ダメじゃない……やっぱダメだ
あの三人組と知り合ってから、およそ一年。
一緒に依頼を受けたり遊んだりしながら、順調に仲が深まっていってるのが実感できる。
この調子で彼らのご両親に接触しようと思っているのだが……なかなかタイミングが合わない。
私にも生活があって、彼らと遊んでばかりいられるわけではない。
小遣い稼ぎのために依頼を受ける以外にも、家事の手伝いをはじめとした子供ならではの仕事が案外多い。
そのうえ成人する前に、スキルレベルや能力値を少しでも上げておく必要がある。
私の両親は『それだけスキルがあるなら十分すぎる』と言っていたが、どれだけ鍛えていたとしても不安が残る。
成人してからのこと、か。
もう、私はこの世界での生き方を考えているのか……。
≪いいじゃないか。将来のことを真剣に見据えて努力する姿勢は美徳だろうに≫
そうだが、そうかもしれないが、私は……。
私は、諦めきれないんだ。ここではなく、元の世界での日常が。
もしかしたら、今もあの人が私を待ってくれているのかもしれないのかと思うと、すぐにでも帰りたくなってくる。
だが現状では無理だ。私の力だけではどうしようもない。
だからこそあの三人に近付いて、機会をうかがっているんだ。
お前が正しかったよ、メニュー。
私一人にできることには、確かに限界があった。
せいぜい彼らを利用させてもらうことにしよう。
≪……そんなつもりで言ったわけではないのだが。まるで彼らのことを道具か何かのように言うのは感心しないな。せっかくできた友人だろうに≫
私にこの世界の友人などいないと何度も言っているだろう。
もしも元の世界に帰ることができたら、この世界の人間とは無縁になる。
その時に切れる縁など、育むだけ無駄だ。
……大事な人ともう会えなくなった時に、どれだけ辛くなるかは嫌というほど分かっているのだから。
≪不器用だな君は。まあいいさ、それよりそろそろローアと買い物にいく時間ではないのか?≫
ああ、分かっている。
……ユーブとイツナとは違う、微妙な距離の人間だからこそ聞ける話題から、ユーブたちの両親のことを探らせてもらうとしよう。
「正直、ちょっと意外。セフレから誘ってくれて、嬉しい」
「セフレはやめろと何度言えば分かるんだ。その言い方だと誘うの意味が違って聞こえるから本当にやめてくれ」
いつもの無表情のままマイペースに人をセフレ呼ばわりするローアに、毎度のことながら辟易する。
ユーブたちの両親の情報を聞き出すために、『アクセサリを買ってみたいから一緒に付き合ってほしい』と誘ってみたはいいものの、早くも後悔し始めてきた……。
≪セフ セレネ、こちらの世界では『セフレ』なんて略語は一般的に認知されていないから、さほど気にしすぎることはないぞ≫
やかましい! そういう問題じゃない!
あと一瞬セフレって呼びそうになっただろ! お前までなんのつもりだ!
くそ、さっさと適当なものを買って早々に切り上げて、両親のことを尋ねないと……。
「この髪飾り、よく似合いそう」
「……随分派手だな。あまり悪目立ちするようなのは避けたいんだが……」
「悪目立ちじゃない、いい意味で目立つ。セフレの銀髪とよく合うと思う」
「だからセフレと呼ぶなと……」
……そういえば、以前、前の世界で初めてプレゼントしてもらったのも、髪飾りだったな。
自分には派手すぎると思ったけれど断り切れなくて、彼と会うときには決まって身に着けていくようになっていて……。
あの髪飾りは、どうなったんだろうか。
やはりもう、どこにもないのだろうか。
「……ほら、よく似合う」
「……え?」
少し思考に耽っている間に、ローアが髪飾りを私の髪に結び付けていた。
鏡に映った自分は、その派手な髪飾りを身に着けていても違和感のない容姿に見えた。
……思ったよりも似合っているのに少し驚いた。
「これは買うべき。絶対買うべき。お金がないなら私が奢る」
「い、いや、いい。自分で払う」
強引に勧められるまま購入してしまったが、案外悪くない買い物だったかもしれない。
ローアは何を考えているのかよく分からないように見えて、こういったファッション面での観察力はなかなか侮れないものがあるな。
買い物を済ませてから、帰りに一服しようとカフェに入店。
菓子と紅茶を嗜みながら、ローアに話題を振ってみることにした。
いきなりユーブたちの親御さんのことを聞くのは少し不自然だし、最初はローアの両親のことから聞いていくことにしよう。
「そういえば、ユーブたちのお母さんは見たことがあるが、ローアの親御さんはどんな人たちなんだ?」
「ん、元世界最強の冒険者夫婦。親自慢になるけど、どっちもLv100を超えてる」
「レベル、100……?」
待て。今サラッとすさまじい数字が出なかったか。
ほとんどの戦闘職がLv40~50台で頭打ちになるというのに、その倍だと?
「私の親は大魔導士と剣王。ルナティアラとデュークリスって名前、聞いたことない?」
「! いくつものスタンピードを討伐して、竜すら打ち負かしたというほとんど伝説の人物だな。……冗談、だよな?」
「本当。私は生産職を目指してるから、あんまり興味ないけど」
……この子たちと付き合い始めて一年ほど経ったが、今更恐ろしい事実をカミングアウトされてしまった。
ということは、ユーブとイツナはその世界最強の夫婦の孫なのか。
あの二人の強さを考えると、嘘ではないのかもしれない。
「……ん? 生産職を目指しているって、そのご両親から剣か魔法の手ほどきを受けたりはしなかったのか?」
「私は受けてない。……ユーブたちのお母さんが私の姉ってことは話したと思うけど、当時の姉さんは両親から自分の力を継ぐようにすごく期待されてて、剣と魔法の両方を叩き込まれて育ってたみたいだけど」
「剣と魔法の両方、となるとパラディンになるように育てられたということか?」
「違う。その時点じゃパラディンは見習いまでしかなかったみたいけど、姉さんがものすごく頑張ってパラディンにジョブチェンジしたの。つまり姉さんが世界初のパラディン」
「なんと、まあ……」
『パラディン』は剣と魔法の両方を扱えるレア職業らしいが、ジョブチェンジするための条件がシビアすぎて、実際にパラディンへ至った人間はほぼいないのだとか。
それを前例もなく手探りの自力でジョブチェンジしたというのか。
……ユーブたちの強さの秘密は、やはりあの母親の影響が大きいとみるべきか。
あるいは、その強さのどこかに、異なる世界へ繋がる手掛かりがあるのかもしれないが、さて。
「ただ、姉さんに期待しすぎて無理させてしまったから、私には剣や魔法を無理強いせずに好きな生き方をしてほしいって言われてる」
「それで、ローアは生産職を選んだわけか」
「うん。戦闘職になっても姉さんみたいになれる気はしないし、ユーブやイツナについていこうとしても、今はよくてもいずれ足手まといになるだろうから」
「……あの二人は、成人前とは思えないほど強いからな。あの強さの秘密はなんなのか知ってるか?」
「知らないし、二人に聞いても『自分でもよく分からない』って言われた」
ふむ、その言葉を真に受ければ自分たちが異世界由来の力を身に宿している自覚がない、ということか。真偽は不明だが。
「『無理せず自由な生き方をすればいい』って言われて、気楽な反面、姉さんほど期待されてないって思って、一時期すごく落ち込んでたこともあった。自分は周りと違ってダメな人間なんだって思い込んでた」
「ローアが? いや、そんなことはないだろう」
確かに能力値こそ並の子供程度だが、ローアはステータスにない部分で光るものがある。
さっきのようなファッションセンスの審美眼だったり、危険が迫っている時にどう立ち回ればいいかを判断する能力だったり、あるいは自分の得になるように話の流れをもっていく話術だったり。
スキルでは推し量れない、要領の良さともいうべきものがローアの強みだ。
それは決して劣等生では持ちえない長所だ。ダメなわけがない。
「ありがとう。そんな落ち込んでる時に、一緒にお料理を作るように誘ってくれたり、私のいいところを恥ずかしくなるくらいいっぱいいっぱい言ってくれて、『ローアはこんなにすごいんだから、もっと自信を持って生きるべきだ』って言ってくれた人がいたの」
「ほぉ。それは、ローアにとっての憧れの人なのか?」
「うん。それが、私の義兄さん。ユーブたちの、お父さん」
……ここで父親の話になったか。思わぬ僥倖だ。
どんな人物なのか、この機会に聞かせてもらうことにしよう。
「その義兄さんは、どんな人なんだ?」
「義兄さんはすごい。最強。お料理がとっても上手。パンチ一つで山が消し飛ぶ。空だって飛べる。かっこいい」
「そ、そうか……」
……これは、誇張表現が過ぎて言ってることが支離滅裂になっているな。
この調子で聞いていてもロクな情報は得られそうにないぞ。どうしたものか。
「義兄さんのおかげで、からっぽで何もなかったままの私に、将来の夢ができたの」
「? それは?」
「義兄さんと結婚する」
「ブフゥッ」
ゲッホゲホ! 口に含んでいた紅茶を思いっきり吹き出してしまった。
今、なんて言ったんだ。何を言っているんだコイツは。
「……いや、ローア、君の姉の旦那さんだろうが。できるわけないだろう」
「大丈夫。今代の勇者だって一夫多妻。ばっちこい姉妹丼」
ばっちこいじゃない! 姉妹丼とか言うな!!
ダメだ。ローアのことをダメなわけがないとか言っていたがコイツはダメだ。倫理観が終わっている。
将来どころかローアの今現在が心配なんだが、もう手遅れな気が……。
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「……といった具合なんだが、どう落とし前をつけるつもりかね」
「いやいやいや! ちょっと待ってくださいって! 俺はただローアが落ち込んでたから兄として励まそうとしただけで、まさかあんなことになるなんて思うわけないでしょう!?」
「アルマちゃんの時に負担をかけすぎてしまったから、今度こそ自分の好きな生き方ができるように選ばせてあげようと思ったのだけれど、それが『期待されてない』なんて誤解を招いてしまったのは皮肉よねぇ」
「ううむ、育児とは難しいものだ……」
「そんな心の隙間を幸せの言葉で埋め尽くされてしまったら、惚れてしまうのも無理はないと思うわよ、お・に・い・さ・ん」
「いえ、本当にそんなつもりじゃなかったんですが……どうしてこうなった……」
「このままでは取り返しがつかなくなるかもしれん……早めに誰か伝手を辿ってあてがうべきか……?」
「いっそのことローアちゃんもお嫁にもらったらどう? 私は全然それでもいいとおもうけど」
「いいわけないでしょう!!」
「いいわけないだろうが!!」




