好感度爆上げの結果
「待って! 義兄さん! なに!? これ、なんなの!? なんで私こんなところまで飛んでるの!?」
「今のローアは最強だからだ」
「意味が分からない!!」
なんて言っている間にも、どんどん私と義兄さんの体は空高くまで浮かんでいく。
もしもこのまま自由落下なんてしようものなら、潰れたトマトのように真っ赤にひしゃげてしまうだろう。
イタズラにしては度が過ぎてる、というかどうやってこんなところまで浮かんでいるのか全然分からない!
「降ろして! 落ちたら死んじゃう! 降ろして!」
「大丈夫大丈夫落ちない落ちない。ほーら高い高い」
「高すぎる! もう無理!!」
「しょうがないな、じゃあちょっと目ぇ瞑ってな。少しは怖さが紛れるだろ」
「ううぅ……!」
訳の分からない状況と高高度の恐怖の最中、不意に両親と一緒に山へハイキングに行った時のことを思い出した。
それほど高い山じゃなかったけれど、頂上から見た景色は綺麗だと思う前に、足を踏み外して落ちてしまわないかという恐怖のほうが大きかった。
高所恐怖症というほど極端に怖いわけではないけど、落ちた時のことを容易に想像できてしまう高さだったから。
そんな恐怖の記憶を瞼の裏で回想している間にも、さらに高いところまで浮かんでいってるのが分かる。
むり。もうむり。めがあけられない。こわい。たすけて……って、あれ?
足が、どこかに着いてるのが感じられる。
目を瞑ってる間も上へ向かって浮かんでいってると思ったけれど、逆に地面へ下がっていたのかな……。
「よーし、もう目を開けていいぞー」
「っ……」
……いつまでも目を瞑ったままでいるわけにもいかないから、覚悟を決めて目を開けてみた。
「……え?」
「絶景だろ」
目を開けると、これまで見たこともない、想像を絶する景色が広がっていた。
最初に見えたのは、緑。森林や草原に時々人の手の入った街道や町や村が挟み込まれているように見えた。
ただし、ここから見える町一つ一つが、私の掌にすっぽり納まりそうなくらい小さく見える。
次に、青と白が混ざった景色。
真っ青な海と、同じく青い空が水平線を境界にして繋がっている。
その海の広さに比べたら、陸が小さく小さく感じられた。
海の大きさと陸の小ささが目に見えるほどに高い、とても高い場所にいることにしばらく気付かなかった。
目に見える光景があまりに非現実的で、しかし確かに私の知っている景色だということに頭が混乱していたから。
そして何より、ここから見える全てがあまりに美しくて、前に上った山よりもずっと高いところに立っていることを怖いと感じる間すらなかった。
「綺麗……」
「いい場所だろ。いわゆる空中庭園ってやつだ」
視線を地上の景色から自分の足元へ移してみると、まるで海に並ぶ孤島のように空の上を小島が浮かんでいて、その島の上に立っているのが分かった。
島には落下防止のための柵が縁に並べられていて、よく見ると造りかけの小屋が立っていたりベンチなんかの人工物もちらほら見える。
「こんな場所があるなんて、知らなかった。なんで下からここが見えなかったのか不思議」
「日光に紛れたり周りの光を反射だとかして、地上からは見えないように色々と工夫がされてるらしい。この景色が見たくなったりした時によくここで一休みしてるんだが、どうだ?」
「すごいけど、ここって誰が造ったの? いつからここにあるの?」
「浮島自体は21階層から持ってきた……とか言っても分かんないだろうから、まあ謎の秘密基地くらいに思っとけばいいさ」
島を持ってきたとか言ってるけど、ますます意味が分からない。
どうやってこんな高さまで上ってきたのか、そもそもなんでここへ来たのかすら分からない。
「ここへ俺以外の人を連れてきたのは、ローアが初めてだ」
「え?」
「ローアのご両親も、ユーブとイツナも、アルマもここを知らない。俺だけの場所なんだ。いやアルマにはいつか案内しようと思ってるんだが、まだ家とか作ってる最中だから秘密にしてる」
「そんな場所に、どうして私を?」
そう聞くと、愉快そうに微笑みながら義兄さんが口を開いた。
「ぶっちゃけタダの自慢だ」
「は?」
「こんなトコまで上ってこの景色を見られるのは俺くらいなもんだ。まあ、あの向かい側の山の上からでも同じような景色が見られるかもだが」
……自慢って。
ここにきて酷く俗っぽい理由を言われて内心げんなりしそうになった。
しかも向かい側の山は山というよりも巨大な岩のような、綺麗な景色に異物感を残すようなもので、正直あまり好きじゃない。
「つーか、見るたびに思うけど、あの山って景観を損なってる感があるよな」
「あの山、日光を遮るせいで洗濯物が乾きにくいって皆言ってる。高さはすごいけど、何もないし危ないから誰も登ろうとしないの」
「ふーん。……なぁ、もしもあの山がなくなって、誰か迷惑をこうむるような人っているかな?」
「また、言ってる意味が分からない。……そんな人は特にいないと思う。本当に何もない山で草木もほとんど生えてないし、なくなっても誰も困らない」
「そうか」
意味不明な質問をしてきたかと思ったら、急に向かいの山へ向かって義兄さんが構えた。
拳法家が正拳突きをする時のように、拳を腰の下に回して足を屈めて山を見据えている。
「……何やってるの?」
「いい機会だし、あの山、ぶっ壊す」
「……もういい。さっきから真面目に話すつもりがないのはよく分かった。景色も充分堪能したし、もうそろそろ帰ろ―――」
「ふんっ!!」
支離滅裂なことばかり言ってくるのにうんざりして、早く家へ帰ろうと促そうとしたところで、向かい側の山へ向かって義兄が正拳突きを放った。
いや、放っていた、というべきだろう。正拳を突き出す動きが速すぎて目で追えなかった。気が付いたら拳を前へ突き出し終わっていた。
パンッ と、それと同時に破裂したような音が耳をつんざいてきたので、思わず耳を塞いだ。
その直後、信じられないものを見た。
「…………………あ、れ……?」
義兄が正拳突きを放った山が、消し飛んでいた。
砕けるでも割れるでもなく、粉々になって、消えた。
もう、今日何度目かも分からないけれど、そう思わずにはいられなかった。
意味が分からない。訳が分からない。
「……なにが、おこったの?」
「んー、あの山邪魔だし、殴って消し飛ばした」
「いや、当たってないし、当たっても、あんなふうに消し飛んだりしない、はず」
「俺ならできる」
「なんで……!?」
「最強だから」
「答えになってない!」
「いーや、これが答えだ。俺は空だって飛べるし、パンチ一つで山だって消し飛ばせるし、なにより毎日そこそこ美味い飯を作ってる。最強だろ?」
「そんなバカバカしいこと、あるわけが、いや、でも、ホントに山が消えて……嘘……」
目の前の義兄の言うことは、絶対にありえないことだと理性が言っているのに、しかし紛れもない現実だと本能が告げている。
この人は、義兄さんは本当に……。
「そんな最強の俺が、もう一回だけ言おうか。ローアは人に気を使うことができて、頑張り屋で優しくて可愛い自慢の義妹だ。文句なんか誰にも言わせない」
「っ……!」
「だから、もっと自信を持っていい。自分を信じて頑張り続ければ、ローアは将来誰にも負けないくらいすごい人間になれる。俺が保証するさ」
改めてそう言われて、思わず顔を覆って蹲ってしまった。
恥ずかしいからか、嬉しいからか、顔が熱くなってまともに義兄さんの顔が見れないし、こんな顔見せられない。
心臓の音がどんどん大きくなっていく。高いところを怖がっていた時よりもずっとずっと強く、胸の内側から響いていく。
「……さて、気分転換にはなっただろ。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「……待って」
「? どうかしたのか?」
「さっきみたいに空を飛んで、色んなところを見て回ることとかって、できる?」
「うん? そりゃできるが、どっか行きたい場所でもあるのか?」
「うん。……義兄さんと一緒に二人で、お空を散歩してみたい」
「お、そうか。ローアから誘ってくれて嬉しいよ」
「でも、高いところは怖い」
「えーと……じゃあ普通に地上で散歩するか?」
「違う。落ちないように抱えていてほしい」
「お、おう、分かった」
~~~~~
やりすぎた。
いや、ちゃうねん。ちょっと義妹とコミュニケーションをとろうと思って様子を見てたら、なんだか暗い顔してたから元気づけようとしただけやねん。
一緒にお菓子を作るのに誘うところまではよかった。
出来上がったクッキーを美味しそうに食べていたし、実際よくできたと思う。
ちょっと途中で褒めすぎて地雷踏んだあたりから話がややこしくなっていった感がある。
ご両親や実の姉のアルマ、そしてよく一緒に遊んでいるユーブとイツナに比べ、自分は才能がないと思い込んで劣等感を抱えてしまっていると、その場の勢いで俺に告げてしまったようだ。
本人たちに直接言いづらい話だろうし、これまでずっと一人で抱え込んでいたようだが、急接近して分かったような口を利いて褒めちぎってくる俺に対して堰が切れた、といった流れかな。
うん、色々言いたいことがあるが、まず最初にこれだけは言いたい。
比較対象がおかしい。
その人たち人類の例外みたいなもんなんだから、そりゃ大抵の人間は比べ物にならないくらい弱いに決まってんだろ。
他の友達とかと比べてりゃすぐにおかしいのは自分の周りの人たちの強さだって分かりそうなもんだが……。
え、ユーブたち以外は特に友達いない?
……無理にとは言わないが、もう少し同年代の子たちと交流を深めようとか考えたほうが……。
それはさておき、このままだと義妹の地雷を踏んだまま好感度ストップ安状態になってしまうので、リカバリー開始。
ホントはあまり魔力操作を使っているところを見せたくないが、ローアの場合は自信を持たせるために『ものすごく強い人から認められる』という体験が必要そうなので、あえて本当の強さを見せびらかすことにした。
決して普段我が子たちに対してよわよわパパの面しか見せられないからって、義妹の前でここぞとばかりにカッコつけてるわけではない。断じてない。
というわけで、お兄ちゃん実は最強だよーローアも空飛べるようにしてあげるよーって具合に無理やりエスコート。
21階層を探索中に見つけてアイテム画面に詰め込んで持ち帰った謎の浮島へご案内。
ちなみにこの浮島は我が家の真上に設置しているのであくまでウチの敷地内ではある。
浮島から下方向に対して日光を屈折させたりして遮らないようにする謎技術が使われているので、普段はこの浮島が原因で日陰ができたりもしない。便利。
浮島からの景色を見せてリフレッシュさせて、さらに景観を損なっている山を遠隔魔力操作パンチで消し飛ばして最強アピール。どやぁ。
俺が消し飛ばした山は数百年くらい前にどっかの大魔導師が大型の魔獣を倒す際に精霊魔法で創り上げたのが残ったものらしい。
無理に精霊の手によって隆起させたものだから魔力も土地の栄養もほとんどなく、ただ邪魔なモニュメントとして残り続けているんだとか。
義母さんや義父さんなら破壊することもできるだろうが、破壊した山の破片があたりに散乱したらそれだけで大惨事になりかねないから放置しているんだと思う。
だが俺なら遠隔魔力操作で砕いた直後にその破片全てをアイテム画面へ収納すればこの通り。
破片は飛び散らず、ただ『山が消し飛んだ』という結果だけが残る。これで明日からは洗濯物が乾きやすくなること請け合いだろう。
さて、そんな最強な義兄から改めて『ローアはすごい』と言ってやれば少しは自信が持てるようになる。
現にそう言った後からは、どこか暗い表情を浮かべていたのがすっかり明るく……なんか妙に距離が近くなった気がするがとにかく元気になったぽいのでヨシ。
しばらく一緒に空中を散歩して、日が落ちそうな時間帯になったところで家へ帰るとローアのご両親がお出迎え。
もうスタンピードを討伐したのか。まだまだ現役だなこのお二人も。
名残惜しいが、これでローアのホームステイも終わりかな。
「義兄さん、また、遊びに来てもいい?」
「ああ、もちろんだ。いつでもおいで」
寂しそうな顔でそう言う義妹の頭を撫でてやると、笑顔で手を振りながら帰っていった。
次に来るのはいつになるやら。今度は何をして遊んでやろうか、考えておかないとな。
その日の夜、義父さんから『ローアがヒカル君と結婚したいと言っているんだがいったい何をしたのかね『義兄さんと一緒に作った』とか『お空を飛んで最高に気持ちよかった』とか言っているんだが返答次第では今すぐ決闘になるが覚悟してもらおうか』とか通信魔具から地獄のような内容と低い声が発せられてきた。
それを聞いたアルマも笑顔で『ちょっと詳しいお話を聞きましょうか』と俺の肩をえぐり取りかねないほどの握力で掴まれ連行された。
違います誤解です何もしてませんちょっと一緒にクッキー作っただけですその後ちょっと空中散歩しただけですやめてください私は無実ですちょっとマジで話を聞いてください肩が、肩が千切れちゃうからホントに離してぇぇぇええ!!
なおアルマママは姉妹丼でも可という方針な模様。止めろ。




