顔合わせ
セレフレネの日本帰還旅行は、結果だけ見れば最良の結果に終わったと言える。
日本への未練を断ち切ったことで、彼女はパラレシアで生きることに迷いがなくなった。
これで心置きなくこの世界での生活を満喫できるようになるだろう。
……さて、それはそれとしてまた新たな相談相手がわが家へ訪問してきているわけだが。
俺とテーブル越しに向き合っているのは、金髪青目の美少女もとい美少年……もとい美中年。
外見だけならどう見ても十代半ばの少女にしか思えない、しかしステータス上は確かに『男』と表示されている人物が座っている。
「そっちから訪ねてくるのは珍しいな。でもいきなり訪問してくるのは勘弁してほしいんだが」
「……悪い。のっぴきならない状況なうえに、他に相談できそうな人が思いつかなくてよ……」
「まあお前さんなら別にいいけどな。それで用件は?」
「……ウチの長男があと二か月くらいで成人するんだが、ちょっと困ったことになっててな……」
「へぇ、ユーブたちと同じくらいか。確か『ミルティム』君だっけ? ……つーか、アルマがおめでたになってた時にブツブツ言ってたくせに、ほぼ同時期にやることやってたんじゃねーか」
「アンタらに感化されて猛アタックされまくったからだっての!」
用意された茶菓子を齧りながら駄弁っているのは、この世界を救った勇者ことネオライフ。
かつて魔王相手に戦った時とほぼ変わらない若々しい姿のまま……いや、実際に見てみるとそうでもないか。
十五年前はまだギリ少年っぽさがあったのに、今じゃもうどう見ても女にしか見えなくなってるわコイツ。なんだその三つ編みは。
「? なんだよ、人の頭ジロジロ見て」
「その髪、自分で編んでるのか? 似合い過ぎてて引くんだけど」
「ちげぇよ! 毎朝のように娘たちが寄ってたかってオレの髪を弄り回してくるんだよ!」
「ちょっとは拒めよ。なんだその日常アニメに出てくるあらあら系ママみたいな髪型は」
「なんだその例え!? ……いや、うん、正直分かるわ。でも、せっかく娘たちが整えた髪を解くのもなんだし、拒もうとするとギャン泣きしてくるんだよ……」
分かるな。拒め。
我が子に甘いのはネオラ君も同じなようだ。子煩悩め。人のこと言えないけど。
「んなこたぁどうでもいいんだよ。それより長男の、ミルムの話なんだが、成人した後の進路は冒険者を目指しているみたいなんだ」
「へぇ、ってことはやっぱ戦闘系のスキルが主なのか?」
「ああ。勇者の息子だから特典でもあるのか、幅広く色んな武具を扱う才能があるみたいでな。それ相応の特別な職業になれそうなんだ」
「将来有望だな。それで、その子が困ってることってなんだ?」
「……一緒に活動してくれる仲間が見つからなくてな」
「え、そりゃなんで? 将来有望な子だって言ってただろ? なんか差別されたりでもしてるのか?」
「ある意味な」
どういうことだ?
かつてのアルマみたいに不遇職だーとか言われたり……いや成人前だからそりゃないか。
それとも勇者の息子だから避けられてるとか?
「差別されてるならまだどうにでもなる。むしろ逆だ」
「逆?」
「ミルムの外見が、その……オレに瓜二つでな。冒険者としての協力関係うんぬんとかじゃなくて、ナンパ目的で言い寄ってくる野郎ばっかみたいなんだ」
「あー……ご愁傷様」
……やっぱミルティム君も男の娘だったか。
ネオラ君の息子だから当然っちゃ当然かもしれんが。
「女の子に誘われたこともあるみたいだけど、ミルムが男だって分かるとなんか微妙な顔して結局話をなかったことにされたみたいでな」
「えぇ? ネオラ君は割と女の子にもモテてただろ?」
「それがなぁ、ミルムはかなり気弱な性格しててな。男からするとものっすごく庇護欲をそそられる反面、女から見るとちょっと頼りない印象に見えるみたいで、これから冒険者になろうっていう女の子たちからするとパーティに入れるのは遠慮したいらしい……」
「そ、そうか……」
ネオラ君はなんだかんだで言動が男らしいし、レヴィアリアたちはそういったギャップにも惹かれていたのかもしれないな。
でもミルティム君は華奢な見た目の印象そのまんまの性格してるから、同年代の女の子たちからするとさほど魅力的でもない、と。
「どいつもこいつもミルムの外見の印象ばっか見てるせいで、肝心の『何ができるか』ってことに目がいってないのが悲しいところでな、どうしたもんかと」
「いっそソロで活動させるのは?」
「いくら才能あるっていってもさすがにソロはキツい。……つーか、一人だとそのへんの野郎どもに何されるか分からん」
「心配しすぎじゃ……」
「いや大げさに聞こえるかもしれないけどマジでミルム可愛いの。ぶっちゃけ娘たちよりアイツのほうが心配になるレベル」
「そりゃお前の遺伝子のせいだと思うんだが」
「やかましいわ! 知ってるわクソァ!!」
ネオラ家もウチの家庭とはまた違った問題で苦労してるようだ。
つーかレヴィアリアとかオリヴィエールは何やってんだ。え、娘たちの面倒見るのがヤバすぎて倒れた?
……そっちの娘たちがどんな風に育ってるのか想像したくないな。
「そっちの子たち、ユーブレイブ君とイツクティナちゃんだっけ? 成人する時期が近いならちょっとお試しで一緒に活動させたりできないかな」
「無理。あの二人、もう特級職並に強いからちょっと戦いに巻き込まれただけで死ぬぞ」
「やっぱダメか……。なら、その子たちの友達とかでパーティメンバー募集してる子たちとかいないか?」
「んー……あっ」
そういえば、ローアがセレフレネとパーティを組もうとしてるって話してたっけ。
セレフレネは前衛を務めて、ローアが後方から投擲で援護する戦術を組み立ててるとかなんとか言ってたが、現状だとどちらも若干不十分であまり上手くいってないって聞いたな。
実践訓練は始まったばかりだから上手くいかないのは当然だと思っていたが、そこにもう一人メンバーが加わったらどうなるだろうか。
「なんか心当たりでもあるのか?」
「ミルティム君は前衛後衛どっちが得意だ?」
「え? あー、どっちもいけるな。剣も弓も盾もそれなりに扱える」
「万能だな。よし、ちょっと組ませてみたい子たちがいるから、その子たちに相談してくるわ」
「おおお、マジでか!? ありがてぇ! ……ちなみに、その子たちってどんな子?」
「一人は俺の義妹で、もう片方は日本からの転生者」
「……は?」
そんな保護者同士の相談をした後日。
とりあえず直接ローアとセレフレネに会ってもらうことになったが、ついでにユーブとイツナにも顔合わせさせておくことに。
それならいっそ家族全員で会おうとアルマも同行することになったが、なんだかにわかお見合いみたいな状況になってしまった。
喫茶店で待ち合わせしているが、俺たちの席だけなんだか異様な雰囲気が漂っているように感じる。
「……もしもセレネにホイホイ手ぇ出すようなチャラい野郎だったらぶっ飛ばす」
「右に同じ」
「いやなんでアンタら顔合わせる前からそんな臨戦態勢とってるのさ……」
ユーブとローアが鬼のような形相で待機してるが、お前らこれから殺し合いでもするつもりか。イツナも思わずドン引きしてるやないの。
ただの顔合わせだってば。今から威嚇してどうすんだ。
「二人とも、そろそろ約束の時間だからいい加減落ち着きなさい」
「むぅ……」
「あくまで顔合わせだ。本当にパーティを組むかどうか決めるのは今後ゆっくり考えていけばいい。最初っから喧嘩腰で迎えようとするんじゃない」
「でもよぉ、そいつホントに信用できるのかよ? 親父のダチの子だって言ってたけど……」
「多分大丈夫だろ。アイツが育てた子が悪人になるわけがないって……お、きたな」
話している最中に、入り口の呼び鈴が鳴ったのが聞こえてきた。
入ってきたのはネオラ君と赤髪の女性、そしてネオラ君によく似た金髪の少女……いや、『少女』じゃあない、か。
「おまたせー」
「久しぶり、アルマ。カジカワさんもご無沙汰ね」
ネオラ君とともにレヴィアリアが挨拶しているが、旦那さんに比べて随分と大人びた印象になったなぁ。
とか思いながら会釈を返すと、少し遅れて金髪の子が後ろから挨拶をしてきた。
「は、初めまして……」
ネオラ君に瓜二つの顔で、しかしどこか自信なさげな弱々しい雰囲気の子供。
……どう見ても気弱な美少女にしか見えねぇ……。
「み、ミルティムって言います、よろしくお願いします……」
「オッスオッス、初めましてー……あれ? セレネたちとパーティ組む子って男の子じゃなかったっけ? 誰この美少女」
「あ、あの……」
イツナが挨拶を返しながらそんなことを宣っているが、それ超失礼なこと言ってるぞ。
諫めるついでに訂正しようとしたところで、ユーブがイツナに向かって口を開いた。
「……イツナ、そいつ男だぞ」
「は? んなわけないじゃん、どっからどう見ても女の子でしょ……女だよね?」
「お、男ですよぅ……」
「え、は、はぁ!? 嘘でしょ!? アンタそこらの女よりずっと可愛いんですけど!?」
「うぅ……やっぱり、間違われた……」
やめろ、それ以上いけない。ミルティム君涙目になってるぞ。
どう見ても女の子にしか見えないのは分かるが……つーか、よくユーブは男だって見抜いたな。
「……牢屋で会った時のこと思い出すなぁ」
「あの時のやりとりそのまんまね……」
ネオラ君夫婦がなんだか懐かし気に遠い目をしているが、お前らお子さんの面談に集中しろ。
「で、でも、君は僕のこと男だって分かってくれたんですね。嬉しいです……!」
「……銭湯で見た時のこと、やっと忘れられたと思ったのに……」
「え?」
「なんでもねぇよ……」
顔を手で押さえながらなんかブツブツ言ってるが、なんかこの子の顔にトラウマでもあるのかユーブ。
つーか、肝心のローアとセレフレネの二人が、困惑するばかりで全然会話に参加してないんだが。
……うまくやっていけるのかね、この子たち。




