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閑話 21階層 帰還希望者Cの抵抗

 ※グロ注意



 ここは扉だらけの通路で、扉の先は大体地獄だ。

 物理法則が狂っていたり、独自のルールの下に成り立っていたり、既に滅んでいる世界もいくつかあった。


 そもそもあらゆる常識を無視して異なる世界へ繋がる扉が並んでいる、この空間はなんなんだろうか。

 誰が、いつ、どうやって、なんのために造ったのか。皆目見当もつかない。

 人為的に作られたものにしか見えないのに、人の手でこんなものを造るのは不可能だろう。


 これまで、いくつも扉を開いた。

 元の世界へ帰ることを第一に、次に食料をはじめとした物資を求めて、危険を冒して先へ進み続けた。


 その度に、傷ついた。

 心も身体も、扉を開くたびに削られていった。

 扉を開くたびに、不具になってしまうという事実に打ちのめされた。


 今の俺は、左目の視力と左手を失っている。

 味覚も大分鈍くなってしまったし、鼓膜が破れているのか右耳が聞こえない。

 もはや、以前のように生活することは難しいだろう。



 その代わり、残った右目は望遠鏡のように遠くへピントを合わせられるようになった。

 右耳が聞こえなくなってからはなぜか嗅覚が異常に鋭くなって、匂いを頼りに近くにあるものの位置が以前よりも正確に分かるようになった。

 さらに左手が欠損したのを補うように、次の扉を開いた後に妙なトカゲに噛み付かれてから、いつの間にか自由自在に動くトカゲのものに酷似した尻尾が腰から伸びていた。


 失うものもあれば、得るものもある。

 ……ただ、どちらにせよそれは以前までの自分から徐々にかけ離れていっているということに他ならない。


 このままでは俺は、俺はいずれ『自分』というものを失い、別のモノへと置き換わってしまうのかもしれない。

 その前に、まだ自分が自分でいられるうちに、戻らなければならない。

 家族の許へ、帰らないといけない。


 そのためには、扉を開き続けなければならない。

 どれだけ危険が伴おうとも、他に選択肢はない。

 このままこの通路で飢え死にするのを待つわけにはいかないんだ。


 一際大きく深呼吸してから、無限に続く扉の中で目に付いた引き戸を開いた。




 

 引き戸の先は、古ぼけた和室だった。

 蜘蛛の巣が張り、白い綿のような埃のデコレーションが汚らしく壁を飾っている。

 あと臭い。なんだこのカビ臭さとやたら酸っぱいにおいは。


 ……本当ならこんな汚い所に足を踏み入れたくはないが、もしかしたらこの先が帰路に繋がっているかもしれない。

 鋭くなった鼻を劈く部屋のカビ臭さに耐えながら、足を踏み入れた。




 中は薄暗く、窓から差し込む月明かりに照らされて辛うじて周囲の輪郭が分かるかどうか、というほど見通しが悪い。

 昆虫のような独特の酢酸臭が漂っている。ヒト由来の匂いはほとんど感じられない。誰も住んでいないのか。


 どうやらここはどこかの廃墟かなにからしいな。

 不法侵入で通報される心配が無くて気楽なような、誰もいないことが心細いような、怖いような。


 ひとまずこの建物の外へ出よう。

 もしかしたら日本に帰ってこられたのかもしれないし、もしそうなら近くに人の住む街がある可能性が高い。


 少なくとも、あの扉だらけの通路に戻って探索を続けるよりは希望が持てる。



 蜘蛛の巣を掃おうと、腰から生えた尻尾で糸に触れた。



 その瞬間、糸に触れた尻尾に激痛が走った。

 なにが起きたのかと痛みの起点を見てみると、糸に触れている部分の皮膚を突き破って、中からなにかが湧き出てきた。


 尻尾の内側から出てきたのは、緑色の胴体を持つ蜘蛛。

 ウジャウジャと湧き出てきて、徐々に尻尾を食い荒らしていく。


 あまりの悍ましさに、反射的に尻尾を切り離した。

 トカゲの尻尾のように自切し、湧き出てくる蜘蛛たちから離れた。



 なにが起きた。

 なぜ、俺の尻尾の内側からあんなものが……!

 糸に触れたから、か?

 糸に触れた部分を苗床として増殖する性質をもっている、のか。


 この世界も駄目そうだ。

 早く戻らなければ、と入ってきた引き戸に向かって戻ろうとしたところで、足がもつれて躓いた。

 焦って立ち上がろうとしたが、妙に足が痛むうえに上手く立てない。いったいなにが……!?



 自分の足を見ると、肉を食い破って何百匹もの蜘蛛が湧き出てきているのが見えた。

 足に、糸が触れたのか……!


 湧き出てきた蜘蛛たちが次々と俺の身体を食い荒らして這い上ってくる。

 足から腹、胸、首、ついには頭へと上ってきて、ガリガリと俺を食い尽くそうとしてくる。


 どれだけ振り払ってもまるで意味がない。

 振り払う腕や尻尾までも異常なペースで食い荒らし、骨まで残さず噛み砕いていく。



 身体の表面をほぼ埋め尽くした蜘蛛たちが、いよいよ口の中にまで入ってきたのを、思わず噛み潰してしまった。

 ドロドロと甘苦い液体が口の中に広がり、吐き気を催す。


 吐き戻すことすら許さず、どんどん喉の奥に入り込み、反射で嚥下してしまった。



 もう、駄目、だ。


 俺は、ここで、食われ、て、死 ぬ





 生き た  い







 

 

 今際の際にそう思ったところで、今にも食いつくされそうな俺の身体からなにかが飛び出した。


 それは、蜘蛛の巣に酷似した、糸。


 その糸に触れた蜘蛛たちが徐々にドロドロと溶け合っていく。


 何百何千もの蜘蛛たちが溶けて混ざっていって、最終的に一つの塊になり、歪な人型を形作っていく。




 気が付いたら、その塊は俺の形へと変わっていた。

 というよりも、俺の身体が新たに生まれた、というべきか。

 


 蜘蛛に覆われたほうの肉体はほぼ食い尽くされてしまったようで、もう骨すら残っていない。

 新たに生まれた俺の身体は、寸分違わず食われる前の俺を再現していた。


 それどころか欠損していた腕や眼も元通りになり、尻尾なんかはそのまま残っている。

 記憶も『俺』のものとして、なんの違和感もなく再生してしまった。


 ……どうやら、また俺は人外へと近付いてしまったようだ。



 それを察知して、周りにいる蜘蛛たちが一斉に俺に襲いかかってきた。

 糸を飛ばし、俺の身体を苗床にしようと纏わりついてくる。


 それに対して、こちらも全身から糸を飛ばして周りにいる蜘蛛たちを絡めとっていき、『俺の身体』を作るためのパーツとして取り込んでいく。



 互いの身体を繁殖のための苗床とする喰らい合いが、しばらく続いた。






 壮絶なバケモノ同士の共食いの末、最後に立っていたのは俺だった。









 その結果、5人にまで人数が増えてしまったが。


 しかも全員俺だし。


 どうするんだコレ。


 どうしたらいいんだコレ。

 悪夢の内容をほとんどそのまま文章にするとこうなりますの図。

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