距離の詰め方と接し方がバグっている
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怒らないから『まだ人間だったころ』とかタグに書いた人は名乗り出なさい。
私には、才能がない。
私は、両親や姉のような素質を持っていない。
剣も魔法も、私は扱う術を持たずに生まれてきた。
私の両親は、世界最強らしい。
若いころから各地でスタンピード討伐に参加したり、強力な魔獣を狩ることを日常に活動していたらしく、さらには魔族と呼ばれる凶悪な厄災たちをも打倒してきたらしい。
その結果、普通の人がLv40台で頭打ちになるところを私の両親はLv100を超えている。
お母さんもお父さんも、世界で最も強い人間と言ってもいい。
そんな両親の間に生まれた私も強いのかというと、そんなことは全くない。
成人前だから当たり前だと思われるかもしれないけれど、私は両親から戦闘職としての強さは受け継ぐことができなかった。
母の魔法と父の剣、それらを扱うための『スキル』という素質が、私にはなかった。
それに対し私の姉はその両方を受け継ぎ、あまつさえさらにそれを上の領域へと押し上げる才能があった。
本来なら剣と魔法のどちらかを捨てなければジョブチェンジできないというルールを壊し、新たな職業を発見して成長し続けるほどの天才だったらしい。
私が生まれるころには既に、私の両親が束になっても敵わないほどに強くなっていた。
そんな姉を妬ましいとすら思えなかった。
私とは何もかも違い過ぎる。比べようと思うことすらおこがましい。
現に両親も『無理に私たちのように剣や魔法を扱おうと思わなくていい。ローアの進みたい道を選びなさい』と言っている。
両親は私のためを思って言ってくれているんだろうけれど、それは裏を返せば期待されていないということでもある。
それでいい。それでも仕方ない。
親が偉大だからといって、その子供まですごいとは限らない。当たり前だ。
そう思っていたのに、ユーブとイツナを見て、蓋をして見て見ぬふりをしていた劣等感が再発しそうになった。
ユーブとイツナは姉から生まれた双子で、私にとっては甥と姪にあたる。
ほぼ同い年の甥と姪というのもおかしな話だけれど、この二人がまたとんでもない。
学校で難癖つけて喧嘩を売ってきたいじめっ子を、まるで赤子を捻るかのようにケガ一つさせずにあしらい、さらにその報復にきたいじめっ子の兄の冒険者すら一方的にボコボコにしていた。
偉大な親の子供はすごいとは限らない。
そう自らに言い聞かせて諦めていたのに、この二人は成人前だというのに大人の冒険者を倒すほどの才能があった。
私の両親はすごい。
私の姉は天才。
姉の子たちも将来有望。
私は、違う。私だけが、弱い。
私、だけが……。
これまで、誰にも言えなかった。
こんなことを言えば、両親も姉もユーブたちも変に気を使ってしまって、どう接すればいいか分からなくなってしまうから。
でも、いつまで、この劣等感に耐えられるのだろう。
いつになったら、私は自分に自信が持てるようになるんだろう。
いつになったら……。
「つらそうな顔してるが、どうかしたのか?」
「っ! ………?」
両親の仕事の都合で昨日からユーブたちの家へ泊まり込むことになって、二日目の昼。
学校も終わってユーブたちと一緒に帰って、お昼ご飯も済んでからしばらく読書をしながら一人で考え込んでいると、優し気な声で誰かが声をかけてきた。
声の主は姉の夫、つまり私の義兄だ。
ユーブやイツナが言うには、義兄さんは生産職でとてもか弱い人らしい。
以前ユーブたちがいたずらで体当たりしたら血まみれになって死にかけていたとか言ってた。
……生産職があの二人に体当たりされて生きてるのがまずすごいと思う。
そんなか弱い義兄が、私を心配そうに見つめている。
見た目はユーブによく似ているけれど、声の軽さや印象としてはどちらかというとイツナを思わせる。
「悩み事かな?」
「……別に」
「そうか」
話すことは特にないし、悩みを打ち明けるほどの仲でもない。
だから適当にあしらって読書を再開しようとしたところで、神妙な顔で再び話しかけてきた。
「なあ、ローア。ちょっとお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
「……なに?」
「お菓子を作るのを手伝ってほしい」
……は? お菓子?
深刻そうな顔で何を言い出すかと思ったら、お菓子作りの手伝い?
「頼む! いつも毎日毎日俺一人で黙々と作ってたら死ぬ! 寂しいの! すっごい寂しいの! 寂しすぎて死んでしまうぅ!」
「わ、分かった。分かったから頭を上げてほしい」
「サンクス! そんじゃあ、リビングで作りましょー!」
……義兄さんのテンションの乱高下を見ていると、落ち込んでいるのがバカバカしくなってきた。
これ以上近くで騒がれても気が散るだけだし、仕方なくお菓子作りを手伝うことにした。
「寂しいなら姉さんと一緒に作ればいいのに」
「アルマは今料理の先生のところで授業中だよ」
「……姉さんって、料理のギフト持ってるの?」
「ああ。つっても、専門の人に比べたらやっぱ成長は遅いみたいだけどな。まだ先生の足元にも及ばないって渋い顔して言ってたけど、それでもコツコツ続けて頑張ってるらしい」
少し意外だ。
姉さんならすぐに並の料理人くらいなら追い抜けそうなイメージだったのに、そういうわけでもないのか。
「よぉし、まずは薄力粉を振って……」
うわ、いつの間にかエプロンと三角巾着けてる。着替えてるところが全然見えなかった。
それからしばらく義兄さんと一緒にお菓子作りをする時間を過ごした。
『よーしよしよし! 上手いぞ! 天才!』とかことあるごとにオーバーなリアクションをとってきて、鬱陶しいと思う反面ほんの少し嬉しいと思っている自分に気付いた。
本当に楽しそうにお菓子作りを教えてくれている義兄さんを見ていると、こっちまで可笑しくなってきそうだ。
お母さんやお父さんと一緒に遊んだりするのとはまた違う、どこか胸の奥が温かくなるのを感じた気がした。
オーブンから焼き上がった生地を取り出して、クッキーが完成した。
とても美味しそうに仕上がっていて、いい焼き具合。
それを外の庭先にあるテーブルまで運んで、お茶を淹れてティータイムの準備が整った。
「完成! 拍手!」
「……」
「拍手!」
「いいから食べよう」
「……せやな」
落ち込みながら変な方言で返事をする様に、ちょっと罪悪感。
でも拍手はしない。このノリに付き合うの疲れるし。
早速焼き立てのクッキーを頬張ってみると、本当に自分が作ったものなのかと疑いそうになるほど美味だった。
「美味いな、素晴らしい出来栄えだ。将来絶対いいお菓子屋さんになれるぞローア」
「……大げさ。これくらい、義兄さんや姉さんなら一人でも作れるんでしょ?」
「いや、アルマはこないだ塩と砂糖を間違えてめっちゃしょっぱいクッキーになってたけど」
「ぶふっ」
「なんなら俺もよくオムレツが潰れてスクランブルエッグになるし」
「っ……もう、いいから」
不意打ちで言われた姉と義兄の失態に、思わず笑ってしまった。
姉のことを完璧な超人だとか思い込んでいたけれど、そういうおっちょこちょいな一面もあるみたいだ。
「ローアはすごいよ。おかげでちゃんとこうやって美味いクッキーを作れた」
「……教えてもらえば、誰でもできる。スキルのない私でも上手くいったんだし」
「スキルが全てじゃないんだよ。ローアって自分から教室を掃除してくれたり、雨が降りそうな時にいち早く呼びかけて誰もが風邪をひかないようにしてくれたり、人への気づかいができる子だってユーブたちから聞いたよ」
「そんなの、大したことない。それも、誰にでもできることだから」
「誰にでもできるかもしれない。でも、誰もが面倒だからってやりたがらないことを自分からやろうとするのはなかなかできるもんじゃないぞ」
「……」
「俺が保証する。ローアはすごい子だ」
「義兄さんに保証されても、嬉しくない。義兄さんは無理やりそうやってすぐに褒めようとしてるだけでしょ」
気を使って褒めてくれている義兄の言葉が、今の私にはひどく苛立った。
こんなことを言うべきじゃないのに、堰が切れたように八つ当たりの言葉を投げかけてしまった。
「お母さんもお父さんも姉さんも、ユーブもイツナもすごい。誰も敵わないくらい強い。そんな中で、私だけが才能がない。その気持ちが分かる?」
「……ローア」
「義兄さんに褒められても、か弱い生産職の人の言葉に過ぎない。ううん、生産職が悪いって言いたいわけじゃないけど、それでも私は……」
生産職のか弱い義兄さんじゃなくて、偉大な両親と姉に、認めてもらいたい。
お前は自慢の娘だって、妹だって。
自分の娘だからっていう気づかいからくる言葉じゃなくて、本当に実力を認められるようになりたい。
こんなのは、成人前の子供の戯言だ。我がままだ。
それを、私を励ましてくれている義兄さんにぶつけるなんて、本当に最低だと思う。
……なんで、義兄さんにこんなことを言ってしまったんだろう。
「そうかそうか。なら、なおのこと俺が認めよう。ローアは気づかいができて、将来有望な自慢の義妹だ」
「……話、聞いてた?」
しかし、なおも私を褒め続けている義兄に思わず苦笑いしそうになった。
この人、頭の中にお花畑か何かが広がっているんだろうか……。
「ああ聞いてた。要は弱っちい奴から認められても説得力がないって言いたいんだろ? なら俺が言うべきだろ」
「言ってる意味が分からない」
「んー……じゃあ特別に教えよう。あ、ユーブとイツナには内緒な」
しぃーっ、と口の前に人差し指を立てながらそんなことを言った後、義兄が言葉を続けた。
「実は俺、世界最強です。ローアのご両親よりも、それより強いアルマよりも、俺のほうが強い」
「……そんな嘘八百を言ってどうするつもり……え?」
呆れ半分に言い返そうとしたところで、義兄の異常に気付いた。
義兄さんの体が、宙に浮いている。
「……なに、それ」
「うん、最強だからね。普通に空飛ぶくらいできる。ほら、ローアも」
「えっ……ひっ!?」
宙に浮いている義兄を呆然と眺めていると、今度は私の体まで浮き上がってしまった。
な、なに!? なになになに!? 何が起きてるのこれ!?
「今だけは、ローアも最強だ。じゃあこのままお空の散歩にでも行くか」
「え、えっ、えっ? ちょ、ちょっと待っ ひぁぁぁああああっ!!?」
訳も分からないままどんどん空高くまで飛んでいく。
義兄さんも私も、どこまでも、どこまでも。
た、高い、高すぎる! 怖すぎる!
待って! 降ろして! 何が起きてるの!? だ、誰か助けて……!!




