始動と胎動
ヴィンフィートに着いた翌日。
さっそくランク昇進試験を受けるために冒険者ギルド本部へ訪れたわけだが、早々にチビギルマスの部屋まで案内された。
扉を開くと、ぬいぐるみや可愛らしいインテリアが並ぶやたらファンシーな部屋の中心で、金髪チビのエルフが書類の処理に追われているのが見えた。
「おっはよー。昨晩はよく眠れたかい?」
「おかげさんでな。居心地のいい宿だった」
「そりゃよかった。さて、お互いやることも多いし、ちゃっちゃと話を進めようか」
「話が早くて助かるぜ、チビマス」
「チビマス!?」
「こらユーブ、失礼だよ。せめてロリマスとかにしときなよ」
「あんま変わってねーよ! アンタらちょっとは遠慮しろ! ……待てよ、ロリマス? 時々カジカワ君が私を見ながら『ロ』とかなんとか言いかけてたのは……いや、まさかね……違うよね?」
……つい変なあだ名で呼んじまった。
でも、このチビのことをギルマスって呼ぶのはなんか違和感あるんだよなぁ……。
それに対して半ギレでツッコんだかと思ったら急になんかブツブツ言い始めたけど、すぐに切り替えて本題へと移った。
「オホンッ……それで、昨晩も言ったけれど君たちのランクアップには極秘任務、魔族の討伐をしてもらう」
「魔族って、魔王が倒されれば消えちまって、次の魔王が生まれるまで姿を現さないやつらだって聞いたぜ?」
「まさか、魔王が復活したとか……?」
「ううん、今のところは魔王の存在は確認できていないよ。……それに、もしも復活していたらとっくに勇者ちゃんやカジカワ君あたりが魔王をぶっ殺して、すぐに事態は収束しているだろうさ」
「えぇ……そんなあっさり倒されるほど魔王って弱いの?」
「違う違う。勇者ちゃんやアンタらの両親がアタマおかしい強さなだけで、魔王は普通に世界を滅ぼせるほどの力を持っていたよ」
……それって、その魔王を倒せる勇者や親父や母さんでも世界を滅ぼせるってことにならねぇか?
分かってたつもりだが、他人の口から改めて自分の親がバケモンじみた存在だってことを聞かされて、なんだか複雑な気分だ。
「それで、そのやべー魔王が生み出した魔族だけれど、ぶっちゃけ第4大陸の魔族はほとんど十五年前に討伐されてて、復活した魔族も数えるほどしかいないみたいなんだ」
「おお~、十五年前の人たち、頑張ったんだね」
「いや、っていうかどっかのクソヤベェ魔獣がどういうわけか魔族だけを皆殺しにしていったっていうか……話が本題から外れるから一旦置いておこうか。それで、その数体の魔族のうち一体を、魔獣洞窟の中に閉じ込めているのが現状でね」
「閉じ込めてる? なんで今まで討伐しなかったんだ?」
「今のところ、魔族には大きな動きがないんだ。放っておけば一日中ぼーっとしてて、眺めている分には人畜無害に見えるんだよねー」
「……それって、無理に討伐する必要あるのか? 十五年前には大暴れしていたって話だけど、今は大人しくしているんだろ?」
「魔王の命令で敵対してたってだけで、話し合ったりしてなんとかできないの?」
「できない」
っ……!
俺とイツナが魔族との話し合いを提案すると、即答で否定。
チビマスの顔には憎しみも怒りもなく、ただ無理だということを事務的に告げただけだが、有無を言わさない説得力を感じさせた。
「魔族との共存うんぬんの話は遥か昔から何度も何度も数えきれないくらいに論議されてきた。そのたびに出る結論は『共存は不可能。魔族は打倒すべし』。実際に何度か戦ったこともあるけれど、まるで虫でも踏み潰すかのように平気な顔で人を殺していたよ」
「血も涙もねぇ連中ってことか」
「それもまた違う。彼らも仲間がやられれば激高するし涙だって流す。人類抹殺が一番の目的ってだけで、それ以外は人間とほとんど変わらないように見えた」
その情報のせいでますます討伐しづらくなってきたんだが。
機械的に、まるで虫みたいに人類と敵対してる奴らならまだマシなんだがなぁ。
「ちなみに、人間相手ならどんなに怒っても絶対に殺しはしない君たちのご両親でも、魔族は速攻ブチ殺してたね」
「殺意全開の母さんや親父は想像したくねぇなぁ……」
「パパやママはどんな感じだったの?」
「そりゃもう酷い有様で、ある時は骨も残らないほどの爆炎魔法で焼き尽くしたり、全身を粉々に消し飛ばして地面のシミに変えたり、顔面を壁に押し付けて擦り下ろしたり……」
「あ、もういいですハイ」
「……どっちが魔族の所業か分かんねぇ……」
「とにかく、魔族は危険な存在だ。いつまでも大人しくしているとは限らないし、早めに駆除しておく必要があるんだよ」
話を聞くと親父たちのほうが危険そうだとか言いたくなったが、んなこと死ぬほど分かってると言いたげに苦々しく笑うチビマスを見て、茶々入れるのも野暮に思えたので黙っておいた。
「ちなみに、その魔族はいつごろから閉じ込めてるんだ?」
「魔族が発生しだした一昨日の晩からだよ。おばあ……グランドマスターから指示を受けて、極力刺激しないように精霊魔法を使って洞窟の奥まで運んでおいたのさ」
「一昨日ぃ? そんなに急な話だったの?」
「うん。なんの前触れもなく発生したもんだからすっごい厄介でさぁ。グランドマスターが君たちをほったらかしてでも対応しなきゃならない理由が分かった?」
「……意外と苦労してんだな、あの人も」
「ホントだよ。各地に現れた魔族に余計な干渉をしないよう、闇の精霊たちの力で魔族の姿を認識しにくくするように指示を出したり、地の精霊に頼んで地形を変えて隔離したり、めちゃくちゃ忙しいって言ってた」
意外とどころかものすごく大変な目に遭ってた。
そうと知らず悪態吐いたことにちょっと罪悪感を抱かなくもない。放置されたのは遺憾だが。
「さっきも言ったけれど、幸い第4大陸の魔族は極少数だ。魔獣洞窟に封じ込めてる魔族も一体だけだし、助っ人も要請してあるから君たちだけであまり無茶はしないようにね」
「魔族の幹部ってクソ強いんでしょ? いくら試験だからって、新人にやらせる仕事じゃない気がするんですけど」
「アンタらの戦闘能力も新人のそれじゃねーだろーが。ホントはSランク冒険者が複数人がかりで挑むような相手だけど、現状だとこっちに来れるのが一人だけだったんだよねー」
「そりゃなんで?」
「他の大陸はもっと魔族の数が多いからだよ。正直、その一人をこっちに寄越してもらうだけでもかなり無理を言ってるんだよ?」
そうか、『第4大陸の魔族は極少数』って言ってたけど他の大陸でも復活してて、そっちの討伐を優先しなきゃいけねぇのか。
親父たちもそっちに駆り出されてたりすんのかな。
「それで、その助っ人っていうのは―――」
バタァンッ と、会話を断ち切るように、背後から大きな音が響いた。
誰かが勢いよく扉を開いて部屋に入ってきたようだ。
「ごっめーん! 遅くなっちゃった!」
「……今回はまあしゃあない。来てくれただけでも助かるよ、バカ姉」
「お、おぅ。なんかいつもと比べてマイルドな対応だね」
部屋へ入ってきたのは、見た目二十歳くらいの金髪美人だった。
長い耳で、チビマスによく似た顔つきをしている。
この人が助っ人か?
「紹介するよ。その遅刻してきたバカが今回の魔族討伐を支援する助っ人、アイツェリーナだよ」
「うぐっ……! 仕方ないじゃん、子供たちをしばらく預ける手続きをしたりここまで来るのにも結構な苦労をしてたんだよー……?」
「アイツェリーナって……『滅私弓師』!?」
Sランク冒険者とは聞いていたけど、マジで目の前にいることに驚きを隠せねぇ。
勇者の嫁さんの一人でもある、超有名人じゃねぇか!
「そうそう、よろしくねー……うわ、ホントにカジカワ君とアルマちゃんにそっくりだ」
「ユーブ、呆けてないで挨拶。イツクティナです、よろしくお願いしまーす」
「え、ええと……初めまして、ユーブレイブと言います」
「うんうん、初めましてー。いやー、初々しい反応で可愛いねー。ネオラ君やレヴィアちゃんとはもう会ってたんだっけ? ミルム君がすごくユーブ君のこと気に入った様子で話しててさー」
「はい、挨拶はそのへんにして。今から魔族討伐の段取りに入るから、全員こっちについてきなー」
話が長くなりそうなところで、パンパンと手を叩きながらチビマスが話をぶった切った。
さっさと魔族を討伐して面倒事を終わらせたいのは分かるが、あんまり冷たい対応してるとアイツェリーナさんが気の毒な気が……あっ、ちょっと涙目になってる。
……ミルムがどうとか言ってた気がするが、聞かなかったことにしておこう。
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「……というわけで、しばらく忙しくなりそうだ」
「うん」
「大丈夫かもしれないが、万が一何かあるといけない。アルマは安静にしていてくれ」
「そうね。……あなたにばかり働かせてしまって申し訳ないけれど」
「ネオラ君とか他の腕利きも手伝ってくれるから問題ないよ。今はお腹の子のためにも休んでいてくれ」
「ええ。この子もユーブとイツナのように、元気に産んで見せるわ」
「そのためにも、急いで駆除してくる」
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
「魔族の復活、か。……大丈夫、産まれてくるまでにはもういないはずだから、あなたには関係ないわ。だから、どうか健やかに育ってね」
魔族の討伐が極秘任務扱いなのは半端な腕で挑んでも殺されるだけだし、下手に刺激すると暴れ出す危険性があるため、現状では接触しないように隠蔽する方向。
それが吉と出るかどうかは今後次第。割と危ない橋渡ってます。




