ」
「噂じゃ、魔獣山脈のほうでなにかとんでもなくデカい魔獣が暴れてるって話らしいが、強すぎて手が出せないし騒音以外には特に害がないからずっと放っておかれてるみたいでな」
「討伐依頼とかは出なかったのか?」
「何度も出てるが、誰も討伐できなかった。というか道中の魔獣ですら強力なもんだから、原因の魔獣の姿を確認することすらできなかったらしい」
「……魔獣山脈ってこえぇトコなんだな」
話に聞く限りじゃ、魔獣森林や魔獣洞窟とはレベルが違う魔獣たちの住処のようだ。
ヤマネコがどうとか言ってる場合じゃなさそうだぞイツナ。
「まあ、スタンピードなんかの心配はないから安心だけれどね」
「え、なんで?」
「ちょっと前にもスタンピードの前兆が出たことがあったんだけど、どういうわけかすぐに治まったのよ」
「どうやらそのとんでもない魔獣が、スタンピードの親玉をすぐに倒してしまったらしくてね。たまに騒音がうるさい反面、そうしてワシらを守ってくれてもいるみたいなんだよ」
「へぇ……」
さながら、この街の守り神みてぇなもんなのか。
でも、野生の魔獣がわざわざそんなことするもんなのかねぇ?
なんか理由でもあんのか、それとも単にテリトリーのボスが増えるのが鬱陶しかっただけなのか、さて。
ドゴゴガガガッ ズガァンッ ドンドンドンドドドッッ
「……しかし、うるせーな」
「短い時は数分で終わるんだけどね。長い時は一時間くらい鳴り響いてるもんだから」
老夫婦と話している間にも爆音は止まず、時々話し声が遮られるもんだからとにかく鬱陶しい。
うるさすぎてまともに会話するのも難しくなってきたため、苦笑いしながら老夫婦を見送ってから宿まで戻ることにした。
こんなのが二日に一回のペースで鳴り響いてんのかよ。迷惑にもほどがあるだろ。
俺とイツナで倒せそうなら挑戦してみるのもいいかもな。……いや、やっぱやめとこう。正直怖い。
とんでもなくデカい魔獣って言ってたけど、まさか山みたいなサイズとか? まさかな。
……さっさと宿に戻るか。まだイツナは悶えてる最中かな。
宿に戻り、自室で休む前に念のためイツナの様子を見ておこう。
イツナの借りた部屋へ入ると、案の定ベッドで青い顔のまま横たわっていた。
「う~~~……あぁあ゛~~~……うぅぅ~~……」
「……大丈夫か?」
「だいじょーぶじゃないよー……こんなに気持ち悪いのに全然寝付けないし、生理重めの時よりもキツいんだけど……」
「生理とか言われても俺にゃ分かんねぇっての」
「あ~う~……ヤマネコちゃんに会いに来ただけのに、心が折れそう……。明日には魔獣山脈に行けるかな?」
「やめとけ。魔獣山脈のボスはとんでもねぇデカさの魔獣だって話だ。下手すりゃ踏み潰されるぞ」
「デカい魔獣? それってもしかして件のヤマネコちゃん!? そんなに大きいの!?」
「いや知らねぇよ。どんだけヤマネコに執着してんだオメーは」
乗り物酔いと動物好きの暴走が変な風に混じりあってるのか、なんとも支離滅裂なことを口走っている。
山みてぇにデカいネコだからヤマネコってわけじゃねーんだぞ。
ってオイ、急に飛び起きてどうした?
さっきまで青い顔で死にそうだったのに、目ぇかっ開いて部屋から出て行こうとしている。
「おい、どこ行く気だ」
「こうしちゃいられねぇ! すぐにとっ捕まえに行こう!」
「話聞いてなかったのかオメーは!? 死ぬぞ!」
「うおおぉぉぉおおお!! おっきいヤマネコちゃーん!!」
「待てぇぇぇええい!!」
魔獣山脈の話題を出した結果、ダッシュで駆け抜けていくイツナを追いかける羽目に。
は、速すぎる……! 止めようにも追いすがるのが精いっぱいだ!
このままだとマジで魔獣山脈まで行っちまう! 止まれイツナ! マジで止まれって! おぉおおいい!!
……それで結局、魔獣山脈にまで着いちまって今に至る。
夜に魔獣のテリトリーへ入るなんて正気の沙汰じゃねぇ。
夜行性の魔獣にとっちゃ、俺たちは格好の的だ。
しかも例の爆音はいまだに鳴り止んでねぇ。
近くで音を聞くだけで分かる。コレ絶対やべぇヤツだ。
「この音のほうにヤマネコちゃんがいるのかな?」
「いい加減にしろバカ! ここはヤバい、早く帰るぞ!」
「ヤダ! こちとらこれだけが楽しみに来てるのにー!!」
「うるせぇ! さっきから鳴ってる音がやべぇのはお前も分かんだろうが! もしも巻き込まれたりしたらいくら俺たちでも……っ!?」
ギャアギャア喚くイツナをなんとか引き摺って帰ろうとする途中、奥から何かが猛スピードで俺たちに向かって接近してくるのが分かった。
まずい、爆音の原因の魔獣か!? は、早く退かねぇと、いやダメだ、もう追いつかれる!
『……!!』
「いぃっ……!?」
「……うわ、筋肉すっご」
奥から接近してきたのは、赤い肌に筋肉質な人型の魔獣だった。
額の角が3本あるうえに肩からも角が生えていて、さらにこの圧倒的な存在感。
魔獣の図鑑でも見たことがある! コイツは……!!
「まずい、オーガの上位種だ! 多分、Lv80台のアークオーガだぞアレ!?」
「コイツがさっきまで鳴ってた音の正体? いやー、モフモフしてない人型の魔獣はちょっとあんまり好みじゃないなぁ……」
「んなこと言ってる場合か!! 構えろ、早く!!」
やばいやばい! まさかここまで強力な魔獣がいるなんて!
爆音の原因がコイツだってんなら納得だ!
なんとか迎撃しつつ、どうにか街まで逃げる算段を……ん?
『ガ、ガルッ!! ガル! ガルゥッ!!』
「……なんか、様子が変じゃない?」
「あ、ああ。全然敵意が感じられないし、身振り手振りでなんかを伝えようとしてるみてぇだな……」
「てか、音も鳴り止んでないし、もしかして他にヤバいのがいるっぽい?」
俺たちに向かってまるで『早くどっか行け』と言いたげに唸りながらジェスチャーをしている姿に、思わずシュールさすら覚えてしまう。
爆音が鳴るたび、怯えるように身をビクつかせている。
……いや、待て。コイツが、Sランク中位の魔獣がブルっちまうようなヤツがいるってことか……?
あまりに異常な状況に、かえって冷静になりそうになったところで、ザシャッ と静かな音が俺とイツナの背後から聞こえてきた。
「ん?」
「え?」
『……グルッ』
背後にいたのは、鬼だった。
魔獣じゃない。魔獣なんて存在の範疇にない、バケモノの中のバケモノがそこに立っていた。
親父や母さんにも引けを取らない、圧倒的な存在感と威圧感。
筋骨隆々とした体躯、頭にはシンプルながら立派な角が生えていて、顔つきは憤怒の化身を思わせる、まさに鬼神。
背丈こそそこにいるアークオーガほど大きくないが、存在の密度そのものがケタ違いだということが見ただけで分かった。
なにより、さっきまでうるさかった爆音が鳴り止んでいる。
間違いない。音の原因は、この鬼だったんだ。
死んだ。
無理だ。
絶対に勝てねぇ。
一目見ただけで、生きることを諦めるのが賢明だと判断しちまうくらいその鬼の強さが分かってしまった。
「がぁぁぁぁあああああああああっっ!!!!」
『グルァァァアアアアアアアアアッッ!!!!』
「ひいぃいっ!!?」
「うわぁあっ!!?」
『ガルゥウッ!!?』
ズドォンッ という衝撃音とともに、鬼の姿が消えた。
消える直前、何かが鬼にとんでもない速さでぶつかったのが辛うじて見えた。
その直後、再び魔獣山脈に爆音が鳴り始めた。
さっきまでよりもさらに激しさを増した衝撃音に、たまらずイツナと一緒に逃げ出した。
……さっきの鬼と互角の何かが喧嘩してる音が、爆音の正体だったのか?
「か、帰ろう! 無理! さすがにこれは無理ぃ!!」
「だから言っただろうが!! 逃げろ! 走れ! 速く!!」
その後、命からがら街まで戻り、どうにか生還することができた。
さすがのイツナも懲りたらしく、魔獣山脈には二度と近寄らないと震えた声で漏らしていた。激しく同意する。
……近くにいたアークオーガも猛ダッシュで逃げて行ってたのが見えたが、もしかしてあのバケモンどもに巻き込まれないように警告してくれていたのか、アイツ?
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鬼先生を殴り飛ばす寸前、鬼先輩がユーブとイツナを逃がそうとしてくれていたのが見えた。
ありがとう鬼先輩。あとで唐揚げでもおごってやるか。
それはそうと
「鬼先生コラァッ!! ウチの子たち巻き込もうとしてんじゃねぇぞテメェ!!!」
『グルァァアアアッ!!!』
鬼先生との二日に一回の稽古はいまだに続いている。
ファストトラベルが使えない今の状態じゃ会いに行くのも一手間だが、この鬼を放置しとくと暴れ出して工業都市を破壊しかねないのでやむを得ない。
いっそ討伐したほうがいいのかもしれないが、もはや俺ではこの鬼を倒すことができない。
最終進化で固有魔獣『★拳鬼闘神』へと成った今の鬼先生は、膂力の差が意味をなさない固有能力を有している。
能力値に差がある相手にそれを無視してダメージを与え、さらに耐久力も相手の攻撃に耐えうるほど上がるという、単純ながらヤバすぎる能力だ。
一定以上の強さがあれば誰でも互角にやり合える見込みがある反面、俺みたいに能力値を上げてゴリ押ししようとする奴にとってはまさに天敵。
技術や戦闘経験が鬼先生を上回っていなければ勝ち目がない。まだジュウロウさんのほうが勝てる可能性があるほどだ。
『グルラァアアッ!!』
「おぐっへぇっ!!?」
十五年前からさらに磨かれた拳の一撃は、今の俺すら容易く吹っ飛ばすほどの破壊力に達している。
……魔王、仮にお前が人類に勝っていたとしても、多分この鬼先生のせいでどう足掻いても魔族は栄えることはなかったと思うぞ。
いい一撃をみぞおちに受けて、意識を失いながら吹っ飛んでいく中で、そんなことを考えてしまった。ガクッ。




