聖なる冒涜
……あの後すぐに第5大陸までファストトラベルして、フェブロニア公爵家の周辺を探ることにした。
本拠の場所や近しい家との関係なんかはギルドから教えてもらったが……問題は、暗殺を依頼されるほどのことをやらかしておいて、なかなかその尻尾を見せない点だとか。
巧妙に悪事の手掛かりを隠していて、『関係が疑われる』程度の容疑しか向けられておらず、証拠らしき証拠はつかめていない。
むしろよくコイツが関わっていそうだと見抜けたもんだ……って、普通なら思うんだろうけどな。
しかし、レイナと俺が組めば掴めぬ証拠はない。
ぶっちゃけこの世界に潜り込めない場所はないといっても過言じゃないくらい、反則級の諜報能力を持っている。
普通ならどう考えても入り込めないような場所もレイナの影潜りなら楽勝で侵入できるし、それを感知する警報魔具の類はメニュー機能で看破、あるいは破壊。
同じくメニューによって悪事の証拠になりそうな書類、物品の類を識別して失敬する。
持ち出したらヤバそうなものはメニューに記録してもらったり写真を撮ったりして証拠として保存しておく。
こんなことされて、侵入されたほうはたまったもんじゃないだろう。
アレだ、タワーディフェンスゲームの侵攻側が、見えない聞こえない発見されない状態のまま超高速で拠点を荒らしまわるようなクソゲーを押し付けてるようなもんだ。
悪事のあらゆる証拠を掴んだので、本当ならこのまま暗殺者ギルドへ提出して俺たちの仕事は終わりだ。
しかし、そうなればフェブロニア次期公爵は、ジュリアンの弟は暗殺されて死ぬ。
「……まあ、なんだ。発覚しないよう随分と周到に事を進めていたみたいだが、こうなればもう詰みだ。なぁ次期公爵殿」
「き、貴様ッ……!!」
故に、こうして公爵家へ忍び込んで直々にご対面することにした。
次期公爵ことイヴァラード・フェブロニア。
私室の豪華な椅子に座りながら憎々し気にこちらを睨む顔は、ジュリアンを思わせる端正な顔立ちだ。てかめっちゃ似てるけどもしかして双子だったりする?
相違点として髪型が妙にカールがかっているのと、顔つきからして卑屈そうな印象を受ける。ジュリアンなんか変な自信に満ちてるのに。
ちなみに、堂々とこんなトコにいて大丈夫かと思うかもしれないが、屋敷の警備や使用人さんとかにはあらかじめちょっと眠ってもらったのでバレる心配はない。
「顔はジュリアンさんにそっくりっすね。……髪型がちょっと変っすけど」
「! なぜ、兄のことを……まさか、生きてるのか……!?」
はい、バリバリ元気に生きてます。
なんなら先日開発してた新型魔石兵器の暴発で街の外までぶっ飛んでいったりしてたけど傷一つなく生還してたし。
……なんで生きてんだろうなアイツ。
「ホントならアンタの罪の証拠を集め終わったらチャチャっと処理してもらうだけで済むんだが、その兄サマがどうしても命だけは取らないでほしいって言うもんでな」
「……なに……?」
「アンタの罪がどうとかいうのは、まず兄弟同士の話にケリをつけてからにしとこうか」
そう告げた直後、困惑したままこちらを見つめるジュリアンの弟の目の前に、前触れもなく一人の人影が現れた。
その人影は艶のある銀髪に端正な顔つきの男性で、されど両手はゴツゴツとした武骨な掌をしている。
右手には一本の金槌を握り、もう片方の手には齧った跡のあるサンドイッチを持ちながら、不機嫌そうに俺のほうを向きながら口を開いた。
「……マイ・カスタマー、頼むからアポなしでいきなり呼び寄せるのは止めてくれないか。食事中ならまだいいが、トイレに入ってる間だったりしたらどうするつもりかね」
「やかましい。こちとらお前の要望に応えてこんなトコにまで忍び込んどるんだぞ、我慢しろ」
「き、貴様は……!!」
「ふむ、久しぶりだなイヴァラ。顔色が悪いが、ちゃんと食事は摂っているのか?」
変態武器職人ことジュリアンをファストトラベルで転移させ、無理やり兄弟再会の場をつくってやった。
……顔色が悪いのはどう考えてもお前の顔を見たせいだと思うんだが。
いきなり目の前に暗殺したはずの兄貴が出てきたらそりゃ顔面蒼白にもなるわ。
「……暗殺達成の報せが届いても胸騒ぎが治まらなかった理由がたった今分かったぞ。貴様、嘘の報せを寄越して身を隠していたな……!」
「いや、実際死ぬ寸前であったぞ? 鍛冶士の命ともいうべき両腕を真っ先に切り落とされたうえに燃やされ、両足を折られて失血死するまで放置するというなんとも陰湿な殺し方を依頼したそうではないか。お前のよく言う『緩慢な死』というやつを迎えるところであった」
「そこまでされてなぜ生きている!? なぜ、貴様は、貴様ばかりいつも……!!」
なんで生きてるんだろうなホント。
すぐに治療したとはいえ、あの時の出血は普通に致死量だったと思うんだが。タフすぎる。
「お前、随分と後ろ暗いことを進めているらしいじゃないか。なぜそんなことを……」
「貴様にだけは言われる筋合いはない! 公爵家の跡取りとしての役目を放棄して、勇者が遺したとか訳の分からないものを作るのに没頭していた愚か者めが!!」
それはそう。実際ジュリアンのやってたことも割とダメだとは思う。
でもそれはそれ、お前が進めているビジネスもかなり倫理的に問題あるからギルティ。
「……イヴァラ、頼むから話を―――」
「今更になって出戻ってきて説教でも垂れるつもりか! 死にぞこないが、今一度この場で死ね!!」
ジュリアンの言葉を遮り、怒りに任せて喚きながらジュリアンの弟ことイヴァラードが手に持っていた『何か』を叩き割った。
その直後、辺りに水蒸気のような白い煙が立ち込め、部屋中に充満していく。
「うわ、なんすかこの煙……ひぇっ!?」
呑気に煙を眺めていたレイナが不意に悲鳴を上げた。
『ア、アアあ、アァァあ……』
不定形のまま漂っていた煙が、徐々に骸骨の人型を形作っていく。
骸骨の数は全部で十体近い。……これが、こいつの進めているビジネスの成果ってやつか。
「ななな、なんすかこのホネっぽいケムリは!? いや、ケムリっぽいホネ?」
珍しく怯えた様子で微妙にズレたような疑問を口にしているが、んなもんどっちでもいいわ。
レイナは単に幽霊が怖いというか未知の存在にどうすればいいのか分からなくなっているようだが、力任せに突っ込もうとしないのは勘かな。
その判断は正しい。この骸骨たちには単なる力押しでは太刀打ちできない。たとえ特級職だろうとも。
「死霊術か。その手のスキルを持たない人間でも扱えるように、呪術士だの魔具士だのとパイプをもって色々と開発中だってのは調べが付いてたんだが、こりゃもう実用できるレベルみたいだな」
「ご明察だ。貴様らは相当な実力者のようだが、どれほど強かろうとこやつら死霊を倒すことはできん」
死霊は実体を持たない存在だ。
スケルトンやゾンビといったアンデッドモンスターは器となる肉体を破壊してやれば仕留められるが、死霊はそうはいかない。
物理攻撃はもちろん、通常の戦闘スキル技能や魔法ではなんの効果もない。
こちらからの攻撃は素通りするのに死霊たちからは殴り放題という反則的な能力を有している。
本来、その手の死霊を扱えるのはそれ専用の職業だけなんだが、それを誰でも扱えるようにして労働力や戦力として売り捌こうとしているのがコイツの進めている裏商売ってわけだ。
ちなみに死霊の材料には、主に魔族との戦いで戦死した人たちの魂が使われているらしい。
どう考えても倫理的にアウトだが、それを平然とやってのけてるあたりコイツが暗殺の対象になるのもまあ納得だ。
……もっとも、コイツ一人を殺したところでなんの解決にもならないんだけどな。
「こやつらはどんな攻撃もすり抜けて無効化する。神聖職の浄化魔法でもなければ倒すことなどできん」
「浄化魔法って、教会の神父さんとかが使う聖なる術ってやつっすか」
「そうだ。貴様らは冒険者か何かのようだが、死霊の前ではどれだけ強かろうとも無力だ! このままとり殺されるがいいっ!!」
『あああ、ア! あぁぁアあァぁあア!!』
イヴァラードの合図で死霊が俺たちに向かって襲い掛かってきた。
速いな。多分、単純な強さだけでも上級職クラスだろう。
生前はさぞ立派な戦士だったに違いない。それが今はコイツの奴隷か。
なんて冒涜的な所業だ。反吐が出る。
「この! こっちくんなっす!」
『ガファァぁあアあっ!!』
「ひいぃっ!? ほ、ホントに効かないっす! どうするんすかコレ!?」
レイナが短剣で死霊を切りつけたが、すり抜けるばかりでまるで効果がない。
レイナの腕と短剣を通り抜けながら、そのまま顔に噛みつこうとしてくる。
「オラァッ!!」
『アギャァァあああっ!?!』
レイナに襲い掛かってきた死霊の顔面部分を思いっきり殴りつけてやると、霧散して消えてしまった。
レイナの短剣は効かなかったが、俺の拳は確かに殴りつけた感触があった。
「……は?」
目の前で粉々になっていく死霊を、レイナもイヴァラードも呆けたような顔で眺めている。
「し、神聖職でもないのにどうやって……!? 貴様、いったい何をした!!」
狼狽しながら問いかけてきてるが、そもそも死霊術の研究をしてることなんか百も承知。
それの対抗手段くらい準備しとるわい。
「何をって、今のはその、アレだ……聖なるパンチだ」
「聖なる……なんだと……!?」
「……とりあえずまた非常識やらかしながら適当なこと言ってるのは分かるっす」
レイナうるさい。正解だけど。
ぶっちゃけ魔力操作の要領で、生命力を右手に集中してぶん殴っただけだ。
死霊には物理も魔力も効かないが、生命そのものを叩きつけるのは効くらしい。
こうなればもう普通の人間を相手するのと何も変わらん。蹂躙の始まりである。
「聖なるパンチ!」
『ゴファッ!?』
「聖なるキック!」
『グあァあっ!!』
「聖なる頭突き!」
『ゲェエあああっ!?』
「ああもうめんどくさい聖なる死霊ハンマーだオラァ!!」
『ぎゃァアぁああ!!』
一体一体潰すのが面倒になったので途中で死霊を鷲掴みにして振り回して残りの死霊たちに叩きつけて殲滅した。
ふむ、死霊に死霊を叩きつけるのも有効みたいだな。そんなことできる奴なんて他におらんだろうけど。
さて、これで話し合いの場に戻ることができそうだな。
「あ……あ……」
「うーむ、一方的すぎて気の毒ですらあるな」
「……極めて何か死霊さんたちに対する冒涜を感じるんすけど……」
ジュリアンとレイナうるせぇ。どっちの味方だお前ら。




