成人祝い家族旅行 トラブルその1
「なぁ、親父とお袋って勇者と一緒に魔王と戦ったって言ってたよな?」
「え? ああ、うん。そうだけど……?」
「親父って、その時どんな武器を使ってたんだ?」
「んー、大槌と刀だな」
「大槌はともかく、『カタナ』? なんだそれ?」
「勇者が使ってる専用武器。比較的細身の片刃剣なんだが、とにかく切れ味が鋭くて扱うのに技術がいる。剣術スキルとは別に居合とか刀専用の技なんかもあるし、こっちの世界じゃちょっと変わった武器かもな」
「へぇ、ちょっと見てみたいな」
「今度ネオラ君と会う時に見せてもらうといいさ。……ところで、大槌のほうには興味ないのか?」
「いやそっちは別に……」
「しくしく……刀じゃなくてそっちが俺のメイン武器なのに……」
俺が『カタナ』に興味を持ち始めたのはそんなやりとりからだった。
母さんとの組手じゃ素手でやり合っていたけれど、魔王相手には専用の武器を使って戦ってたって聞いてたから尋ねてみたんだが、結局親父の武器じゃなくて勇者のほうに興味が移っちまった。
だって俺、刃物のほうが好きだし。ハンマーとかの打撃武器は性に合わないし……。
ミルムとかいう女みたいな野郎をローアたちのパーティに迎える際に、同行していた母親もとい父親の勇者に武器を見せてもらうように頼んでくれたが、実際に見てみるとその異質さが理解できた。
なんだよこれ、刃の部分と峰が全然違う材質に見えるのに完全に調和していて、剣身の微妙な反りすら芸術的なバランスで成り立っているのが分かる。
派手な装飾もないし、魔法剣みたいに炎や雷が出てるわけでもないのに、気が付いたらかつてないほどその武器に魅せられてしまっていた。
「……ショーウィンドウごしのトランペットに憧れてる少年みたいな顔してんなこの子」
「その例えは古すぎるやろ」
勇者と親父がなんかブツブツ言ってるのすら気にならないくらい、俺はカタナに釘付けになっていた。
俺もこれを使ってみたいと思ったけれど、この武器は勇者専用の一点もので作れる人間がいないから無理だと言われて絶望した。
……まあいいさ。欲しいものが手に入らなかったくらいで駄々こねるほどガキじゃねぇし……チクショウやっぱ悔しい。
おとなしく諦めて、ミルムの戦いぶりを見物することにした。
結論から言うと、コイツは『普段は頼りないけどやる時はやる』奴だっていうのが分かった。
いつもオドオドしているけれど、ホントに危ない状況になったら痛みに怯まず敵に立ち向かう根性がある。
コイツならローアたちと一緒に組むことを許してもいいだろう。
でもセレネに手ぇ出したらただじゃおかねぇ。ローアは別にいいぞ。
「どうだ、あの二人とはうまくやっていけそうか?」
「は、はい。……もっと強くなったら、ユーブお兄さんとも一緒に冒険してみたいですね!」
「お、おう……お兄さん?」
……気のせいか、俺を見る目がちょっと怖いが。
ミルムたちのほうは順調にパーティを組む準備をしているようだが、俺とイツナももうじき十五歳になる。
成人したら俺は母さんみたいにパラディンになるつもりで、イツナは魔獣使いになる予定らしい。
親父から誕生祝いに何か欲しいものがないかと聞かれた時、ダメ元で『カタナが欲しい』と言ったら『なんとか都合をつけてみる』と言われた。
どっから調達するつもりなのか知らねぇけど、あんまり無理しなくてもいいぞ。リクエストした俺が言うことじゃないかもしれないけど。
「『動物園』って、色んな魔獣と触れ合える場所なんでしょ!? うわぁ、超楽しみぃ!」
「いや、基本的に眺めてるだけで触れ合えるのはごく一部だけだと思うが。あと魔獣じゃなくて動物な」
「えー、つまんねー。私だったらもうトラとか怪鳥とかドラゴンとか関係なくモフれるようにするのにー」
……イツナは誕生日にどこかへ連れて行ってもらう約束をしているみたいだが、魔獣と触れ合うだけならテリトリーで充分だろ。普段と何が違うんだよ。
しかもなぜか俺も付き合わされることになってるし。……まあ、別にいいけどさ。
カタナと動物園、どちらもこの世界には存在しないものだ。
ならどこにあるんだって話だが、どうやら親父の故郷に行けばあるらしい。
つまり、勇者の故郷でもあるニホンへちょっとした家族旅行へ行くことになる。
……どんな世界なんだろうな。
そして、誕生日前日の深夜。
あと少しで日付が変わり、俺とイツナは成人を迎えることになる。
「ついにユーブたちも大人かぁ……年月が経つのは早いねぇ」
「あなた、感傷に浸るのはいいけれど、まるでおじいさんみたいよ?」
「わしゃもう歳じゃて……」
「はいはい、そろそろ時間よ」
親父とお袋が作ったケーキを目の前に、家族四人でその時を待っていた。
そして、時計の針が全て重なった瞬間、頭の中に職業の選択肢が浮かんできた。
見習いの剣士だの魔法使いだの投擲士だのいくつもの項目を無視して、迷わず『見習いパラディン』を選んだ。
イツナもすぐに選び終わったようで、深く息を吸い込んでいる。
「ふぅ~~~!」
そして二人同時にケーキに刺さった15本のロウソクを吹き消し、俺たちは成人になった。
……ああ、なっちまったんだ。
「おめでとう、ユーブ、イツナ」
「よーし、そんじゃあ腹いっぱい食うがいいー!」
「おー! うわ、ウマッ!? なにこの肉超美味いんですけどー!!」
……成人した達成感と、ほんの少しの寂しさや不安に浸っているところにハイテンションな親父とイツナの叫び声のせいで雰囲気ぶち壊しになって、深く考えるのをやめた。
今はもうメシ食うことに専念しよう。ウジウジ悩んでも損だ。
ってマジで美味いなコレ……!?
おいおいおい、ちょっと待て、これまで食ってきたもんの中でもダントツに美味いんだが。
噛み応えも旨味も脂ののり具合も何もかもが違う。
何の肉なんだ? え、ドラゴンの肉? 初めて食ったけど、こんなに美味いのかよ……!
……将来自分でもドラゴンを仕留めて、こうやって家族で食えたらいいなぁ。
ああ、でも……。
「……俺はやっぱ豚のショウガ焼きが一番好きかな」
「! よし、追加で焼いてやる! 腹いっぱい食えぃ!」
せっかく用意してくれたドラゴンの肉なのにそんなことを言うのはどうかとも思ったが、親父は心底嬉しそうに料理してくれた。
いや、ホントにどんな美味いメシも結局小さいころからの大好物には敵わないもんなんだよ……。
翌日、というか日付が変わったその日の朝。
家族全員でニホンへ旅行に行くわけだが、異世界に行くってことになると色々と手順や手続きが必要とかで、ちょっと足止めをくらうことになったりもした。
扉だらけの変な通路を通ったかと思ったら、真っ白で変な施設でしばらく待たされたりしてようやくニホンへ足を踏み入れることができた。
ニホンって世界は、一言でいうなら異質だった。
そこらを歩いている人たちはどいつもこいつも生産職みたいに弱っちい気配しか感じないけど、街並みを見る限りじゃ文明の進み具合はこっちのほうが上のように思えた。
動く巨大な絵を見た時には巨人が鏡に映ってるんじゃないかと思っちまいそうになったが……もう何もかもワケ分からん。
深く考えるのは止めにして、旅行を楽しむことにしよう。でなきゃ頭がおかしくなりそうだ。
でも、なんか、初めて訪れたはずなのに、どこか見覚えがあるようにも思えた。
まずはイツナの希望で動物園ってところに行ってみたんだが……。
「おおおぉおおい!! ライオンの檻の中に誰か入ってるぞぉおお!?」
「イツナ! ダメだって! 今すぐ出なさい! 早く!!」
「えー、こんなに大人しくて可愛いのにー」
『ガ、ガル……』
檻の中で、腹を見せて服従のポーズをとっているライオンを撫でながらご満悦のイツナを見て、飼育員らしき人や他の客が悲鳴を上げている。
……やっぱりこうなったか。こんなトコにイツナを連れてきた時点で嫌な予感はしてたんだよなぁ……。
その後、動物園の運営スタッフたちに平謝りしながらすぐ退場するハメになった。
誕生日だからってハメ外し過ぎだ。
「イツナ、成人してもまだ中身は子供みたいだし、もう一年ばかりウチで躾しましょうか? ねえ?」
「あいだだだだだ!! すんませんマジすんませんもうしませんからアタマグリグリするのやめてください潰れちゃうマジで潰れるからやめてぇぇえあああぁぁあぁぁああ゛!!!」
そしていつものように母さんからのお仕置きとしてアタマを拳でゴリゴリされる刑に処されている。
……こんな光景を見るのも、あと何回くらいなんだろうな。
「はぁ……気を取り直して、今度はユーブが欲しがってた刀を見に行くか」
「ホントにこっちの世界にあんな武器があるのか? 誰も彼も剣一本すら持ってねぇのに……」
「あるさ。まあ父さんを信じなさい。動物園だってちゃんとあっただろ」
「すぐに追い出されたけどな」
「アレはイツナが悪い」
「あうあうあう……」
お仕置きが終わって白目で横たわっているイツナを眺めながら、次は俺の用事に付き合ってもらうことになった。
親父の知り合いに譲ってもらえるって話だけど、こんな平和そうな世界にホントにあるのかよ……?
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ!」
「梶川さん、お疲れ様ですっ!!」
「組長がお待ちです、組長室までご案内いたします!!」
なんて思ってたら、どう見てもカタギには見えないようなガラの悪い連中が集まっている屋敷まで案内された。
どいつもこいつも顔つきがヤバい。軽く2~3人殺してそうな風貌なんだが。
そしてそんなマフィアみたいな連中を腰から頭を下げて挨拶させてる親父はなんなんだよ。
こっちの世界平和そうだと思ってたけど、気のせいだった。
ニホンのほうがよっぽど殺伐としてるわコレ……。




