異世界人たちの会話 カジカワ視点
しばらくお菓子に舌鼓を打ちながら体調の回復を図っていたが、どうにもダルさが消えない。
二日間アルマとぶっ続けで※自主規制※していたのが主な原因ではあるんだが、ここんとこ広げ過ぎた事業を次期オーナーに引継ぎする手続きをしていたからなぁ。
仕置き人ギルドとか21階層救助隊とかワットラーン孤児院出張所とか世界中の珍味美味捕獲活動とかその他もろもろ。我ながらちょっと働きすぎじゃないだろうか。
それでも、日本のブラック工場で働いていたころよりは遥かに充実した日々ではあるんだがな。
特に美味な食材探しはもはやライフワークだ。俺が一生かかっても食べ尽くせないくらいの数と種類の珍味たちがこの世界には溢れているからな。
ユーブたちの誕生日で披露してやるのが楽しみだ。
……さて、そろそろセレフレネちゃんとの待ち合わせ時間だな。
「いらっしゃいませー! ん、もしかしてお客さんがセレフレネさんですか? なら奥の席へどうぞー!」
セレフレネらしき特徴の客が来たら俺の席まで案内するようにリリアへ言っておいたが、ちゃんと対応してくれているようだ。
先日ボロボロに殴られた痕が、すっかり完治した銀髪の美少女がリリアに連れられてきたのを見て一安心した。まあポーションに加えて生命力操作で治したんだから当然だが。
どうにか会話するくらいの気力は回復できたし、ゆっくりお話ししますかね。
「……やあ、いらっしゃい……どうぞ、座って……」
「え、あ、は、はい……?」
……俺の顔を見るなり唖然としているようだが、今の俺ってそんなに顔色悪いの?
いかんいかん、あまり体調不良を表に出すと余計な心配されそうだし、おしぼりで顔を拭ってスッキリさせよう。
とりあえずガトーバスクとミルクティーを注文して、自己紹介の後にローアを助けてくれたことに礼を告げたが、『自分が勝手にやったことだから礼を言う必要はありません』となんとも謙虚な返事。
やっぱこの子いい子だなー。……いや、前世の記憶がある相手に『子』って表現はちょっと問題あるか?
今度はセレフレネのほうから『あなたは日本人ですか?』と質問されたので肯定。
俺の名前を聞いて日本人だと分かるあたり、彼女の前世も日本人のようだ。
どうして日本からこの世界に生まれ変わったんだか。
ネオラ君みたいに神様経由で生まれ変わったわけでもないだろう。もう勇者の役目は終わってるし。
俺みたいにいきなりこの世界に飛ばされたか、あるいは21階層へ神隠しに遭ったか。
21階層は色んな世界に繋がってるけど、本来はこの世界のバグを押し込むための場所だ。
そのバグに巻き込まれて死んだのならこの世界に転生するのも納得だな……と思っていたんだが、予想の斜め上の回答をされた。
21階層に飛ばされたところまでは予想通りだったが、なんとそこから20階層へ逆走する扉を発見したらしい。
おいおいおい、無限に等しい21階層の、その端っこに辿り着いたってのか? もう天文学的とかそんなレベルの確率じゃないだろそれ。
その20階層には固有魔獣『★開かれた傷跡』が鎮座しているし、仮にそいつを倒せたとしても強力な魔獣がうようよしているダンジョンの中から生還なんてまず無理。
なるほど、なんともまた珍妙な経緯だなーとか思いながら呑気に聞いていたが、話している途中でセレフレネが顔を真っ青にして震え出してしまった。
おっとっと、アカンアカン。自分が死んだ時の記憶なんか無理に思い出させるもんじゃないな。
『リラクシロップ』とかいう鎮静作用のあるシロップを塗りたくったバスクをセレフレネの口に押し込んで食べさせてやったところで、どうにか落ち着いたようだ。
……ふむ、今の反応にちょっと引っ掛かりというか、何か気になるところがある。
気乗りはしないが、20階層に何か彼女の手掛かりがないか探しておくとするか。
彼女が言うには、また日本へ戻りたいらしい。
そのためにまた21階層へ訪れて、たとえ命がけであってもそこから日本への扉を見つけて帰るつもりだったんだと言った。
無謀すぎる。
21階層は今の俺でも油断してはいけない場所だ。
開けた瞬間に存在そのものを消される扉なんてのもあるし、そうホイホイ入っていい場所じゃない。
まあそういった扉は説明文が貼ってあったり、ドアノブを捻った時点でメニューが警告してくれたりするから回避自体はできるけれど。
つーか、そもそも21階層を探索しなくても日本へ直通している扉は既にいくつか発見してあるから、わざわざ死ぬ思いをして探す必要はない。
そうセレフレネへ告げると、まるでFXで有り金全額溶かしたような顔をした後にテーブルへ突っ伏して撃沈してしまった。
お、おう、十数年間も故郷へ帰る方法を模索していたのに、こんなにあっさりその方法が見つかればそりゃショックだろうな。
ましてや自分の友達の父親なんていう、接触しようと思えばいくらでもできそうなヤツがその方法を持っていたんだから余計に徒労感エグそう。
料理の配膳をするついでに様子を見にきたリリアも困惑してるし。
その際に食べ過ぎると太るぞとか言われたけど、こちとらガリガリにやつれてる状態だから少しでもカロリー取らなきゃむしろこれでも足りん。
俺よりむしろお前の母親の体型のほうを心配しろと言ってやったら、チクるぞと軽く脅されたのでプリンを賄賂に口封じしておいた。……いや別にチクられてもいいけどな。
なんとか落ち着いたところで、日本へ帰還する前に打ち合わせをする流れになった。
セレフレネの前世では両親も家族もいなかったが、たった一人の恋人を残していってしまったことを未練に思っているとか。
その恋人にまた会うために、異世界への手掛かりになりそうな力を持っているユーブたちに接触したと、気まずそうに言った。
自分の目的のために、ユーブたちを利用していたんだ、と。
……生真面目だねぇ。
本当に自分の利のためだけにユーブたちと仲良くしてたっていうなら、あんなにユーブたちが心を許すはずがない。
あの子たちの人を見る目は節穴じゃない。少し一緒に過ごせば相手がどんな人間なのかを見抜くくらいの目は持っている。
俺はセレフレネのことをあの子たちの話越しにしか知らなかったが、こうして自分の負い目を正直に懺悔している姿を見れば、この子の本質はどうしようもなく不器用な善人だということが分かる。
それに、身を挺してローアを助けてくれた恩だってある。多少の下心なんかまったく問題にならないくらい、セレフレネには好印象を受けた。
……まあ、そのせいでローアが彼女に惚れるなんてことになったわけだが。なんでや。
結論。セレフレネは日本へ帰してよし。
ちょっとした旅行みたいな感じで日本へ連れていって、上手くいけばその恋人と会うこともできるかもしれない。
そのまま日本へ戻って暮らすか、あるいはやっぱりパラレシアに帰って元の生活に戻るかは彼女次第だが、そこは俺が口を出すところではない。
……最悪の場合『急にセレフレネがいなくなった原因は俺にあります』なんてことを彼女の両親やユーブたちに言わなきゃならんことを考えると、ますますやつれてしまいそうだが。
もしもユーブたちがいなくなった時に、そんなことをぬかす輩が現れたら俺は迷いなくそいつをぶち殺すだろう。
うっ、胃がいてぇ……やっぱ断っちゃダメかなぁ……。
とか内心クッソ弱気な状態のまま、結局セレフレネを日本へ連れていくことになった。
基本的には自由行動をさせるつもりだが、万が一の事態に備えてこっそり彼女の影の中にあらかじめレイナを潜らせておくことにした。
「……なんで私がそんなことしなきゃいけないんですか……」
「すまん、報酬に日本側のお菓子を山ほど買ってやるから協力してくれ」
「カジカワさん、私のことをまだ子供かなんかと勘違いしてません? これでも、もう三十路超えてるんですけど」
「ごめん、正直リリアの色違いにしか見えん。……お前、実はレイナの隠し子とかじゃないよな?」
「はっ倒しますよ! そもそもわざわざ隠す意味ないでしょーが!」
前に見た時は随分とふくよかな体型だったが、フェリアンナさんの下でしばらくダイエットしていたらすぐに元の体型に戻ったらしく、十五年前とまるで変わらない姿になっていた。
……いや、ホントにコイツ不老不死かなんかか?
ネオラ君といいレイナといい、老けなさ過ぎて怖いんだが。




