表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

545/584

魔王とは



 ヴィンフィート近くのテリトリー、魔獣洞窟ルカナニア。

 その最深部に、討伐対象の魔族が佇んでいる。



「……魔王……まだ……魔王、様……いつ……魔王……」



 不自然な彩りの赤い肌、白目は黒く瞳は真紅。頭にはミノタウロスのような角が生えていて、一見人型の魔獣にも見える。

 目は虚ろでどこを眺めているのかも分からない。

 ブツブツと要領を得ない独り言を漏らしている以外は、目立った動きはないようだ。



「ホントに大人しくしてるねー……アタシが見てきた魔族ってどいつもこいつも『人間殺す』とか言いながら、襲い掛かってきたり暗躍したりするようなのしかいなかったのに」


「あのまま放っておいたら餓死しないかな?」


「ダメだね。簡易鑑定レンズで確認したけど、昨日からスタミナが減ってない。状態表示に『停止中』って書いてあるけど、もしかして冬眠してるようなもんなのかな?」


「簡易鑑定って……その片眼鏡か? スキルがないのに鑑定できるってんなら便利そうだな、どこで売ってんだ?」


「残念ながら非売品でーす。前の戦争で魔族から奪ったものだけど、製法がアレすぎて生産できないんだよ」


「『アレ』って、作るのが難しいってことか?」


「うん。技術的にじゃなくて、倫理的にね」


「?」



 顔をしかめながらレンズを覗くチビマスがなんだか意味深長なことを言ってるが、まあどうでもいいか。

 それより、あの魔族をどう叩くべきか……。



「……まずいね。一応動きは止まってるけれど、言葉を話し始めてる。あのままじゃいつ復活してもおかしくないかも」


「どっちにしろ放っておくわけにゃいかねぇってわけか。チビマス、魔族とやり合うならもう少し援護がいてもよかったんじゃねぇか?」


「だからチビマス言うな! 半端な戦力じゃ役に立たないどころか足手まといになるだけだよ。」



 実際に見てみると、覇気のなさとは裏腹に秘められた強さがよく感じ取れる。

 低く見積もってもAランクからSランク下位の魔獣並みってところか。



「できれば真魔解放を使われる前に速攻で倒したいところだけど、奇襲が通じるかどうか……」


「あんな隙だらけの状態じゃ避けらんないでしょ」


「そうでもないよ。同じような魔族に向かって遠距離から矢で狙撃してみたら、すぐにシラフになって迎撃されたっておばあちゃんが言ってた」


「ババアの矢を防げるってことは、アタシじゃ決め手にゃならないね。はぁ、厄介だねぇ……」


「……普通にババアって言ったよこのお姉さん」


「あ、ごめん『クソ』が抜けてたわ」


「辛辣ぅ」



 ……どうやらアイナさんはグランドマスターのことが嫌いみてぇだな。

 つーかおばあちゃんだのババアだの言われてるあたり、あの人も若そうに見えるけど実際ものすごく長生きしてるっぽいなこりゃ。



「ところで、さっき言ってた『真魔解放』ってのはなんだ?」


「高レベルの魔族が使う強化スキル技能だよ。発動すると全能力値が倍になるっていう反則技で、2時間ほど持続するから効果時間切れを待つのも得策じゃないね」


「今の状態でもかなり強そうなのに、さらに倍強くなるの? ……コレ、私たちだけで対応するような案件じゃない気がするんだけど」


「そもそもなんで極秘にしてんだよ。普通に『魔族が復活しました。危ないから見かけても刺激しないようにしてください』って警告でも出しておくべきだろ」


「復活した魔族が暴れ出してるならすぐにでもそうするべきだろうけど、まだあんな状態だから。下手に情報を公開すると余計な混乱を招いてしまうかもしれない。一応、魔族たちが正気に戻って暴れ始めた時の対策も同時進行で進めているけどね」


「……大人しくしてた魔族たちが急に暴れ始めて、情報伝達ができていなかったから対応が遅れましたなんてことにならなきゃいいけどな―――」




「っ!? ユーブ!!」



 会話の途中、俺が少し嫌味っぽく皮肉を言ったところで、イツナの叫び声が耳を劈いた。

 それと同時に、何かが衝突し合うような大きな音が響いた。



「……え?」



 さっきまで離れたところでブツブツと呻いているだけだった魔族が、気が付いたら目の前にまで迫っていた。

 剣を構えていて、それをイツナが盾で受け止めていることに気が付いたのは衝突音がした直後。

 それまで、何の前触れもなかったってのに、魔族は急に動き出していた。



「ほう、防ぐか小娘。幼いながら大した腕だ。人間にしておくには惜しいほどに」


「くっ……! ユーブ、いつまでボサッとしてんの! 早く!!」


「っ、悪い! くらえやぁっ!!」


「む、はははっ! なかなか速いな!」



 イツナに剣を押し付けたままの魔族に、渾身の一振りを叩き込んでやろうとしたが、避けられた。

 速い。雑に振るっただけじゃまともに当てられる気がしない。



「やっべ! イヴランちゃん、一旦退いて!」


「言われなくても! それじゃ頑張ってー!」



 臨戦態勢に入ったところで、アイナさんがチビマスに逃げるよう促した。

 おい待て、おい!



「アンタ逃げるのかよ!? 戦えよ!」


「無理! 死ぬ! バカ姉と精霊たちに援護はさせるから、後は任せた!!」



 そう言ってチビマスが精霊魔法を使って地面に沈んでいき、そのまま退散していった。

 なんのために来たんだよアイツ! 魔族が動き出すなり、さっさと逃げやがった!

 ……まあ、確かにこの魔族はヤバい。華奢なチビマスじゃコイツに小突かれただけで死んじまうかもしれねぇ。



「非戦闘員の避難は済んだかね? では続きをしようか、人類どもよ」


「いきなり斬りかかってくるなんて、随分な挨拶だね。寝惚けてるのならもっかい寝直したら?」


「気遣い痛み入るが、長く悪い夢を見ていたようでな。悪夢の続きを見るつもりはないので遠慮させてもらおうか」


「今更遠慮なんかするなよ。すぐ寝かしつけてやっから、そこ動くな!」



 そう言いながら魔族へ向かって突進し、斬りかかった。

 すかさず魔族も剣で受け止めたが、初撃をかわした時のような余裕はない。


 確かにこの魔族は強い。

 しかし、単純な能力値だけなら俺のほうが上だ。

 現に鍔迫り合いも俺が有利な状態だ。このまま押し切れれば……!



「ぬうぅ、凄まじい膂力だなっ! その若さでよくぞここまで……! だが!!」


「ぐっ……!?」



 魔族の顔に、黒いひし形の紋様が浮かび上がった。

 それと同時に、こっちが押していた鍔迫り合いが押し戻されていく。

 急に腕力が強くなりやがった……!? これが真魔解放ってやつの効果か!



「所詮は人間、と油断はしない。まだ成人したての若さでこの力……成長すればどれほどの脅威になるか想像もつかん。今ここで仕留めさせてもらおうか!」


「……舐めんなぁっ!!」



 鍔迫り合いをしたまま、剣を握る拳からファイアーボールを放った。

 この魔族は俺のことを剣士と思い込んでいたんだろう。

 急に放たれた攻撃魔法に対応できなかったようで、どてっ腹へモロに着弾した。



「うぐっ!? ……魔法、だと? 貴様、剣士ではないのか!?」


「さぁ、どうだろうな? せいぜい寝起きの頭で考えてろ!」


「おのれ……! ぬぅっ!?」


「ちっ、避けられた。やっぱ幹部クラス相手じゃ、馬鹿正直に当てようと思っても難しいか」

 


 俺の挑発に悪態を吐きながら反撃しようとしたところで、アイナさんが矢を放って牽制。

 能力値が倍になろうと、俺とイツナを相手にしながらアイナさんの矢にまで意識を割かなきゃならないのはキツいだろう。

 コイツにとってはかなり戦いにくい状況のはずだ。さぁ、どうする?



「……状況は芳しくないようだ。魔王様との連絡もつかぬし、一人で戦うのは厳しい」


「わ~んみんながいじめる~魔王サマ助けて~ってか? 魔王なんか十五年以上前の時点でとっくに死んでるだろ」


「……何?」



 目を見開き、狼狽えているのが一目で分かった。

 ……え、まさか魔王が死んだことを認識していなかったってのか?



「あり得ん、魔王様がいなければ我々は活動できない、いや、確かに魔王様の存在が感じ取れぬ……どういうことだ」


「答え合わせはあの世でやりな!」


「射止める!」


「とりゃー!!」



 攻撃魔法を繰り出すのと同時に、クイックステップで距離を詰めて斬りかかった。

 アイナさんも矢を放って援護、さらにイツナも盾を振り回して魔族を追い詰めようとしている。



「ちぃっ! やむを得ん!!」


「! 気をつけろ、魔法だ!」



 追い詰められつつある魔族の手の平に、炎の渦が生成されるのが見えた。

 攻撃魔法か。そういや魔族たちもパラディンみたいに武器と魔法の両方を扱えるって聞いたっけ。

 感じるプレッシャーからして、かなり強力そうな魔法だ。うまく避けねぇと……っ!?



「ふんっ!!」


「なっ……!?」



 魔族が魔法を放った先は俺たちではなく、洞窟の天井だった。

 どこを狙ってんだ? ……げっ、まさか!?



 着弾した魔法が爆発して、天井から岩石や土くれが降ってきた。

 さらに天井全体にヒビが広がっていき、今にも崩れそうになっている。

 やべぇ、このままじゃ……!!




「天井が、いや、洞窟が崩れるぞ!」


「うわ!? ま、まさか、生き埋めにするつもり!?」


「くそったれ! 出口に向かって走れ!!」



 さっきの魔法のせいで、洞窟の地層かなんかの要っぽい部分が崩れたようで、周辺だけじゃなくて洞窟全体が崩落しつつあるようだ。

 全力疾走で逃げているが、間に合うか……!?



「あんのクソ魔族!! 自爆戦法とか冗談じゃないよ! 死ね!!」


「いや、さっき縮地を使って自分だけ先に逃げてったのを見たけど」


「なおさら死ね! 肋骨折れろ!!」


「……待てよ、先に逃げたってことは……」



 逃げている最中、進行方向の先で爆発音が聞こえた。

 さっきの魔族が放った攻撃魔法と同じ音だ。


 急いで進むと、道が既に崩落して進行不能になっていた。

 ……あの野郎、俺たちの逃げる先のルートを魔法で潰しやがった!!



「ど、どうすんの!? 塞がっちゃったよ!?」


「他のルートを探すしか……いや、ダメだ! もう崩れるまで時間がねぇ!!」



 瓦礫をどかそうにも量が多すぎるし、魔法やスキルで吹っ飛ばそうとしようもんなら余計に崩れかねない。

 どうしようかと途方に暮れているところで、天井に一際大きな亀裂が入り、崩れた。



 あ、ダメだ。


 死んだ。







 ~~~~~









 『魔王』のシステムは他の世界でも採用されている、とても便利なツールです。


 パラレシアのように人類同士の呉越同舟を促しつつ、適度な人口調整を行うために運用したり。


 あるいはほかの世界では人族と魔族の住み分けの際、魔族側の統率者として君臨させて運営の補助を担ってもらったり、一口で魔王と言っても様々な使い方があります。



 魔王のシステムを作り上げたのは地球の神、アース。

 『RPGとかのファンタジーを基にして作った』と宣っていましたが、意味はよく分かりません。

 アースは時間の流れが他の神とは異なるところがあり、我々にとっての一万年が彼にとってはたったの数年程度だったこともあり、逆もまたしかり。

 おそらく私の知らない知識を基に喋っているのでしょう。あまり深読みしないようにしたほうがよさそうですね。



 その魔王と魔族のシステムに、現在不具合が生じている。

 数万年近い間ずっと正常だった循環が、今になって狂い始めているのでしょうか。


 魔王の存在が確認できないにも関わらず、魔族が復活し活動を開始しようとしている。

 3万体近い魔族たちの生き残りのうち、前回の魔王が生み出したものはおよそ2万体。その全てが特級職並。

 それらが一斉に活動を再開すれば、世界に甚大な被害が出てしまうでしょう。



 ……不具合の原因は不明。

 魔族たちの中に魔王のデータが入り込んでいるのではないかと検索してみたりもしましたが、いずれもヒットせず。

 人類も同様。少なくとも、今生きている人々の中に魔王の因子を持っている者はいませんでした。


 

 どうしよう。

 幸い梶川光流さんを筆頭に、魔族を駆除する活動を始めた人たちもいますが、世界中に散らばっている魔族たちをしらみつぶしに倒すのは時間がかかります。

 その間に魔族たちが完全に目覚めてしまったら……。


 神が直接干渉することは許されませんし、本当にどうしましょう。

 (わたし)のアバターを降臨させて駆除するのが一番手っ取り早いのですが、もしもそれが発覚すれば厳罰は避けられません。




 『地球からリソースを譲渡する世界は、神の手が直接干渉してはならない』




 どうしてこんな面倒なルールを作ったのですか、地球(アース)……!!


 アースは神の中でも割と上位の存在で、他の神に膨大なリソースを分ける代わりに、世界の運営に何らかのルールを設けることがあります。

 パラレシアの場合はいかなる神も直接干渉してはならない。アバターも含む。


 そんなルールのせいで世界の運営がかなり難しくなってしまいましたが、それでも四苦八苦しながら人間のことを考えて頑張ってる姿がアース的にお気に入りだとか。

 ↓その苦労神ことパラレシアのキャラグラがこんな感じ(AI製

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ