打倒侵略者を謳う侵略者の末路
今回はカジカワヒカル視点。
今年でこの後日談も終わりになるかと。
如月さんの厚意で日本刀をプレゼントしてもらえることになり、ユーブに一通り手に取らせていた。
その最中、目を離したほんのわずかな間に、ユーブの手には妙な刀が握られていた。
なんだあの刀は。
あんなもの、さっきまでこの部屋にはなかったはずだ。
なによりその刀から『魔力』が感じられる。それも、かなり気色の悪い―――
っ!
「如月さんっ!!」
「え? ……なっ!?」
ユーブの持っている刀を観察していたところで、ユーブが如月さんに向かって刃を振り下ろした。
おいおいおい! 冗談じゃ済まないぞ!
咄嗟に割って入り、魔力手刀で受け止めてユーブを睨んだ。
「ユーブ、お前、何やってんだ……!!」
「え、いや、ただ、ぶった斬ろうとしただけだけど……?」
「……わ、私が何か癇に障るようなことでも言ったか……?」
ユーブの発言に、斬られそうになった如月さんがなんかショックを受けてるけど、違う、そうじゃない。
さも当然のことのように人を斬ろうとするなんて、どう考えてもまともな状態じゃない。
いったい何が起きている……って、どう考えてもユーブが持ってるあの妙な刀が原因だろうなぁ。
メニュー、あの刀の解析を頼む。
≪既に解析は完了。異世界産のオブジェクト≫
≪五年ほど前に梶川光流が21階層を探索中に足を踏み入れたことがある世界から、日本へ転移したと推測≫
ふむ、俺が知っている異世界から飛んできた異物ってわけね。
あの刀を持っているユーブの様子がおかしいが、それについては?
≪あの刀は装備した対象の認識・思考能力を改変・洗脳し、刀に与えられた指令を遂行するための兵器として操作する機能が搭載されている模様≫
≪刀そのものに人格が存在し、その意思がユーブレイブを操っているという認識でいい≫
……ほーう。
「アルマ! 如月さんを連れて避難しておいてくれ!」
「分かったわ。……ユーブは、大丈夫なの?」
「ああ、なんとかするさ」
「気を付けて」
「ひ、光流。何が起きてるのか分からんが、無茶するなよ!」
アルマに如月さんを護衛させつつ避難してもらって、誰も巻き込まれない状況をつくっておく。
これでどれだけ暴れても、最悪この屋敷がぶっ壊れるだけで済む。
……如月さんが後で泣くかもしれんが。
「ユーブ、今すぐその刀を離せ」
「いやいやなんでだよ。せっかくこんなにいい器が見つかったのに、離すわけねぇだろ?」
ユーブの口から発せられた言葉は、口調こそユーブのものだが内容は要領を得ない。
いや、刀の意思をユーブが代弁している、とみるべきか。
『器』というのも握られている刀のことではなく、握っているユーブのことを言っているんだろう。
「ならへし折る」
右手に魔刃改を纏い、ユーブのカタナに叩きつけようとした。
「っ!」
「速いな、いや実に惜しい。もう少し若ければ、この体じゃなくてアンタを器にしてもよかっただろうに」
刀の横っ腹を狙ったが、軽くいなされ防がれた。
硬いな、あの刀。それに反応速度が尋常じゃない。
明らかに普段のユーブよりも身体能力が上がっている。
≪……あの刀には数十人分の戦闘データおよびリソースが保存されている模様。おそらく持ち主が死亡するまでデータを集め、死亡した時点で持ち主のエネルギーを吸収し、次の持ち主に扱わせている≫
……数十人分?
つまりアイツは、あの刀は数十人もの人間を犠牲にしながらこれまで転々としてきたってことか。
「いやぁ、しかし思わぬ収穫だな。これほど若くて凄まじいスペックを秘めた肉体は他に類を見ない。過去最高の器だ」
「……人の息子の体を乗っ取って何言ってやがる」
「いやいや、本当に感謝しているよ。『産んでくれてありがとう』。これでいいかな?」
……もはやユーブの意識は完全に刀に乗っ取られたとみていいか。
くそ、さっきからあの刀を魔力で持ち上げてアイテム画面へ放り込んでやろうとしてるのに、収納できない。
どうやらあの刀は道具というより生物という判定で、アイテム画面収納の対象外らしい。
「勘違いしないでくれ、別にこの体を使って悪事を働こうとしているわけじゃないんだ」
「さっき如月さんを斬り殺そうとしておいて、よくそんなことが言えるな」
「んん? さっきの男はどう見ても悪人だし、斬ってもいいかなぁと思ったんだが」
それはそう。一応ヤクザのの組長だし間違っちゃいない。
……避難させといてよかった。ユーブの口からそんなことを言われたら如月さん泣いてたかもしれん。
「まぁ聞いてくれ。俺、いや『私』は、『私の世界』を守るために生まれたんだ」
「『私の世界』ってのは、その刀の作られた世界ってことか」
「然り。私の世界はこの世界とは違う、いわば異世界とでもいうべきか。その世界では『人類』と、それを滅ぼそうとしている『侵略者』たちの大戦争の真っ最中でね」
……五年前にそんな世界行ったことあったっけ?
子育てに必死だったしもう覚えとらんのだが。
「その侵略者たちへの対抗手段として人類の手によって作り出されたのが私、つまりこの『対侵略者用刀剣型兵器・最終號』というわけだ」
「あっそ。その兵器がなんで日本なんかにやってきたんだ? さっさと侵略者なんとかしろよ」
「私の世界の人類は膂力が貧弱でな。かといって科学力だけでは侵略者には勝てん。そこで、異なる世界の強者の力を借りることを選択し、その手段が私の能力なのだ」
「能力ってのは、洗脳する力のことか。それでこれまで何人もの人間を乗っ取っては侵略者相手に強制的に戦わせてきて、今度はユーブの体を乗っ取ろうってか?」
「申し訳なくは思うが、人類を守るためには致し方ないことなのだ。安心してくれ、戦いが終わればこの体も返すと約束しよう」
「……」
……落ち着け。
話の内容からして、こいつは異世界を渡る手段を持っている。
下手に刺激すると、ユーブの体ごとまたすぐにどこかへ飛んでしまうかもしれない。
「耳あたりのいいことを言っているが、戦争が終わるまでどれくらいかかる見込みだ。それに、これまでお前が乗っ取ってきた数十人の人間はどうなった」
「侵略者たちとの戦いの際に、あるいは老衰でその命を終えた。しかし、無駄な犠牲など一つもなかったし、彼らの力と戦歴はこの刀に礎として確かに残っている」
「その礎とやらに、ユーブも加える気か」
「いや、おそらくそうはならない。この器のスペックは群を抜いているし、何より若く可能性に満ちている。この体にこれまでのデータとエネルギーを載せれば、二十年程度で侵略者たちを排除することが……っ!?」
ギィンッ と鈍さと鋭さが混じった金属音が響く。
こちらからの問いに対して、得意げにペラペラ喋っている隙をついて、刀へパイルバンカーをブチ当てた。
今度はいなす暇すら与えず命中させてやったが、なおも折れない。
だが、ユーブの手から引き剥がすことには成功した。
あとは逃がさないように、ここで確実に破壊する!
ユーブの手を離れ壁に突き刺さった刀を手に取り、『ステータス』と『プロフィール』を有効化し、気力操作で限界まで膂力を強化し、へし折る!
……っ!?
『……驚いた。よもやこれほどの力を秘めていたとは。あの少年よりも、君のほうが連れていくには都合がよさそうだな』
手に持った刀から、妙な声が聞こえてくる。
……能力値500万近くまで強化した膂力でも折れないだと……?
まさかネオラ君の刀みたいに『破壊不可能』の概念でも付与されてるってのか?
≪否定。極めて頑丈ではあるが、破壊は可能。単に破壊するには現在の膂力では力不足≫
≪警告。握っている刀が梶川光流の認識能力を改変し始めている。一分以内に手を離さなければ、体を乗っ取られる危険性あり≫
……まずいな。この刀、思ったよりも厄介そうだ。
手を離そうとしたが、刀から手に妙な魔力が巻き付いてきて離せない。
一分以内に刀を破壊できなければ、俺はこの刀に乗っ取られてしまう。
『素晴らしい。君ならば二十年と言わず、その十分の一程度の期間で侵略者たちを殲滅しうるだろう。その後に君の体の研究をすれば、我々の世界はより盤石となる。君に出会えたことを感謝するよ』
「……はぁ~……」
思わず溜息が出た。
こいつの言い分からして、仮に戦争が終わったとしても俺を解放するつもりはなさそうだ。
つまり、仮にユーブが連れ去られていたとしても帰ってくることはなかったということだ。
「なぁ、これでも二児の父で、しかも一年以内にもう一人生まれる予定なんだ。解放してくれないっていうなら、お前をへし折ってでも抵抗させてもらうが、どうする?」
『好きにしたまえ。折れるものならな。君の膂力は凄まじいが、しかし私を破壊するには及ばないと―――』
「なら、死ね」
メニュー、非有効化している全ての能力を有効化しろ。
≪了解。『ステータス』『プロフィール』に加え『スペック』『パーソナルデータ』『対象情報』を有効化≫
有効化した直後、膂力が比較にならないほど跳ね上がり、刀をへし折ろうとする力も数十倍まで強化された。
魔王を倒した後、十五年の間さらに21階層で持ち帰った力を総動員すれば、この刀を破壊することもできるかもしれない。
……称号欄に『リソース返せ』とか誰かからの文句が表示されるようになったのは気になるが。
さっきまでビクともしなかった刀から、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。
このまま力を籠め続ければ、乗っ取られる前にブチ折れるはずだ。
『ぐっ……!? ま、待て!! わ、私が破壊されれば、数十億人もの人類が、侵略者たちの手によって……!!』
「知るか。好きにしろっつったのはお前だろ。くたばれ」
仮にその話が本当だったとしても、これまで数十人もの人間の人生を狂わせてきたうえに、ユーブまで犠牲にしようとしたことには変わりない。
万死に値する。こんなクソを送り付けてくる人類とやらもどうせロクなもんじゃないだろう。
まとめて滅べ、クソ野郎どもが!
「じゃあな、ゴミクズ野郎」
『や、やめろぉおおおおおああああああ゛っっ!!!』
バキィンッ と小気味いい音と、汚い断末魔の悲鳴を上げながら、刀が折れた。
「オラオラオラぁッ!!!」
さらに残った折れた刀を乱打し、持ち手から刀身まで粉々になるまで破壊し尽くしてやった。
ここまで徹底的に破壊してやれば、もう修復は無理だとメニューも言っている。
最終的には金属粉だけ残して、クソ刀はその人格ごと消えてしまった。
これで一件落着かな。ちゃんちゃん。
……はぁ~、なんでユーブの誕生日プレゼント選びに来ただけでこんなことになるのかね……。
「お、親父……? 俺、どうしたんだっけ……?」
「目ぇ覚めたか」
ユーブが目を点にしながら俺に話しかけてきた。
……あの刀による洗脳の悪影響は残ってなさそうだな。よかった。
「さっきまで握ってた刀に乗っ取られそうになってたんだよ。ったく、とんだ妖刀だったな」
「……カタナって、持った奴を乗っ取ろうとしてくんのかよ……!? もう二度と握らねぇぞ俺は!」
「いや、全部の刀がそういうわけじゃ……そんなに怯えなくてもいいんだぞ。おい、ユーブ?」
部屋に飾ってある他の刀にビビり散らしながら、部屋の外へ逃げて行ってしまった。
……あーあ。ユーブに変なトラウマが残っちまった。
あのクソ刀、とんだ置き土産残していきやがって……。
魔王を倒すまでの一年であれほど進化した化け物が、十五年も経って何も変わってないはずがないという。




