ギルド、発足
暗殺者ギルドへフェブロニア家次期公爵の暗殺を依頼して、既に半月が経過した。
既に罪が確定している者を暗殺するのとは勝手が違うらしく、準備に時間がかかっているようだ。
まあ、それも今日までだがな。
次期公爵の始めようとしているビジネスは、上手く運用してやれば非常にいい儲けになる。
死霊術を使用しているとバレないようになんなりとカモフラージュしてやれば、戦闘から力仕事までなんでもこなす疲れ知らずな軍を運用できる。欲しがる者は後を絶たないだろう。
あの若造が担うにはもったいない、実にいい事業だ。
故にワシがヤツに代わって運営すべきなのだ。
暗殺者ギルドからの話では、既に奴を殺すに足る証拠はおさえてあるらしい。
これで奴の屋敷を接収し、ビジネスに必要な技術やデータを掠め取れば後はすべてワシのモノとなる。
これでさらに功績を積み上げれば出世し、より高い地位へのぼり詰めることができる。
上手くいけば、あるいはワシが王となることも不可能ではないはずだ。
ふふふ、今から興奮が抑えきれんわい……!
「失礼します、コナー大臣。ギルドより馳せ参じました」
「……来たか」
いつものように、前触れもなくワシの背後から声がした。
暗殺者ギルドの連中はいつもワシが一人で私室にいる夜10時丁度に連絡を寄越すが、どこから侵入しているのかワシにも見当がつかんのが不気味だ。
だからこそ誰にも知られることもなく、正規の依頼に後ろ暗い依頼を混ぜて任せることができるのだが。
「例の次期公爵の処分、無事完了いたしました」
「ご苦労。公爵家への調査派遣団は明日向かわせるので、後は任せろ」
「……それと、少々よろしいですか? 今回の依頼について追加でご報告したい事項がございまして」
? 追加の報告?
いつも言われたことを黙々とこなすだけの暗殺者たちが、わざわざ伝えたいことがあるとは珍しい。
「許す、申してみろ」
「はっ。今回のフェブロニア家次期公爵の進めていた例の死霊術による事業ですが、あろうことかそれを奪い取って自分の利益の種にしようと画策している輩がいると判明いたしました」
「何……!?」
ワシ以外に、ヤツの事業を狙っている者がいたというのか!?
まずいな、事業の存在を知っている人間がいるとなると後々邪魔になる。
その邪魔者も、早急に始末しなくては。
「すぐにその輩の情報を集め、処分しろ。死霊術を利用したビジネスなど、誰の手に渡ろうともろくなことにはならん」
「おっしゃる通りです。既にその不埒なる者の情報は集めておりまして、あとは手を下すのみとなっております」
「ほほう、いつにも増して仕事が早いな。ちなみに、その輩はどこのどいつなのだ?」
そう尋ねると、暗殺者はほんの少しの間の後に輩の情報を話し始めた。
その内容は、耳を疑うものだった。
「その輩は、この国の大臣です」
「!?」
「他の罪状を調べ上げたところ、ある時は医療用の鎮痛剤の材料を麻薬として横流ししていたり、ある時は処分予定だった対魔族用の兵器を保管・売却する違法行為、またある時は軍部の腐った連中と連携して―――」
「ま、待て! 貴様、先ほどから誰のことを……!?」
まさか、まさか、コイツが言っている輩とは……!?
「そして今回、ジュリアンの弟を始末してその事業を横取りして、死霊術による裏のビジネスを起業しようと準備を進めている。そうでしょう? ヂュヘグリア・コナー大臣」
「なっ……貴様は!?」
思わず背後を振り向くと、いつもの伝令役の黒装束の者とは違う。
見覚えのない、黒髪の穏やかな顔つきの男が立っていた。
「お久しぶり……いや、前回会った時は仮面着けてたから分からんか。改めてどうも、ギルドより派遣された者です」
「……どういうつもりだ。王国直属の暗殺者ギルドが、ワシに歯向かうと言うのか!?」
「我がギルドは国に、そしてそこに住む民に悪影響を及ぼす組織とその元凶となる人物の罪を暴き、裁きを与えるためにあります。それは大臣であるあなたも例外ではない、ということですよ」
「バカなことを! その運営資金は誰が出してやっていると思っている!? この大陸においてはワシが暗殺者ギルドを支配しているも同然なのだぞ!!」
暗殺者ギルドは冒険者ギルドとは違い、その運営資金の大半を各大陸の上層部が握っている。
冒険者と暗殺者ではその規模も需要もまるで違う。たとえ資金を差し押さえられてまともに運営できなくなったとしても、国にとっては致命傷にはなりえないからだ。
これまでかなり高い資金を回してやっていたのは、ワシのビジネスの件にも目を瞑るための、暗黙の了解だということに気付いていただろうに!
「あ、そうそう。資金のことであればご心配なく。これまで支払って頂いていた資金はほとんど運営ではなく、各都市の復興や発展へ充てていたものですので」
「は!?」
「キツネ、もとい暗殺者ギルドのマスターはこれまで必要な運営資金をほぼ自前で稼いでいたらしいですよ? だから、たとえ資金援助が無くなったとしてもなんの問題もないのでご安心ください」
「ば、馬鹿な……! それでは、これまでいったいなぜ……!?」
「さて、それは私の知るところではないので。では、執行といきましょうか」
「ひっ……!? ま、待て!! あ、暗殺者ギルドが国の大臣を殺したなどと知れたら、どうなるか分かっているのか!!」
「ああそうそう、先ほどから勘違いしているようなので一つ訂正をしておきましょうか」
「えっ……?」
穏やかで、しかしどこか不気味な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開き言葉を紡いだ。
「私は暗殺者ギルドではなく――――」
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『コナー大臣、逮捕』
『二日前の深夜、大臣の私室に何者かが入り込み、大臣に暴行を加えた模様』
『現場には大臣が関わっていた数々の違法・犯罪行為の証拠がばら撒かれており、大臣本人も全身、特に顔面部に大量の洗濯ばさみで挟まれた状態で悶え苦しんでいるのが発見された』
『洗濯ばさみには特殊な付呪が施されており、外すには洗濯ばさみを開くのではなく一定以上の数を同時に引っ張って無理やり取らなければならない状態だったという』
『顔面の洗濯ばさみを外す際、あまりの激痛に失禁しながら気絶してしまい、そのまま身柄を拘束されて現在は牢屋に連行済み』
「あっはっはっは……!」
号外に書かれた、あまりに酷い内容に思わず笑ってしまった。いや、本当に酷いな。
洗濯ばさみを外された大臣の顔を見られなかったのが悔やまれるね。いやぁ残念残念。
「……それで、どう言い訳するつもりだグロシウス」
「すみません、依頼したカジカワさんに裏切られた挙句、そのまま暴走してコナー大臣の罪を暴露したうえで勝手に制裁までやってしまったみたいです。いやぁ、まさかこんなことになるとは思いませんでした」
「白を切れる立場だと思うか。ここまでの流れは、全てお前が仕向けたことなんじゃないのか」
「本当ですってば。こんな酷いことするとか誰が予想できるっていうんですか」
「いや制裁の内容のことを言ってるわけじゃないんだぞ!?」
グランドマスターが苦い顔をしながら怒鳴っているけど、あの人の行動を完全に予測しろだなんて本当に無理なんだからしょうがないでしょ。
いや、カジカワさんを利用して大臣を失脚させる流れを組んでいたことは認めるけどさ。
これまで第5大陸の暗殺者ギルドが、コナー大臣から受け取った資金を貯め込んでいた理由はただ一つ。魔族たちによる被害を受けた各街の復興に充てるためだ。
そろそろ魔王が復活する時期が迫っていたし、大きなお金を動かせる組織は一つでも多いに越したことはない。
暗殺者がやることじゃない気もするけど、しかし現にその資金があったおかげで王都周辺の復興は非常にスムーズな進め方ができた。
これ以上はもう過剰な資金も必要ないし、後はあの小汚い大臣に失脚してもらっても問題ない。
でも暗殺者ギルドが直接動けば他の腐った上層部の連中にどんなちょっかいを出されるか分かったもんじゃない。
だからこそ、外部の人間に大臣を始末してもらってその矛先を暗殺者ギルドから逸らそうと考えていた。
カジカワさんなら国だろうとも迂闊に手が出せないから、仮にバレたとしても誰も危害を加えられない。
下手に敵対すれば、破滅するのは目に見えてるからね。
「ただ、今回の件に関しては僕も責任を感じています。よって、けじめをつけさせていただきます」
「? どうするつもりだ」
「ここらで、身を引こうかと。引継ぎは僕の側近たちに任せてあるので、今後も問題なく第5大陸での運営を続けられると思います」
「……まさか、暗殺者ギルドを辞職するつもりなのか? いや、お前がそこまでする必要は……」
「次の就職先も既に決まっていますのでご安心ください。これまでお世話になりました。それでは、退職処理も済みましたので、ごきげんよう」
「おい、待て! いったいどこへ向かうつもりだ!? おい!」
引き留めようとしてくるグランドマスターを振り切り、ギルドの外へ駆け抜けていった。
その途中、風に飛ばされた号外の一面がふと目に入り、思わず笑みがこぼれた。
『コナー大臣を裁いた『仕置き人ギルド』と名乗る謎の組織が、各大陸の国王へ発足表明。その正体と目的は不明』
行動が早いなぁ、次のギルドのマスターは。
再就職先での仕事は、随分と愉快で面白くなりそうだ。
筆者の本業が忙しくなってきました。
更新ペースが前にも増して落ちるかもですorz




