逆転の一手 逆転の目
魔獣洞窟の奥深く。
魔族の魔法によって天井が崩れ、かなりの広範囲が瓦礫に埋まってしまった。
「ひえぇ……! し、死ぬかと思った……」
「……もしかしたら、死ぬのはこれからかもしれないけどねー」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ! ……しっかし、どうしたもんかね」
大量の瓦礫や砂によって圧し潰される直前に、イツナの力によって辛うじて生き埋めになることを免れた。
ステータスには表示されない、イツナの結界術。
本来はありとあらゆる方向からの攻撃を防ぐためのバリアみたいな術だ。
展開した範囲は半径約3mくらいか。
バリアを解けば、外側にぎっしり詰まった瓦礫が流れ込んできてそのまま潰される。
そして、このバリアは長続きしない。連続して展開できる時間は約1分程度。
あと1分足らずの間に脱出策を練って実行できなきゃ死ぬ。
バリアの内側から攻撃して瓦礫を吹っ飛ばすのは無理。このバリアは内側からの攻撃も防いじまう。
バリア展開中は移動できないから、瓦礫をバリアで押しのけて脱出ってわけにもいかねぇ。
バリア展開を一時的に解いて攻撃するか……? でも、瓦礫に埋まってない空間がなけりゃ瓦礫を吹っ飛ばそうにも無理だ。
……詰んでね? どうすんだよマジで。
……あっ、そうだ!
「そういや、チビマスが精霊魔法で援護するとか言ってなかったか!? チビマスに外から助けてもらうことはできねぇだろうか!?」
「うーん……ダメだね。イヴランちゃん、さっきの崩落で上から降ってきた瓦礫がアタマに当たって気絶しちゃったっぽい……」
「肝心な時に役に立たねぇな、クソッ!!」
「ど、どうしよう、もうバリアが持たないよ……!」
あと40秒。
こうなったらイチかバチか、バリアの解除と同時に思いっきり瓦礫を吹っ飛ばすしか……ん?
「って、ちょっと待って。なんでアイナさんロリマスが気絶してることが分かったの?」
「精霊たちが知らせてくれたんだよ。アタシは精霊魔法こそ使えないけど、エルフだから精霊の声を聞くことができるんだ」
「アンタから精霊たちに頼んで瓦礫をどうにかしてもらうことはできないのか?」
「無理。精霊魔法は精霊と契約してる人にしか使えないし、契約できるのは魔法使い系の職業しか……? ……っ!!」
「ん? どうした……うわぁっ!?」
あと20秒。
瓦礫を吹っ飛ばすために臨戦態勢へ入ろうとしたところで、アイナさんが何かに気付いたかのように目を見開き、俺の肩を両手で掴み真正面から目を合わせてきた。
「ユーブ君! アンタ、さっき魔法使ってたよね!? ってことは魔法系のスキルを扱えるってことでいい!?」
「え、あ、ああ。そうだけど?」
「なら、『リトルノーム』ッ!! 今すぐユーブ君と契約して!! ユーブ君も『契約する』って宣言してから、精霊魔法を使って瓦礫を―――」
アイナさんが大声で指示を出している最中、ガラスが割れるような甲高い音とともにバリアが砕けた。
瓦礫と土砂が、俺たちに向かって流れ込んでくる。
アイナさんの言葉が耳に入り、内容を理解するのと同時に全力で叫んだ。
け……っ
「『契約する』! 周りの土砂から俺たちを守れ!!」
そう宣言した瞬間、どこからともなく声が聞こえた。
小さな子供のように甲高く、得体のしれない複数の話し声。
〈よぉし、まかせろー!〉
〈アルマねえちゃんのこどもか。もしもしなせたりしたらころされかねないぞ! しぬきでまもれー!〉
〈いそげ! さいあく、アイナはあとまわしでいい!〉
「おいコラふざけんな! アタシもちゃんと守ってよ!」
さっきまで影も形も一切感じ取れなかった精霊たちの気配がはっきりと分かる。
精霊との契約が成立し、精霊魔法を獲得したことで精霊たちの言葉が理解できるようになったようだ。
……アイナさんが精霊たちにツッコミを入れているのをイツナが怪訝そうな表情で眺めているが、一人だけないがしろにされそうになってたらそりゃキレる。
しかしそんな気の抜けるようなやりとりとは裏腹に、周囲の瓦礫や土砂がみるみる壁や天井に吸い込まれていくように退いていき、塞がれていた道も元通りに開通した。
生き埋め寸前の状況だったのに、精霊魔法という逆転の一手のおかげで誰一人欠けることなく無傷で生還することができた。
……すげぇな、精霊魔法って。便利すぎるだろ。
〈よし、にんむかんりょう〉
「……助かった。ありがとな、えーと……」
〈『リトルノーム』だ。こんごともよろしく〉
「お、おう」
〈たのむからおまえはおれたちをひつよういじょうにこきつかったりしないでくれよ〉
〈アルマねえちゃんはまじブラックだったからな……〉
〈かろうし、ふかひ。かじょうろうどう、ダメ、ぜったい〉
母さんも精霊魔法が使えたのか。
なんかブツブツ不穏なことを呟いてるが、こいつらにいったい何をやらせてたんだ……?
「そういや、チビマスは?」
〈イヴランは……まだのびてるみたいだな。はやくむかえにいってやれよ〉
「無事なの? 魔族に襲われたりしてない?」
〈きをうしなってるだけだ。まぞくはとっくにどうくつからでていってて、どっかいっちまったよ〉
「そっかー……イヴランちゃんが無事で安心したけど、魔族を一体逃がしちゃった。まずいねこりゃ」
「今から追いかけようとしても、多分無理そうだな。クソ、してやられた……!」
「命があっただけでも儲けもんだよ。私らまだ新人なんだし、失敗の一つや二つくらいあるって。そう落ち込むなよーはははー」
「同感だけど、自分で言うのはなんか違くない……?」
……あの逃がした魔族が何をやらかすか分かったもんじゃねぇが、今はどうしようもねぇ。
ひとまずチビマスを回収してギルドへ戻ろう。
あのクソ魔族、次に見かけたら絶対にぶっ飛ばす。
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……魔王様より賜った、この『索敵妨害リング』と隠密スキルを併用すれば、鑑定スキルや勇者どものメニューとやらの目からも逃れることができるはずだ。
今は雌伏の時だ。耐えなければならない。
今代の勇者をはじめとした人類どもは、強い。
おそらく同胞たちは、そのほとんどが目覚める前に全滅してしまうだろう。
私はたまたま早く目覚めることができた。特に原因はなく、本当に運がよかっただけなのだ。
だが、逆転の目は残っている。
確かに魔王様は敗れ、いまだ人類どもはその生を謳歌しているようだが、だからこそ付け入る隙がある。
例の薬を完成させれば、あるいは……!
しばしお待ちください、魔王様。時期が訪れれば必ず貴方の元へ馳せ参じましょうぞ。
私には分かる。
今は矮小なれど、貴方は確かに――――




