日本帰還の前に
とっくの昔に日本への帰還方法が確立されていることを告げられて、いろいろな意味で酷いショックを受けて撃沈した。
まだ『絶対に帰る手段はない』と断じられたほうが精神的ダメージは小さかったかもしれない。それならまだ諦めがついたのに。
運ばれてきた菓子を完食し、一息ついてから梶川さんが口を開いた。
「日本へ帰りたいというなら協力してもいいけど、こっちでの生活はどうするつもりかな?」
「……実はまだ悩んでいます。はじめのうちは早く日本へ戻って元の生活に戻りたいと思っていましたが、全然元の自分とは違う容姿に変わってしまったし、こちらの世界にも両親や友人がいるので」
「そして日本にも、か」
「日本では両親は既に他界しています。友人らしい友人もいません。ただ一人、たった一人だけ会いたい人がいるんです」
「会いたい人?」
「……恋人です」
日本に残してきた『彼』に会うこと。それだけが私の未練だ。
文字通り別人になってしまった私では、日本で元通りの生活に戻ることは難しいことは分かっている。
それでも、あと一度だけでいいから彼に会いたい。ただそれだけなんだ。
もう諦めかけていた帰還方法が見つかったのは僥倖だ。
でも、同時に、とてつもない不安が圧し掛かってきているのを感じる。
今になって、帰るのが怖くなってきたのか、私は……。
「梶川さん」
「うん?」
「私がユーブたちと仲良くなろうとしたのは、異世界への手掛かりをあの二人に見出したからです」
だからこうして、今更になって懺悔して、日本へ帰れなくなるかもしれない状況を作り出そうとしている。
バカか私は、本当の大馬鹿か。今ならまだ間に合うぞ。口を閉じろ。言うな。
「日本へ帰ろうと十年近く情報を集めてもどこにも手掛かりはなくて、そんな折に、魔獣に襲われているところにユーブとイツナが私を助けてくれました」
「あー、アレって結局イツナがとっ捕まえた魔獣を放置したのが原因だったんだろ? マッチポンプだよね」
「……ええ、まあ、はい。その時、ユーブたちに『プロフィール』という異世界由来の第二のステータスがあることを確認して、そこから異世界へ繋がる手掛かりが得られるんじゃないかと考えたのです」
「ふむ」
「私は自分が日本へ帰るために、ユーブたちを利用するために、彼らに近付きました」
……言ってしまった。
なんで、自分から帰るための手段をふいにするようなことを言ったんだ私は。
それどころか、もうこれでユーブたちとの縁も切れてしまうだろう。
……我が子を利用するためだけに近付いてきたような人間を、許せるわけがない。
「そうか。ところで、日本へ行くにしても都合がいい日はいつかな?」
「……え?」
「いや、お互いに予定があるだろ? 俺としては週末が都合がいいんだが、君の都合は?」
「あ、あの、話をお聞きでしたか? 私は、自分のためにユーブたちを利用するために近付いた人間なんですよ?」
「んー、まあ日本へ帰りたいのに全然手掛かりがない状況じゃ無理ないだろうし、それに自分のために他人を利用するなんて、極端な話誰でもやってることだろ? 俺だって嫁と出会ったきっかけは自分を助けてほしいから叫びまくって、来てくれたのが今の嫁だったってだけだし」
「え……?」
「ユーブもイツナもローアからも、君の悪口や陰口が出たことは一度もないし、むしろすごく親切で付き合いがいいと言っていた。事務的な付き合いじゃまずそんなこと言わないよ。それに、君は異世界とはなんの関わりもないローアを自分の身を挺して助けてくれたじゃないか」
「あ、あれは、ただ……」
「きっかけがどうあれ、君は確かにユーブたちにとって大事な友達だ。君を日本へ連れていく手助けをする理由はそれだけで充分だよ。それに、利用するだけの相手の親にわざわざそんなこと言う必要ないだろう? 罪悪感を覚えているのなら、それは君もユーブたちを大切な友達だと思ってくれているからだと思うぞ」
器が大きいのか、それとも物事を深く考えていないだけなのか。
笑顔でそう言いながらチーズケーキを頬張る梶川さんを見てもいまいち推し量ることができない。
……というか、この人いつの間に追加でケーキを頼んだんだ……?
「……まあ、こないだの事件のせいなのか、ローアが……」
「え、なんですか?」
「イヤナンデモナイ。……それより、日本へ行く日程を決めておこう。といってもなにもすぐに日本へ帰ってそのまま移住しようってわけじゃない。まずは様子見程度に旅行気分で帰ればいいさ」
「……なんというか、割とお気軽に帰ることができるみたいですね」
「まあね。……あ、そういえば聞き忘れてたけど、君は西暦何年に生きてたか覚えてるかい?」
「あ、え、ええと、2025年ですけど」
「グッド。21階層の扉で見つかってる中に2025年10月の日本へ繋がってる扉がある」
「えぇ……」
私が日本にいた最後の日は、確か9月だったはずだ。
十数年ほど経っているはずが、それがたったの一か月の差に縮まってしまった。
……なんて都合のいい話だろうか。都合がよすぎて怖いのを通り越して逆になんか腹が立ってきそうだ……。
「ちなみに昔の日本に繋がってる扉とかもあるけど、大炎上してる本能寺とか見物していきたかったら―――」
「いえ結構です」
「あと生首が接客してくれるバーガーショップとか」
「結構です」
「あとはネコの軍隊が巨大なガラスボトルと戦争してる世界なんてのも」
「行きません!」
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≪……やはり、行くのか。それも、まだ『彼』が覚えているであろう一か月後などに≫
≪疑問:セレフレネの前世を対象の『彼』が覚えていることに対する不都合は何か≫
≪……どのような関係だったのかは、実は私も知らない。私がセレネの傍にいるのは、パラレシアへ辿り着いてからだからな。しかし、再会できたとしても決していい結果にはならないと確信している。できれば消息が掴めなくなっていることがベストなのだが、たった一か月ではまだ近くに在住している可能性が高い≫
≪うーわ、なんかドロドロな関係が浮き彫りになりそうな雰囲気ですねー。昼ドラですか?≫
≪……ところで、いつの間にやら知らない誰かがログインしているのだが、こちらは?≫
≪推奨:ログアウトによる接触拒否≫
≪ひどくないですか!? 久しぶりにチャット機能が使われている反応があったからお喋りに参加しようとしたのに! あ、ちょ、ホントに出ていきおったあのデフォ子! ちょっと! このままじゃ友達の友達と二人っきりになってるような気まずい空間になっちゃうんですけど!≫
≪……メニューへ搭載されている疑似人格にも個性があるということか。今ほど自分が自分であってよかったと思ったことはないな……≫




