奇襲の応酬
「煙幕!」
「散開!」
「攻めろ!」
臨戦態勢に入り、暗殺者たちが流れるような連携を見せてきた。
……いや、妨害しようと思えばいくらでも止められるんだけど、それはちょっと気の毒だから大人しく見物してみることにした。
一人が煙幕を張り、それと同時に部屋の四方八方へ暗殺者たちが散らばっていく。
天井に張り付いている奴や姿勢を低くして目立たないようにしてる奴、また視界が利かなくて勢い余ったのか窓をぶち破ってそのまま下に転落してる奴もいた。アホか。
散開してから半秒も経たないうちに、俺に向かって短剣を投擲するのと同時に三人くらいが接近して斬りかかってくる。
魔力操作で短剣や暗殺者を拘束するのは容易いが、あえて魔力は使わないで相手してやろう。
特に理由はない。縛りプレイ的な気まぐれだ。
「はいはいはい、オラァッ!!」
「ゴホォッ!?」
「ぐぁあ!!」
「ごへっ!?」
投擲された短剣を左手でキャッチしつつ、右手で暗殺者の首元をひっ捕まえて隣の奴に叩きつけ、残った一人を蹴っ飛ばした。
……舐めプしてるとかえって弱い者いじめしてる感があるし、遊ぶのはこのへんにして残った奴らもさっさとのしてしまおうかな。
……ん? って、おっと!?
「……これも防がれてしまいましたか。いやはや、怪物じみた膂力に勘まで鋭いなんて、反則でしょう」
「いや普通にビックリしたわ。いきなり後ろから刺しにくるとか殺意高いなオイ」
「仮に当たっていたとしても、こんなナイフ程度じゃ致命傷にはならないでしょう? あなたの能力値は高すぎますから」
「得物がそのナイフじゃなければの話だ。……吉良さんの売り捌いたナイフ、お前も持ってたのかよ」
「コレの出自に心当たりがあるのですか。この間の暗殺の際に対象から失敬したものなのですが、凄まじい切れ味でお気に入りなんですよ」
いつの間にか背後に回り込んでいたキツネ野郎が、見覚えのあるドス黒いナイフを突き立てようとしていた。
並のナイフなら刃が立たないだろうが、吉良さんのナイフは別。当たれば外付けHPを貫通してそのままグサリだ。こわ。
つーか吉良さん、アンタいったい何本こんな物騒なもん売り歩いてんだ……。
「このナイフを売っている人を知っているのなら、よかったら紹介してくださいませんか? 他に何を取り扱っているか興味がありますので」
「いや今はどこにいるのか俺も知ら……うぉっ!?」
急にフレンドリーに話しかけてきたのに対して返答しようとしたところで、今度は俺の両側面からテグスワイヤーのような糸を繰り出してきた。
咄嗟に飛びあがって天井に着地し、そのまま天井を蹴ってキツネ野郎に突進。
反撃に例のナイフで伸魔刃を発動してきたが、ナイフの横っ腹をデコピンで弾いてそのままキツネ野郎の腹を殴りつけた。
「くっ……!」
吹っ飛ばして壁に叩きつけてやったが、咄嗟に飛びのいて衝撃を受け流したらしく、大したダメージはなさそうだ。
すごいなコイツ、俺の四分の一程度の能力値でまともにやり合ってやがる。
それに、さっきからコイツの攻撃の初動がひどく読みにくい。気が付いたら攻撃されてるというか。
これはスキルとかじゃなくて、純粋にコイツの技量によるものっぽい。
ステータスだけを見て暗殺者ギルドの中でも最強だと思ってはいたが、予想を超える腕で素直に称賛したい気分だ。
下手したら魔力・気力操作なしのレイナ以上かも。
俺がコイツの奇襲に対応できているのは、圧倒的な能力値の差による後出しが間に合っているだけの話。
もしも能力値が互角だったら、おそらく何度も殺されてただろうな。
これ以上長引かせるとボロが出そうだ。速攻でケリつけるか。
~~~~~
分かっていたことだけれど、やっぱり勝ち目は薄そうだ。
目を逸らした隙をついて、あるいは無意識の間に滑り込んで暗殺する、といったいつもの手が通じない。
普通なら特級職だろうと無事じゃ済まない奇襲方法のはずなんだけれど、ただ圧倒的な反応の良さと速さ、そして強さだけで対応されてしまっている。
本当にシンプルな強さを極めるとここまで圧倒されてしまうものなのか。自分が不甲斐なく感じるよ。
いや、でも、楽しい。面白い。
正直言って、勝とうが負けようが僕にとってはどちらでもいいんだけれど、彼との勝負は心が躍る。
こうして真正面からまともにぶつかり合うことなんかいつぶりだろうか。
「さっきから奇襲ばっかしやがって。やりにくいったらありゃしねぇ」
「それが一切通用しないのもどうかと思いますけどね。やりにくいのはお互い様ですよ」
「はい、だから今からお返しにこっちも奇襲をしかけます。覚悟しろ」
「……奇襲を仕掛けることを宣言って、ソレはもう奇襲とは言えませんよ」
「やかましい。俺が奇襲と言ったら奇襲だ。要は反応できないうちに予想できない攻撃をすりゃソレは奇襲だ。OK?」
暴論だなぁ。この人、穏やかなのか乱暴なのかよく分からない。
でも、この人の仕掛ける奇襲には興味がある。いったいどんなふうに―――
「……え?」
気が付いたら、目の前からカジカワさんの姿が消えていた。
決して目は逸らしていなかったのに、消えた。
「どこに……? ……っ!」
これは、また例のファストトラベルとかいう転移の異能でも使ったのか?
なんて思ったところで、僕の足元の床が崩れた。
落とし穴? いや、違う。屋敷の中にそんなものがあるはずないし。
まさか、目にも止まらないスピードで床を破壊したとでも?
床が崩れて下の階まで落下していき、咄嗟に受け身をとって着地した。
「うわっ!? ……な、なんだ、これ……?」
その着地した場所が、妙な感触だった。
ネバネバしていて、足が地面から離れなくなってしまっている。どうやら落下先に強力なトリモチのようなものを仕掛けられていたようだ。
これもカジカワさんが仕掛けたものなのか? どこからこんなもの取り出したんだ……。
でも、この黒いナイフならこのトリモチを切り裂いて剥がすことができるはずだ。早く脱出しないと……。
あっ、ダメだ。前方数mほどのところに、カジカワさんが拳を振りかぶりながらこちらに向かって構えている。
「覚悟はいいか?」
「……お手柔らかに」
そう言いながら、黒いナイフをトリモチではなくカジカワさんに向かって構えた。
この状況じゃトリモチを剥がすのは間に合わない。なら、殴りかかってくるカジカワさんへのカウンターにかけるしかない。
……しかし、本当に強引な奇襲だなぁ。繊細さの欠片もないし、正直言ってあまり面白くもない。
「必殺!」
「っ!」
構えた拳を突き出そうとする、その瞬間。
カーン と、甲高く微妙に鈍い金属音とともに、僕の頭に強い衝撃が襲い掛かってきた。
う、上から、何かが僕の頭に降ってきた、のか……?
「あがっ……!?」
「奇襲・オリハルコンタライ落下アタックだ。予想できたかな?」
そんなの予想できるわけないだろ、と内心毒づきながら、タライが直撃した衝撃で僕は意識を手放した。
………釈然としないなぁ………。




