最近の子は怖い
さて、今日はセレフレネことセレネちゃんとお話をする日だが……。
体調が悪い。そりゃもう絶不調。
この世界に来てから過去一番にキツい状態かもしれない。
原因は分かっている。
先日ローアに一服盛られた後、どえらいことになったせいだ。
……ふふふ、さすが俺の義妹だ。ユーブやイツナに劣らぬほどの命の危機を感じさせるとは。
末恐ろしい……いや普通にこの子の今が怖い。怖すぎる。
ローアはこれまで生産職を目指していると言っていたのに、先日急に戦闘職を目指すと言い出した。
なんでも、セフ ゲフンゲフンッ セレネちゃんに身代わりになって助けてもらったことがきっかけらしい。
もしもローアが戦闘職に向けて努力していたなら、あの時に足手まといにならずに済んだかもしれない、と。
相手は結構強力な魔獣を従えていたし、成人前のステータスじゃどう頑張っても限界があっただろう。
それでも、大切な友達を守れなかったことをすごく後悔していて、もうこんな思いをしたくないから戦闘職になる、と決意は固い様子だった。
……そこまで覚悟を決めているならこれ以上俺が口を出すのは野暮だし、その選択を尊重しようと思った。
しかしそうなると、これまで磨いてきた料理の腕もリセットされてしまうことになる。
ずっと努力してきて、やっと『料理』スキルとして実を結んだのに、戦闘職になればそれも消える。
その前に、せめて俺に自分の料理を食べてほしいと言ってきたので、御馳走してもらうことに。
たとえスキルが無くなったとしても、可愛い義妹からの食事の誘いを断れるはずもなかった。
……つまり、ローアから食事に誘われた時点で詰んでいたわけだ。
ローアの料理は美味かった。
特にクリームシチューが絶品で、栄養も満点なようで一口食べるごとに体中に力が漲ってくるような感覚すらあった。
……というか、完食したころにはもうなんか漲りすぎだった。色々と。
完食し終わった時に、メニューから『シチューに極めて強い精力増強および催媚効果のある魔法薬が混入されていた』と言われて、ようやく一服盛られたことに気付いたころには既に手遅れ。
解毒しようにもそもそも毒じゃないし、むしろものすごく元気になる薬だからたとえエリクサーを飲んだとしても意味がない。
なんで完食し終わった後に言うんだよと文句を言ってやろうとしたが、『たとえ毒入りだったとしても義妹の手料理だったらお前は食うだろ?(意訳』と言われ撃沈。その通りだけれども。
だんだんと凶悪なまでの欲求が意識を塗りつぶし始めていき、このままではローアを襲いかねない状況だった。
故に、理性が残っているうちにファストトラベルで21階層の休憩室に脱出して、どうにか事なきを得たと思った矢先。
なぜか一緒にアルマまで同じ部屋にファストトラベルしていた。
理性が限界を迎える寸前、メニューが『補助にアルマ呼んどいたから。まあ、この際楽しめ(意訳』的な表示を出したところまでは覚えてる。
意識が戻ったころにはもうなんか俺もアルマも名状しがたい状態になっていた。
詳細は聞くな。察しろ。
その後、ローアになんであんなことしたのかと問い詰めてみたが、その言い分がまたぶっ飛んだものだった。
どうやらセレネちゃんに庇われてから彼女のことばかり考えてしまうようになり、何度も何度もその時のことを思い出しているうちに好きになってしまったとのこと。
友達としてではなく、恋愛的な意味で。マジかよ。
しかし、これまでずっと義兄さんを想い続けてきたのにあっさりセレネに乗り換えるのは筋が通らないし、長年好きだった義兄さんを裏切るようなことを思いたくない。
だから、一服盛って自分と既成事実を作ってしまえば義兄さんを裏切らずに済むし、セレネのことも諦められるかもしれないと思って、半ば自棄になって実行したらしい。
………………発想の飛躍具合がひどい。かつて飛行士と言われた俺でもここまでぶっ飛んでなかったぞ。
『俺以外に好きな人ができたのはむしろ喜ばしいことだから、俺に一服盛るのはマジでやめなさい』と言ったら、泣きながら謝られた。
ちなみに泣いた理由は俺に怒られたからじゃなくて、俺をフッてしまうことへの罪悪感からだとか。
ホンマ、この子はもう、なんかもう、……どう言えばいいのか自分でも分からん!
まあ結果として俺への恋慕を断ち切れたからもうそれでヨシ! ヨシったらヨシ! なんか釈然としねぇけどな!
セレネちゃんには申し訳ないが、今後はローアのパートナーとして頑張ってもらうとしよう。
コワマスも女同士で結婚したし大丈夫大丈夫。……やっぱ大丈夫じゃない気がしてきた。
最後にアルマが『もうこんなことしちゃダメよ♥』とものすごくいい笑顔で叱って、ローアの一件は終わった。
……いやぁ、夫を寝取られそうになったとは思えないほどご機嫌な様子でしたね。
肌もめちゃめちゃツヤツヤしてたし。
……その分こちとらガリッガリにやつれてしまいましたが。
そんなちょっとした(?)事件もあったが、どうにかセレネちゃんと対面する日にはある程度動けるようになった。
まだ大分やつれているが、待ち合わせ場所の喫茶店でお菓子でも食べて回復しよう。
「いらっしゃいませー! おひとり様ですかー?」
喫茶店へ入ると、見覚えのある顔の店員が接客してきた。
……ああ、そういえばここでバイトしてるってレイナが言ってたっけ。
「後でもう一人来るから、二人用の席を頼む」
「かしこまりましたー! では一名ご案内っすー」
「素の口調が出てるぞ、リリア」
「お客さんがカジカワさんなら別にいいっしょー。お久しぶりっすね」
ラディア君を思わせる緑色を靡かせ、レイナに瓜二つの顔で悪戯っぽく笑う少女『リリアンヌ』。
何度か顔を合わせたことはあるが、相変わらずレイナの色違いにしか見えないな……。
「しばらく見ないうちになんだか随分痩せちゃったっすねー……。せっかく来たんだし、いっぱい食べてってくださいねー。自分も作るの手伝ったお菓子とかあるんでぜひどーぞー」
ここの喫茶店は例のワットラーン孤児院出身の子たちが開いた店で、孤児院といまだに交流のあるレイナの娘もここでバイトしているらしい。
ちなみにレシピの一部は俺やフェリアンナさんが提供していて、割と評判はいいみたいだ。
これまでなかなか足を運べなかったし、今日は存分に楽しませてもらうとしようか。
「ああ、手始めにミルクティーと付け合わせにショコラケーキとアーモンドカヌレとストロベリータルトとカスタードプディングと抹茶大納言パウンドケーキと……」
「ちょちょちょ、いっぺんに頼みすぎっすよ! メモが間に合わないっす! ていうかいっぱい食べてとは言ったけど一人でどんだけ食べる気なんすか!?」
セレネちゃんが来るまでまだ時間はあるし、それまでに食えるだけ食ってエネルギー補給しとこう。
目指せ全メニュー制覇。キリキリ運べよリリア。
「ひいぃ、さっきまで余裕だったのに一気に忙しくなったっす……今日は誰と待ち合わせなんすか? アルマさん?」
「いや、ユーブたちのお友達とちょっとな。女の子だし、こういう店のほうがいいかと思って」
「ふむふむ、女の子と待ち合わせっすか。やっぱそのまましっぽりしたりするんすか? 浮気?」
「なわけねーだろ! どこで覚えてんだそんな言葉!?」
……どうやらレイナと比べて随分とませているようだ。
ローアといい、最近の子って早熟なうえに発想が過激で怖いわー……。




