トラブルその2
「よくきたな。まずはゆっくり茶菓子でもつまみながら楽にしていてくれ」
「あ、どうもおかまいなく」
屈強そうな男たちに案内されて進んだ先に、一際迫力のある男が座っていた。
オールバックの黒髪に険の強い顔つきで、両手の小指がない。
単純な強さなら俺のほうが上だろうけど、ただならない雰囲気を纏わせていて油断できない相手だと本能が告げている。
「そう警戒するな。ふむ、光流の息子は思慮深く相手を見据えることができる冷静さがあるようだな。感心感心」
「単にアンタの顔が怖いからビビってるだけだと思うぞ」
「え!? だ、大丈夫だぞ。別に取って食おうというわけじゃないから」
「いやだからその言い分が怖いんだって」
……親父と漫才じみたやりとりをしながらあたふたしているのを見て、少し警戒心が和らいだ。
この人はキサラギさんという親父の友人の一人らしいが、どうみてもカタギの人間じゃない。
親父の顔の広さはどうなってんだ……?
『グルルルル……』
そんなキサラギさんの隣には、大きなトラが喉を鳴らしながら鎮座している。
……この世界、基本的に生産職並の人間しかいないって言ってたよな?
もしもこのトラが暴れ始めたら大惨事になりそうなんだが。
「と、トラ……!?」
「おっと、怖がらなくていいぞ。ええと、確かイツナだったか? このトラは大変賢く、訓練されているから私の指示なしで誰かに襲い掛かったりは―――」
「かわいいいいい!! なにこのトラちゃん超かわいいんですけどぉおお!!」
『ガル!?』
そのトラを見て、またイツナが暴走し始めた。
いきなり抱き着いたかと思ったら、首の周りや腹回りを撫で回しまくっている。
「ふわぁ~~~モフモフだぁ~~~!!」
「……娘のほうは肝が据わっているようだな」
「すんません。あの子、重度の動物好きなもんで……」
「よーしよしよしよしよしわしゃわしゃわしゃ」
『ガ、ガルル……ゴロゴロゴロ……』
イツナに撫でられ続け鬱陶しそうにしていたが、気が付けば喉を鳴らしながら腹を見せてリラックスし始めた。
ここまで平和な世界だと魔獣まで大人しくなるのか……?
「気に入ったのならしばらく一緒にくつろいでいるといい。さて、ユーブだったか。お前は日本刀が欲しいらしいな」
「ニホントウ? カタナじゃないのか?」
「あー、言い忘れてたが日本刀イコール刀と思っとけばいい」
「光流の息子につまらんものを渡すわけにもいかんから、業物をいくつか用意しておいた。誕生日祝いに一本だけお前にやろう」
この怖えぇオッサン、厳つい見た目の割に気前が良いんだな。
わざわざ俺のためにそんな準備までしてくれるなんて。今日が初対面なのに。
「いいのか? カタナって希少品なんだろ? 決して安いもんじゃないだろうに」
「ははは、子供が大人の財布の事情なんぞ気にするもんじゃないぞ」
「子供じゃねぇよ。十五歳になったんだし、もう大人だっての」
「私からしてみればまだ全然子供だよ。いいから遠慮せず持っていけ」
「……分かったよ。ありがとう、キサラギさん」
そんなやりとりをした後、いまだにトラをモフっているイツナを尻目にさらに奥の部屋へと案内された。
その部屋には、勇者が扱っていたものよりも豪奢な拵えのカタナや、他にも妙な造りの甲冑や槍なんかも展示されている。
「おおお! すっげぇ、ホントにカタナがあるじゃん!」
「普通ならお前くらいの子供に刃物を渡すことなぞ論外だが、普段から真剣を扱っているというのなら話は別だ。好きなものを選ぶといい」
「おお~……!」
試しに一本鞘から抜いてみると、勇者の刀には及ばないものの綺麗な造りの剣身、いや刀身とでもいうべきか。
鋭い刃が煌めいていて、普段振るっている剣とは比較にならないほど丹念に研がれているのが分かる。
峰の部分もいくつか層が分かれているように見えるが、俺にはどこがどういう造りになっているのかまるで理解ができない。
分かるのは、どれもパラレシアじゃ見たことがないものであるということと、差異はあるが全てが一級品だということだ。
……これ、ホントに武器なのか? 芸術品とか鑑賞用の飾りものとかじゃないのか?
「正直、コイツを振り回してたらすぐにポッキリ折れちまいそうだな」
「西洋剣と同じ感覚で扱えばそうなるだろうな。刀は叩っ斬るより引き斬ることを前提としたものだ。扱うのは容易ではないぞ?」
「うーん、どれも切れ味は良さそうだけど、折れないように気遣いながら使うのはちょっとなぁ……普段使いするのは難しそうだ」
まあ、刃物のコレクションとしてもらっておく分には丁度いいかな。
武器ってのは使われてなんぼだけど、ちょっとこれは繊細過ぎるし。
……ん?
一通り見て回ったと思ったけど、よく見たら部屋の隅に一振り赤黒い拵えのカタナが立てかけてあるのに気付いた。
物々しい雰囲気だけど、こいつだけやけに無造作に置いてあるな。
他の刀に比べて豪奢さに欠けるが、妙な迫力というか威圧感のようなものを覚える。
母さんの使ってる剣にも似た、ピリピリした感じだ。
ちょっとおっかない印象のカタナだが、妙に目を惹く。
刀身はどんなふうになってるんだろうか。
「っ……!」
鞘から抜いてみると、これまでのカタナとは明らかに違うものだと確信した。
刃と峰の間の刃紋は血のように赤黒く、しかし艶のある美しさで見ているだけで惹き込まれてしまう。
そして、刃。
鋭い。
これまでのカタナがまるでナマクラに思えるほど、まるで今この瞬間も空気すら切り裂いているかのように、万物を斬り裂くことに特化しているのが分かる。
「……ん? なんだその刀は、そんなものを置いた覚えはないはずだが……」
「っ!! 如月さん!!」
怪訝そうにこちらを見ながら首を傾げているところで、親父が叫んだ。
俺がキサラギさんへ向かって振るった刃を、親父が手刀で受け止めていた。
「ユーブ、お前、何やってんだ……!!」
親父が狼狽と怒りをない交ぜにしたような表情で、俺を睨みつけている。
え、いや、何って言われても……。
「ただ、ぶった斬ろうとしただけだけど……?」




