教育とは命がけと見つけたり
子供たちが誕生してからそろそろ五年が経つ。
二歳ごろのイヤイヤ期は色んな意味で修羅場だった。
ユーブはさほどでもなかったが、イツナのギャン泣き具合はとにかく凄まじかったなぁ……。
毎日のようにどこからともなくネズミだの虫だのカエルだの持って帰ろうとするし。
その影響か、最初は取得していなかった『テイム』スキルを後天的に獲得する始末。将来は魔獣使いかな?
「パパ、だっこ! いやむしろかたぐるま!」
「はいはい、いいよーほーらたかいたかーい」
「おやじ、はらへった」
「おっと、そろそろお昼ご飯どきだな。今日は焼きそばでも食べるか?」
「やきそばすき!」
「おっし! にくいっぱいでたのむぜ!」
「ちゃんと野菜も食べろよ」
そんな子供たちも今は元気にすくすくと成長しており、口頭での受け答えも順調にできるようになってきた。
イツナは俺のような軽い口調で、ユーブは男らしいというかちょっとガラが悪いけど愛嬌で済む範疇の話し方だ。
メニューの翻訳スキルのせいで日本語とパラレシアの言語がチャンポンになった変な話し方にならないかと心配だったが、子供たちには完全にパラレシア語の音声に聞こえるように調整してあるから問題ないそうな。
細かい言語音声調整までできるとか相変わらずチートだなメニューさん。
ちなみに翻訳機能をオフにすると、アルマだろうがレイナだろうが何を喋ってるのかさっぱり分からんようになってしまう……というわけでもない。
一度勇天融合でこっちの人間と融合した影響か、完璧ではないにせよ喋ってる内容は翻訳機能なしでも大体分かる。
でも自分で話すとなるとやっぱ発音とかが変に聞こえるみたいなので結局翻訳機能頼りに。メンドイし。
ユーブたちもそろそろ読み書きや筆算などの一般常識を学習させる時期だが、その方法についてちょっと悩んでいたり。
家族でお勉強するスタイルか、それとも同年代の子供たちと一緒に学校で学ぶべきか。
一般的にはどちらも大体半々くらいの割合で、どちらがいいということもなくケースバイケースらしい。
前者は家族との時間を大切にしたうえで学ぶことができるし、後者は同年代の子たちとコミュニケーションをとりつつベテランの先生に教えてもらえる。
どちらも大体5年くらいを目途に修了する。要するに十歳で学校は卒業だ。
あとは成人するまでそれぞれの目指す職業に沿った鍛錬や実習や学習がメインになるらしい。
子供たちの将来を思うなら、できれば色んな子と交流できる後者を選ぶべきだろうが、いくつか問題がある。
まず寂しい。いやこれは俺とアルマが我慢すればいいだけの話なんだがめっちゃ寂しい。
でも子供たちは寂しいとかいうことはなく、学校へ行くことに対して特に不満はなさそうなんだよなぁ。親の心子知らず。
そしてもう一つ、こっちが重要。
……ユーブとイツナのフィジカルが強すぎて、万が一喧嘩になった時に相手の子供を殴り殺しかねないということだ。
既にプロフィールに記されている能力値は300近くまで上昇しており、しかも本格的に成長するのはこれからなんだとか。
ホントこの子たちヤバい。誰に似たんだ。いや俺とアルマの子じゃなきゃこんなことにはならんだろうけど。
だから、荒療治になるが、二人にはちょっとトラウマになりかねない体験をしてもらうことにした。
ある日の朝、いつものように朝食の準備ができて子供たちを起こしにいくところで事件は起きた、いや起こしたというべきか。
昨晩、ユーブとイツナが寝る前に、起こしにきた俺にちょっとしたイタズラを仕掛けることを計画しているのを利用してやることに。
子供二人分の膨らみのあるベッドを前に、思わず身じろぎしそうになったがなんとか耐えた。
……覚悟を決めろ、俺。油断するな、下手したら死ぬぞ。
「ユーブ、イツナ、起きなさ―――」
「おりゃー!」
「パパー! とーう!」
二人の計画したイタズラの内容は非常に可愛らしいものだ。
ベッドに本やらおもちゃやら詰め込んで、あたかもいつものように眠っているかのように見せかける。
その隙に、ドアの影に隠れておいて、俺の背後から突進を仕掛けてくるという子供心に溢れたイタズラだ。
だが
「おぐっはぁ!!」
「……え?」
「ぱ、パパ……?」
二人の膂力は半端じゃない。そりゃもう既に中堅職に引けを取らないほどのフィジカルがある。
そんな二人の突進を受ければ、並の人間はひとたまりもないだろう。
それを、あえてステータスとプロフィールをオフにした状態で受けた。
俺の体は当然のように吹っ飛ばされ、そのまま壁を貫通して外へと放り出された。
「あ、あがが……!!」
壁をぶち破り十数メートルほど吹っ飛ばされ、滅茶苦茶に転げまわってからようやく墜落。
地面に着いた時には、全身がバラバラになったんじゃないかと思うほどの激痛が走っていた。
や、ヤバい、覚悟していたとはいえくっそ痛い……! 背骨折れてないかこれ……!?
「お、おやじ!? だいじょうぶか!」
「ぱ、パパー!!」
子供たちが大慌てで俺に駆け寄ってくる。天使か。
なお俺はあちこち骨折して血まみれな模様。当たる直前、咄嗟にギリギリのタイミングで自ら足を前へ踏み出して衝撃を受け流してなけりゃ多分死んでた。
久々の命の危機が我が子のイタズラっていうね。……ここまでメタクソな重傷を負ったのは魔王との戦い以来だわ。
「か、かあさん! かあさんっ!! いますぐきてくれ!! おやじが、おやじが!!」
「ごめんなさい! パパ! ごめんなさいぃ!!」
子供たちが大泣きしながら謝ったりアルマを呼んだりしてるのが聞こえる。
……計画通りだが、ここまで痛い思いをするハメになるとは。教育って大変だなぁ……ガクッ。
アルマに回復してもらってから意識を取り戻した後に、ちょっとしたお叱りタイム。
内容としては『二人は普通の人に比べてとっても力持ちだから、ちょっと相手を叩いたりするだけで大怪我をさせてしまうかもしれない』
『だから、イタズラ半分に暴力を振るうようなことをしてはいけません。今回は相手が大人のお父さんだから助かったけど、同い年くらいの子供にこんなことをしたら大怪我したり、最悪死んじゃうかもしれないよ?』
『喧嘩になっても、相手を思いっきり叩いたりするのは我慢しなさい。でないと、本当に死なせてしまうから。分かった?』
こんな感じで説教したら、二人とも大泣きしながら抱き着いてきて何度も謝り続けてきた。天使か。
……どうしよう、半分マッチポンプみたいなもんだし猛烈に罪悪感がががが……!
あと今回の件を踏まえて、今後はユーブたちの前で戦闘職として振舞うことができなくなってしまった。
いやこれまでも別にパパは強いんだぞー的なムーブをした覚えはないんだが。
俺が生産職のよわよわボディじゃなきゃあんなことにはならなかったってことは、この二人もいずれ理解するだろうし。
まあいい、こうなればこれからは『生産職のか弱いパパ』として振舞うことにしますかね。
……今後、二人の前でカッコつけられなくなって、なんだか悔しい気持ちもあるが。
ただその甲斐あってか、結局通うことに決めた学校では特に大きなトラブルを起こすこともなく、元気に他の子供と一緒に遊んだりお勉強するのを頑張っている模様。
たまに喧嘩することもあるらしいが、決して相手を傷つけたりはしていないとのこと。
背骨をバキバキに折られたのは無駄じゃなかった。……でもあんな痛いのはもう勘弁だわホント。
毎日こんなことがあった、あんなことが面白かったとか報告してくる楽しみが増えたが、時々『遊具から落ちた』とか『川遊びで溺れそうになった』とか聞かされてハラハラすることも。
ホントにヤバそうな時はメニューから通知がくるはずだが、それはそれとして心配だ……。
そんなこんなで子供たちが学校へ通うようになってから、かれこれ3年が経った。
春先に、いつものように学校から帰ってきた子供たちを迎えようとした時、ユーブとイツナの隣にもう一人、誰かが一緒に歩いているのが見えた。
「……? お友達かな?」
「! ……あの子、ローアだわ。どうしたのかしら」
「ローア? ……あ、アルマの妹か」
イツナの隣で無表情のまま歩く茶髪の女の子を見て疑問符を浮かべていたが、よく見るとアルマや義母さんによく似ていて、むしろ外見だけならイツナにそっくりだ。
ぶっちゃけ、ユーブよりもあの子と双子だと言われたほうが信じられるレベル。いやユーブだけハブる意味合いで言ったつもりは毛頭ないが。
「あなたの義妹でもあるのよ、忘れてたの?」
「いや、赤ん坊の時に何度か会ったくらいで、しばらく顔を見ていなかったからな」
「もう……学校で何度か遊んでるって話をしてたでしょう?」
「ごめん、実際に会うのは本当に久しぶりだから……」
そのローアが、なんでユーブたちと一緒に我が家へ向かっているのやら。
義母さんと義父さんからはなんの連絡もなかったが、はて?
「ただいまー!」
「ただいま」
「……」
「おかえり。今日はローアもいるのね」
「いっしょににウチにくるっていってたからつれてきた」
「……お母さんとお父さん、今日から仕事で何日か手がはなせなくなる言ってたから、しばらくお世話になるようにって言われた」
ユーブやイツナより少しだけ大人びた声で、どこか寂し気にそう告げるローア。
おいおい、んな連絡受けてないんやが……お?
通信魔具から着信アリ。……着信元は義父さんからか。
「もしもし」
『……久しぶりだねヒカル君。急な話で済まないが、しばらくローアを預かってくれ』
「……はい?」
『本当に申し訳ないが、私たちも今の今までゴタゴタしていてなかなか連絡できなかったんだ。頼む、君の家なら私たちも安心してローアを預けられるから……うぅっ……!』
「いや、ホントに何があったんですか?」
『うおぉぉおおん!! ローアァァアア!! ぐほぇあっ!!?』
話してる最中に号泣しながらローアの名前を叫びだしたかと思ったら、まるで横っ面をぶん殴られたかのような悲鳴とともに音声が途切れた。
かと思ったら、今度は義母さんの声が通信魔具から聞こえてきた。
『……もしもし? あ、ヒカルさんお久しぶり。お疲れ様です』
「アッハイ、お久しぶりです」
『いきなりローアちゃんを預かれって言われて訳が分からないでしょうけど、ちょっと緊急のお仕事が入っちゃったの』
「緊急? 何かのっぴきならない事態でもあったんですか?」
『ええ。第3大陸での開拓作業の最中に、ちょっと大規模なスタンピードが発生してしまって……』
「大変じゃないですか。俺とアルマも行きましょうか?」
『ダメよ。今回のスタンピードの親玉はコピー系の魔獣らしいから、あなたたちがこっちへ来たら被害が拡大しかねないわ』
あー、そういや前に俺をコピーされて危うく王都が滅ぶところだったこととかあったな。
またあの時と同じ状況になったらちとヤバい。
『幸いコピーできるのは一人分だけだし、十中八九コピーされるのは私かデュークよ。ならどうとでも対処できるから、こっちは心配いらないわ。ただ、数日単位の長期戦になると思うから……』
「その間、ウチでローアを預かってほしいというわけですね」
『先に連絡できればよかったのだけれど、今の今まで本当に時間の余裕がなかったの。ごめんなさいね』
「いえいえ。それではローアはしばらくウチでお泊りというわけですね」
『とってもいい子だからわがまま言ったりはしないだろうけど、何かあったらすぐに連絡して! スタンピードほっぽってそっちに行くから! それじゃ!』
それだけ告げて通信が切れた。最後ちょっと涙声だったな義母さん。どんだけローアと離れるのが寂しいんだか。
つーかスタンピードほっとくなや。いや俺が同じ立場だったらどうするか分からんけど。
……さて、そうなるとしばらくの間家族が増えるわけだが。
「しばらくお世話になります、姉さん、義兄さん」
……。
「うん、いらっしゃいローア。そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。ねぇ、あなた……あなた?」
「………義兄さん、とは俺のことかな?」
「うん。よろしく、義兄さん」
「おやじ、どうした?」
「……パパ、かたまってる」
生まれて初めて義兄さんと呼ばれ、思わず硬直してしまった。
ヤバい。変なスイッチ入りそう。我が子たちとはまた違った可愛さががががが……!!
……どうしよう。この義妹、可愛すぎて思いっきり甘やかしてしまいそうだ。




