閑話 事情聴取か尋問か
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お読み下さっている方々、ありがとうございます。
今回はギルマス視点でのお話です。
「おい! 貴様の管轄のギルドではいったいどんな指導をしているというのだ! ここに登録されている冒険者にいきなり殴られたんだぞ!」
豚男爵ことシュウダシュンシュー=コーグップが唾を撒き散らしながら怒鳴り散らしている。きたねぇな。
その顔には手形に内出血を負っており、歯も何本か抜けている。
……あいつどんだけ強い力で殴ったんだか。いや死んでないだけまだ手加減した方か。
声を上げてる男爵の後ろにはお付き兼毒味役の男と、護衛の男が二人、苦い顔をしてその様子を見ている。
「本人の方から、こちらに自首して事情を聞かせてもらいましたが、なんでもアルマティナに貴方に仕えるように迫って、断ったら顔を殴り手籠めにしようとしたと聞きましたが、事実ですかな?」
「ふ、ふざけるな! 手を出したのはあいつの方だと言っているだろうが! ワシは何もしとらん!」
「……嘘じゃな。お主は今嘘の証言をした」
フィルスが豚男爵の言葉を聞き、その言葉が偽りであると判定した。
【真偽判定】。鑑定スキルを極めた者が獲得できるマスタースキルで、言ったことや書かれていることが真実か嘘かを見極めるスキルを持っている。
…こいつはある意味一番敵に回したくない相手だな。根掘り葉掘り聞かれたら隠し事が一切できないから、腹に何か抱えてる者にとってはこれほど恐ろしい存在はいないだろう。
まぁその分デメリットもあるようだが。
「なんだ貴様は! いったいなんの根拠があってそんなことを!」
「儂に嘘は通用せんよ。この世界で数えるほどの数しかおらん、【鑑定師】の職業を持つ儂にはな」
【鑑定】スキルを10まで上げた者は、鑑定士からその職業を鑑定師へと変える。
基礎レベルを持たない生産職がジョブチェンジする、ということがどれほどの偉業か、分からない者はいないだろう。……いやカジカワは異世界人だから分からんかもしれんが。
それだけで、人間国宝並みの価値があると認識される。貴族と言えどもその人間の言葉を軽視することはできない。
「か、鑑定師だとぉ…! な、ならば貴様の言葉が嘘ではない証拠がどこにあるというのだ!」
「それは儂を鑑定すればすぐに分かる。他人の嘘を見破れる代わりに、自分の嘘も履歴に残るから不便なもんじゃよまったく。のぉ、そっちの毒味役。儂を鑑定してみて、嘘を吐いた形跡があるか?」
豚男爵の後ろに控えている男に向かって鑑定を促すフィルス。それは、自分が嘘を吐いていないと分かっているからだろう。
…そういや、フィルスはおちゃらけたことはよく言うが、嘘を吐くことはほとんどなかったな。
「い、いいえ……ありません」
「と、言うわけじゃ。………儂の前では、慎重に言葉を発するがいい。嘘と虚飾は己の立場を悪化させるだけじゃぞ」
「ぐっ……!」
怒りで顔を赤く染め、千切れそうなほどに血管を浮き上がらせて歯を食いしばる男爵。
このまま脳の血管切れて死なねぇかなこいつ。それで全部楽に解決するんだが。
「ああ、だからと言ってスキルを使って儂らを洗脳しようとしても無駄じゃよ。状態異常防止用の装備を着けておるからな」
カジカワから情報を得て、念のため対策はとってある。
…あいつも敵に回したくないな。
「な、何故ワシのスキルを…!? き、貴族である儂を鑑定をしたのか! それは重罪だぞ!」
「いいや、儂はお主を鑑定なぞしとらんよ? ただスキルを使っても無駄だとカマをかけただけじゃ。それが嘘でないことは、そっちの毒味役に聞けば分かるじゃろう」
「う、嘘は吐いていないようです。この方は男爵を鑑定しておりません」
「き、貴様! いったいどちらの味方なのだ!」
鑑定スキルを持つ者にとって、鑑定師の職業がどれだけの価値があるのかよく分かるからだろうな。男爵の下に就いているからと言って、フィルスを貶め男爵に有利な虚言を吐くわけにはいかないようだ。
フィルスは不真面目なようで仕事に関しては誰よりクソ真面目だ。60年以上生きてきて、仕事関連のスキル以外に一切スキルを獲得しないくらいに。
鑑定スキルは物や人を鑑定するごとに熟練度が上がりスキルレベルが上がっていくが、使う度に若干の疲労を感じるらしい。
スキルレベルを1上げるだけでも何千回も、レベルが高くなれば何万回も使わなくてはならない。
常人なら一日数十回も使えば疲労で寝込むぐらいだとか。そう考えると気が遠くなるような年月をかけなければ鑑定師にはなれないだろう。
……そういえば、少し前に受付嬢のネイアが薬草鑑定の反動で休暇を頻繁にとっていた時期があったな。スタンピードの前日なんか一日中寝込んでたくらいだ。因みに原因は言わずもがなカジカワ。またお前か。
「もういい! このギルドはワシを陥れようとしているロクでもない連中ばかりだ! そんな連中にしっぽを振ってワシをないがしろにする毒味役、貴様はクビだ! ついでに冒険者の首一つとれん無能な護衛二人もクビだぁぁぁ!!」
「…畏まりました」
「俺らは別にかまわねぇよ。つーかあんなバケモンとやりあえってアンタ、無茶だろ」
「素手で剣を斬るような野郎だぞ? 拳法家の上級職かなんかかアイツ? あんな奴に叩かれてよく生きてたもんだ」
毒味役と護衛二人はあっさりと自分の解雇通告を受諾した。
つーか素手で剣をって、カジカワお前マジで何やってんだ!?
あの二人じゃあるまいし、もう既に大分人間離れしてきてんなあいつ…。
「ギルドマスター! 貴様このギルドを続けられると思うな! ワシの権力をもってすればこんな組織の長如き、どうとでもできるのだからな!」
「できませんよ。国王陛下から、魔王軍対策のために要請を受けている身ですので」
「なっ……!?こ、国王陛下からだと……」
先程までの勢いはどこへやら、まるで体が萎んでいるかのように竦み上がった。
「ええ、大魔導師ルナティアラと剣王デュークリスの両名の協力のもと、魔王軍に対する戦力編成などを執り行うことになりましてな。ああ、これが証拠の書状です」
「こ、これは、陛下の御璽…」
「はい。ですのでその義務を果たすまでは陛下の許可なく勝手にギルドマスターを降りるわけにも、また貴方の権力で降ろさせるわけにもいかないということです。ああ、そうそう」
……部屋の外に、もう既にいるな。
残念だったな、豚男爵。
間に合ったのは、あの二人の方だったようだ。
「貴方が頬を殴った相手、アルマティナは、先程名を挙げた両名の娘ですよ。丁度そこにいるので、確認してみてはいかがですかな?」
そう告げると、部屋の外で待機していたルナティアラとデュークリスが部屋の中に入ってきた。
この二人も陛下からの指示でここを訪ねてくるように言われていたらしい。
………やべぇ、自分で呼んでおいてアレだが二人の顔がまともに見れねぇ、怖すぎる。
言葉一つ発していないし、ただそこにいるだけなのに殺気と怒気が入り混じった凄まじい威圧感が二人から感じられる。
「あ……あ……」
「詳しい話を」
「お聞かせ願えるかな、コーグップ男爵」
顔面蒼白で脂汗を噴き出して呻く男爵に向けて、二人が口を開く。
その声は、静かで穏やかで、なのにとてつもなく重く部屋に響いた。
今だけは同情するよ、豚男爵。果たして生きて帰れるかな?
それから数十分後、二人に詰め寄られて意識不明に陥り担架で運ばれていく男爵の姿があった。
二人の威圧をもろに受け、過呼吸になって気絶し、さらに強い気迫を受けて覚醒するのを何度も繰り返し、精神が摩耗しきった結果だ。
……ありゃ確実にトラウマになるな。もうまともな生活できねぇんじゃねぇかあれ。
手は一切出していないのに、カジカワから受けた傷なんかよりよっぽど効いただろう。……うん、まだカジカワはこの二人のレベルには程遠かったな。
「あらあら、困ったわね。話していただけなのに急に倒れてしまって」
「日々の務めを頑張り過ぎではないかな。貴族というものは、平民にあるべき姿を見せるために努めるべきものだからね」
「……ご苦労だった」
悪びれもせず和やかに言葉を交わす二人に声をかける。
もう怒ってないよな? 大丈夫だよな?
「しかし、貴族を殴るとはヒカル君もなかなかやんちゃだな。まぁ、アルマを殴った相手に何もしないというのはありえないがね。ふっ、若かりし頃を思い出すよ」
「私がどこかの侯爵に妾にしてやるって言われて攫われそうになった時に、デュークが本気で怒って大暴れしたことがあったわね。懐かしいわぁ」
「このまま私たちがしゃしゃり出ずとも、権力に屈せず自分の意志を貫けるようになってほしいものだ」
十年近く前のことをしみじみと懐かし気に語っている。俺としては事後処理とかで苦労した苦い思い出だが。
因みに、その時キレたデュークリスがその侯爵の屋敷を破壊して、さらに悪ノリしたルナティアラが上級魔法をぶっ放す大惨事になった。
止めに入ろうにも既に世界最強クラスの二人を止められるはずもなく、どんどん被害が拡大していった挙句、国の方が二人に頭を下げてどうにか事態が収まったという凄まじいエピソードだったりする。
このままじゃあの二人もこんな風になるんだろうか………。
頼むからこれ以上面倒をこっちに寄越さないでくれよ、胃がもたんから。本当に。
これでひとまずこの件については解決かな。
……ん? こうなると、あの二人別に避難する必要なかったんじゃねぇか…?
ま、まあ見識を広げるために色んな所を見て歩くのもいい経験になるだろ、うん。
……あちこちでいらん騒動引き起こしそうな気もするが。
お読み頂きありがとうございます。




