迎撃戦再び
スタンピード討伐はつつがなく終わった。
……いや、本当に拍子抜けするほどなんのトラブルもなく無事に防衛できたな。うん。
「無事とか言ってるけど、説明をよく聞かず考えなしに突っ込んで目と耳が利かなくなったバカが最初のほうにいなかったっけ?」
「うるせぇ!」
「ご苦労。途中でウェアウルフが出てきた時は十数年前の再現になるかと思っていたが、あっさり仕留めちまいやがって……やっぱお前らアイツらの子供だなぁ……」
俺を煽るイツナに憤慨しているところに、ギルマスの爺さんがそんなことを言いながら労ってくれた。
「もう終わりかぁ。親父たちはウェアウルフ相手に少し苦戦したみたいだけど、俺たちからすりゃ雑魚もいいとこだったな」
「当時のアイツらはそこまで強くなかったっつってんだろ。むしろ成人したてで当たり前のようにウェアウルフを殴り殺してるお前らはなんなんだよ……」
「あ、レベルが10まで上がったからジョブチェンジできるっぽい。そういえば、成人してから魔獣倒すのって今回が初めてだったわ」
「んー、俺もできるみたいだけど、まだパラディンになる条件満たしてないっぽいからしばらくはこのままでいいや」
「聞けよ」
調子に乗ってとにかく魔獣を手当たり次第に殴り倒していった結果、俺とイツナはLv10相当にまで経験値を得ることができた。
イツナは見習いから普通の『魔獣使い』へジョブチェンジしたが、俺はまだ『剣士』と『魔法使い』の選択肢しか選べないようだ。
母さんが言うには剣術と攻撃魔法のスキルがLv4に達した時点で『魔法剣』のスキルを獲得し、パラディンを選ぶことができるようになるんだとか。
スキル成長の遅い見習いパラディンがその条件を満たすには途方もない努力が必要で、母さん以外にパラディンになれた人はほぼいないらしいが。
まあ俺にとっちゃジョブチェンジしようがしまいが大した影響はないけどな。今のところは。
「にしても、スタンピードってのはもっと長引くもんだって聞いてたけど、今回は十分くらいしか戦ってなかったんだが」
「バレドライたちが親玉を発見して仕留めるのが早かったからな。本来なら最低でも一時間はかかるし、長けりゃ数日に渡って侵攻が続くことだってある」
「バレドライかぁ……『槍武王』と『双剣王』のコンビに一目会ってみたかったけど、結局見当たらなかったな」
「アイツらもお前らに興味を持ってたみたいだが、あのまま他の戦場へ直行しなきゃならんかったみたいでな。楽しみはまたの機会にしとけ」
「他の戦場? 他にスタンピードでも起こってるの?」
「似たようなもんだ。最近、どういうわけか魔獣のテリトリーから強力な魔獣がはぐれる事例が各地で頻発してるみたいでな。その処理のために奔走してるって話だ」
「ふーん。そのはぐれたの、見つけたらペットにしてもいいのかな?」
『ピィ……』
コイツそればっかだな。お前にゃヒヨサブローがいるだろうが。
……そういや、イツナが実家に残してきた他のニワトリたちはどうしてるんだろうか。
ヒヨコ隊長が仕切ってるなら安心だろうけど、なんだか嫌な予感が……。
「はぐれ魔獣と言えば、近隣にある『ケルナ村』からまたイノシシ型の魔獣が暴れてるから退治を手伝ってほしいって依頼が届いてたな」
「スタンピードが終わってお暇であれば、そちらの依頼をこなしてみてはー? もしもジェットボアなどが出没しているのなら、ウェアウルフよりは手ごたえがあると思いますよー」
「んー、グランドマスターの迎えが来るのが明日って話だし、それまで手が空いてるから行ってみるか」
「イノシシかぁ……悪くないけど、あんまりでっかい魔獣だとかさばりそう……いや、幼生擬態を使わせればイケるかな?」
ギルマスと秘書さんに促されて、近くの村に出没しているはぐれ魔獣討伐依頼を受けることにした。
あんなぬるいスタンピードじゃ不完全燃焼もいいとこだし、もう少し体を動かすとするか。
あとイツナは当たり前のようにイノシシを連れて帰る算段を立ててんじゃねぇよ。
ダイジェルからそう遠くない村、と言っても普通に歩けば半日くらいはかかりそうなところにその村はあった。
俺たちが駆け足で向かえば数十分程度で着くとはいえ、暇つぶしに寄るような距離じゃない気がするんだが……まあいいや。
「あの村じゃない? 随分とまた牧歌的というか、ド田舎というか……」
「農村ってのはそんなもんだろ。……にしても、なんか甘そうないい匂いがしねぇか?」
「あ、確かに。パパがお菓子作ってる時みたいな匂いがする」
「いったいなんの匂い……って、ありゃなんだ?」
「逃がすなぁぁぁああ!!」
「待ちやがれこの畜生がぁああああっ!!」
村の周りで誰かが怒鳴るような声が聞こえてくるのと同時に、何かが走り回っているのが見えた。
走っているのは全身が茶色い毛皮に覆われている、丸っこいシルエットの四足獣。
と、それを追いかけている村人っぽい人たち。ガラ悪いな。
『ガァァアッ!?』
走り回っている最中、急にイノシシの体が地面に沈んだ。
……落とし穴か?
「よぉし! 上手いこと引っかかりやがった!」
「くらえやゴラァアアっ!!」
『ギッ、ギャァアア!!』
個々の力は決して強くないが、イノシシを倒すために工夫をして狩りをしているようだ。
落とし穴に落ちて身動きできなくなったイノシシに向かって、斧やら槌やら投げ込んで仕留めようとしている。
身動きできなくなったところを一斉にリンチかよ。ひっでぇ。
なかなかえげつない戦い方してるな、考案者はきっと外道に違いない。
『ボァアアアアッ!!』
「おい! こっちにジェットボアがきやがったぞ!」
「豆だ! もっと豆を焚け! 豆の匂いで崖のほうまで誘導して突き落とせ!!」
『ブゴァアアッ! ……!? フゴッ……?』
ジェットボアと呼ばれた一際デカく赤いイノシシが、村人たちに向かって突っ込んできたかと思ったところで急に動きを止めた。
その後、何を思ったのかあさっての方向へ走り出していく。
ジェットボアが向かう先には、甘い匂いを放つ大きな鍋が火にかけられていた。
さっきまでの凶暴さはどこへやら、鍋の中身を貪ることに集中していてもはや周りのことなんかどうでもいいように大人しくなってしまった。
「よし、ぶっ飛べ!!」
『フゴッ!? ぶ、ブギャアアァァァァァ……!』
夢中で食べているところに、何人かの村人が攻撃魔法を放ってジェットボアの体を吹っ飛ばした。
威力自体はさほど高くなさそうだったが、吹っ飛ばされた先には深い崖があり、そのまま底のほうにまで落ちていって、潰れた。
……すげぇ。何がすげぇって、村人たち一人一人が弱さを補うための工夫をしているのがすげぇ。
明らかに格上の魔獣だったのに、危なげなく仕留めちまった。
「ふー、なんとかなったみてぇだが、ここんとこイノシシ多くねぇか?」
「だよな。ちょっと昔にもイノシシが湧いてきて畑が滅茶苦茶にされたことがあったけど……」
「ああ、あん時ぁ今みたいに豆の栽培もしてなかったし、駆除の方法もよく分かってなかったから苦労したっけなぁ」
「あれ以来、この豆のおかげでイノシシが楽に狩れるうえにうめぇ菓子が食えるようにもなったから、悪いことばっかでもねぇけどな」
仕留めたイノシシの死骸を集めながら、和気藹々とそんな会話をしている様からは逞しさすら感じる。
……俺たち、来る意味なかったんじゃねぇか?
「作業が終わったらアイス食おうぜ、アイス」
「おう、そうするか。……ん?」
「な、なんだよ、アレ……!?」
呑気に事後処理を進めている村人たちが、急に顔を強張らせて同じ方へ顔を向けた。
その先には何か大きな、とてつもなく大きな動く影が大地を揺らしながらこちらに近付いてきていた。
『ブグァアアァァアガァァァアアアアアッッ!!!』
それは、巨大なイノシシ。
体高20mは下らないほど大きな魔獣が、雄たけびを上げながら突進してきていた。
「いやいや、なんだありゃデカすぎんだろオイ!?」
「おいおいふざけんな!! 逃げろ! 踏み潰されるぞ!!」
「ユーブ! ありゃ村の人たちだけじゃ無理っぽい!」
「見りゃ分かる! 仕留めるぞ!」
慌てて剣と盾を構え、迎撃に備えた。
見た感じ、Lv70近いバケモンだ。スタンピードなんかよりずっと厄介そうに見える。
こんなのが各地で暴れてるっていうのかよ。まさかまた魔王でも復活しかかってんじゃねぇだろうな。
『ゴブァァアアッ!!』
「ひいぃいっ!?」
「イツナ! 止めろっ!!」
「アイサーっ!!」
村人たちに突っ込んでくるイノシシに立ち塞がる形で、真正面からぶつかる。
イツナが盾を構え、イノシシの突進を受け止めた。
どう考えても体格に差がありすぎるが、それでもイツナはギリギリ踏みとどまって耐えている。
「え、あ、お、お前さんたちは、いったい……!?」
「後にしてくれ! さっさと逃げろ!」
「ふんぐぎぎぎぎ……! ゆ、ユーブ! 今!!」
「ずぉおおりゃぁぁああっ!!」
村人たちに逃げるように促しながら、動きを止めたイノシシの脳天に剣を突き立て、さらに『伸魔刃』を発動して頭を貫いた。
こんだけデカいと普通の剣じゃ針が刺さったくらいのダメージしかねぇだろうが、これなら脳にまで届いているはずだ。
……っ!?
『ぶ、ブグァァアアアッ!!』
「ぬぉおおぉおおっ!!?」
剣を突き刺している俺を振り落そうと、頭を滅茶苦茶に振り回してきた。
おわわわわわ!? やべぇ、超怖い!
「あ、アタマ貫かれても生きてる!? どんだけタフなのさ!?」
「クソッタレが! 『エレキ・バインド』ッ!!」
暴れるイノシシを大人しくさせるために、剣が刺さったまま電撃拘束魔法を発動した。
この魔法は触れた相手を感電・麻痺させる効果がある。
脳に直接電気を流されれば、いくらデカかろうと効果があるはずだ!
『ギャァアアブァアアアァアアア!!』
「あいだだだだだだ!!? いてぇ! 超いてぇ!!」
当然、イノシシに刺さった剣を支えてる俺も感電するハメになるけどな!
早く倒れてくれ! 死ぬ! 電撃が痛すぎてマジで死んじまうぅ!!
『ギャガババァアア!!』
「くそがぁぁあ!! 早く死ねやぁぁああ!!」
「ああもう、ユーブ! 手を放して、離れて!!」
「っ!?」
イツナがそう叫んだのを聞いて、反射的に手を放しイノシシから離れた。
「トドメじゃー!! ……あいだだだ! ビリビリくる!」
その直後、イツナが盾を剣に叩きつけてさらに頭の奥にまで深く刃をめり込ませた。
若干感電しながらも、渾身の一撃をくらわせてやることに成功したようだ。
『ブギャァアアッ!! ……ガッ……!!』
一際大きく吠えた後、イノシシは倒れて動かなくなった。
ふぅぅ、ちょっと危なかったな。
「ああもう、電撃のせいで服があちこち焦げちゃった……」
「だ、大丈夫か、火傷とかしてねぇか?」
「そんなに大した傷はないよ。ユーブのほうこそ大丈夫?」
「自分の魔法だ、どうってことねぇよ……ん?」
電撃のせいであちこち焦げちまったのを互いに心配していると、ふと、周りに村人たちが集まっているのに気付いた。
その表情は、驚いていたり微笑んでいたり、一人ひとり反応が違う気がする。
「えーと、あんたら、もしかして冒険者ギルドから援護にきてくれたのか?」
「え、あ、ああ。依頼がきてるって話だったから」
「ちょっと待て、その顔にさっきの電撃、もしかしてアンタ、カジカワさんか!?」
……!?
「いや、違うだろ。似てるけど、どう見ても若すぎんぞ」
「でも、すげぇ似てるし、そっちの子もアルマさんそっくりだし、電撃で自分ごとイノシシ仕留めるような人なんかカジカワさんくらいしかいねぇだろ」
「……親父、ここの村人とも面識あるのかよ」
「顔が広いねぇ、パパたち」
ひょっとして、ギルマスがこの村へ寄るように勧めたのは村人たちがこういった反応をすることを期待してのことでもあったのかもしれねぇな。
……つーか、親父も電撃でイノシシ仕留めてたって……。
なんか、親父の行動をなぞってるみたいで妙に恥ずかしくなってきた。




