家族の戯れ
親父が与太話を語った後、そんなに強いなら一戦交えてみろと言ってやった。
親父が強いのは分かる。あのナンパどもを瞬殺してるって点で特級職並の力を持ってるのは明らかだ。
だがそれでも、母さんほどの力は感じない。
大体母さんの半分くらいか。……それでも凄まじい力なのは確かなんだが。
「そう思うでしょ? ちょっと見学してなさい、ビックリするから」
母さんからの提案で、まずは親父と母さんの組手を見学することに。
家の近くで組手をすると巻き込んで更地にしかねないとかで魔獣森林までやってきてるんだが、こんなとこで組手なんて危なくねぇか。
「大丈夫よ。今この森で一番危険な生き物はヒカルだから」
「奥さん、言い方が酷過ぎませんか」
「ごめん。久々にあなたとの組手ができるから、ちょっと気分が上がっちゃったみたい」
「うん、まあここんトコずっとご無沙汰だったのは分かるが」
「それじゃあ、構えて」
穏やかに漫才じみた会話から一変、母さんが鞘から剣を抜いた。
剣身がガラスのように透き通った、母さんの愛剣。
俺との組手じゃ一度も使われなかった剣を、親父に向かって構えている。
おいおい、母さんなら木剣を使っても下手な真剣より鋭いくらいなのに、そんなの使って大丈夫か? 親父、下手したら死ぬんじゃねぇのかコレ。
なんて内心少し焦りながら眺めていたが、親父が構えたのを見るとすぐに余計な心配だということが分かった。
「ケガするなよ、アルマ」
ズゥンッ と重い音とともに、大地が揺れた。
比喩じゃない。親父が構えて地面を踏みしめただけで、地震と錯覚するほどの衝撃があたりに響き渡った。
……親父も充分バケモンみてぇだな。
「はぁっ!」
「しっ!」
瞬きほどの間に、いや、気が付いたら母さんの剣と親父の手刀がぶつかり合っていた。
「いぃっ!?」
「わっぷ!?」
少し遅れてから、耳を貫くような鋭い金属音と突風が広がっていき、たまらずイツナと一緒に耳を塞いだ。
い、今の、明らかに音よりも速く動いてたよな? どんなスピードだよ……。
そこから超高速の攻防を繰り広げて……繰り広げてるんだよな? 動きが速すぎてなにやってんのか全く見えねぇんだが。
母さんがあんなに速く剣を振ってるトコなんか見たことねぇぞ。
ジイちゃんやバアちゃんとの組手ですらあんなに速く動いてなかったのに、親父相手だとあんなワケ分かんねぇ動きになるのか……。
てか、それと互角にやり合ってる親父はなんなんだよ。
しかも素手で戦ってるみたいだけど、どうやって剣を受け止めてんだ?
「せぇいっ!」
「おっと!」
母さんが剣を大きく振るうと、その直線上の木々が根こそぎ刈られて丸坊主になっていく。環境破壊。
いやいやいや、今の当たってたら最悪胴体真っ二つだっただろ!? 少しは手加減しろよ!
「ふんっ!!」
「甘い!!」
カウンター気味に今度は親父が正拳付きを繰り出したのを、母さんが剣の横っ腹で受け流した。
軌道が逸れた正拳突きの先にあった巨大な岩石が粉々になって消し飛んだ。景観破壊。
……おかしいな、直接当たったわけでもないのになんであんなことになるんだよ。衝撃波か何かか? んなバカな。
そんな一撃必殺の攻撃をジャブ感覚で連打するもんだから、二人の周りはもはや元の景色が分からなくなるほど滅茶苦茶に荒れ果てていく。
こうして見学している俺たちが巻き添えをくってないのが不思議なくらいだ。
「ちょちょちょ! ユーブ! もっと離れないと危ないよ! 死ぬ! 死んでしまうぅ!!」
「いや、あの二人、俺たちに当たらないように意識しながらやり合ってるっぽい。怖ぇけど、多分大丈夫だ」
「も、もしも手元が狂ったりしたら、それで私たちあの世行きなんですけど……!」
それはそう。
……生まれて初めて体験する命の危機が両親の組手見学かよ。
「『大地剣』!」
「ちょ、魔法剣はやりすぎだろ!?」
母さんの剣が、まるで山のようにデカくなって振り下ろされた。
えええ、アレも魔法剣なのかよ!? 火炎剣は見たことがあるけど、今使ってるのはまるで規模が違う。
あんなもんが直撃したら真っ二つになるどころかそのまま潰れて地面のシミになっちまうぞ!?
「ああもう、パイルバンカー!!」
振り下ろされた巨大な剣に向かって親父が手をかざすと、派手な音が鳴るのと同時に勢いよく剣が弾き飛ばされた。
今の、どうやって弾いたんだ? パイルとかなんとか言ってたけど、聞きなれないスキルだな……いや待て、親父はスキルを持っていないはずだぞ。どういうことだ。
「多分アレが魔力を直接操ってどうたらこうたら言ってたやつじゃないの? 話を聞いた時は意味分かんなかったけど、実際見てもやっぱ意味分かんないね」
「……親父はマジでナニモンなんだよ」
「異世界人ってやつでしょ。勇者と同郷って言ってたし、多分勇者の故郷って皆あんな感じなんじゃないの?」
なんだその人外魔境は。絶対に行きたくねぇ。
なんて戦慄しながらしばらく眺めていたが、組手の時間はほんの五分程度だった。
……見てる側からしたら内容が濃すぎて軽く数時間くらい経過したように感じたが。
その五分の間に、二人の攻撃に巻き込まれて、目に見える範囲の景色が更地と化していた。
……いや、もう環境破壊とか景観破壊とかいう規模じゃないぞ。テリトリーがほぼ壊滅状態じゃねーか。
「う、うわぁ……魔獣森林が丸坊主なんですけど……」
「どうすんだよコレ。ここがどこの魔獣森林なのか知らねぇけど、もうここのテリトリーじゃ魔獣狩りも何もできなくなっちまったぞ。このあたりの冒険者大迷惑だろ」
「大丈夫。ココは元々近日開拓予定のテリトリーだからむしろ手間が省けてWIN-WINだろ」
「ここに棲んでる魔獣たちからしたらLOSE&LOSEだと思うけど。かわいそ。私が保護しなきゃ」
「ここの魔獣、虫系の魔獣が主なんだが」
「全部焼き払っていいよ」
よくねーよ。魔獣好きなくせに虫だけはダメとか中途半端な嗜好してんなイツナ。
カブトムシとかクワガタ系の魔獣はかなりカッコいいと思うんだが……いやそんなこたぁどうでもいいか。
「それでユーブ、私とヒカルの組手を見て、自分もヒカルと組手したいと思う? ……というか、できる?」
「無理。死ぬ」
「いやいや待って待って! さすがにユーブ相手にあんな戦い方しないってば!」
「いや親父相手に気ぃ使われて手加減されるのもなんかムカつくし」
「わがままだなオイ!? アルマだって手加減して組手してるじゃん!」
「母さんはもう少しお手柔らかにしてほしいくらいなんだが……」
「く、組手がダメならせめてキャッチボールとか……俺、ずっと自分の子供と一緒に遊ぶの我慢してたんだぞ……!」
「わ、分かった分かった。そんくらい付き合うから泣くなよ親父」
……親父と打ち解けたのはいいとして、これからどう接すればいいのか正直悩むなぁ。
ずっと冷たい対応してたのに、今更手の平返して仲よくしようってのもちょっと、こう、我ながら虫が良すぎるっていうか。
「えい、変化球」
「ぬぉお!? なんだ今のめっちゃ変な曲がり方したぞ!?」
「ふははは、捕れるもんなら捕ってみるがいいー」
「うるせぇ! くらいやがれクソ親父!」
「あうっち!?」
変な球を投げてきたのを辛うじてキャッチして、煽ってきた親父の顔面に向かって全力返球してやった。
……やっぱ親父への対応なんか変に気づかうよりこんなもんでいいか。
「にしてもよぉ、親父がホントは強いってことは俺とイツナだけに内緒にしてたのか?」
「ん? ああ、そうだけど」
「俺が親父のことを弱虫だのなんだの言うたびにローアが『そんなことない』とか言ったかと思ったら急になんかゴニョゴニョ気まずそうにしてたけど、もしかしてローアは知ってたのか?」
「まーね。……実の子たちに内緒にしといて義妹にはカミングアウトしてたのは正直自分でもどうかと思うが」
「そうかぁ……大好きなアンタのことをバカにされてるのに言い返せなくて、アイツも悔しかっただろうなぁ」
「ユーブみたいにねー」
「う、うるせぇぞイツナ!」
そのローアが、数日後にとんでもないことをやらかして親父がえらいことになるのはまた後の話。
……苦労が絶えねぇな、親父。




