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かつてのように




「危ないよ。ここ、足元見えにくくて踏み外す人も結構いるんだから」


「あ……」


「? 僕の顔に何かついてる?」



 今時少女漫画でもないような、偶然の再会。

 その顔を見た、その時に思い出した。

 かつての私と、彼の思い出。そして―――






~~~~~






 転生前の私は人付き合いが苦手、いや、嫌いだった。

 一人の時間が好きというよりも、他人と接触する時間が苦痛だったからだ。

 話題が合わない、趣味が合わない、時間帯が合わない、それらのつじつまを無理に合わせようとすると、酷く負荷がかかる。


 だからか、いつしかこんな不愛想で無機質な口調で話すようになってしまった。

 無表情で淡々と話すようにしてつまらない人間だと思われて、余計な人間関係を築かないようにする。

 そんなことを繰り返せば友人なんてできないに決まっているし、その分自分のための時間ができた。



 二十歳を過ぎたあたりで、その時間がどれだけ空虚なものなのかに気付いた。

 気楽で大きなトラブルもなく、しかし大きな喜びもそれを共有する相手もいないということが、どれだけ自分を無価値に貶めているかに今更になって気付いてしまった。

 自業自得だ。そんな状況になってしまったのは当然の帰結だと言える。


 結局のところ、人との付き合いなんてメリットデメリットの表裏一体。

 ほしいものには対価が必要で、こちらが与えても何か返ってくるとは限らない。

 それでも、私はもう一度誰かといる時間が欲しいと願ってしまった。

 事故で両親を亡くしてから、本当の一人というものがどれだけ恐ろしいのかが身に沁みて分かってしまったから。



 あの日も今日のようにフラフラと行くあてもなく、何をするでもなく街を歩いていた。

 仕事のない日はすることのない日。

 それでも何かを求めて誰かを求めてうろうろフラフラ。

 自分から誰かに話しかける勇気もないくせに。



 高いところからなら、もしかしたら空の上の両親に見つけてもらえるかもしれない。

 そんなガキみたいな考えを抱きながら海岸近くの展望台へ登ろうと思ったところで、足を滑らせそのまま滑落するところだった。

 あの高さから落ちればよくて大怪我、下手をしたら死ぬところだったかもしれない。



「おっと、危ないよ」



 それを『彼』が支えてくれたことで、無傷で助かった。

 大声で叫んだりせず、乱暴に引っ張るわけでもなく、余裕をもって助けてくれた。

 ありふれた親切に過ぎないが、それが孤独な私にはどこまでも深く染みわたってしまった。


 礼を兼ねて食事へ誘い、連絡先を交換して縁を作ろうとした。

 それが彼こと『六条ろくじょう(あきら)』との出会い。

 さらにそこから『一緒に街で遊ばないか』なんて言って、どう考えても人との距離の取り方を間違えてる私に『丁度暇だったし、一緒に遊んでくれて嬉しいな』と、嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。

 今思うと、彼も人がいいのを通り越してどこかおかしかったのではないかとも思う。



 その日から彼、旭と付き合い始めるようになった。

 旭は私より一つ年下で、大学に通っているらしい。

 仕事帰りや休日の時間を旭との時間に使うのが日常となり、自分のための時間は減ったもののまるで気にならなかった。


 これまで無関心だったファッションや身なりに気を配るようになった。

 決して魅力的とは言えない体形をカバーするために着飾ろうと店を回っている時に彼に見つかり、髪飾りをプレゼントしてもらって『似合ってるよ』と言われた時には気恥ずかしくて顔がよく見えなかった。


 どんどん仲が親密になっていくうちに、いつしか別れ際に唇を重ねるのが当たり前になっていた。

 体こそ重ねていなかったが、それも時間の問題だったと思う。

 旭との時間こそが私の生きがいで、彼のために頑張ろうと思えるのが誇らしかった。嬉しかった。



 そんな日常が続いていたある日、あの忌まわしい地獄のような通路で目が覚めた。

 梶川さんが21階層と呼んでいた、左右上下壁天井床全てにびっしりと扉が並ぶよく分からない場所。


 そこでは扉を開くたびに奇妙な世界へ足を踏み入れることになった。

 特に危なかったのは、ライオンのような怪物が支配するジャングルのような世界。

 頭以外への攻撃が効かず、さらに何かを捕食している間でなければ触れることすらできないという厄介な特性を持っていた。

 ……その後、出口を見つけた先で、霧から生まれる謎の怪物によって殺された。

 どうやって死んだのかを、やっと思い出せたんだ。



 そして、なぜあれほど帰りたがっていたのか、なぜあれほど旭に会いたかったのかも、ようやく自覚できた。






~~~~~







 旭の顔を見てほんの数秒ほど硬直してから我に返り、不思議そうな顔のままの彼に礼を返した。

 ……焦るな。不自然にならないように話を進めるんだ。



「……あの、ありがとうございます」


「どういたしまして。日本語上手いね、留学生?」


「いえ、ちょっと観光中でして。といっても、一人では正直寂しくもありますが」


「一人? 友達や親御さんは一緒じゃないのかい?」


「私一人です。単身での短期旅行中なんですよ」


「よく許可が下りたね。海外の子たちは早熟なんだなぁ……」



 スラスラと嘘の言い訳が淀みなく出てくるのに自分でも驚いている。

 それも、罪悪感など一切なく。



「あのさ、迷惑じゃなかったら一緒に昼食でもどうかな?」


「……私と?」


「うん、そろそろ僕もお腹がすいてきたしね。ああ、もちろん奢るから遠慮せずに食べてね」


「いえ、助けていただいたうえに昼食代まで出していただくわけには……」


「いいからいいから。ほら、こっちだよ」



 あの時と変わらない、華のある優しい笑顔で手を取りながら案内をする旭。

 ……その手から伝わってくる温かさが、酷くつらかった。

 あと君がやっていることは、はたから見てたら外国人の子供相手のナンパだからな。自覚あるのか?


 かつてと同じように出会い、一緒に食事を楽しんでから流れで二人で街を遊び歩くことになった。

 梶川さんほどではないにしろ、今の私とでは年齢差があるんだが『一人で歩いているほうがよっぽど危ないよ。旅行するなら次からは誰かと一緒に来るべきだ』と説得された。

 ……向こうから誘ってくれるのは好都合であり、また同時に複雑な心境を抱かせた。

 あまりにも親身になって接してくるものだから、もしかしたら私が『私』であると勘付いているのではないかと一瞬疑いそうになったが、丁寧に街を案内している様子を見るにそうでもないようだ。



「日本に来たなら、和式のお城とか見ていかない? 京都の清水寺みたいな立派な観光地こそないけれど、それなりに大きなお城ならあるよ」


「ええ、是非」



 街を行くルートはかつての私と歩いていた道と少し異なり、外国人向けの観光スポットを案内しつつゲームセンターやバッティングセンターなんかで遊び、要所で適度に休憩できるように気を使っているようだった。

 まるで旅行会社のガイドよろしく街を案内する様子に、呆れ交じりながら頬が緩みそうになる。

 

 二人で遊び歩くのは、楽しいひと時だった。

 かつての二人のように、ただただ楽しく充実した時間だった。

 ……もしかしたら、もしかしたら、と淡い期待を抱きそうになるほどに。



 さんざん遊び倒して歩き疲れて、もうすっかり暗くなったころに、最初に出会った展望台へ戻ってきた。

 『ここからの夜景は本当に綺麗だから、思い出に見ていってほしい』と案内されて。



「疲れてるかもしれないけど、絶対見たほうがいいよ。あ、そこ気を付けてね。朝も危なかっただろう?」


「……はい」



 展望台の頂上へ上がるための階段が疲れた足に少し応えた。

 私が朝に足を踏み外した段差に注意を促されつつ、階段を上っていく。



≪セレネ、気付いているか?≫



 ああ。

 ……あの段差、やっぱり……。




 展望台の頂上には、私たち以外には誰もいなかった。

 まるで二人だけの時間を誂えたかのように、静かで二人だけの時間を演出してくれていた。


 展望台から眺めた海に映る夜空は、反対側に見える街の灯りと瓜二つだった。

 かつてと同じく、美しい思い出の景色をそのまま映し出してくれていた。



「……今日ここで、この景色を見ることができてよかった」


「そうか、気に入ってくれたみたいでよかった」


「今日はあなたが案内してくれたおかげで、本当に楽しい日でした。ありがとうございます。……少々、歩き疲れてしまいましたが」


「あはは、ちょっと無理に連れ回しちゃったみたいでごめんね。ほら、カフェで買っておいたから飲みなよ」


「……ありがとう」




 景色を堪能し終わって礼を言うと、彼は穏やかに微笑んだ。


 カフェオレの入ったカップを受け取ってから礼を言い、最後に一言だけ旭に言った。













「ところで、これにはなぜ眠り薬が入っているのですか?」


「……え」


「それに、さっきまで周りに誰もいなかったのに、夜景を眺めている間に随分と賑やかになりましたね」


「……」


「周りの方々は全員お知り合いのようですね。なにせ全員がこちらを眺めているのですから」



 そう言いながらカップをひっくり返し、中身を床へぶちまけた。

 床を汚すカフェオレからは、【睡眠薬入り】とメニューによる警告表示がされている。



「旭、答えて」


「……ははっ、随分と勘がいいね。素直に驚いたよ」



 穏やかに優しく、しかし口から漏れた声は私の言葉を肯定しつつ害意があることを意味するものだった。

 ……ああ、分かりきっていたことなのにそれでもつらいものだ。



 旭は私を愛してなどいなかった。

 今の私も、かつての私も。







 ~~~~~







「こちら、別れ際になって事態が大きく動きました。どうぞ」


「そのまま監視して、必要なら介入しろ。できれば最後まで気付かれないようにするのが理想だが、安全第一でな。もぐもぐどうぞ」


「ちょっと何食べてるんですか。こちとらずっとこの調子で張り付いてるってのにアンタは何やってるんですかどうぞ」


「後で奢ってやるから我慢しろ。いいダイエットになるだろもきゅもきゅどうぞ」


「体形は元に戻ってるからもうダイエットはいいですよ!」


 ↓今回はローアことローレシアのイメージ図



挿絵(By みてみん)



 イメージとしては若くて茶髪のアルマみたいな。

 ただし中身はばっちこい姉妹丼。

 それどころかこないだの騒ぎのせいで、恋心が別方向へさらに悪化した模様。誰か止めろ。

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 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
[良い点] でっっ take2 [一言] 良いねぇ
[良い点] やはり32歳の嫁よりも14歳の妹ですよ!!(なお口にした瞬間アルマとデュークハルトにみじん切りにされる) [気になる点] ココ最近AIのイラスト完成度が上がってきて素人でも美麗なキャラクタ…
2024/02/03 02:32 退会済み
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