面倒事の予感
「……カジカワさん、話し合いに行くのにそのカッコはちょっと」
「相手は暗殺のプロだ。こっちも気合入った格好してないと舐められるだろうが」
「いや、舐められたりはしないかもしれないっすけど、ガラが悪すぎるっすよ。それとその金色のバッジはなんすか?」
「こないだベビー用品買いに行った時に実家に忘れ物して、取りに戻ったら如月さんに出くわして無理やり押し付けられた。これ金無垢だから結構なお値段するだろうに」
「なんでまたバッジなんか……? それ、冒険者章みたいにランクを表すものなんすか?」
「いや『このバッジを着けてる奴はウチの組のもんだ』っていう表示だよ。あと誰が見ても一発でヤクザだって分かる」
「そんな物騒なものを寄越してきたんすかあの人……っていうかこっちの世界でそんなの着けてても意味ないと思うんすけど」
「まーね。でもこういうのはアレだ、ノリをよくするための小道具だと思えば意味ないってこともないだろ」
「ノリって、なんの?」
「カチコミに乗り込む雰囲気づくりだ」
問答の終わりに、扉を蹴り破って会議室へ侵入。
ズガァンッ と派手な音を立てて吹っ飛んでいった先の壁に扉が突き刺さった。
……扉を開けた先に誰もいなくてよかった。
「どうも、こんばんは。夜分遅くに失礼いたします」
最初っから怒鳴り込んでいくのもなんだし、ひとまず挨拶から。
部屋の中はなんとも殺風景で、テーブルとイスと書類棚以外に絵画の一つも飾られていない。無駄を省いた結果がこれか。
そして会議の席には一目見ただけで暗殺者とは分からないごく普通に偉そうな人たちが座っていて、その中に見覚えのある顔があった。
「……誰だ?」
「……さっきから話題に上がっている、レイナちゃんとカジカワ君です」
一番偉そうで髭を生やした渋い金髪男性の問いに、死にそうな顔で答える見覚えのある女性。
ジュリアさんおっすおっす。ヴィンフィートでの会談以来ですね、おひさ。
つーか、やっぱ飛行士が俺だってことは普通にバレてたっぽいな。
「カジカワ? ……この優男がですか?」
「愚か者、外見と実力の不一致などよくある話だろうが」
「失敬。……確かに、こうも易々とギルドの懐に入り込んでこられるとは、そこらの手練れとは違うようですな」
暗殺者ギルドのギルマスとその側近らしき偉そうな人たちが俺たちを眺めながらなんかブツブツ言ってる。
一見、俺の容姿に油断した人を諫めているだけのごく普通のやりとりに見えるが、『こっちに視線を向けろ』という意識が透けて見える。
「故に、油断せず―――」
「殺す」
会話している人たちの裏で、密かに隠密スキルを発動して気配を希薄にしたうえで、他のギルマス二人が俺に急接近してナイフを突き出してきた。
速い。真魔開放を使う前の魔族の幹部くらいならこれで殺せるくらいの速さと威力があるのが分かる。
伊達にギルマスに就いてないってか。
「ばっ……!」
目をかっ開きながらその光景を見て、思わず声を漏らすジュリアさん。
大丈夫。この場合は殴りこんできたこっちにも非があるから必要以上にボコったりはしません。
……少なくとも俺の心配をしているわけじゃないのは分かりますハイ。
「はい、フリーズ」
「ぐっ……!?」
「か、体が、動かん……!!」
魔力を展開し、襲い掛かってきたギルマス二人に纏わりつかせて拘束。
ネオラ君やアルマなら力ずくでぶち破ることもできるだろうが、ここにいる人たちの膂力じゃまず脱出不可能。
「落ち着いて。なにも戦争しに来たってわけじゃありません。ちょーっとお話がしたいだけなんですよ」
「……暗殺者ギルド定例会議の場に扉を蹴破って不法侵入してきた者が言うセリフとは思えませんな。少々不作法が過ぎませんか、カジカワ殿」
「こちらとしては脅し半分に身内を勧誘された身でしてね。正直言って心中穏やかではないのですよ」
一番偉そうなイケオジが苦い顔をしながらこちらを咎めてくるが、これでも抑えているほうだ。
ホントなら全員ボコして『二度と俺たちに近付くな』って言うのが一番手っ取り早くはあるんだが、彼らにも彼らなりの事情があるだろうし、実害が出ていないからあんまり野蛮な対応はちょっとな。
扉を蹴破ったのはあくまで牽制ですよ牽制。ごめん嘘。ぶっちゃけノリでやった。
というわけで、レイナの勧誘を諦めてもらうために説得開始。
彼らの仕事を否定する気はないが、それをレイナにやらせる必要はない。
なにより本人が嫌がっているし、人を殺す仕事に就かせたなんて聞いたらフェリアンナさんが何するか分かったもんじゃない。
お話を始めようとテーブルへ足を進めていくと、上座にいたイケオジが席を立ち、会釈しながら口を開いた。
「我々が無理な勧誘を強いたのは詫びましょう。怒りを鎮めるためにケジメをつけろと仰るのであれば、私が全て請け負います。故に、他の者への手出しはご遠慮願いたい」
意訳:ウチの子がおイタしちゃってすみません! 私が身代わりになりますからどうかこの子たちは許してください!
部下の粗相は私が尻拭いしますってか。上司の鑑。
この人は嫌いになれないが、しかしその部下から謝罪の一つもないのは筋が通らんでしょ。
「いえいえ、あなたはむしろそれを諫めようとしていたじゃないですか。あなたにはなんの非もありませんよ。……ところで、レイナを勧誘しようとしたのはそちらのお方でよろしいのでしょうか?」
意訳:アンタは関係ねぇからひっこんでろ。いいから粗相しやがった野郎を前へ出せやコラ。
そう言いながら視線を向けた先には、他のギルマスたちが席を立っている中で、呑気に紅茶を啜りながら手元の書類を眺めている人がいた。
金髪で目が細い、まるでキツネみたいな若い男だ。
ってステータス表示を確認したけど、コイツ何気にこの中で一番強いじゃん。
この偉そうなイケオジより強いって、もしかしてコイツが本当のグランドマスターだったりするんか?
「はい、僕が勧誘の指示を出した者でーす。グロシウスと申します、よろしく」
「これはご丁寧にどうも。早速ですがレイナを暗殺者ギルドへ勧誘するのを即刻中止していただきたい」
形式的な挨拶は早々に切り上げて、さっさと本題へ移ろう。小細工は抜きだ。
相手もしつこくグダグダ言ってくるだろうが、何か口を開くたびに殺気を強めていけばすぐに折れるだろう
「いいですよ」
「……えっ?」
「今後うちの管轄でそちらのレイナミウレさんをギルドに誘うことは禁止とします。無論、他の方々にもそうしてもらうようにグランドマスターから勅命を出していただこうと思いますが」
……あらぁ? あっさり了承しおったよこの人。
そんなに容易く諦められるならなんでレイナにしつこく勧誘してきたんだか。
「いかがでしょうか、グランドマスター」
「……それでカジカワ殿とレイナミウレ殿が納得するのであれば、そうするが……」
「あ、じゃあそれでお願いします」
はい、解決。お疲れ様でした。
……なーんてあっけなく終わるわけがないよな。
何を企んでやがる、このキツネ。
「代わりにカジカワさん、あなた暗殺者ギルドに入ってみる気はありませんか?」
「ない。用はもう済んだから帰る」
「では、僕からの依頼を受けるのは?」
「依頼? ……言っとくが、人殺しの類は御免だぞ。レイナにも誰かを殺させたりすることは許さん」
「違います。というか、レイナさんを加入させたかったのは下手人としてではなく、悪事の証拠となる情報の収集などを集める諜報活動のために……いえ、それはもういいです。それより本題の続きをさせてください」
勧誘中止の言質はとったしもう敬語を使う必要もないので塩対応のまま帰ろうとしたが、キツネがなんか依頼がどうとか言いながら呼び止めてきた。
……コイツ、なんか苦手な印象だ。
嘘八百を並べてこっちを利用しようとしてきたり、悪意や害意が透けて見える人間なら脅すかボコるかすれば解決するが、見たところこいつはどっちでもない。
素の本性をあえて前面に出して、厄介な本音を押し付けてくるタイプと見た。
「とある貴族を暗殺する依頼がきていましてね。そのお手伝いをしていただきたい」
「いや、だから人殺しはしないって言ってんだろ。話聞いてんのかお前は」
「いえいえ、あくまで手を下すのは我々ですよ。その前の準備を整えてもらいたいだけです」
「……準備?」
「ええ。諜報に長けた我々でも潜り込めないような場所でも、レイナさんあるいはあなたなら入ることができるかもしれないと見込んでの話です」
……んー、確かにマップ画面とファストトラベル、さらにレイナの影潜りがあればこの世界で行けない場所はほぼ存在しない。
一応、依頼を寄越してくる理由としてはまあ分からんでもないが……。
「グロシウス、お前、何を考えている……?」
「ここで引き留める必要なんてないでしょう!? これ以上ややこしくなる前にさっさとお帰り願いましょうよ!」
「なに、本当に彼らへ頼みたい仕事があるだけです。他意はありませんよ」
イケオジとジュリアさんが咎めるように文句を言っているが、キツネは肩をすくめながら何も企んでませんよアピールをしつつ飄々と応対している。
……つーかこのキツネ野郎、さっきからなんの資料を読んでるのかメニューに確認してもらったら、全部俺たちの経歴についての書類じゃねーか。
まさか本当にこの場で依頼することを思いついただけだったりする? ライブ感でやらかすタイプかコイツ。
「あなた好みの依頼だと思いますよ。各地で悪徳に満ちた貴族や大臣を断罪するきっかけを作っているみたいですし、今回も似たような感じで解決できるんじゃないですか?」
「面倒だから嫌だ、と言ったら?」
「いいえ、あなたは受ける。我々に任せっきりにしてはいけない依頼であると判断するでしょう」
「……いったいどこのどいつを殺すつもりなんだ」
紅茶を飲み干し、カップを受け皿に戻して溜息を吐いてから答えた。
「第5大陸のとある公爵家、その次期当主の周辺を探っていただきたい」
「公爵家の、次期当主?」
「ええ。暗殺対象はイヴァラード・フェブロニア次期公爵。この名前に、聞き覚えは?」
イヴァラ……なに?
あれ、どっかで聞いたような……………って
「ジュリアンの弟じゃねーか! そいついったい何をやらかしやがったんだ!?」
「え、私? 弟なんていないけど……え?」
「いや、ジュリアさんは関係ないです。ジュリアンです、ジュリアン」
おいおいおい、ここにきてクソ面倒そうな案件が舞い込んできやがったんだが。
くそ、聞く耳持たずにさっさと帰ればよかった! 絶対ややこしいことになるだろこれ!
このキツネ野郎、この件が済んだら覚えてろテメェ!




