お礼参り
やりたいことも書きたいものも無限にあるのに時間は有限。世界のバグだ。
アルマの出産予定日まであと三か月。
出産までの準備の他に、身辺整理や周りの人間の状況整理も必要になってくる。
「むぐむぐ……というわけで、しばらく冒険者としての活動はお休みってことにしといたほうがいいと思うんすけど」
「……正直言って、お前からそう言ってもらえると助かるよ。事情が事情だから、俺たちからは言いづらかったしな」
日本旅行土産の駄菓子類をボリボリと美味そうに食べながら、レイナが活動の休止を提案してきた。
子供が産まれるのはいいが、そうなると一緒にパーティを組んでいるレイナとヒヨ子も活動の制限がされるわけで、どうしたもんかと思っていたところにレイナから話をしてきてくれた。
「悪いな、こっちの都合に付き合わせちまって」
「別にいいっすよー。というか結婚前から毎日毎日イチャイチャしてて、そのうちこうなる日がくるんじゃないかってずっと前から考えてましたし」
「うぐっ……」
「しばらくは実家でのんびりしてるか、自分だけでも受けられるような依頼をこなして小遣い稼ぎでもしていようと思ってるっす」
「金の心配ならもういらないだろ。毎日バカみたいに稼いでいた金と魔王騒ぎの後にもらった報酬が残ってるし」
「お金の問題じゃありません。まだ各地の復興は終わってないんすよ? 戦闘職の人たちも数が減っちゃって、どこのギルドも魔獣討伐の依頼であっぷあっぷっす。さすがにタダ働きとはいかないっすけど、手助けくらいはしてあげないと」
レイナがいい子過ぎる。聖女かなんかかこの子は。
一応、俺もできる範囲で魔獣討伐の依頼なんかはこなしているが、子供たちの世話が必要になってくるとそれも難しいだろう。
「カジカワさんはもうそんなことやってる場合じゃないっしょ。ちゃんといいパパさんにならないと。あのクソ親父みたいに育児放棄なんかしたらダメっすよー」
「それはないから安心しろ。というかお前の親父と一緒にすんな。お前のほうこそ、困ったことがあったら遠慮なく言いにこいよ」
「自分のことなら心配いらないっすよ。……あ、でもちょっと相談しておきたいことが」
「え、何?」
駄菓子の袋に残った欠片をザラザラと口の中へ流し込んで咀嚼し、ジュースを飲みこんでからレイナが告げた。
「自分、最近暗殺者ギルドの人たちに勧誘されてるんで、断るのを手伝ってほしいんすけど」
「は?」
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暗殺者ギルドの定例会議。
年に一度だけ開かれるこの会議は、各大陸のギルドマスターとグランドマスターを含めた顔役とその側近たちによって進められる。
いつものように粛々と事務的に報告されていく中で、無視できない報告が耳に入り、思わず席を立った。
「ばっっかじゃないのアンタたち!! 今すぐそこに並びなさい! 順番に首を刎ね飛ばしてやるわ!!」
「ひぃいい!?」
「ま、マスター、落ち着いてください! 他の部署の者ですよ!」
「落ち着け? 私は至って冷静よ? この場でこのクソどもを始末しておくのが一番言い訳がしやすくなるって最適解を瞬時に出しただけよ。というわけで殺す。今すぐ殺す。死ね」
「ひ、ひぎゃあああ!!」
そう言ってゴミクズどもの首を狙って薙いだ短剣が、首の皮一枚のところで止まった。
……暗殺者ギルドグランドマスターが、私の腕を掴んで首を刈るのを防いだみたいだ。
「やめんか、ジュリア。いつから感情任せに人を殺すようになったんだお前は」
「……グランドマスター、決して感情任せではありません。これは、下手をすれば当ギルドの存続に関わる問題になりかねない失態と言える愚手を打った者への、順当な制裁と言えますわ」
「下手人へ責任を求めている時点で冷静も何もあるか。こいつらの管轄を治めている者は、確か第5大陸のグロシウスだったか。どういうことか説明してもらおうか」
グランドマスターが視線を向ける先には、金髪糸目のどこか狐を思わせる青年。第五大陸担当の暗殺者ギルドマスター『グロシウス』。
いつものように穏やかに、しかし不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「件の娘、レイナミウレと言いましたか。正直に言いましょう、彼女の能力は我々にとってあまりにも魅力的すぎる。スカウトしようとするのは至極当然の流れでは?」
「……言ってることは分かるわ。確かにあの子の扱う『忍術』スキルは諜報活動や暗殺にはうってつけの能力と言ってもいい」
「でしょう? ジュリアさんもそれが分かっていて、なぜこれまで放置されていたんですか? 冒険者にしておくにはあまりにももったいないでしょうに」
「その子本人も相当ヤバいけど……その連れが、もう色々とダメなのよ」
「ダメ? どういうことですか?」
「もしもそいつらを敵に回したりしたらそれで終わりよ。私たちがどれだけ抵抗しても無駄。……そして今回、アンタは部下に『どんな手を使ってでもレイナミウレを暗殺者ギルドへ加入させろ』と指示を出して、その結果そいつらは何をやったの?」
レイナちゃんだけでも相当な覚悟をもって接しないといけないっていうのに、万が一にでもあのバケモンたちの怒りを買ったりしたらどうなるか分からない。
もう既に手遅れになっている気もするけれど、一応経緯を確認しておかないと。
「やだなぁ、さっきも言ったでしょう? 『暗殺者ギルドへ入れば、あなたの身近な人たちの不幸を防ぐことができる。たとえば君のお母さんとか』と伝えたみたいですよ。いやぁ、我が部下ながらえげつないですねぇ」
「部下のせいにするな。優秀な人材を見つけた際に、身内の人間の不幸や事故をちらつかせて半ば強制的にギルドへ加入させるのはお前の常套手段だろうが」
「と言っても脅してるだけで、実際に直接危害を加えたことはありませんよ? まあ玄関先へ魔獣の首と一緒に催促状を贈ったりしたことはありますけど」
「普通に迷惑だからやめなさい……って、まさかレイナちゃんにそんなことしてないでしょうね!?」
まずい、口頭での遠回しな脅し程度ならいくらでも弁明が利くけれど、嫌がらせなんかによる実害が出ていたらそれも難しくなる。
っていうかそもそもどこからコイツはレイナちゃんの情報を……いや普通にある程度上の立場の人間なら知ってて当然か。
ヴィンフィートで活動していたころはまだ成人前の子供だったのに、たった一年ちょっとでよくあそこまで強くなったものねぇ……。
「っていうか、レイナちゃんの情報を知ってるのになんで一緒にパーティ組んでるカジカワ君やアルマちゃんを知らないのよ。あの二人、魔王討伐の主力メンバーなんだけど」
「いえ、知らないわけではないんですけどね。ただ、渡された資料の内容がどうにも現実味がないというか……」
「あー、その資料にだいぶ非現実的なことが書いてあるのは想像がつくけど、それ多分全部本当よ」
「ははっ、すごいな。正直言って、レイナミウレって子よりもこの人のほうに興味が出てきたよ」
「……アンタ、まさかカジカワ君を呼び寄せるためにレイナちゃんにアプローチしたんじゃないでしょうね」
「まさか。あくまでニンジャの能力ほしさですよ」
どうだか。
私にはただ面白そうだからって理由で余計なトラブル引き寄せようとしてるようにしか見えないわ。愉快犯め。
「ニンジャへのジョブチェンジ条件なら調べがついてるし、知りたいなら教えてあげるからこれ以上レイナちゃんたちに干渉するのはやめておきなさい」
「条件ならとっくに僕のほうでも調べてありますよ。成人前の子供に数年スパンで特定のスキルを獲得させて見習いニンジャにして、さらに暗殺者として育成していくって具合になりますけど、かなり手間がかかりますよね」
「それでも、レイナちゃんたちを敵に回すリスクを冒すよりはマシよ。いいからすぐにやめ―――」
ドガァンッ と爆発音に似た大きな音が会議室に響いた。
何事かと思って音のほうへ振り向くと、会議室の扉が吹っ飛んで対面側の壁へ突き刺さっていた。
何者かが扉を蹴破って入ってきたのだと分かったのは、入り口から人影が入ってきたのを見てからだった。
「どうも、こんばんは。夜分遅くに失礼いたします」
入ってきたのは黒髪に黒いスーツに黒メガネをかけて、スーツに金色のバッジを着けた見覚えのある男と、黒装束を身に纏った小さな少女。
……あ、ヤバい。死んだわ私たち。
「……誰だ?」
「……さっきから話題に上がっている、レイナちゃんとカジカワ君です」
突然の闖入者に困惑した様子で問いかけるグランドマスターに、全てを諦めたような心境で答えた。
ドアをぶち破って入ってきてるし、気のせいか表情も妙に不機嫌そうに見える。
どう考えてもお礼参りに来ているようにしか見えないわ。……どうしようかしら。




