迫る影
ヴィンフィートに着いたが、関所でちょっとショックなことがあった。
いや、分かってた。分かってたことなんだが、いざ他人に言われると、やっぱ心にくるものがある。
「イツクティナさんはLv34の『猛獣使い』ですか。成人したてとは思えないほど早い成長ペースですね」
「ふっふふー、どやぁ」
「ユーブレイブさんはLv9の『見習いパラディン』……あえてジョブチェンジをせずにいるようですが、早めに剣士か魔法使いを選ぶほうが無難な選択かと」
「……」
関所の受付で鑑定を受ける際に、そんな忠告を受けた。
うん、言ってることは正しい。
普通ならさっさとジョブチェンジして、より強い魔獣を狩れるようにレベルアップをしていったほうがよっぽど大成する見込みがある。
でも、俺はパラディンになりたい。
魔法剣が使ってみたいとか、母さんみたいに立派な冒険者になりたいとかそういう気持ちもあるが、一番大きな理由はごく単純。
ぶっちゃけ今更諦めるのは癪に障る。そんだけだ。
パラディンにジョブチェンジできたのは、母さんの他には例がない。
条件は既に開示されているにもかかわらず誰もパラディンにならないのは、その条件が凄まじく手間がかかるからだ。
剣術と攻撃魔法両方のスキルレベルを4以上にまで上げることで『魔法剣』のスキルを獲得して、Lv10に到達するのが条件。
一見単純そうに思えるが、それがとんでもない苦行だったりする。
というのも、『見習いパラディン』は他の職業に比べて能力値やスキルレベルが上がりにくいという特徴がある。
成人前の子供よりもスキルレベルを上げるのが困難だと言われるほどで、Lv2まで上げられたら大したもんだとか。
そんな状態で条件を満たそうと思ったら、数年は時間を費やす必要がある。
それでモタモタしているうちに同年代の人間たちからどんどん差をつけられていって、結局心が折れて剣士や魔法使いを選ぶケースが後を絶たない。
ジョブチェンジすれば溜まりに溜まった経験値が一気に還元されてレベルが上がり、大幅に強くなれるしな。
まあ、俺やイツナの場合はステータス分の能力値なんか誤差みたいなもんだが。今のところは。
ただ、スキルレベルが上がりにくい見習いパラディンでも一気に熟練度を稼ぐ方法はある。
簡単なことだ。格上の魔獣を狩れば、莫大な経験値とともに熟練度もそれ相応に上がる。
……それを当てにして、無茶した挙句大怪我したり命を落とす人間も少なくないが。
「ぷぷぷー、まだ9だってー。私もう34なんですけどー弱いわーマジ弱いわーザコー」
「うるっせぇ! ジョブチェンジしたらお前よかよっぽど強くなってるっての!」
「負け惜しみおつー」
俺の鑑定結果を見てイツナが煽ってきた。ぶっ飛ばすぞ。
魔獣使い系の職業は能力値の伸びがイマイチなんだからお前も大して強くなってねぇだろ。
それをフォローするスキル技能もあるにはあるらしいが。
関所を抜け、ようやくヴィンフィートの街中に入場した時にはもう夜だった。
夜でも灯りが煌々と点いているが、大都市にしちゃ随分と静かだな。
「あー、やっと着いたな。ずっと馬車に乗りっぱなしでケツが痛ぇ」
「もう今日は休もっか。吐きすぎて疲れたよ私ぁ」
「きたねぇな。……宿屋はどこだ? 関所で聞いてくりゃよかったかな」
「そのへんの人に聞けばいいでしょ。あー、さっさと体洗って寝たいよー」
同感だ。着いたばかりだし、今晩くらいはゆっくり休ませてほしい。
ひとまず、どっか適当な店にでも寄っておすすめの宿屋でも紹介してもらうとするか。
「やぁやぁ、宿屋をお探しかい?」
「っ!?」
「なっ……?」
不意に、背中を軽く叩かれながら、誰かから声をかけられた。
それと同時に背筋に冷たいものが走る。
気が付かなかった。
話しかけられるまで、そこに誰かがいる気配なんか感じられなかったはずなのに。
「それならいい店があるよ。安くてベッドもふかふかで、何より治安がいいから君たちのようなよそ者の若い子たちでも、安心して泊まれるところがいい」
「……なにもんだ、てめぇ」
「そう身構えなくていいよ、深呼吸深呼吸ぅ」
おちゃらけた口調でそう言うが、微塵も油断ができねぇ。
俺もイツナも後ろをとられている。
コイツがその気だったなら、話しかける時に二人ともやられていた。
「んんふふふ、しかし懐かしいねぇ、後ろ姿がそっくりだ。こっちを振り向いて顔を見せてくれないかな?」
「そっくり? ……なんの話だ」
「こっちの話だよ。そう警戒しないでいいからさ、顔見せて?」
声は随分と可愛げな印象だが、飄々とした口調がかえって不気味だ。
このまま振り向いた瞬間に刺されるなんてこともありえるかもしれねぇ。
「(イツナ)」
「(分かってる)」
声の主に背を向けたまま目配せして、この状況を打開するための合図をする。
後ろにいる野郎は随分と余裕ぶってるみたいだが、こちとらこういう状況に陥ることも想定して、あらかじめどう動くのかを決めてあるんだよ。
「『シールド・ウォール』!」
イツナが叫ぶと、俺たちの後ろに巨大な壁のような盾がせり上がってきた。
スキルとは違う、俺たちにだけ使える『プロフィール』とかいう謎の力。
この巨大な盾を使って視界を遮るのと同時に、まずは相手の動きを封じる。
「おおぉおおりゃぁああっ!!」
そこをすかさず、塞がれていない真上から奇襲を仕掛ける。
逃げ場がないところに俺の攻撃をモロに受けなきゃならねぇ状況に追い込めば、大抵のヤツはこれでケリがつく。
……って、思ってたんだが――――――
「ちょちょちょちょちょっ!!? 待って待って! ホントに待って!! ストップ! ストォーップぅ!!」
「……え、子供……?」
……ちっさ。なんだこのチビは。
壁で塞がれた中心に立っていたのは、金髪の小さな子供だった。
やたらとんがった耳を揺らしながら、焦った様子でこちらに制止するように呼び掛けている。
見たところ俺たちの脅威になるようには見えないし、害意もなさそうだ。
「イツナ、壁を解除しろ。ひとまずは大丈夫そうだ」
「ほいほーい……って、そのちっさいのが話しかけてきたヤツなの? てか耳が長いなオイ」
イツナが展開した壁を消して金髪のチビを見ると、俺と同じ感想を述べた。
金髪のチビは腰を抜かしてへたり込んでしまっている。
「うひぇぇ……! ちょっとからかってやろうと思っただけなのに、危うく殺されるかと思ったよ……」
「気配消しながら背後をとってくるのは冗談にしても怖えだろーが。どっかの暗殺者かなんかかと思ったぜ」
「んー、ぱっと見は子供っぽいけどなんか違和感。アレだ、レイナ姉さんみたいにめっちゃ見た目が若いけど中身は大人ってパターンと見た」
「鋭いねー。いや、この耳を見てもエルフって分かってないみたいだからむしろ鈍いかな……?」
「エルフ?」
待てよ? 金髪のエルフの、ちっさいガキ……。
……まさか。
「お前、いやアンタ、この街のギルマスか?」
「ご明察。冒険者ギルド・ヴィンフィート支部長、イヴランミィだよー。よろしくよろしくー」
「あー、そういえばちっさい金髪エルフがギルマスやってるって話だっけ? いやホントにちっさいなー」
「やかましい。人間みたいに十年ちょっとでニョキニョキとデカくなれるほど生き急いでないっての」
ふくれっ面でそう言う目の前のチビは、ダイジェルのギルマスと比べて飄々としていて気さくな印象だ。
なんだかグランドマスターに似ている気もするが、姉妹かなんかだろうか。
「さてさて、色々とお話したいところだけどもう暗いし、ひとまず今晩は宿でゆっくり休むといいよ。さっきも言ったけど、おすすめの宿を教えてあげるからさ」
「ギルマス直々にわざわざ出迎えて案内してくれるってか? 成人したての新人にそこまで世話焼く必要あるか?」
「君たちには期待してるからねぇ。さっさとランクを上げさせたいっておばあ……グランドマスターも言ってたし」
「グランドマスターが? 俺たちがここへ向かうって知ってたのか?」
「まあね。ダイジェルから比較的近いし、この街のギルドじゃ昇級試験ミッションもやってるからねー。今の君たちが向かうとしたらここくらいでしょ」
……行き先が読まれてるのがなんか腹立つな。
どっかで予想外になりそうなアクションでも起こしてみるか? 港町から船に乗らずに別のほうへ行ってみたりとか。
「それじゃあついてきなー。暗いからはぐれるなよー」
「へいへい。……にしても、アンタよく俺たちに気付かれず近付いてくれたな。相当高レベルな隠密スキルでもなきゃ気付けるはずなんだが」
「精霊魔法だよ。闇の精霊は隠密スキルみたいに対象を認識しづらくしたり、あるいは幻惑魔法みたいに景色を書き換えたりできるんだ。便利だよー」
「へぇ……」
なるほど、確かにできることの幅が広がって重宝しそうだ。
俺も魔法使いのスキルなら習得できるだろうし、精霊と契約することを考えてみてもいいかもな。
「ところで、昇級試験ミッションってやつはどんな内容なんだ?」
「んー、基本は普通の依頼と似たようなもんだよ。貴重なアイテムを納品したり、強力な魔獣を討伐したり。君たちにもやってほしいミッションがあるんだ。ただし、極秘のね」
「……極秘?」
「魔族の討伐ミッションさ。それも、幹部クラスのヤベーやつだよ」
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≪……以上が、魔族が復活し始めている原因であり、現状でパラレシアに勘付かれればどのような処置をとるか予測不能≫
「……十五年前に魔王が生み出した魔族たちが復活してるみたいだが、そいつらをどうこうすることは神様には無理っぽいのか?」
≪魔王が倒されデータとして休眠している状態であれば対処可能だったが、受肉した時点で干渉はできない。この十五年の間にも少しずつデータのリソース化をしていたので、多少数は減っているものの既に大部分が復活してしまった模様≫
「なるほどねぇ……え、じゃあどうすりゃいいの?」
≪魔族を排除する方法は二つ。一つは原因となる存在の排除。この方法ならば早急な対処が可能。ただしそれは―――≫
「却下。もう一つの方法は?」
≪……本格的に活動を始める前に、世界中へ分散している魔族たちを一体残らず全て排除≫
「ちょっと待て、現時点で既に3万体近く魔族が復活してるんだが!? コレ全部やらなきゃアカンの!? クッソ面倒くさいんやが!」
≪では、前者の手段をとるためにパラレシアへ報告を―――≫
「やります。ええ、やらせていただきますとも。だから黙ってろ」
≪了解≫
「ああああもおおおおお!! こうなったら世界中飛び回って皆殺しにしてやらぁあああ!!!」
≪……なお、第4大陸は十五年前の時点で旧・拳の鬼神によりほぼ討伐済み。まずは先に他の大陸へ向かうことを推奨≫




