父として向き合う
コミックス版1巻が12月5日(火)に発売します。
お読みくださっている皆様に心より感謝いたします。
今回無駄にシリアスです。
今日、信じられないものを見た。
家族全員でセレネへの見舞い品を買って、そろそろ帰ろうと合流する時に、母さんとイツナがナンパに絡まれてた。
……いや、見た目はいいかもしれねぇけど相手が悪いぞナンパども。
そのナンパ野郎たちも結構強そうな戦闘職なのは見て分かったんだが、少なくとも母さんはそんなレベルじゃない。
母さんは丁重に断ろうとしてたけど、ナンパどもはなお食い下がってきた挙句、イツナの尻や胸に手を回してきた。
いくら強いと言っても、まだイツナは成人前の子供だぞ。俺もだけど。
そうじゃなくても、実の妹にセクハラされてキレない兄貴なんざいねぇ。
「テメェ! 人の妹になにしてやが――――」
啖呵を切ってぶちのめそうとした時、空気を切り裂くような暴風が駆け抜けていくのが感じられた。
「なにしくさっとんだテメェゴルァぁぁああああっ!!!」
誰かの怒号が響き渡った。
さっきまで抱いていた怒りすら委縮するほどの爆声。
親父が、これまで見たこともないような怒りの形相で駆け出していって、ナンパ野郎どもを蹴っ飛ばしていた。
あのナンパ野郎どもは決して弱くねぇ。多分、上級職くらいの強さはあったと思う。
それを、生産職のはずの親父がぶっ飛ばしたという状況に、思わず目が点になった。
「お、おや、じ……? 今のは……?」
「……今のは、その、蜃気楼だ。忘れなさい」
「いやあなたその言い訳は無理があると思うわ……」
『蜃気楼だ』じゃねーよ! 言い訳ヘタクソとかいうレベルじゃねぇだろ!
いや、やらかした本人も気が動転してなに喋ってんのか分からなくなってるなコレ。
さっきの身のこなしはどう見ても生産職のそれじゃない。
俺が目で追うのがやっとの速さで、上級職相当のナンパどもを蹴り一発で昏倒させるほどの威力。
どう見ても戦闘職、それも特級職クラスの強さを持っているようにしか見えなかった。
「親父、アンタ今どうやって……!?」
「……あなた、こうなったらもう隠し通すことはできないわよ」
「……はぁ、仕方ない。ちゃんと話をするから、一旦家へ戻ろう」
「お、おい、親父……っ!?」
そのまま帰宅しようとする親父を引き留めようとしたところで、周りの街並みが急に見慣れた我が家の中に、景色が切り替わった。
て、転移魔法か? いや、それにしちゃなんの前触れもなく移動していたような……。
「お、おい、何が……親父?」
「ぱ、パパ……?」
景色が切り替わったことに狼狽していると、俺とイツナに向かって親父が正座して頭を下げていることに気が付いた。
いわゆる土下座ってやつだが、なんで急に頭下げてんだ……?
「済まなかった。今まで俺はずっと、お前たちに嘘を吐いていた」
「は……?」
「ど、どういうこと……?」
「俺は生産職じゃない、どっちかというと戦闘職だ。……これが、俺のステータスだ」
そう言いながら、一枚の紙を俺とイツナに手渡してきた。
これは、鑑定証明書か? 親父のステータスが書かれているみたいだが……え?
梶川 光流
Lv130
年齢:41
種族:人間
職業:ERROR(判定不能)
状態:正常
【能力値】
HP(生命力) :12050/12050
MP(魔力) :12987/12987
SP(スタミナ):5067/5067
STR(筋力) :8570
ATK(攻撃力):8570
DEF(防御力):8549
AGI(素早さ):8555
INT(知能) :8572
DEX(器用さ):8561
PER(感知) :8601
RES(抵抗値):8514
LUK(幸運値):8514
【スキル】
※取得不可※
【称号】
格上殺し 怖いもの知らず 命知らず 蛮勇者 魔獣キラー 魔獣ジェノサイダー 魔族討伐 魔族殲滅 真魔討伐 奇跡の癒し手 恐怖の化身 恐怖の大王 理に背くもの 死を乗り越えし者 処刑人 異世界を渡る者 ■■■■ 繝ォ繧縺ョ蠅莨E繝サ 千の壁突破 二千を超えて 三千世界へ 四千の海渡り 五千の空を 六千の星数え 七千階段を上り 八千代を繋ぎ 九千年を経ようとも 万人は不滅 手八丁 健啖家 鬼神の弟子 鬼神の強敵 終焉災害事前討伐勇士 終焉災害討伐勇士 スサノオ ヘラクレス トール 魔王討伐勇士 くぁwせdftgyふじこlp කෑදර කෑම プロフィール分のリソース返せ リソース泥棒 リソース返却希望 子煩悩 仕置き人 ギルドマスター
『上記を、我の技能により記したことをここに証明する 鑑定師・フィルスダイム』
………えーと。
「親父、こんなバカなもん見せられても困るんだが。真面目に話をしてくれよ」
「ふざけてるように見えるか?」
「見える」
「……だよね。でもな、ここに書かれてることは、実は全部本当のことなんだ」
「いや、んなわけねぇだろ。なんだこの、どっからツッコめばいいんだコレ……?」
……ざっと見ただけでも。まともな項目が年齢と種族と状態くらいしかねぇ。
どう考えても冗談で作ったニセモンだろこれ。何考えてんだ。
「ゆ、ユーブ、ここの一番下、鑑定師のサインが入ってる……!」
「え、なんだそれ?」
「鑑定証明書は、特殊な道具と技能がなきゃ改ざんできないようになってるの。ましてや『鑑定師』がサインしてるってことは、絶対に改ざんや落書きができないって証明になるんだよ……!? ほら、ペンで上書きしようとしてもすぐ消えちゃう!」
「それって、どういうことだよ……?」
「ここに書かれてるバカみたいなステータスは、全部本当のことが書かれてるってことだよ!」
……いや、嘘だ、嘘に決まってるだろ。
Lv130で職業不明で、能力値が全部8000を超えてて、スキルが取得不可とか書かれているのに称号の数がバカみたいに多い、このステータスが本当のことだって?
なわきゃねぇだろ、そんなことあるわけねぇだろ……!?
「……もしも、ここに書かれてることがホントのことなら、小さいころに俺とイツナのイタズラで死にかけてたのはなんだったんだよ」
「俺は自分の意思で生産職並にまで自分の力を弱くすることができる。あの日、わざと弱い状態でお前たちの突進をくらったからあんなことになったんだ」
「っ! なんでそんなことしたんだよ……!」
「お前たちは俺とアルマの間に生まれた子だから、ある理由によって人と比べて格段に力が強い。そんな強さでむやみやたらに力を振り回したら惨事を招くってことを早いうちに自覚してほしかった」
「一緒にメシを食いに行ってどっかのボンボンに絡まれた時に、どんだけ殴られてもヘラヘラ笑ってやがったのはなんでだ! こんだけ強いってんなら、腕ずくで黙らせることだってできただろうが!」
「いや効かないし、その場でそいつをぶちのめしたスッキリ感なんかよりも、理不尽に暴力や権力を振るう人間を見て、それがどれだけ醜いものなのかを覚えていてほしかった。ただ、それで悔しい思いをさせてしまったことは済まなかった」
「ふざけんな!! アンタだって今日イツナを助けるためにキレてただろ! アンタが、親父が死にかけたりいいようにやられているのを見て、俺やイツナがどう思ってたのか分からねぇはずねぇだろうが!!」
「返す言葉もない。お前たちに偉そうなことばかり言っておいて、自分はこの有様だからな。こんな筋違いなことばかりしてる父親だ、見損なわれても仕方がないと思ってるよ」
「っ……! アンタは……!!」
違う。
そこじゃない、俺が気に入らねぇのはそこじゃねぇんだよ!
「ユーブ、一旦落ち着いて。……あなた、謝るところがずれてるわ」
「……?」
「ユーブが怒っているのは、あなたが生産職だって嘘を吐いていたことでも、この子たちに教えたことを自分が守らなかったことでもない。あなたが自分を蔑ろにしていることが許せないの」
「か、母さん……」
見抜かれている。
母さんからしたら、なんで俺が怒っているのかお見通しのようだ。
俺の口からそれを言うのがなんだか言いづらくて、結局こうして母さんに言わせちまった。
「あなたは昔からそう。私やレイナが誰かに害されるとものすごく怒るのに、自分に対する悪意や敵意には本当に鈍感で、どれだけ馬鹿にされたり殴られたりしてもまるで気にしない。……それが、あなたを大事に思っている相手からしたらどれだけもどかしいか分かるでしょう?」
「……うん」
「なら、この子たちの気持ちにしっかり向き合ってあげて。筋が通らないとか言って論点をずらさず、本音で応えてあげて。……恨まれ役を演じるのは、もういいのよ」
……いつものどこか軽いやり取りじゃなくて、真剣な表情で諭す母さんの言葉を受けて、親父が小さく頷いた。
そして、俺とイツナに真正面から向き合って、口を開いた。
「……ユーブ、イツナ、ごめん。お父さん、お前たちのためだとか言い訳ばかりしてた。もっと自分を大事にしたうえで、お前たちに向き合うべきだった」
「パパ……」
「……親父」
「これまでずっとお前たちには嘘を吐いてきた。でも、それは決してふざけてやったわけじゃない。それだけはどうか分かってほしい。だが……」
親父が再び、頭を下げた。
さっきまでの土下座に比べて浅い下げ方だが、本当に俺たちに向き合おうという気持ちが伝わってくる。
「ごめん。お前たちの気持ちよりも、俺の気持ちを優先していた。本当に、済まなかった」
……なんで謝ってんだよ。なんで、親父に頭下げさせちまってんだよ俺は。
親父は、普通の人よりずっと俺たちが強いから、それをいたずらに振り回さないようにって身を張って教えてくれてただけじゃねぇか。
ずっと弱いふりしてたのも、それを台無しにしないためだったからだろうが。
「……親父、体張りすぎだよ。そこまでされちゃこっちが申し訳なくなってくるだろうが」
「私は全然怒ってないよ。でも、パパはずっとそんな気持ちで、つらくなかったの……?」
「か弱い父親だって思われるのも、嘘を吐き続けるのもまあ耐えられた。……でも、何年もユーブに嫌われっぱなしなのは正直こたえたな」
「だってさ、ユーブ」
「……悪かったよ」
「特にアルマや義父さんと剣の稽古してるのを見てる時は自分がやってやれないのがもうホントにもどかしくて。しかも地味に義父さんがドヤ顔決めながら煽ってきてる時はマジで腹が立ったわ」
「ジイちゃんが稽古の途中に半笑いでよそ見することがあると思ったら、アンタのほう見てたのかよ……」
「ならパパも稽古つけてあげたら? もう弱いふりなんかしなくていいし」
そう言えばそうだ。
親父が本当は強いっていうなら、一度相手になってもらうのも悪くねぇかもな。
……待てよ?
「親父、ステータスの職業欄がERRORって書いてるけど、親父の職業ってなんなんだ? スキルも取得不可って書いてあるけど、どうやって戦うんだよ」
「そのへんもちゃんと説明するよ。ついでに、お前たちが普通の人と比べてやたら強い理由も教える」
「あとパパの称号欄に『恐怖の大王』とか『魔王討伐』とか物騒なのが混じってたり、なんか変な文字が書かれてたりするのはなに?」
「あー……」
「あなた、いい機会だしちょっと昔ばなしでもしてあげたら?」
その後、親父の口から語られた話は素っ頓狂な内容で、作り話にしても出来が悪すぎて誰も信じないような酷いものだった。
親父が実はこの世界の人間じゃないとか、勇者と一緒に魔王を倒したとか、お袋と異世界を渡った時に妙な力を扱えるようになって、その力が俺たちにも宿っているだの、与太話のオンパレードだ。
馬鹿馬鹿しすぎて、俺もイツナも呆れて笑うしかなかった。
それが全部事実だってことに納得したのは、親父と母さんの組手の様子を見学した時だった。




