来たるべき時に備えて
「あちゃー、失敗しちゃったかー……ま、そういうこともあるさ、気にすんなー」
「……すんません」
「真っ先に逃げたやつがなんでこんな偉そうなこと言ってんの? ノビてたのを起こしたのも私らだよ? 役立たずー」
「試験不合格のガキが舐めた口利くな。私はアンタの保護者じゃねーんだぞ。……ああ、アンタの保護者なら魔族を逃がすなんて大ポカしなかっただろうけどねー。それに比べてアンタときたらいやもうホント使えないわー」
「ああ゛?」
「おやおや、どうしたのかな? 口喧嘩がダメなら腕っぷしでも見せるのかい? その威勢でどうして魔族を倒せなかったんだか……はぁ」
「よーし、いっぺん泣かす!!」
「やめろってのイツナ。一応相手はギルマスだぞ」
「イヴランちゃんも売り言葉に買い言葉で挑発しちゃダメだよー……」
精霊魔法でなんとか危機を乗り切り、洞窟の中で気絶していたチビマスを介抱してから結果を報告した。
目を覚ました魔族を逃がしてしまったことを告げると、少し眉を顰めはしたが大して責められはしなかった。
……イツナが余計な挑発をしたせいで雰囲気がギスギスしているが。
「そもそも、こんな洞窟で討伐させようとするからこんなことになったんじゃん。洞窟を崩されなきゃ普通に勝ててたっての」
「そうかもねー。それで? 『魔族を討伐できなかったのはギルドが場を整えていなかったからです。私じゃなくてギルドのせいです』とでも言いたいの?」
「事実じゃん」
「バカかお前は。獲物がいつも自分たちにとって都合のいい状況にいてくれるわけないだろ。天井の崩落だって洞窟の中なら予測できない状況じゃなかったはずでしょ、違う? なんでもかんでもお膳立てしなきゃ依頼をこなせないなんて、冒険者としちゃ一流にゃ程遠いっての」
「ぐっ……」
ちょっと言い方がきついが、あながち的外れでもない。
思うように場をセッティングできないなら、それに見合った準備と心構えで挑むべきだった。
……親父や母さんは、初めて魔族と相対した時にどんな戦い方をしていたんだろうか。
「ま、さっさと逃げた私も人のこと言えたもんじゃないけどね。……そこのヘラヘラ笑ってるバカ姉だけに援護を任せたのは、まあ普通にミスだった。悪いね」
「あはは、面目ないなー……」
「バカ姉もそのへんもうちょっとサポートしてやれよ。Sランク返上するか?」
「できるもんならやってるよー……もうボチボチ引退したいのに、ババアが次から次へと仕事寄越してくるもんだからやめられないんだよぅ」
アイナさんにまで飛び火してるが、この人が俺を精霊と契約させてくれなきゃ死んでた。
そのうえ、魔族との戦いでもサポートとしてはこの上ない働きをしてくれていたと思う。
……いや、ホントに自信を無くすレベルで。
「さて、今日はもう帰るよ。試験依頼は達成できなかったけれど、ペナルティとかは特にないから安心しな。他にも試験に使えそうな依頼はあるから、急いでランクを上げたいなら後日斡旋するけど、どうする?」
「そうしよっかなー。やっぱもうちょっと緩めの依頼で―――」
「いや、いいよ。アンタらに頼ってランク上げようとかせずに、地道に自力で魔獣の討伐とか普通の依頼をこなして実績を積んでこうと思う」
「……え? ユーブ、なに言ってんの……?」
「そうかー、ユーブ君は生真面目だねー。そういうことなら、まあ無理にとは言わないよ」
「じゃあそういうことで。イツナ、さっさと宿まで帰るぞ」
「ちょ、ちょっと!? 勝手に話を終わらせないでよ! ねえユーブってば!」
少し強引に話を切り上げて、イツナを急かしながら宿へと足を進めた。
ついてきながらギャーギャー文句を言ってるが、少し気持ちを落ち着かせるまでは話す気になれなかった。
「……それで? いい加減、どういうつもりか説明してもらえる?」
宿へ帰り、部屋に入ったところで冷ややかな視線をこちらに向けながらイツナが問い詰めてきた。
宿に入るまでまともに口を利かなかった俺が悪いとはいえ、半ギレしている顔がかなり怖い。
「分かってるよね? 私たちは半端に強いくせになんの実績もないし、まだ低ランクのルーキーだから早く高ランクまで上がらないと、アホな貴族とかに絡まれた時に対応が難しいんだよ?」
「分かってるよ。実際それで成人前にセレネに痛い思いさせちまってたしな」
セレネがボロボロになるまで殴られていた時のことを思い出すと、今でもはらわたが煮えくり返る。
もうあんなことにならねぇように、それなりの立場まで早急にのし上がろうってのは間違った判断じゃねぇ。
それが分かったうえで、俺はチビマスの厚意を蹴ったんだ。
「ならなんでのんびり呑気にゆっくりランクを上げますなんて言ったの? しかも私に相談抜きでさ。あのロリマスの言うことはムカつくけど、さっさとSランクにしてもらえるように手続きしてくれるっていうならそうしてもらえばいいじゃん」
「俺たちはまだSランクにゃ及ばねぇってことが分かったからだっての」
「はぁ? 私ら、Aランクくらいの相手なら余裕で一方的にボコれるでしょ? ならもうSランクくらいじゃないの?」
俺もそう思っていた。
実力は既に十分で、あとはそれに肩書がつけばいいって考えていた。
……アイナさんと共闘するまでは。
「実際にSランクのアイナさんと共闘してみて、どう思った?」
「あー……ま、まあ、パパやママほどじゃないけど、なかなかやるなぁって」
「あの人とやり合ったら勝てると思うか?」
「……多分、無理」
「ちなみにあれでも戦闘能力はSランクの中でもあんまり強くないほうらしい。ただ色んな状況に対応できるくらい経験豊富だからこき使われることが多いってだけで」
「あれであんまり強くないってか。Sランクって人外魔境なんだねー……」
魔族相手にアイナさんのサポートを受けながら戦った時に気付いたが、身のこなしや膂力自体は俺やイツナも大差ないと思う。
でも、視野の広さや判断力、先を読む能力なんかが明らかにずば抜けてた。
膂力が俺の数割増し程度は強い魔族相手にやり合えていたのは、あの人が要所要所で的確に援護してくれていたからだ。
あれと同じことをやれと言われても、とてもじゃないが無理だろう。
もしもあの人とやり合うことになったとしても、十中八九負ける。
まるで駒勝負のように行動を詰められて、トドメを刺されて終わる予感しかしない。
「Sランクだのなんだの言うのは、まずはあれくらいまで強くなってからだ。とにかく地力をつけなきゃ話にならねぇし、それに……」
「それに?」
「……なんか、ああやってチビマスがわざわざ出てきたり優遇されながら試験を受けてると、グランドマスター経由で母さんや親父の七光りを受けてるみたいでダサい気がする」
「いや、気にするトコそこかい」
それに、あの逃がしちまった魔族は俺自身の手で仕留めてぇ。
自分のケツくらいは自分で拭かなきゃ、それこそクソだせぇしな。
そうと決まれば、しばらくは魔獣討伐をしてレベル上げ……といきたいところだが、イツナはともかく俺はまだジョブチェンジするわけにはいかねぇ。魔法剣まだ取得してねぇし。
……早速詰まっちまった。どうしたもんかね。
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「ってことがあったんだけどさぁ。アンタの子たち、息子君はともかく娘ちゃんはちょっと生意気過ぎない? めっちゃ煽ってきたんですけど」
『……やんちゃで申し訳ない。魔族のほうは他の大陸が片付き次第こちらも対応に回りますので、無理に討伐に向かう必要はないかと』
「お願いねー。勇者ちゃんたちも魔族の駆除に回ってくれてるみたいだけど、なんせ数が多いから大変そうだねぇ。ま、アンタらの使うファストトラベルとかいうのがあれば移動に不便はなさそうだけど」
『あー……ちょっと私は今ファストトラベルできませんけどね』
「え、なんで?」
『色々諸事情がありまして、現在メニュー機能全般が機能停止しているんですよ』
「ど、どうしたっていうの!? なんかトラブルでも起きたの……!?」
『トラブルが起きてるっていうか、それに備えるために必要なことというか……まあ、自力でも大陸間の移動くらいできますので、それほど不便でもないですが』
「もしかして、今回の魔族騒ぎとなんか関係があったり?」
『広い目で見れば、まあそうですね。詳しいことは事態が落ち着いてからお話しします。それでは、ご連絡ありがとうございました』
「お、おう、またねー。……カジカワ君、またなんかヤベーことに巻き込まれそうになってるっぽいな……」




